第28話 100億持って来い!

「こちらは当ギルドからの誠意になります。どうぞお納めください」


カフェで席に着き、注文を通したところで分厚い封筒を柏木豊かしわぎゆたかから差し出される。

封筒の中を確認すると、帯付きの札束が2セット入っていた。

200万だ。


人様の首をへし折った慰謝料としては激安と言える。

だが俺は不死身だ。

滝口もそれを知って暴行しているので、扱いとしては治療費や後遺症のケアがない只の骨折の示談金って事なのだろう。


足元を見られてる気もするが、大手ギルドに睨まれてまで騒ぐほど不当な額でもない。

其の辺りを考慮して算出しているのだろうな、カイザーギルド側は。


誠意のせのじも感じない対応ではあるが――


「分かりました。これでお互い無かったと行く事で」


ま、騒いでも何の得もないので俺はそれを受け取って終わりにする。


「そう言って頂けると助かります。所で……失礼ながら少し調べさせて頂いたところ、顔様はまだギルドに所属されていない様で」


調べた事に関しては文句を言うつもりはない。

そもそも調べなければ、俺の所在だって分からなかった訳だからな。


「ええ、まあ……」


しかし、なにか話があるのだろうとは思ったが、まさか勧誘だったとは。

正直、レベルの上がらない俺を大手がスカウトするメリットがあると思えないんだが?


もちろん、俺の最終的な強さを知ってれば話は変わって来る。

師匠がカイザーギルドと何らかの関係があったのなら、その可能性もなくはない。


「もし顔様が宜しければ、我がカイザーギルドに是非入っていただきたいのですが?」


まあ勝手に答えを出すのもあれなので、取りあえず探りを入れて確認してみよう。


「俺をですか?俺なんかを勧誘しても、カイザーギルド側にメリットがあるとは到底思えませんが?」


「ははは、御謙遜を。うちの滝口を制圧出来る程のお方が、何をおっしゃられます。顔様ならカイザーギルドで十分やっていけますよ」


大手ギルド所属とは言え、滝口はまだ育成途中のDランクだった。

しかもその攻撃特化のユニークスキルは、不死身である俺相手だと持ち味を発揮し辛いものだ。

その条件で滝口を制圧出来た程度じゃ、カイザーギルドで評価するには値しないだろう。


それでも勧誘するって事は、やっぱ命を使ってのパワーアップを知ってるって事か。

いや、まてよ。

ひょっとしたら、岡町達の様に俺がレジェンドスキルのデメリットを突破したと考えている可能性もあるな。

冷静に考えると、その可能性の方が高い気がする。


「まさか。俺なんか低ランクダンジョンで細々やるのが精いっぱいですよ」


「何をおっしゃいますか。不老不死の肉体を持ち、更に……そのデメリットを無視して成長まで出来る貴方なら、うちの看板を背負うに足るお方と期待しておりますよ」


やっぱ、デメリットを無視できていると思っている様だな。


「契約条件も破格の物を用意させて頂きますので、是非書類に目をお通しください」


柏木が書類を出して、スッと俺の方に差し出した。

ぶっちゃけギルドに入るつもりはないが、相手の顔を立てる意味で一応それに目を通す。


内容はざっくり言うと、10年契約で契約金は10億。

自己都合の脱退は契約金の倍の違約金を俺が支払う事になり、更にスキルの情報などは全て開示する必要がある。

だ。


書類に目を通し終えた俺は、店員さんが持って来てくれたアイスコーヒーを口にする。


「如何でしょうかか?」


ドヤ顔で如何と言われてもなぁ……


三大ギルドの癖に、15億相当のエリクサーを提示した姫ギルドより契約金が少ないんだが?

しかも契約書に、遠回しにレジェンドスキルの突破方法を開示しろと書かれているし。

それに違約金もかなり高額だ。


姫ギルドの勧誘の後だからか、カイザーギルドの提示した条件が果てしなく微妙に見えて仕方がない

まあどっちにしろ断るつもりだから、どうでもいいっちゃいい事ではあるんだが。


「大変いいお話なんですが」


俺は契約書を柏木の方へと返した。


「条件面が不服の様でしたら、もう少し勉強させていただきますが」


どれだけ勉強しても、レジェンドスキルの突破方法に関係する条項は消えないだろう。

カイザーギルドのトップはレジェンドスキル持ちなので、どう考えてもそっちが勧誘のメインだろうし。

なので答えはノーだ。


「いえ、条件云々ではなく。個人で細々やっていく方が性にあってるので、申し訳ありません」


「……そうですか。まあ無理強いも出来ませんので、仕方ありませんね」


あっさり引いたな。

もっと食いついて来ると思ったのだが、拍子抜けだ。

まあこちらとしてはその方が楽なのでいいが。


「では、ここからはビジネスのお話を」


「ビジネス?」


柏木の言葉に眉を顰める。

俺は別に商売をやっている訳ではないので、ビジネスと言われてもピンとこない。


「はい。ぜひ情報を売って頂きたいと思いまして」


ああ、成程。

俺を誘えないなら、レジェンドスキルを突破した方法だけでもって事か。


「ずばり、我々が求めているのはレジェンドスキルのデメリットを突破する方法。その情報10億で売っていただきたい」


情報に10億……丸々契約金と一緒じゃねぇか。

値段が一緒だと、情報以外の俺の価値が0って言ってるのと同じなんだが?

柏木はそれを理解しているのだろうか。


「ふむ……柏木さんは勘違いされている様ですけど、俺はデメリットを突破できていませんよ。レベルは相変わらず1のままですし」


俺は情報を提供できない事を、素直に話す。

突破自体は出来てる風に思わせている姫ギルドと完全に真逆になるが、まあ問題ないだろう。

食い違いが漏れて仮にその事を突っ込まれたとしても、断る為に相手が諦めるよう嘘をついたと答えればいいだけだ。


名付けて蝙蝠作戦!


ちょっと違うか。


「ははは、御冗談を。レベル1の――一般人と大差ない人間に、うちの滝口の足を折る事なんて出来ませんよ」


まあ確かに。

普通に考えてレベル100近い奴が、油断していたとはいえレベル1に骨を折られるなんて事はありえない。


まあ普通なら、だが。


取り敢えず理由が必要なので、サラッと概要だけでも伝えるとしよう。

師匠から教わった技術について。

別に知られても困るって訳でもないからな。


それにそもそも、俺以外じゃ真面に扱えない力だし。


「それは火事場の馬鹿力。その凄い版を使ったからですよ」


「火事場の馬鹿力……ですか?」


「ええ。火事場の馬鹿力を技術として昇華された物を使ったんです。その出力も、普通の火事場の馬鹿力とは比べ物になりません。ああでも……その分反動が大きいんで、不死身である俺以外が使った場合は高確率で命を落とす事になりますが」


最後に死ぬと付け加えたのは、じゃあその技術を教えてくれと言われない為だ。

一発芸の自爆技の為に、わざわざカイザーギルドも大金を払ったりはしないだろう。


「という訳で、持っていない情報なのでお売りする事は出来ません」


これで納得してくれれば万々歳なのだが……

まあそうはいかないみたいだな。


柏木は、これでもかと胡乱うろんな目を俺に向けている。

まったく信じて無い様だ。


「なるほど、この額では情報は売れないという訳ですか」


どうやら彼は俺の断りを、値段の吊り上げと考えた様である。

まあ実際情報があったとしてそれをしないのかと言われればあれなので、俺の理由を端から無視するのなら、柏木の判断は妥当と言えなくもないだろう。


「いえ、冗談抜きで情報はないって事です。なので仮に目の前に100億積まれたとしても、こっちとしては売りようがないんですよ。残念な事に」


「100億ですか……確かに貴重な情報ではありますが、流石にそれは欲張り過ぎではありませんか?」


100億は仮の話だったんだが、ひょっとして柏木は100億出せと受け取ったのだろうか?

こっちはそんなつもり微塵もいんだが。


「いや、100億ってのはどれだけ出してもって意味で――」


「分かりました。ここは一旦引き下がりましょう」


柏木が俺の言葉を遮り、席から立ち上がる。

そして――


「後日改めて伺いさせて頂きます。ですが……その時は恐らく顔様はノーとは言えないでしょう。では、失礼します」


そう脅迫じみた捨て台詞を吐いて、彼はカフェから出て行ってしまった。

追いかけようかとも思ったが、恐らく聞く耳を持たないだろう。


「まったく、勘弁してくれよ」


誤解されたまま終わってしまった。

しかも次は断れないとか言ってやがったし、あの野郎何をするつもりだ。


雰囲気的に『100億以上ご用意しました!』じゃないのだけは確実だが。


「面倒くさい事になっちまったな」


カイザーギルドは大きな組織である。

そんな所を敵に回せば、絶対ろくな事にはならないだろう。


「仕方ない。あんまり気は進まないが……」


荒事で俺が痛めつけられるだけなら、大した問題ではない。

痛みにはなれているので、無視して後々報復すればいいだけである。


問題なのは、その矛先が最悪家族に向いた場合だ。

そうなった場合、今の俺じゃ阻止するのは難しい。


「あいつに頼んでみるか……」


だが俺の中で、大手ギルドが相手だろうと軽く対処出来そうな相手に一人——いや、一匹だけ心当たりがあった。

そう、魔竜アングラウスだ。


「あいつは俺との再戦を望んでるからな。横やりで強くなる事に集中できないって言えば、たぶん力を貸してくれる筈だ」


最悪、あいつに暴れて貰えばカイザーギルドの壊滅も難しくはないだろう。

まあもちろん、それは本当に最悪の場合の話だが。


「アイツに母さんや憂のガードについて貰えれば、命のストックもあるし余程の事がない限り二人は大丈夫なはず」


そう結論を出して席から立ち上がった所で、俺はある事に気付く。


「あいつ支払いしてやがらねぇ」


柏木とのやり取りの結果に比べれば、それは酷く些細な事だ。

さっき受け取った200万からちょろっと払えばいいだけの事でしかない。


そうは思っても、なんかイラっとする。

ひょっとして、俺って器の小さい人間なんだろうか?


……ま、そんな事はどうでもいいか。

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