第51話 安い

「どうやるの!どうすれば大人の姿になれるの!言いなさい!」


意識を取り戻したエリスが、ミノータの襟首を掴みガックンガックントとその首を揺らす。

完全に我を忘れた暴走状態だ。


「え、エリスちゃん落ち着いて!私じゃないっす!知ってるのはあの猫さんっす!!」


「あの猫ね!」


ミノータがアングラウスを指さすと、エリスが血走った目でロックオンするが――


「って……」


詰め寄ろうとして直ぐにその動きを止める。

彼女はアングラウスのレベルを見てる訳だからな。

その事を思い出いして正気に戻った様だ。


「命拾いしたな、小娘」


アングラウスが右前足の爪を伸ばし、口元を歪める。


そのまま突っ込んでいたらどうなっていた事やら……


なにせアングラウスは魔竜だからな。

普段は大人しいこいつも、下手な真似をされて穏便に済ませるという保証はない。

家が滅茶苦茶にならなくてすんで、俺は心からほっとする。


「えーっと……興奮して見苦しい姿を見せてしまったわね。ごめんなさい。それで……ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったわね。私の名はエリス・サザーランド。ギルド気高き翼ノーブルウィング所属のSSランクプレイヤーよ」


「俺は顔悠。無所属だ」


エリスの事は知っていたが、自己紹介して来たので俺もテーブルを片付けながら名乗り返しておいた。


「我はアングラウス。まあ悠の使い魔だと思って貰えばいい」


レベル見られてるし、アングラウスが俺の使い魔という設定には流石に無理があると思うんだが……まあいいか。


「それでアングラウスさん。ミノータの話を聞く限り、貴方がレジェンドスキルの突破方法を知っていると思っていいのかしら?」


「それは知らんな。ただ、我は子供の肉体を何とかする方法を知っていると言うだけだ」


「お願いします!どうか私に御教授ください!」


エリスがその場に膝を着き、両手を付けて頭を下げる。

ざ、土下座のポーズだ。


イギリスにも土下座はあるんかね?

まあ彼女は日本語が堪能ぺらぺらだから、文化的な事も調べてやってると考えた方が無難か。


「教えてやっても構わんが……但し、それには条件がある」


「条件……悪事以外ならどんな条件でも飲むわ。だからお願い。私にその方法を教えて頂戴」


悪事がダメってのはあるが、得体のしれない化け物の出す条件を何でも飲むとか……

俺なら絶対そんな物は受け……いや、家族の命がかかってたら俺も飲むか。

まあそれだけ必死って事なんだろう。


「なに、条件はそれ程難しい物ではない」


「なんでしょうか」


「強くなり続けろ。要は、プレイヤーとして高みを昇り続けろと言う事だ」


強くなり続けろ、か。

十文字に出した条件と同じだな。


……異世界からの侵略者と戦う。


そんな言葉が頭に浮かぶ。

十文字と会った際にアングラウスがした話だ。


あの後、妹との事があったから話しそびれていたが……


崩壊型ブレイクダンジョンの事もあるし、その辺り、もう一度ちゃんと話した方がいいな。


「それなら約束します。私達気高き翼ノーブルウィングは常に上を目指し続けるギルドですから」


「そうっすよ。自慢じゃないっすけど、うちのギルドは世界でも有数のギルドっす。近い将来、SSSランクダンジョンだって攻略する予定っすから」


近い将来、SSSランクダンジョン攻略か。

俺がエターナルダンジョン内で見たネット情報には、攻略できた様な事は乗っていなかった。


単に攻略できなかったのか。

崩壊型ブレイクダンジョンへの対応で、それどころじゃなかったのか。


まあ自信満々な所を見ると、後者が濃厚な気はするな。


「私は気高き翼ノーブルウィングのエースアタッカーとして、強くなり続ける事をお約束します」


エースアタッカーとか、恥ずかしげもなくよく自分で言えるもんだ。

日本人である俺はそう思ってしまう。

こういうのはお国柄なんだろうな。


まあ実際、エリスは魔力20倍のお陰で魔法の威力がとんでもないレベルに達しているので、エースアタッカーと言うのは誇張でもなんでもないんだろうが。


「いいだろう。何、やり方は簡単だ。体内の魔力で細胞に働きかけて、肉体を無理やり成長させるだけだ」


「いや、それ無茶苦茶難しくないっすか?やり方とか、私には想像も出来ないっすよ」


俺もミノータと同意見だ。

どう考えてもそれ、簡単じゃないだろ。


「お前たちはそうだろうが、感覚さえつかめば小娘レベルなら可能な筈だ」


「やって見せます!どうかよろしくお願いします!」


「いいだろう。悠、ぴよ丸を出せ」


「ん?ぴよ丸?」


何故ここでぴよ丸?


「感覚を掴ませるのに、ぴよ丸程適任はおらんからな」


「どういう事だ?」


言ってる意味が全く分からない。


「やれやれ、鈍い男だな。ぴよ丸の急激な成長は、魔力による膨張だからに決まっているだろう」


「え!?そうなのか?てっきりマヨネーズのせいだと思ってた」


ぴよ丸が馬鹿みたいにデカくなってきたのは、単にマヨネーズの取り過ぎだと思っていたのだが、どうやら違った様だ。


「まあそれも間違いではないがな。過剰に摂取したエネルギーを魔力に変えて、それを成長に回してるのだ。ぴよ丸は」


俺が思っていたのとは少し違った様だ。

まあ過程が違ったからと言って、結局太る事には変わりない訳だが。


「なるほど、それでぴよ丸か」


アングラウスが何をしようとしてるのか理解し、納得する。


「感覚を掴ませるのなら、ぴよ丸に融合させるのが一番手っ取り早いからな」


俺には殆ど魔力がない。

そのため、少し前までは魔力を感知する事が全く出来なかった。

だが最近はぴよ丸の魔力が上がって来た事で、少しだが魔力を感じる事が出来る様になってきている。


魔法素人の俺でも、融合すれば魔力を感知できる様になれる位だ。

魔法に最高クラスの適性を持つエリスなら、ぴよ丸の魔力による成長を感じる事だって可能なはず。


「あのー、さっきから一体何の話をしてるっすか?」


「なに、悠が飼っているペットの話だ。そう言う訳だから出してやれ」


「分かった。おい、起きろぴよ丸!」


ぴよ丸はさっきから可愛らしいイビキを書いて爆睡中である。

まあこいつの興味はマヨネーズだけだからな。

貰えないと分かるとすぐに寝てしまう困った奴だ。


『ぷひゅー……ふが?』


「お前に頼みがあるから出て来い」


『マスター……あと一時間……』


いや一時間も待ってられるか。

それでなくとも急に独り言を始めた様に見える俺を、エリス達が奇異な目で見てくるのだ。

さっさと出て来て貰わないと困る。


「いいからさっさと出て来い。でないと……今晩のマヨネーズは抜きだぞ」


『ふぁっ!マスターは悪魔か!?こうしてはおれん、一大事じゃ!』


「とう!」


ぴよ丸が胸元から飛び出して来る。

俺はそれを両手でキャッチ。


「なっ……なんすかその丸くて可愛らしい生き物は!?」


「か、可愛いわね……」


俺から見たら果てしなくウザいバスケットボールな訳だが、その丸い姿は女性受けがいい。

十文字の時もそうだった。


「ワシがぴよ丸じゃい!」


「おお、言葉も話せるんすか。ちょっと生意気っぽい所も可愛いっすね。触ってもいいっすか?」


「気安く触るでない!ワシは誇り高き存在じゃからな!」


誇り高いってんなら、もうちょいマヨマヨ言うのをどうにかしろよ。

俺にはただのマヨネーズジャンキーにしか見えないぞ。


「うう、残念っす」


「ぴよ丸よ。しばらくそこの小娘と融合してやれ」


「な、なんじゃと!?」


まあ急に知らない相手と融合しろと言われれば驚きもするわな。


「その小娘に教えてやりたい事があるのだ。協力しろ」


「ぬぬぬ……ワシはそうホイホイと誰彼構わずミラクルドッキングする安い女ではない!ミラクルドッキングさせたければ……マヨネーズ二本。いや、三本よこせい!」


安い女である。

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