第68話 算段

「さて、再開と行くかの」


化け物が動き出す。

ターゲットは俺ではなく、別の奴らだ。


「ぴよ丸。魔法を詠唱しておいてくれ。発動のタイミングは指示する」


『ラジャ!』


俺は壁に向かって走り、勢い良く手にした槍を突きこむ。

だが全く刺さらず、ダメージを受けていた槍の柄の部分がへし折れてしまう。


……一応ダメ元で試してはみたが、やはり俺のパワーで崩すのは無理か。


「【クロススラッシュ】!」


直ぐ近くで、ポーションを飲んで回復した蟹山が壁に向かってスキルを放っていた。

だがやはり傷一つついていない。

カイザーギルドの奴らも手詰まりと考えていいだろう。


「くっ……顔悠かんばせゆう!力を貸せ!協力してあの化け物を始末するぞ!!」


蟹山が、生き延びるための共闘の申し込んで来るが――


「断る」


――俺はそれを、秒でバッサリと切り捨てた。


敵の敵は味方?

そう言う共闘は、勝ち目が生まれるから成立するのだ。

たとえ俺達が組んだところで、力の差を考えると勝機など微塵もない。


当然、それは蟹山達も分かっているはず。

それでも共闘を申し出て来たのは、俺を死なない肉壁おとりにして、自分達だけでも逃げる算段をつけるつもりだからに違いない。


それでなくとも、不死を殺せないという保証などないのだ。

こいつらとの遺恨がなくとも壁を買って出るつもりにはなれないと言うのに、誰が糞みたいなカイザーギルドに利用されてなどやるものか。


「正気!?いくら不死身でも食べられたら死に続けるのよ!?」


魔法使いの女が、喚く。

先程までの丁寧な物言いと比べて口調が荒いのは、命の危機に瀕して本性が出たって所だろう。


「食われたら内側から攻撃するだけだ」


これは冗談だ。

不死を生かした戦法が通用するかも定かではないので、そもそも食われない様に立ち回るつもりだ。

あの手に捕まれても、俺ならブリンクで脱出可能だからな。


「てめぇ!」


「怒ってる暇があるなら、生き延びる事に全力を尽くしたらどうだ?またお仲間の人数が減ってるぞ」


化け物は最初に狙った二人を食い殺し、更に別の二人へと手を伸ばしていた。

俺を含めて残りは10人。

後5セットでゲームオーバーの状態だ。


まあ俺は逃げ切って見せるが。

その為の算段も既に立っている。


「じゃあな、頑張れよ」


俺は壁沿いに、蟹山達から離れる様に素早く動いた。

化け物の腕に追われたAランクが、助けを求めて彼らの元に走って来たのが見えたからだ。

化け物が急にターゲットを変え、巻き添えで掴まれてはかなわないからな。


「ちっ!こっちにくんじゃねぇよ!」


「私達を巻き込むな!!」


それに気づいたSランク三人も俺と同じ様にその場を動こうとするが、運悪く魔法使いの女が追われていたAランクの巻き添えで、右手に同時に掴まれてしまう。

そしてそのまま化け物の口に運ばれ、喰い殺された。


残りは7人。

そろそろ俺がロックオンされてもおかしくない数だ。


「ぴよ丸、魔法は」


『詠唱済みじゃい!後は放つだけ!』


「わかった。なら――」


俺は魔法発動後にすべき事を、ぴよ丸に指示する。

更に二人が食われ。

残り5人になった所で、遂に俺がロックオンされてしまう。


「今だ!」


左手は俺を狙い。

右手は別の人間を狙い、明後日の方向に向いている。

そうなる様、他の人間達となるべく対極になる様に俺は動いていた。



奴の肉体には頭部がなく、目が付いていなかった。

だが、だからと言って視界がない訳ではない。

実は目玉は、その両掌につていたのだ。


『燃え盛れ!ワシの情熱の炎!フレイムテンペスト!!』


俺の合図に合わせ、ぴよ丸が炎の魔法を放つ。

言うまでもないが、この魔法ではあの化け物にはダメージを与える事は出来ない。


なら何故使ったのか?

その目的は炎による目くらましだ。


此方に向いている左手の視界を炎で潰し――


「変身を」


『ラジャ!』


――その間に変身をする。


目的は自らの姿をくらませる事。

そしてそのために選択したのは蚊だ。


細く小さな体は視界にとらえづらく、一度見失えばそう簡単に見つける事は出来ない。

炎で視界を潰し、その間に素早く上昇してしまえば、奴が俺を見つけ出すのは至難の業だろう。


更にぴよ丸には変身と同時に、魔力が体内から放出されない様コントロールする様に指示を出している。


アングラウス曰く。

魔力を持つ者は、極々微量ながら、魔力を無意識に体外に放出してしまっているらしい。

そしてその微かな魔力を感知する事で、相手の動きを把握する事も可能なのだそうだ。

更に、感知系のスキルも大半がこの放出された魔力を感知しているタイプらしい。


この化け物がそう言った感知能力を持っているかどうかは分からないが、万一能力を持っていたら、せっかく蚊になって視界から消えてもそれが無駄になってしまう。

だから魔力を放出しない様、コントロールする様指示したという訳だ。


因みに、ぴよ丸はエリスの訓練の大本になっている事からも分かると思うが、魔力のコントロールは非常に上手かったりする。


『完璧じゃ!』


俺の肉体が一瞬で縮み、蚊の姿へと変化する。

変身は見た目だけではなくその特性も得る事が出来るため、今の俺は羽を羽搏かせる事で空を飛ぶ事が出来た。


……このまま壁を飛び越えて退避する。


羽を羽搏かせると、体が一気に上昇する。

通常の蚊ではこのスピードは出ない。

変身しても人としてのステータスがそのまま残るからこその高速上昇だ。


『マスター!奴めは完全にワシらを見失って居る』


炎を突き破って飛び出して来た奴の左腕は、俺のずっと下方を通り抜けた所でその動きを止める。

俺を見失ったからだ。

そして奴の左手は、俺を探す様にうろうろする。


……延々探してろ。


その間に俺は壁を乗り越えさせて貰う。

あばよ。


『マスター!あ奴の体が!!』


羽を羽搏かせ、更に体を上昇させていると、ぴよ丸が俺の中で大声を上げる。

何事かと思い下方へと視線をやると――


なんだ!?

目が増えた!?


――化け物の全身の至る所に、隙間なく大量の目玉が開いていた。


その一つと目が合う。

いや、そんな訳はない。

もう既に、奴とは数十メートルは離れているのだ。


俺から見て、奴の肉体は500円玉サイズの距離。

蚊である俺の姿が奴に見える筈がない。


だが、奴の全身の目が一斉に此方に向く。

そして次の瞬間、奴の姿が消えた。


「かかかか!面白い!」


そして奴の声が頭上から――


「だが残念じゃったのう。我が名は百々目鬼ドドメキ。目が大の自慢でな」


視線を上げるよりも早く、全身に衝撃が走った。


「がっ!?」


そのダメージで変身が解け、俺の肉体が真っ逆さまに下に落ちて行く。

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