第70話 女の勲章

「ぐぅっ……」


俺は百々目鬼の拳を、両手を交差してガードする。


両腕の骨が砕け。

あばらが砕け。

内臓が破裂し。

脊椎が折れ。

踏ん張ったため大腿骨まで罅が入り。

体は大きく吹き飛ぶ。


小手調べと言うには余りにも強烈な一撃。

不死身でなければ今の一発で確実に終わっていただろう。


「ぴよ丸……耐久戦だ。掴まれたり、喰われそうになったらブリンクを頼む」


『ラジャ!』


食われたら内部から攻撃するとさっきカイザーギルドの奴には言ったが、それは選択肢になかった。

何故なら、10人以上の人間を食べたにもかかわらず、百々目鬼の腹部は僅かに膨れてすらもいないからだ。


質量的に、あの腹の中に食った物が収まっているとは思えない。

そこから考えられるのは、奴の腹が別の何処かに通じていたり、もしくは亜空間みたいな特殊な空間である可能性だ。


そんな所に放り込まれて、脱出できる保証はあるのか?


当然ノーだ。

だからそれは絶対避けなければならない。


「次は連続攻撃じゃ」


百々目鬼が連続で攻撃して来た。

攻撃を受ける度に俺の体は大きく吹き飛び、大ダメージを受ける。


「かかかかか!どこまで耐えられるかな?」


百々目鬼が俺をなぶりながら笑う。

性格は相当あれな様だ。


異世界からの侵略者ってのは、全員こんな感じなのだろうか?

だとしたら、話し合いなんかは絶対成立しないだろうな。


「あれだけ滅茶苦茶にされても死なんとは……本当にすさまじい生命力じゃな」


しばらく続いた攻撃がピタリと止まる。


「しかし流石に飽きて来た。どれ、お遊びはお終いじゃ。次で終わらせるとしようか」


百々目鬼の両手が赤く光る。

何らかのスキルを使ったのだろう。

周囲の空気が激しく震え、まだ攻撃された訳でもないのに放たれる圧に体が押さえつけられる様な錯覚を覚える。


こりゃ喰らったら間違いなく粉々だな……


「かかかかか!ワシの最大攻撃を喰らうがいい!死の合掌デスプレッシャー!」


百々目鬼の両腕が伸び、その掌が俺を挟む様に迫る。

その余りの速さに俺は身動き一つ出来ず、奴の両掌にプレスされ肉体がぺしゃんこにされてしまう。


……まあ特に問題はないが。


「なん……じゃと?」


完全に殺したと思っていたのだろう。

合わせた両掌の中から出て来た俺の元気な姿を見て、驚愕に全身の目を見開く。


「貴様……一体なんなんじゃ?」


「死ぬ程頑丈でね」


「完全に捻り潰したのだぞ。それが頑丈で済む訳が無かろう。お主まさか……不滅の身なのか?」


流石に百々目鬼も気づいた様だ。

生命力や再生能力が飛びぬけているのではなく、俺が不老不死である事に。


「面白いのう。不死の生物など、見た事も聞いた事も無い。これは良い手土産になる。持ち帰るとしようか」


百々目鬼の手が素早く動き、俺を掴んだ。


『やらせん!アルティメットブリンク!』


だが、ぴよ丸のスキルで俺の体は無事奴の手から抜け出す。


「なにっ!?転移じゃと!?」


「異世界になんて連れてかれてたまるかよ」


「ほう……ワシらの事を知っているのか?情報収集した限り、この世界の人間は気づいておらんと思っていたのだがな」


百々目鬼は俺の言葉を否定しない。

やはり、こいつは異世界からの侵略者であっている様だ。


「ふむ……さては貴様、アングラウスの縁者か」


百々目鬼がアングラウスの名を口にする。

まあアングラウスが異世界の侵略者を知っているのだから、相手も知っていてもおかしくないだろう。


「不死身な上に、アングラウスの情報まで持っている。これは是が非でも持ち帰る必要があるのう」


百々目鬼の手が伸び、俺を掴む。

だが今度もぴよ丸のブリンクで回避する。


「掴むだけでは駄目か」


今度は拳で俺を吹き飛ばし、ダメージを与えてから奴は俺を掴んだ。

だが同じ事である。

他の奴らならダメージで動きを止めてとなるんだろうが、不死身の俺にそんな物は関係ない。


なんなら、ぴよ丸に至っては痛みすら伝わっていない訳だしな。


「ちょこまかと面倒な奴じゃな」


「とっとと諦めて帰ってくれていいんだぜ?」


「かかかか!そう言う訳にもいかん。逃がせばアングラウスに情報が渡って、わしらの首を絞める事になってしまうからの。どれ……」


百々目鬼が突然、自分の目玉の一つを指で抉り取る。


「何を……」


その眼玉を奴が放り投げると、空中で巨大化してそのまま浮かぶ。

サイズは恐らく直径10メートル近くあると思われる。


「お主の転移……恐らくそれはごく短距離でしか使えぬ物じゃろ?もし長距離移動が出来るのなら、当の昔にワシの作った壁を越え逃げている筈じゃ」


百々目鬼の口の端が歪む。

まあ使い方を見て居れば直ぐに分かる事なので、欠点がバレるのは仕方がない事だ。


「だからワシの目玉で包んで転移を封じてしまえば、ヌシはちょこまかと逃げ回る事が出来ん。違うか?まあデカくなった目玉をそのまま運ぶわけにもいかんから、丸飲みしてワシの腹の中の特殊な空間に収めれば……万事解決じゃな」


百々目鬼が目玉をいくつも抉り、それを空中に放り投げた

その全てが巨大化し、空中に留まった全ての瞳孔が俺を真っすぐに見つめる。


不味い。

不味いぞ。


背筋に冷たい物が流れる。


奴の言う通り。

あの巨大な目玉に一旦飲み込まれてしまったら、厚さ的にブリンクで脱出するのは不可能だ。

それに俺の力で破壊できるとも思えない。


……捕まれば一巻の終わり。


「ぴよ丸!目玉に捕まりそうになったらブリンク連打を頼む!!」


『まかせんしゃい!』


「ん?誰に話しておるんじゃ?まあいい。では……ゆくぞ!」


腕ではなく、百目鬼本体が信じられない速度で俺に迫る。

更に上空の無数の目玉も、同時に俺に向かって突っ込んで来た。


『ブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリ』


即座に回避が必要と判断したぴよ丸の高速ブリンク。

連続転移で目玉の落下範囲から逃げ――


「かかかか!動きが直線直ぎるぞ!!」


――られない。


ブリンクで転移した先に奴の手が迫り、ブリンクより早く体が弾き飛ばされる。

目玉が落下してくる範囲に戻す様に。

ぴよ丸が頑張ってブリンクを続けてくれるが、転移した瞬間、百々目鬼によって吹き

飛ばされてしまう。


……くっ、転移速度より百々目鬼の動きの方が早い。


Sランク冒険者すら出し抜いた高速ブリンクだったが、それでも目の前の化け物には通じない。

目玉の落下範囲から抜け出せず、頭上から巨大な目玉が俺に覆いかぶさって来る。


「くっ!」


それは間一髪ブリンクで躱せた。

百々目鬼が自分の目玉に巻き込まれない様、一歩引いたからだ。


お陰で落ちて来た目玉と目玉の隙間に逃げ込む事が――


「なっ!?」


目玉から無数の棘が飛び出し、互いの目玉に突き刺さる形でその隙間を埋め尽くす。


『不味いんじゃマスター!転移する隙間が無くてブリンクが失敗する!!』


棘が障害物になって、ブリンクが出来ない状態。


「なら小さな虫に変身して――」


人間サイズだと棘が邪魔して転移できないが、小さな虫になれば問題ない筈。

そう咄嗟にぴよ丸に指示しようとするが、それを言い終えるよりも早く、目玉どうしが俺を挟み潰す様に動いた。


「ぐ……がっ……ばずび……」


目玉と目玉に挟まれたと言うより、隙間なく完全に飲み込まれた感覚。

ひょっとしたら別々の目玉が融合したのかもしれない。

視界は白い何かに覆いつくされ、俺はその場から全く動けなくなってしまう。


くそっ、このままじゃ本当に異世界に連れていかれてしまう。

そんな訳にはいかない。

俺には守るべき家族がいるんだ。

こんな化け物に、それを邪魔されて溜まるか!


「ぐ……ぐぞ……ぉ」


必死に藻掻く。

なにがなんでも此処から脱出しなければと力を込めるが、だがビクともしない。


くそっ!

くそくそくそくそくそくそ!

アングラウスに分身を付けて貰っていたならこんな事には!


アングラウスの分身は自動ではなく、彼女本人が行動を管理している。

そのため、分身を増やせば増やす程意識を裂く必要が出てしまう。

それでも二体ぐらいならどうって事は無いそうだが、エリスの訓練を見ながら更に一匹追加と言うのは、流石のアングラウスでも厳しい状態だった。


だから俺には分身が付いていないのだ。


『エリスの訓練効率を少し落とせば、付けられなくもない』


そう言われたが、俺は断っている

それはエリス達への気遣いだったのだが、まさかここにきてそれが致命になるとは、あの時は考えもしなかった事だ。


叶うのならば、ぴよ丸のブリンクさえあれば何が起こっても最悪どうにでもなると考えていた自分をぶん殴ってやりたい。


『マスター、これは大ピンチじゃな……』


ぴよ丸が俺に声をかけて来る。

こんな状況にもかかわらず、その声に焦りは感じられない。


『こうなっては仕方がない……アレを使う!』


アレ?

何を言ってるんだこいつは?


『うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』


ぴよ丸が、鼓膜が破けそうな程の雄叫びを上げる。

只の悪ふざけではなく、それは魂の底からの雄叫び。


「——っ!?」


突然俺の左目が熱を持つ。

そしてそこから、何か得体のしれない炎の様な熱気――力が溢れ出して来た。


これは……


『封印解除!』


封印……そうか!

ぴよ丸の左目には、得体のしれない力が封印されているとアングラウスは言っていた。


――ぴよ丸は今、その力を解放したのだ。


「ぐううぅぅぅぅ……」


これならいける!


体中を燃やし尽くす程の熱。

俺はそれを自身に取り込み、そして――


「はぁっ!」


――力を爆発させ目玉を吹きとばした。


『オーバーリミットぴよ丸様の誕生じゃい!』

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