第73話 先生出番です
「ぴよ丸の封印が解けた様だから様子を見に来てみれば……まさかもう異世界の者が入り込んでいたとはな」
助かったと安堵したのもつかの間。
アングラウスの全身から凄まじいまでの力の波動が放たれる。
その圧に周囲に生えていた木々が豪快に根元から抉られ吹き飛んでいき、俺も盛大に吹き飛ばされてしまう。
「ぐぅ……俺はお構いなしかよ」
圧だけで全身の骨がバラバラだ。
不死身じゃなかったら確実に死んでたぞ。
プレッシャーだけで人を殺せるとか、本当にとんでもない化け物である。
だが今はそれがこの上なく頼もしい。
「どうやら、回帰の影響は我が思っている以上に大きい様だな」
回帰の影響?
回帰と聞いて思い浮かぶのは、クロノスの砂時計による時間の回帰だ。
もしそうだとしたら、俺やアングラウスの行動の変化がバタフライエフェクトを引き起こしたと言う事だろうか?
まあ俺はともかく、アングラウスの行動は確かに影響が大きそうではあるが……
「ぬ……く……」
先程まで楽し気にしていた百々目鬼が、アングラウスから発せられる圧に数歩後ずさる。
「さて、出来れば貴様には聞きたい事が色々とあるのだが……投降する意思はあるか?」
「かかかか。禁制のかかっておるワシ等にその様な真似が出来ぬと分かっていて、よくもぬけぬけと聞いて来おるわ」
禁制。
どうやら、何らかの制限が百々目鬼にはかかっている様だ。
「ああ、そうだったな。では死ね」
「そうたやすく……ワシの命を取れると思うなよ!」
百々目鬼が、放たれる圧に逆らいアングラウスに向かって突っ込む。
どうやら逃げると言う選択肢はない様だ。
まあアングラウスが敵を逃がす姿を想像できないので、俺があいつの立場でも破れかぶれで突っ込むだろうが。
「消えろ」
アングラウスが跳ねたかと思うと、百々目鬼の拳に猫の姿のまま前足の肉球を叩きつけた。
はた目には何の変哲もない猫パンチ。
だがそれだけで百々目鬼の拳が砕けちる。
そしてその衝撃は腕を伝い、奴の肉体にまで及ぶ。
「ぐぅぅぅ……ばけもの……べぇぇ……」
腕が砕け。
胴体を含めた全てが崩壊し。
欠片一つ残す事無く百々目鬼は消滅してしまう。
「猫のままでワンパンかよ」
猫の姿では本来の力を発揮できないにもかかわらず、あの化け物を一撃である。
回帰前のアングラウスでも、あの程度の相手なら敵ではなかっただろう。
だが今のあいつから感じた力は、それを遥かに上回る。
力の制限される変身状態で、回帰前以上。
別に疑っていた訳ではないが、歳をとって弱体化していたというアングラウスの話がガチのガチだった事を痛感させられる。
「老化してなかったら、絶対勝ち目なかっただろうな」
当時の力で戦っていたらと想像して、そんな言葉が漏れる。
まさに老化万歳。
婆万歳である。
「当然だ。それより……悠よ、我に何か言う言葉があるのではないか?」
アングラウスが俺の元へやってきてそう言う。
何を求めてるのかは、まあ分かる。
「助かったよ。ありがとう」
「うむ、また大きな貸しが出来たな」
アングラウスが楽し気に口の端を歪めた。
俺に貸しを作るのが楽しくて仕方ないって感じだ。
後々何をやらされるのやら。
「そんな事より、ぴよ丸の奴を見てやってくれないか?封印の力を開放した影響で気絶しちまってるみたいなんだ」
「どれ」
アングラウスが俺の足の甲に前足を置く。
「ふむ……どうやらそうとう衰弱している様だな。だがまあ、これ程度なら命に別状はあるまい。しばらく休ませておけばそのうち回復するだろう」
「そうか」
魂どうこうで気絶したから少し心配だったんだが、アングラウスがそう言うのなら大丈夫だろう。
「なあアングラウス。さっき言ってた回帰の影響って……俺やお前の行動の影響で、本来の時間の流れからずれてしまってるって考えたらいいのか?」
「ふむ……その辺りの話も、Sランクを一人でクリア出来たらしてやろう」
「前に出してきた条件か」
アングラウスの事。
異世界の事。
それを詳しく知りたければ、まずSランクをクリアしてみろとアングラウスには言われている。
どうやら回帰の影響についても、その条件をクリアーしないと教えてくれない様だ。
「まあ今の悠なら、ダンジョンを選びさえすればクリア自体は可能だろうがな。とにかく、どれか一つでもクリアして見せよ。そうすればすべて話してやる」
実力があると認めていながら、何故Sランクのクリア後に拘るのか。
謎だ。
まあ別にいいけど。
「わかった。じゃあ、その時はちゃんと話してくれよな」
「約束しよう」
ぴよ丸も気絶しているし、今からダンジョンで狩りを再開する気にはなれないので、俺はアングラウスと共にダンジョンを出て家に帰った。
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