第67話 化け物

ダンジョン情報に無い、人語を解する異形の魔物。

不意を突いたとはいえ滝口を一瞬で食い殺すその戦闘能力は、明らかにこのAランクダンジョンのレベルから逸脱しているとしか思えない。


異世界からの侵略者。

俺の脳裏に、一瞬アングラウスの言葉が思い浮かぶ。


アングラウスは、いずれ世界は異世界からの侵略者によって滅ぼされると言っていた。

ならばこの見た事のない魔物が、その先触れである可能性は十分考えられる。


「さて、では次は……」


異形の魔物が手を伸ばす。

その手は物理法則を無視したかの様に長く伸び、近くにいたプレイヤー達を鷲掴みにする。


「くそっ!」


「は、離せぇ!」


捕まった二人が、脱出しようと武器でその手を攻撃するが――


「かかかか。イキが良くて食いでがありそうだ」


魔物はそれを意に介さず、楽し気に笑う。


「うわぁぁぁ!!」


「た、助けてくれ!」


「ちっ!」


捕まれた状態から、魔物の元へと引き寄せられる捕まったプレイヤー二人。

その時、青髪のSランクが仲間を救うため魔物へ向かって動いた。

その動きに、赤毛の大男も追随する。


蟹山は良いのかよ?


そう思って視線を戻すと、そこに奴の姿はなかった。

視線を巡らすと、さっき俺を拘束した5人目のSランクが、蟹山にポーションを飲ませているのが見えた。


「魔物の乱入に意識がそれた隙に、保護されちまったか」


……トドメを刺し損ねたけど、まあいい。


今は、俺もあの侵略者と思しき魔物に集中するとしよう。


「そいつらを放せ!【パワースラッシュ】!」


速度が売りであろう青髪が一気に間合いを詰め、仲間を掴んでいる魔物の腕をスキルで斬りつけた。

先程は槍を使っていたが、奪われた槍の代わりに今その手には剣が握られている。


「かかかか。そんな攻撃わしにはきかん」


だがその攻撃は魔物の腕を切り裂く事無く弾かれてしまう。

切りつけられた腕には掠り傷一つついていない。

完全にノーダメージだ。


Sランクの攻撃が完全に効かないのか……


「な、バカな……」


自分の一撃が効かなかった事に、青髪が驚愕し動きを止める。

その間に、魔物は手に掴んでいた二人を自分の腹部にある口に無造作に放り込む。


「うわあああぁぁぁ!!」


「嫌だ!いやだ助けて!!」


そして咀嚼する。


「貴様!」


「次はお前たちの番だな」


化け物の両手が再び伸びる。

その向かう先は目の前の青髪と、自らに突っ込んで来る赤髪重鎧の大男だ。


「捕まるかよ!【流星シューティングスター】!」


「弾き飛ばしてくれる【ハイパワーチャージ】!」


青髪がスキルで速度を上げて回避を試み。

赤髪が突進系の攻撃スキルで、その手を弾き飛ばそうとする。


だが――


「ぐっ!」


「馬鹿な!?」


青髪を狙った左腕の速度が急激に上がり、高速で回避を狙った青髪をあっさりつかみ取る。

そして突進スキルを受けた右腕は、しかしびくともせずに赤髪の巨体を握り付けた。


「くそっ!放せ!!」


「おおおお!【パワーブレイク】!」


手の中で暴れる二人。

だが化け物は無情にもその二人を無造作に口の中へと放り込んだ。


「ぎゃあああああ!!」


「いだいいだいぃぃ!!」


二人の絶叫と、それを噛み砕く咀嚼音。


『マスター!ワシの勘が言ってるぞ!さっさと逃げろと!』


「気が合うな。俺もそう思っていた所だ」


Sランクプレイヤーの、スキルを使った攻撃を直撃しても無傷で。

更にAランクとSランクのプレイヤーをおやつ感覚で貪る化け物。


その能力は間違いなくSSランク以上だ。

いや、ひょっとしたらSSSランクすらも超えている可能性すらある。


……今の俺が奴と戦っても、一方的に蹂躙されるだけなのは明白だ。


え?

不老不死だから別に負ける心配はない?


それも正直、俺は怪しいと思っていた。

あの化け物が本当に異世界からやって来た様な非常識な存在なら、不老不死すら殺す手段を持っていてもおかしくないからだ。


無駄なリスク。

しかも命に係わるリスクを背負うつもりはないので、ここはさっさと逃亡させて貰う。


もちろん、化け物相手に逃げると言う選択肢を選んだのは俺だけではない。

俺の動きとほぼ同時に、全員がその場から逃げ出す。

まあ当然の判断だ。


「【詠唱破棄】……タワーウォール!」


突如前方に、地面から巨大な壁がせりあがって行く。

それは目の前だけではなく、周囲一帯を取り囲む様にそびえ立っていた。


「かかかか、逃がさんよ。折角情報集めの小休憩に見つけた戯れだ。最後まで楽しませて貰わんとな」


不味いな……


ブリンクは、転移距離を超える分厚い物体を超える事は出来ない。

そして周囲を取り囲む壁の厚さは、せりあがる時にちらっと見えたが、間違いなく数メートルはあった。


つまり、ブリンクでの脱出は不可能である。

かと言って、あの化け物が生み出した分厚い魔法の壁が俺に壊せるとは思えない。


脱出方法は、壁を乗り越えるしかない訳だが……


壁に沿って視線を上げるが、そのおわりは全く見えない。

恐らく、高さ数百メートルはあると考えていいだろう。


……絶対のん気に越えさせてくはれないよな。


「さて、では続きと行こうか」


死ぬ程厄介な事になった。

そう心の中でぼやき、俺は振り返って化け物を睨みつける。

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