第72話 逃げ
俺の体は、自爆した位置よりも少し後方で再生した。
位置がずれたのは、自爆によって飛び散った細胞からの復活だからだろうと思われる。
「位置まで変わってくれるのは有難い」
自爆して位置まで変わる俺を捉え続けるのは至難の業。
これで掴み対策は万全だ。
「ぬう……自爆までしてきおるとは。ますます厄介な」
自爆で巻き上がった粉塵が収まり、百々目鬼の姿が目に入る。
見た感じ、ダメージはたいして通っていない様だった。
まあそれを強く期待しての行動ではなので問題ない。
あくまでも掴み対策だ。
「さて、それじゃあ第二ラウンドだ」
俺は拳を構える。
攻撃の命中率はあまり高くないので、次からは隙あらば自爆も攻撃手段に加えていくとしよう。
そう考え、百々目鬼へと突っ込もうとしたら――
『マスター、スッゴク言いにくいんじゃが……』
ぴよ丸が俺に声をかけて来た。
一体何を言うつもりだ?
『この状態……長く続けられそうにない。なんというか……魂がゴリゴリ削られていくみたいで……』
「——っ!?」
マジか!?
ぴよ丸の声が少し苦しそうにしているとは思っていたが。
しかし魂か……
肉体の損傷。
それに精神的疲弊なら、俺のレジェンドスキル【不老不死】の効果で即座に回復する。
【不老不死】には精神の回復効果もあるだろうと、アングラウスは言っていた。
俺もそれには同意している。
そうでなければ、一万年も孤独に死にまくりながらダンジョン攻略など出来る筈もないからな。
普通なら発狂物だ。
その回復が及んでいないと言う事は、精神とは違う、文字通り魂の様な物が消耗しているという事なのだろう。
「ぴよ丸。どれぐらい持ちそうだ?」
百々目鬼には聞かれない様、口の中に声が籠る感じで小さく尋ねる。
相手に聞かれたら、その時点で時間制限がある事がバレてしまうからだ。
『頑張っても……後10分ぐらいが限界じゃ』
10分か、不味いな……
今の俺なら、百々目鬼を倒す事は十分可能だ。
ただしそれは不死身を生かして時間をかければ、という条件の下でだ。
自力で勝る相手を、短期決戦で倒しきる術は持ち合わせていない。
となると……
「三十六計だ!」
俺は再び自爆する。
但し今度の目的は、粉塵を巻き上げる事だ。
いくら目が良いと言っても、物理的に遮られていては見えないだろう。
肉体が再生すると同時に、俺は壁へと走る。
今のパワーなら、奴の生み出した壁を突き破る事も可能なはず。
「はぁっ!」
拳を叩きつけると、壁が大きく抉れる様に崩れてへこむ。
だが貫通とまではいかない。
「一発でダメならもう一発!」
更にもう一発叩き込むと、今度は完全に吹き飛んで大穴が開く。
俺はその穴から外に飛び出し、ゲートのある方向へと森の中を疾走する。
このまま外に逃げさせて貰う!
「逃げる気か!逃がさん!」
俺の逃亡に気付いた百々目鬼が追って来る。
果たして奴はゲートの外まで追って来るだろうか?
こんな化け物を外まで連れて行けば、どれ程の被害が出るか分かった物ではない。
もちろんそれは分かっている。
分かってはいるが、悪いが他人より自分の身を優先させて貰う。
そもそも、外に出れば安全なのか?
出た瞬間安全になる訳ではない。
だが俺には、アングラウスの張った結界がある。
ダンジョン内では停止しているそれだが、外に出ればその機能は復活する。
もちろん至近距離なので結界による排除は働かないだろうが、これほどの化け物が結界内にいれば、アングラウスもすぐに気が付くはず。
つまり、アングラウスが来るまで粘れれば俺の勝ちと言う事だ。
「ちっ!」
百々目鬼の目玉が、上から降って来て俺の行く手を遮ってくる。
どうやら奴は走りながら目玉を放り投げている様だ。
障害物で俺の速度を落とし、追いつくつもりなのだろう。
俺は最小限の動きでそれらを躱しながらゲートへと疾走するが、背後から感じる圧は確実に此方との距離を詰めて来た。
「かかかか!逃がさんぞ!!」
「がっ……」
あと少し。
ゲートまでもうそれほど遠くない位置。
だが辿り着く前に、俺は百々目鬼に背後から殴り飛ばされてしまう。
「逃げ出したと言う事は、その力は長く使えんと言う事じゃろう?そうでなければ、不死身のお主が逃げる必要はないからのう」
百々目鬼が愉快気に、倒れた俺を無数の瞳で見下ろす。
迷わず逃げを選んだ事で、百々目鬼に此方の弱点を気付かれてしまった様だ。
まあどちらにせよ、遅かれ早かれではあったが。
俺はその場で自爆して粉塵を巻き上げ、ゲートへと向かおうとするが――
「くっ!?」
――煙の中から百々目鬼が飛び出し、俺の行く手を遮ってしまう。
「かかかか、同じ手はそう何度も受けんよ。見張りはちゃんと用意してある」
奴の指が頭上を指しているので其方に視線をやると、無数の目玉が空中から下方にいる俺を見つめていた。
「粉塵は見通せんが、上からでならお主の動きで生じる空気の流れは見る事が出来るからな」
上空の目を潰す事は容易い。
だが奴の目は無数にあり、潰してもすぐに回復してしまう。
即座に追加をばら撒かれてしまう事を考えると、潰すと言う行為自体が無意味だ。
「かかかか。さあ、ワシを出し抜いてゲートに向かってみるがいい」
相手の方が能力が高く、此方の目指す位置も把握している。
更に自爆による煙幕での出し抜きも対応され、力の制限時間ももうそれ程残っていない。
正に最悪の状況。
だが諦める訳にはいかない。
俺はこんな奴に捕まって、異世界に連れていかれる訳にはいかないからだ。
何としてもダンジョンの外に辿り着いて見せる。
いや、外に出るだけじゃだめか。
出たうえで、更にアングラウスが来るまでの時間稼ぎをする必要もある。
本当に最悪の状況だ。
……それでもやるしかない!
「はぁっ!」
百々目鬼に突っ込む。
そして奴の頭上ギリギリを飛び越える様、俺はジャンプした。
「かかかか、ワシを飛び越えられると思うたか」
当然奴はそれを妨害しようと手を伸ばす。
だがそれに捕まるよりも早く、俺は自爆した。
俺が奴をギリギリで飛び越える様に飛んだのは、煙幕が発生し、かつ自爆の際に細胞が奴の背後まで飛んでそこで再生する事を期待しての事だ。
上手く行けば奴の背後を取れる。
そして煙幕による目隠しも殆ど意味がないとはいえ、それでもわずかな時間の撹乱には使える。
空気の流れは俺が動いて初めて発生する訳だからな。
背後を取る事に加えて、極僅かでも先手を取れればゲートに向かって前進できる。
ここからは時間と、そして運の勝負だ。
運が大きく絡むのは、再生ポイントが自分で決められないためである。
運が悪ければ背後を取るどころか、後退する羽目になってしまう。
「小賢しい!」
初回は奴の背後を取る事に成功する。
前進だ。
次は横。
だが一応極わずかだが前進に成功する。
煙幕となっている粉塵内で、俺を発見するまでの
おかげで自爆蘇生で後退しさえしなければ、距離は確実に稼げた。
そうやって自爆を続け、後退する事もあったが俺は確実に前進していく。
――だが、その時はやってきてしまう。
『ま、マスター……限界じゃ……すまん』
時間切れ。
ゲートまでまだ距離のある場所で、力が俺の体から抜け落ちてしまう。
「くそっ。ぴよ丸、ブリンクを頼んだぞ」
こうなったらブリンクを最大限活用して進むしかないだろう。
そう思ってぴよ丸に指示を出すが、いつもならすぐに帰って来る返事が来ない。
まさか気絶してるのか!?
不死身状態の俺達に、気絶など普通ならありえない事だ。
だがぴよ丸は封印解除の維持に、魂を削られる様なと言っていた。
本当にそうだったなら、そのアリエナイ事態が発生したとしてもおかしくはない。
「ぐっ……」
強い衝撃に、体が大きく横に吹き飛ばされる。
「どうした?もう自爆せんのか?いや、出来ないと言った所かの。今の一撃でぬしの体が半分ひしゃげたという事は、もう先程までの力が消えた何よりの証拠」
百々目鬼がゆっくりと俺に近づいて来る。
まはや急いで間合いを詰める必要もないと判断したのだろう。
「この世界の人間風にいう所の……ゲームオーバーと言う奴じゃな。今度こそ目玉でとらえて、ワシの胃袋に収めて持ち帰るとしようかのう」
終わった……
力が切れ。
しかもブリンクにも頼れない。
この状態では、もはや前に真面に進む事も時間稼ぎも出来はしないだろう。
「さて、中々楽しめたぞ」
百々目鬼が俺を捕獲する用の目玉を抉り取り、それを頭上に放り投げた。
――いや、放り投げようとして、その動きが何故か途中で急にピタリと止まる。
「あ……あ……」
見ると、奴の無数の瞳が驚愕に大きく見開かれていた。
奴は一体何に驚いているのか?
その視線の方向。
俺の背後へと振り返ると、そこには――
「ば、馬鹿な……なぜここに……」
――一匹の黒い猫が佇んでいた。
それは俺の知る。
そう、俺のよく知る――
「アングラウス!」
――最強の猫だった。
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