第66話 闖入者

……浅い。


俺のカウンターの一撃は、青髪の男の肩を浅く切るに留まる。

奴が槍を手放し、回避を選んだからだ。


槍を惜しんでいたら肩からバッサリ行けたんだが、なかなかいい判断してやがる。

Sランクは伊達ではない様だな。


「オラァ!【ヘヴィーウェイト】」


青髪に対応するために突進を完全に無視した赤毛の大男の、盾を構えてのジャンプ体当たりを俺はもろに受ける。


「く……」


「そのまま潰れろ!」


スキルによる加重の乗った、その上方からの体当たりは強烈の一言。

体の骨が何本もへし折れ、更に相手はそのままの勢いで俺を上から抑え込もうとして来る。


こっちの動きを封じるつもりなんだろうが、ゴツイ大男に押し倒される趣味はない。


「なにっ!?」


俺は地面を強く蹴ると同時に、剣状にしていた炎を両手から噴射させ後方に飛んでその状態から脱出する。

気分は某映画の、ハイテクスーツマンだ。


「逃がすかよ!」


そこに蟹山が飛び掛かって来る。


「その両手足を切り飛ばしてやる!」


その剣が白く輝き――


両手足を同時に切り裂かれるのは宜しくない。

そう判断した俺は、腹に刺さったままの槍を勢いよく引き抜き、それに炎を纏わせ攻撃を迎え撃つ。


魔力がないから、それは効果の発揮しないただの堅いだけの槍じゃないかって?

受け止めるだけなら堅いだけでも十分だ。

何より、今の俺には十分過ぎる魔力源――ぴよ丸がいる。


「【クロススラッシュ】」


――まるで二本に増えたかに見えるほど高速の斬撃が、交差する形で俺に同時に襲い掛かって来た。


恐らく、先ほど魔法を散らしたスキルだろう。

俺は槍を横にしてそれを受け止める。


「はぁっ!」


凄まじい衝撃に、手にした槍が軋んだ様な悲鳴を上げ、受け止めた部分中心に罅が走った。

両手両足の骨と筋、それに背骨も折れたのがハッキリと分かる。

この出鱈目な威力から考えるに、恐らく今のはユニークスキルだろう。


「なんだと!?俺の【クロススラッシュ】を受け切りやがった!?」


「大した威力じゃないな!」


攻撃を受け切った俺は、お返しとばかりに手にした折れかけの槍を蟹山へと振るう。

結構なダメージだったが、不死身なのでもう回復済みである。


因みに、不死身にも拘らず態々攻撃を受け止めたのは、相手の連携攻撃を受け切るだけの実力が俺にあるとハッキリと知らしめる為だ。


Sランクの連中は、自分達4人がいればどうにでもなるって顔してやがったからな。

奴らは魔法を見たうえでなお、俺の事を舐めていた。

だから、自分達がどれだけ危険な奴を相手にしてるのか教えてやったのだ。


「ちっ!」


蟹山が俺の一撃を後ろに飛んで躱す。


「まさか俺達相手に此処まで立ち回るとはな……」


「何をどうしたら、たった一月でここまで強くなれるってんだ……」


「……油断ならん相手だ」


三人が俺を睨みつけ、慎重にジワジワと間合いを詰めて来る。

背後では、ローブの女が長々と魔法を詠唱しているのが見えた。


どんな魔法か分からないが、先に潰しておいた方が良さそうだ。

そう思い、動こうとしたが――


「——っ!?」


――その動きが遮られる。


まるで手足に枷を嵌められたかの様な感覚。

視線を向けると、植物の様な物がいつの間にか俺の手足に絡みついていた。


「これは……」


ローブの女の魔法!?

いや、女はまだ詠唱中だ。

それに手足を拘束するそれは、俺の背後から延びている。


「隠し玉の5人目まで使う羽目になるとはな、大したもんだぜ。顔悠かんばせゆう


「5人目……ちっ、Sランクは5人いたのか」


完全にしてやられた。

まさか俺1人にSランクを5人も用意し、しかもその1人が隠し玉として動くとは思いもよらなかった事だ。

いくら何でも本気出し過ぎだろうに。


「ぴよ丸!魔法が使えるなら俺にぶちかませ!」


手足に絡んだ植物は、力づくでは引きちぎれない。

炎の剣でも焦げ付かすだけで、断ち切るには時間がかかりそうだった。


『ラジャ!』


なので、ぴよ丸の魔法で一気に焼き払って貰う。


『フレイムテンペスト!』


発動と同時に周囲から炎が吹き上がり、俺の全身を燃やし尽くす。

激痛を無視して手足を動かすと、拘束は狙い通り解けていた。


「よし、これで――」


ぴよ丸の魔法の効果が終わり、炎が消えると――


「捕らえました。光の牢獄シャインプリズン


――足元が光っていた。


そしてそれは複数の光の柱となって俺を取り囲む。


「これは……」


だがそれ以上は何も起きない。

名前からして、対象を閉じ込める系の魔法なのだろう。


周囲を取り囲む光の柱は、人の通りようのない等間隔で並んでおり、上を見ると光が格子状に合わさって抜け出せない様になっていた。

手を伸ばし光に触れてみると、強い衝撃に手が弾かれてしまう。


結界……いや、違うか。

アングラウスレベルでさえ、結界の重複は干渉しあうと言っていたからな。

単純に魔力による檻と考えるべきだ。


「その牢獄は、SSランクのプレイヤーでも簡単に抜け出す事は出来ません。貴方の魔法でもビクともしないわ」


ローブの女がドヤ顔で語る。


「なるほど、初めっからこれで俺を拘束する狙いだった訳か」


不死身を押さえる一番の方法は、行動不能にする事だ。

何かそういった手が用意されているだろうなとは思っていたが、正にこれがそうなのだろう。


いや、油断は良くないな。

さっきそれで足を掬われたばかりだ。

他の手段も警戒はしておいた方がいい。


「けど……これを長時間維持するのは無理だろ?無意味だな」


SSランクでも簡単に突破できない封鎖魔法。

そんな魔法を、Sランクのプレイヤーが長時間維持できるとは到底思えない。


しかも結界まで張っている訳だからな、ちょっとした時間稼ぎにしか……いや、だったらなんで女は自信ありげなんだ?


その問題は本人が一番分かっているはず。

にも拘らず、魔法を使った女は笑顔を崩さない。


「普通ならそうですね。ですが、私にはユニークスキル【魔法維持】があるので……この手の効果を維持するタイプの魔法の威力を高めて、更に魔力の消耗を大幅に抑えてくれるスキルですよ」


「ユニークスキルか……」


Sランクだけあって、持ってる奴が多いな。


「最初このスキルを手に入れた時は、完全にハズレだと思ったんですど……派手さはないですが、結構使い勝手が良いんですよ。こうやって貴方を捉える事にも成功した訳ですし」


捕らえた、ねぇ。

相手は俺を閉じ込めたつもりの様だが、こんなもの、その気になれば簡単に抜け出す事が出来る。


さっき光に触った感じだと、光に触れさえしなければ問題なく通り抜けられそうだったからな。

恐らく、外部から剣や槍を突き刺して攻撃できる様にする為の隙間だろうと思われる。


なのでぴよ丸の変身で小さな虫になれば余裕だ。

もしくはブリンク。


「……」


だが俺は余計な事は口にせず、外の奴らを睨みつける。

如何にも手も足も出ませんって感じで。

そうすれば、油断した相手が近づいてくるかもしれないから。


「素直に話せば、こんな所からは直ぐに出してあげます。強情を張る様なら、増員と一緒にカイザーギルドに来てもらう事になりますよ?」


「……」


「答える気はねぇってよ。へっ、余程痛い目を見たいらしいな」


蟹山が寄って来て、俺に向かって剣を突きつける。

出来れば魔法使いの女を最初に始末しときたかったが、まあこいつでいいだろう。


「今の自分の立場を教えてやるぜ!」


蟹山の突き。

それを躱し、俺は光ギリギリに体を寄せる。


「ぴよ丸。ブリンクだ」


『ラジャ!アルティメットブリンク!!』


次の瞬間、俺の体は一瞬で光の檻を抜け蟹山の直ぐ横へと移動する。


「なっ!?」


絶好の攻撃チャンス。

俺は驚愕する蟹山に向かって炎の剣を振るう。


「がっ、あぁ……」


その一撃は奴の左腕を切り飛ばした。


「もう一発!」


苦痛に表情を歪める蟹山に容赦なく俺は追撃をかける。

流石にそれを直撃する程間抜けではなかったが、俺の剣は奴の足を深く切り裂く。


片腕を失い。

片足を深く切り裂かれているのだ。

次はもはや躱せないだろう。


「ひぃぃ……」


トドメを刺すべく剣を振り上げた所で――


「——っ!?」


大爆発が起こる。

俺に対する攻撃ではない。

ぴよ丸の攻撃魔法でもない。


驚いて視線を向けると、粉塵が上がるさまが目に飛び込んできた。


驚いているのは俺だけではない。

カイザーギルドの奴らもその方向を凝視している。


「なんだ……」


その粉塵の中から――異形が姿を現す。

首のない人の上半身の様な姿の化け物。


「かかかか、楽しそうな事をしておるな。ワシも混ぜて貰うとしようか」


腹にある大きな口から人間の言語が発せられる。

その手には滝口が捕まっていた。


「た、助けてけれぇ……」


奴は必死に暴れているが、化け物はそれを意に介してもいない。


「お題目はそうじゃな……鬼ごっこと行こうではないか。ワシに捕まれば――」


「ひぃやぁ!?」


化け物は掴んでいた滝口を自らの腹部にある口に放り込み――



そして咀嚼そしゃくする。


滝口の断末魔。

その後のバキボキグチャグチャと響く咀嚼音に、その場にいた者全員が唖然とする。

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