第30話 売店さん
ここはSランクダンジョン――【迷宮】。
その最奥にある広大なエリアには、全身を分厚いプレートアーマーですっぽりと身を包みこんだ巨大なミノタウロスがボスとして君臨していた。
フルアーマーミノタウロスバトラーと呼ばれる、レベル2000の魔物だ。
今その迷宮の主たるフルアーマーミノタウロスバトラーと、一人の女性が戦っていた。
女性はカチューシャを付けた青のショートカットに、可愛らしい顔立ち。
その服装はまるで軽いジョギングでもするかの様な軽装である。
とてもSランクダンジョンのボスと戦う出で立ちではない。
だが――
「ぐもおぉぉぉぉぉ!!」
フルアーマーミノタウロスバトラーの、音速を軽く超える突進。
大質量を伴うその攻撃は、人が喰らえば跡形もなくミンチと化す事は間違いない。
「よっと!」
――彼女はそれを跳び箱でも飛ぶかの様に、ミノタウロスの頭部に両手をついて軽やかに飛び越える。
更に、空中で素早く体を捻ってそのがら空きの背中に回し蹴りを叩き込んだ。
「ぐるがぁ!」
蹴りを受けたミノタウロスが、苦痛の雄叫びと共に前方に大きく吹きとぶ。
女性とミノタウロスの体格差は、重量で言うなら100倍以上だ。
しかも相手はレベルが2000を超える化け物である。
にも拘らず、彼女はまるでボールでも蹴り飛ばすかの様に容易くミノタウロスを蹴り飛ばしてしまった。
そんなとんでもない身体能力を持つ女性の名は、
レジェンドスキル【10倍】を持つ、世界ランキング2位に位置するプレイヤーだ。
「ぐるるぅぅぅ……」
フルアーマーミノタウロスバトラーがよろよろと起き上がって来る。
よく見ればその身に着けている重装甲の鎧は凸凹にへこんでおり、出血しているのか各部から青い血がしたたり落ちていた。
その姿は満身創痍の様に見える。
いや、現に満身創痍なのだ。
普通のプレイヤーでは挑戦を考える事すら傲慢ととられかねないSランクダンジョン。
人を遥かに超えた超人のみが挑む事の出来るその場所で、ボスであるフルアーマーミノタウロスバトラーを十文字は単独で圧倒していた。
世界ランク2位だからこそできる芸当と言えるだろう。
「さて、そろそろトドメと行こうかな。皆、見ててね!」
余裕の表れからか十文字はボスから目を離し、別の場所へと目を向け手を振る。
そこには十文字と全く同じ背格好、同じ顔をした女性が立っていた。
その右手にはスマホが握られ十文字の方に向けられており、左手にはタブレットの様な物を持っている。
彼女は十文字がユニークスキルによって生み出した分身だ。
そしてその分身がやっているのは、生配信の為の撮影だった。
通常、ダンジョン内では電波は届かない。
だがマジックアイテムである特殊なタブレットを使えば、外部の電波と繋ぐ事が可能となっている。
彼女の分身はそれを利用し、自らの本体がSランクダンジョンを攻略する姿をリアルタイム配信しているのだ。
「炎と氷より生まれし双極の精霊よ。我が呼びかけに答え、刃となって降臨せよ!」
十文字が両掌を強く打ち合わせる。
パンと乾いた音が響き、その隙間から強烈な光が溢れ出す。
そして彼女が手を離すと、その両手の中に青く凍てつく炎を纏った魔剣が生み出された。
これは彼女の持つユニークスキル、【
発動者の込める魔力次第で威力が増すこのスキルは、十文字の出鱈目な魔力によってとてつもない破壊力を秘めた武器となる。
因みに、彼女が唱えた文言には特に意味はない。
ライブ配信を見ている視聴者に向けての、ただのパフォーマンスだ。
「冷たい炎に抱かれて眠りなさい!【
十文字は瀕死のフルアーマーミノタウロスバトラーに突っ込み、跳躍から強力な斬撃スキルを発動させる。
一般スキルである【ハードスラッシュ】のレベルが上限まで上りきった際に取得できる、女性限定スキル【
スキルレベルを上げ切るというその厳しい取得条件からか、その威力はユニークスキルに匹敵すると言われていた。
「ぶもおおぉぉぉぉ!!」
完全にオーバーキルであろう一撃。
それでも何とか防ごうとフルアーマーミノタウロスバトラーは、両手を頭上で交差してその一撃を受けようとするが――
「お……おぉ……」
十文字の一撃はまるで粘土のおもちゃを引き裂くかのように、綺麗にその脳天からフルアーマーミノタウロスバトラーを真っ二つにしてしまう。
そして裂かれたその肉体は青い炎に包まれ、凍って地面に崩れ落ちた。
「かっちー!」
「へーい!」
撮影していた分身が本体に駆け寄り、十文字達はセルフハイタッチする。
その行動に何の意味があるのかと問いたくなるが、まあ気分が盛り上がっての行動なのだろう。
「みんなー、Sランクダンジョン迷宮の攻略を見てくれてありがとー!」
本体がスマホに向かって――ライブ配信の視聴者に向かって声をかけた。
タブレットに表示された同時接続視聴者数は100万を軽く超えており、十文字の『売店』チャンネルの登録者数は2000万人を超える大人気チャンネルだ。
「後で編集した動画も上げるから――ん?」
タブレット上に表示された画面は、滝の様なコメントの流れで埋め尽くされていた。
常人では真面に読む事も出来ない程の出鱈目なコメント数。
だが、超人と呼んで差しさわりのない十文字にはその全てが見えたいた。
そしてコメントの中に流れるある情報に気付き、彼女は目を見開く。
それは『レジェンドスキルのデメリットを消す方法が見つかった』という物だった。
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