第58話 脅し

「契約期間は15年間。もちろん契約金とは別に、ダンジョン攻略の貢献に応じて報酬は支払われるのでご安心ください」


4人部屋の病室。

敷居となってるカーテン越しから、聞いた事のある声が聞こえて来る。

柏木豊かしわぎゆたかの声だ。


ベッドの3つは空で、今使われてるのは左奥のベッドだけ、まずそこで間違いないだろう。


「ちょっと失礼しますよ」


俺は声をかけてからそのカーテンを開き、中の様子を確認する。


ベッドには病人特有のやつれ方をした女性が寝ており、その脇にはくたびれた風貌の男性と十代前半と思われる少年——恐らく旦那さんと息子さんだろう――が立っていた。

そして何故か唯一の椅子には柏木が座っており、その背後には黒服の男が控えている。


家族差し置いて何当たり前の様に座ってやがんだ、こいつは?


なんか無性にイラっとして椅子の足を蹴りたくなったが、ぐっと堪えた。

病室で暴れるとかありえないからな。


因みに、5人とも俺の登場にポカーンとした表情で固まっている。


まあいきなり交渉中に突然人が入ってきたら、そりゃ驚くよな。


「初めまして。俺は顔悠かんばせゆうと申します」


「き、き、君が何故ここに……」


俺が笑顔で挨拶すると、柏木が俺を指さして来る。


「何故ここに?もちろん、カイザーギルドへの意趣返いしゅがえしのためだ」


恥ずべきことなど何も無いので、堂々と宣言する。

報復を。


「い、意趣返しだと!?」


「ここは病室なんだが?カイザーギルドは病人の前で大声を出すのが常識なのか?」


「うっ……病室で堂々と意趣返しなんて口にする君に、常識云々言われたくないがね」


柏木が声を荒立てたので嫌味っぽく注意したら、言い返して来た。


「俺は聞かれたから答えただけだけど?まあいい。アンタと下らない話をする為にここに来たわけじゃない。俺は――」


俺は親子に視線を向ける。


「貴方達に話があってきました」


「わ……私達にですか?」


「はい。条件を一つ飲んで頂けるのなら貴方方に8000万円プレゼントします」


貸すのではなく、金は丸々プレゼントする。


貸すんじゃただの借り換えにしかならないからな。

それだと契約金貰ってカイザーギルドに息子を入れるって話の妨害にはならない。

8000万は大金だが、アングラウスの協力があれば稼ぐのはそれ程難しくはないだろう。


え?

借金は3000万じゃないのかだって?


贈与税がかかるから、借金分ジャストだけ渡すと半分以上借金が残ってしまう。

8000万の55%は4400万。

この額でも、彼らの手元に残るのは3600万程でしかない。


因みにプラスアルファの600万は、明らかに経済状況が良くなさそう親子が生活を立て直すための金である。


奥さんの入院費とか。

旦那さん、いかにも今は職がないって風貌してるし。


「「「——っ!?」」」


俺の言葉にその場の全員が息を飲む。


「条件と言うのは、息子さんを絶対カイザーギルドに入れないという物です。それさえ約束して頂けるのなら、8000万円貴方達に渡します。借金ではなく、贈与と言う形で」


「君……冗談にしても質が悪いんじゃないか?」


「俺は本気だぞ。カイザーギルドの邪魔をする為なら8000万ぐらい安いもんだ」


「くっ、カイザーギルドに一体何の恨みが……」


何の恨みがあるのか?

そう言おうとして、柏木は途中で言葉を飲み込む。

そりゃ心当たりがありまくりだから当然だろう。


「あの……その……本当に私達にお金を?」


女性がおずおずと聞いて来る。

まあ突如降ってわいた幸運を疑うのは当然だ。


「本気です。成人後の事までどうこう言いませんが、貴方方の保護下にある間はカイザーギルドに所属させないと約束してくれるのならお金をお渡しします。何なら先にお金を振り込んでも構いません。口座番号を教えてください」


その約束で少年の選択肢を一生縛るつもりは流石にない。

どうせこの少年が成人する頃には、カイザーギルドへの報復も終えてるだろうしな。

残ってるかどうかはともかく、それでも入ると言うなら止める理由はない。


「おい待て!今はこっちが話してる最中だろうが!勝手に割り込んでんじゃねぇ!」


唖然とする柏木に代わって、それまで黙ってその背後で立っていた黒服の男が口を挟んで来る。


「より好条件を提示できる俺が、ハイエナ共の後ろに並んでやる謂れはないな。後、ここは病院だ。大声をだすな」


実質タダで貰えて問題が解決できるのに、自分達に不利な交渉を優先して受け入れなければならない理由などない。

先がどうとか、厚かましいにも程のある話だ。


「テメェ……」


黒服の男が殺気立つ。

アングラウスが太鼓判を押しているので、コイツと戦う事になっても問題はないだろう。

だが、病人や子供の前で暴れる様な真似は避けたい。


なので俺は柏木の方を見る。


「柏木。ここが俺の結界内ってのは理解してるよな?」


俺の周囲に強力な結界が張ってある。

その事は交渉係の柏木の耳にも入っている筈だ。

カイザーギルドがあの後、俺に接触しようとしなかったとは思えないからな。


ならばこれは脅迫に使えるはず。


「10秒だけ時間をやる」


実際は俺に近づけない為だけの結界な訳だが、その詳細をしってるのはエリス達ぐらいである。

柏木は知らない。

ただ弾くだけじゃないと脅しをかければ、身の危険を鑑みた行動をとる筈だ。

何せ高ランクのプレイヤーすら容易く弾く結界な訳だからな。


「うっ……く……吉岡、帰るぞ!」


「え……でも……」


「良いから帰るぞ!」


柏木が黒服を連れて病室を出ていく。

気分は『悪は滅びた!』状態だ。


いや、流石にそれは言い過ぎか。

言う程スッキリはしてないし、8000万も使ってしまったしな。

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