第55話 ブリブリ
アングラウスの張った結界には、俺に悪意や欲望を持って近づく相手を遮る効果がある。
その効果はエリスレベルのプレイヤーすら突破不可能で、強力な物だが――
この結界には穴が二つあった。
一つは、相手が敵意や害意なんかを持っていても、俺に近づくという目的で動いていない場合は結界を素通りしてしまう点だ。
あくまでも相手が俺と会うために近づくのを防ぐだけで、意図せぬ不意の遭遇は防げない。
もう一つは、ダンジョン内では効果が発揮しないという点である。
どうもダンジョン内は通常の空間とは別の法則が働いているらしく、別途結界を張らないとだめだそうだ。
じゃあもう一つ張ればいいじゃないかと思うかもしれないが、同系統の結界を重複して張ると、お互いが干渉しあって機能に不具合が発生するらしい。
まあ何が言いたいのかと言うと、滝口との遭遇は完全にその穴による物だと言う事だ。
「何か用か?ダンジョン内じゃ、他人には不干渉がマナーだぞ」
ダンジョン内で他者と接触しても、余計なトラブルの元になるだけだ。
なので出来る限り他のプレイヤーとの接触を避けるのが暗黙の了解となっている。
「マナー?そう言うのは対等の相手にだけしてりゃいいんだよ。テメーみてぇな格下に、そんなもん気にする必要あるかよ」
ニヤニヤ笑いながら、滝口はふざけた事を口にする。
相手で態度を変えるとか……
俺の知るマナーと、こいつの脳内のマナーは完全に別もの様だ。
「Aランクダンジョンに自力で来れてるのに、この場にいるお前に格下呼ばわりされる謂れはないんだがな」
にしても……少し前にCランクになれるとか言ってた奴が、もうAランクダンジョンにまで来てるのか。
カイザーギルドの養殖技術の素晴らしさよ。
そりゃ新人が大手に入りたがるのも頷けるわ。
レベリング速度が段違いすぎる。
「はっ!俺はカイザーギルド所属なんだぜ!無所属のテメーとは次元が違うんだよ!」
分かりやすいほど分かりやすい虎の威を借る狐である。
そもそも。
大手に所属、イコール偉いと思えるその精神構造が謎だ。
「おい、滝口。こいつは100億の男か?それにしちゃ、随分パッとしねぇじゃねぇか」
赤毛の男が滝口の肩に手をまわし、俺を値踏みするかの様に俺の顔をまじまじと見てくる。
「貴重な情報を持ってるってだけで、こいつにそんな価値はありませんよ。それだってここで吐き出す訳ですからね」
まあ分かってはいた事だが、やはりレジェンドスキル関連の情報を奪う為にやって来た様だ。
でなけりゃ、カイザーギルドの人間?引き連れて俺の所までやって来はしないわな。
「ははは、そりゃそうだな。感謝するぞ、顔悠。お前のお陰で、カイザーギルド内の俺達の立場が上がるってもんだ」
「特別ボーナスも期待できますね」
こいつらの頭の中ではもう、俺から情報を引き出した後のビジョンが見えている様だ。
情報なんて持ってないのに、馬鹿な奴らである。
「さて……それじゃあ痛い目にあいたくなけりゃ、さっさとレジェンドスキルの突破方法を話す事だな」
ダンジョン内は一種の無法地帯だ。
仮に人を殺しても、証拠が残らなければ罪に問われる事も無い。
まあ俺は死なない訳だが。
「そんな情報はないって言ってるんだがな。まあ仮に知っててもお前らになんざ絶対話さないが」
「随分と強気じゃねぇか」
相手の数は全部で7人。
滝口は養殖中と考えても、残り6人はガチのAランクプレイヤーと考えるべきだろう。
うーん……ダメージ無視の自爆攻撃を俺がやるってのは、流石に想定するよな。
俺が不死身だと言う情報は、当然奴らも知っている。
なので、相打ち覚悟の攻撃を警戒して動いて来るはずだ。
そうなると、この人数差で戦って勝つのは少々厳しいと言わざる得ない。
適当に相手をしつつ、隙を見てゲートまで逃げ込むのが正解か。
外で襲ったら即御用なので、ゲートから外に出れば奴らも手出しは出来ないからな。
……まあ、相手が疲労するまで延々戦うという選択肢もなくはないが。
「言っとくけど逃がしゃしねぇぞ」
「メンバーのうち三人が、今外に応援を呼びに行ってるからな。テメェはここでゲームオーバーだ」
長期戦はダメな様だ。
逃げるにしても、余り時間をかけると追加がやってきて面倒な事になる。
なら――
「逃がさねぇっつったろ!」
逃げ一択と、後ろに跳ねてゲートに向かおうとしたが、赤毛の男が俺を蹴り飛ばす。
とんでもない速さだ。
恐らく、速度に関係するユニークスキルの持ち主なのだろう。
俺は即座に立ち上がるが、そこに炎の魔法が飛んでくる。
「くっ!?」
炎に全身が焼かれる痛みに、呼吸や視界まで遮られる。
炎魔法は厄介極まりない。
が、俺には大した意味はない。
なのでダメージを無視して走るが――
「甘めえっての」
即座に吹っ飛ばされる。
「くそっ……」
視界が戻ったら5人に囲まれている状態だった。
「ははは、ほんと不死身ってスゲェな。今のでぴんぴんしてるんだからよぉ。けどまあ、相手が悪かったな。Sランクプレイヤーの俺から逃げられるとは思わねぇこった」
Sランクかよ……
そんな奴が態々Aランクダンジョンでの養殖に出向くんじゃねぇよ。
迷惑極まりない。
「ぐっ……」
周囲からバンバン攻撃が飛んでくる。
ダメージ無視のカウンターを叩きこもうとするが、それを見事な連携で潰されてしまう。
ダメージは受けなくても、背後からの攻撃なんかには態勢を崩されてしまうので手も足も出ない。
……駄目だこりゃ。
これで応援待ちとか、理不尽極まりない話だ。
もしそいつらが合流したら、
欲しい情報を話すまで。
偶々他の人間が通りかかり、助けてくれるってのは期待できない。
滝口がさっき探索と言っていたからな。
あいつの追加のユニークスキルは、恐らくそれ関連なのだろう。
そのスキルで近づく人間を見つけ、カイザーギルドの名前で追い払えばこの場は封鎖されたも同然だ。
「おい、そろそろ喋ったらどうだ?お前だって無駄に苦しい思いをしたくはないだろ?言っとくが、助けを期待してるのなら無駄だぜ。滝口のユニークスキルで近づく奴らは全部追っ払うからな」
助けを期待するな……か。
実は当てがなくはない。
アングラウスだ。
俺がどこのダンジョンに行くかは伝えてあるからな。
数日俺が戻って来なければ、たぶんアイツがこのダンジョンにやって来る筈だ。
だから我慢してれば救助はやって来る。
最強の救助が。
とは言え、こんな所で糞共に何日も足止めされてやる謂れはない。
「わかったよ」
「おいおい、もう折れたのか。根性ねーな」
滝口が煽って来る。
それを無視し、俺はその場にいる全員の顔をしっかりと胸に刻み込んでおく。
「ぴよ丸。ゲートに向かってブリンクだ」
「あん?」
『ラジャ!アルティメットブリンク!』
俺の肉体が転移する。
「なんだ?動いたのか!?どうやって」
――30センチ程。
レベルアップに伴い、その転移距離は伸びていた。
だがその距離はいまだに30センチ程と短い。
当然一回の転移で逃げ切るのは不可能だ。
だが――
「ぴよ丸!連射しろ」
『任せんしゃい!アルティメットブリンク!アルティメットブリンク!アルティメットブリンク!アルティメットブリンク!』
スキルの連続使用。
このブリンクには、再使用に必要な待機時間がない。
そして本来は消耗の激しいスキルなのだが、俺と融合したぴよ丸のスタミナは無限だ。
つまり狂った様に連射し放題という訳だ。
だが――
「ちっ!逃がすかぁ!」
「くっ!」
Sランクの赤毛はこの動きに対応してくる。
奴の拳が俺を捉え、他の奴らの方に吹っ飛ばされてしまう。
今のペースだと逃げ切るのは難しいだろう。
なので――
「ぴよ丸!もっとペースを上げろ!!マヨ3本だ」
『ふおおおおぉぉぉぉぉ!漲って来たぞい!!ブリンク!ブリンク!ブリンク!ブリンク!ブリンク!ブリンク!ブリンク!ブリンク!ブリンク!ブリンク!ブリンク!』
さらに加速した転移。
だがそれすらも赤毛は対応してくる。
「くそっ!ぴよ丸!5本……いや、10本追加だ!!」
『ふおおおおおおおお!!最速で!最短で!!真っすぐに!!!ブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリ』
超高速ブリンク。
流石にこれには赤毛も対応しきれない。
ブリブリうっせぇと言いたい所だが、まあそこは我慢するとしよう。
「くっ!逃がすか!!」
俺に剣を刺して貼り付けようとしたが無駄だ。
刺さったからと言って、一緒に転移する訳でも阻害できる訳でもない。
剣をすり抜ける形でそのまま転移は続く。
やがて俺は脱出用のゲートに辿り着く。
「くそが……」
ある程度追いついているのはSランクの赤毛だけだ。
「覚えておけ。借りは必ず返すぞ。必ずだ!」
そう言い残し、俺はダンジョンから脱出する。
最後の言葉は決して脅しなどではない。
必ず借りは返させて貰う。
――何故なら、俺は執念深いからだ。
エターナルダンジョンがクリアできたのも、その執念の強さががあったからこそ。
『マスター!マヨ23本な!』
いや、13本だったはずだが?
まあ大活躍してくれたからサービスしてやるか。
ダンジョンを脱出した俺はスーパーへと向かうのだった。
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