第25話 突破

姫ギルドの所持するビルの一室。

椅子ではなくシックな執務机の方に腰掛けた、スーツ姿の大柄な赤髪の女性が報告書に目を通し呟く。


「所有スキルは【不老不死】のみ……か」


彼女の名は姫路アイギス。

顔悠がDランクダンジョン『水溜まり』で共闘した姫路アリスの姉であり、大手姫ギルドのマスターを務めるSランクのプレイヤーだ。


「普通なら覚醒時以外と考える所だが、このレジェンドスキルは確か不死身になるかわりにレベルアップやスキルを取得出来ないってデメリットがあったはず」


「ああ、俺達もそれに気づいたからこうやって姫に報告しに来たんだ」


「気になってチェックしたらもうびっくりよぉ」


山路幸保と岡町涼は、Dランクダンジョンで出会った顔悠の事を協会のデータベースで調べていた。

あっさりと引きはしたが、可能なら追々ギルドに勧誘しようと考えていたからだ。


まだEランクプレイヤーにも拘らず、提灯陸アンコウを一撃で粉砕する程の使い魔の破格の能力を見せつけられたのだから、それは当然の判断だろう。

その場で引き下がったのは引率すべき姫路アリスがいた事と、しつこくすると印象が悪くなると判断したからに他ならない。


「現実的に考えれば、何らかのマジックアイテムなんだろうが……」


ダンジョン産のアイテムの中には、使い間を召喚する様な物もある。


「それはないと思うわ。あの猫ちゃん、Aランク相当の力はあったもの。マジックアイテムだとしたらかなりの額になっちゃう。さらっと調べた限り、悠君にそんな物を買う余裕はないはずよ。そもそもそんなお金があるなら、覚醒不全の妹さんの為にエリクサーを手に入れてる筈だし」


岡町は、昨日の今日で顔悠に関する情報を既にいくつか手に入れていた。

少し前に帯同していた毒島のパーティーは元より、その家族構成や家庭事情などだ。


よくこの短期間でそれ程の情報が。

と思うかもしれないが、悠はレジェンドスキル持ちと言う事でプレイヤー登録初期に界隈の注目を集めた過去がある。

まあそれも、成長不可が知れ渡る前という短い期間ではあるが。


そう言った事情があったため、そのころに姫ギルドは勧誘の為に彼を一度調査指定していたのだ。

今回、極短期間で情報をある程度集めれたのはその為である。


「そうなると……レジェンドスキルのデメリットを何らかの方法で突破してスキルを習得している訳か」


「本人もCランク相当の実力があったからな。間違いなくレベルも上がってる筈だぜ」


「非常に興味深いな」


レジェンドスキルは、どれも他の追随を許さない程の効果を持っていた。

その分デメリットも強烈であり、ある意味そこでバランスが取れているといえるスキルと言える。

そのデメリットを無効化できたなら、それがどれ程強力な武器となるかは言うまでもないだろう。


「おいおい、興味深いどころじゃねぇぜ」


「そうよぉ。こういう言い方するのはなんだけど、彼は化け物の卵よ」


一般的なプレイヤーのレベル上げを阻害する最大の障害は、死と言う名の生きとし生ける者全てが恐れるリスクだ。

だが悠はそれを無視する事が出来た。

それがプレイヤーにとってどれ程大きなアドバンテージである事か。


「間違いなく大成するわ。早いうちにツバつけとかないと」


今まではデメリットのため最弱の攻略者などと呼ばれていた彼だが、成長が可能となればその評価は180度反転する。

順当に成長を続ければ、やがて世界トップクラスに食い込んでいくプレイヤーになる事は疑いようがない。


「そうだな。出来ればうちに引き込みたい所ではあるが……」


ギルドはどれだけ優秀なプレイヤーを抱えられるかで、その格が決まる。

大手と呼ばれる姫ギルドでさえ、Sランク冒険者は3名しかいないのだ。

悠がほぼ確実にSランクに至る事を考えれば、姫ギルドが彼を加入させたいと思うのは当然の事だった。


「姫。私に任せてくれれば、この美貌でイチコロよ」


岡町が体をしならせる。


悠と遭遇した際はダンジョン内だったので青髭が僅かに出ていたが、普段はバッチリ処理しているので見た目だけなら完全に女性だ。

なのでしなを作った姿は色っぽく見えない事も無い。

まあ声が完全におねぇなので、騙される人間は少ないだろうが。


「寝言は寝てから言えよ。お前がぐいぐい行ったら、纏まる物も纏まらなくなっちまう」


「まあ、失礼ねぇ」


幸保の言葉に、心外とばかりに岡町が頬を膨らませる。

確かに昨今の流れで言うなら失礼極まりない発言となるが、相手が特殊な趣味を持っていない限り正論である事は確かだ。


「誰が勧誘するかはともかく……この資料から見るに、エリクサーの提供を引き換えにするのが確実だろうな」


「エリクサーか。まあ確かに、そうだろうが……」


「でも、今すっごく値上がってるのよねぇ……」


エリクサーの入手は、絶望的と言う程低くはない。

が、とにかく需要が多いのだ。

特に昨今、世界的に大手のギルドが本格的に超高難易度ダンジョンの踏破に乗りだす流れの為、その価格はこの半年で3倍以上にまで跳ね上がっていた。

超高難易度であるダンジョンの攻略には、エリクサーが必要不可欠であるためだ。


「確か、現在の平均価格は15億程だったか?」


「ああ、それ位だ。契約金代わりとは言え、その額のもんを新人にポンとプレゼントしたとなるとなぁ」


「山田辺りは絶対五月蠅いわよねぇ」


姫ギルドは大手なので、出そうと思えば普通に出せる額ではある。

ただあまり高額でのスカウトをしてしまうと、他のギルド員達から反発を受ける可能性が出て来てしまう。

そうなれば最悪、ギルド運営に支障が出て来る可能性も考慮しなければならない。


「だが……将来性を考えればそれだけの価値はある」


能力にもよるが、高ランク冒険者の数は挑戦できるダンジョンの難易度や安定度に直結する。

なので多少の不和や離反があったとしても、将来有望な悠を引き込む事は大きなプラスになるとアイギスは判断し、そう断言した。


「じゃあその方向で俺が交渉にあたって来るわ。全く知らない相手より、顔見知りの方がいいからな」


「あ、じゃああたしも行くわ」


「ああ、頼む」


自身の妹、アリスもいずれSランクまで昇って来る有望株だ。

ほんの一週間ほど前に覚醒し、つい先日はDランクダンジョンのボスとも切り結んでいる。

その成長速度は驚異的と言っていい。

そこにもう一人Sランクが期待出来る攻略者が加わわれば、姫ギルドが三大ギルドに並ぶ事も出来るだろう。


「さて、訓練でもするとするか」


岡町と幸保が執務室から出て行くのを見守ったアイギスは腰かけていた机から立ち上がり、趣味の筋トレへと向かう。


姫路アイギス。

年齢32歳。

身長195センチ。

体重111キロ。

体脂肪率7%。


彼女は筋肉が大好きだった。

好きすぎて自分につけまくる程に。

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