第53話 師弟

「はっ!夢か……」


目を覚ましたエリスがべたべたな事を口走る。

だが残念ながら現実だ。


「目覚めたか?デブ娘」


アングラウスが目覚めたばかりのエリスにド直球を放り込んだ。

どうやら魔竜には情けという物がない様である。


「誰がデブ娘よ!って、やっぱりさっきのは夢じゃなかったって事!?」


「安心するっす。気絶して元に戻ったっすから」


ミノータが水鏡をエリスの前に出す。


「良かった……いえ、よくないわよ!成長した姿もアレだけど、何で元に戻ってるのよ!」


「レジェンドスキルのデメリットによる矯正らしいっす」


「デメリットで戻った……じゃあ駄目じゃないの!」


成長したらデブ。

そしてそれすらも魔力の供給が途絶えたら元に戻る。

まあそら全然だめだよな。


「安心しろ。魔力を供給し続けていれば姿は維持できるし、微細にコントロールすれば成長を偏らせる事も出来る。さっきは何も考えず成長させたからああなっただけだ」


「そ、そうなの?もう、それならそうと先に言ってよね。ビックリするじゃない」


「要望が成長する事だけだったろう?文句を言われる筋合いはないぞ」


「う……」


確かに、彼女が求めたのは肉体を成長させる方法だからな。

一応正論ではある。

まあそこに悪意——と言う程ではないにしろ、悪戯心があった事は疑い様がないが。


「はぁ、私の失態ね……私はスリムな大人の女になりたいの。改めてお願いします。魔力のコントロール方法を教えてください」


「いいだろう。但し、自在に成長させるのは難易度がかなり高い。お前に魔法の才があるとは言え、習得するまでにはそれなりの時間が必要になるぞ」


「どれだけ時間がかかっても構いません。どうか宜しくお願いします」


「我の事は師匠と呼ぶように」


「はい、師匠」


こうしてエリス・サザーランドは、アングラウスに弟子入りする事となる。


「とう!任務完了!マスター報酬のマヨネーズをよこせい!」


エリスからぴよ丸が飛び出し、その頭部を蹴って俺に飛びついて来る。

レベルアップしてステータスが上がっているせいが、見た目の割にその動きは機敏だ。


ていうか、何故俺にねだる?

エリスのために働いたのだから、報酬はその二人から貰うのが筋だろうに。


まあ十文字マヨラーでもない限り普通はマヨネーズなんて持ち歩かないだろうから、そっちにねだっても絶対出ては来ないだろうが。


「しゃあねぇな」


大したコストでも無し。

ギャーギャー騒がれてもウザいので、台所から大量にストックしてあるマヨネーズを三本持って来る。

そしてぴよ丸を片手で抱きかかえ、その口に容器の先端を突っ込んだ。


「んまんまんまんまんまんまんまんまんま」


「ふぉ!?赤ちゃんみたいで滅茶苦茶可愛いっす!」


まあ確かにそう見えなくもない。

だが赤ちゃんはマヨネーズなんか絶対啜らんがな。


「出来たら私もやらして欲しいっす」


「あ、出来たら私も……」


ぴよ丸は無駄に女性受けがいい。

丁度マヨネーズは3本なので、俺は一本づつ二人に譲る。


「で?エリスの習得にはどれぐらいかかるんだ?」


二人がキャッキャ言いながらマヨやりをする姿を見ながら、俺はアングラウスに尋ねた。


「あの小娘次第ではあるが……まあぴよ丸の補助があったとはいえ、魔力による成長を一発で成功させているからな。まあ三か月と言った所だろう」


「ふーん、結構かかるんだな」


「難易度を考えれば、それでも相当短い見積もりだぞ」


俺には魔法の事が全く分からないが、アングラウスがそう言うのだから相当難しいのだろうな。


「我の元で魔力の精密なコントロールを覚えれば、あの小娘は更に力をつけるだろう」


「態々エリスを強化するのは、やっぱ前に言ってた異世界からの侵略者に対抗させるためか?」


「なんだ、覚えていたのか?あれ以来何も聞いてこなかったから、てっきり忘れたのだとばかり思っていたぞ」


「別に忘れてた訳じゃ……いや、忘れてたでいいのか」


直後にういの事があったので、頭から抜け落ちてた感は否めない。

因みに憂の視線は戻って来ていない。

きっと体の慣らし中は、完全に意識が途切れたままなのだろう。


「くくく、素直だな」


「嘘ついてもしょうがないからな」


ひと月も聞かずにいたのだ。

嘘をついてもバレバレである。


「ひょっとしてだけど……いや、ひょっとしてじゃないな。俺にリベンジマッチするから強くなれって言ったのも、その侵略者に対抗させるためなんだよな?」


再会した時のアングラウスの言動は、正直意味不明レベルだった。

だが俺が強くなる事を求め、更にサボらないよう見張る為に傍にいたと考えたなら、その行動も納得出来る物だ。


まあ、アングラウスの言う侵略者が来るって話が正しい大前提ではあるが。


「気づいたか」


「まあ流石にな。で、異世界から来たって言うお前は何者なんだ?それとダンジョンってのはなんなんだ?」


俺は気になっている部分をアングラウスに尋ねた。


「ふむ……ただで教えるのも癪だな。こうしよう、お前がSランクダンジョンをクリア出来るぐらい力が戻ったら、その時に教えてやる」


「何の勿体付けだよ」


匂わせるだけ匂わせといてそれかよ。


「Bランクダンジョンでしこしこ小銭稼ぎしている様な雑魚には、教える価値がないと言う事だ」


雑魚と言われると返す言葉もない。

まあ知りたきゃさっさと強くなれと言う事なのだろう。


ただ――


「俺はSランクダンジョンには入れないんだが?」


レベルが上がらないので、どう頑張っても俺はAランクにまでしかなれない。

つまり、Sランクダンジョンには入れないと言う事だ。

それまでとは違って、S以上はSランクのプレイヤーである必要があるからな。


「そんな物、十文字や目の前にいるエリスに頼めば済む話だろう?」


「ああ、なるほど……」


Sランクの十文字や、SSランクのエリスのお供って形なら、確かにダンジョンに入る事は可能だ。

彼女達ならそれ位協力してくれるだろう。


「話が聞きたければ精々頑張るのだな」


俺の場合は、頑張っても強くなるペースが劇的に上がる訳じゃないんだがな……


「まあ頑張るよ」


取り敢えずそう答えておいた。

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