第15話 十倍

十文字昴じゅうもんじすばるの持つレジェンドスキル——


【10倍】


その効果は文字通り、所持者の能力を10倍にするという物だ。

ただしここでいう10倍はステータスだけではなく、レベルアップ速度、訓練などの成長速度及び学習能力も含まれている。


全てが10倍になるその効果は圧倒的であり、最強のスキル議論では反論の余地が出ない程だ。

現段階でレベル的にランクSの十文字が、SSランク以上のプレイヤーを押しのけ世界ランク2位に居るのはこのスキルのお陰と言っていいだろう。


だがレジェンドスキルである以上、このスキルにも当然デメリットが存在している。


それは――寿命が10分の1になるという物だ。


そのため、16歳で覚醒してこのスキルを手に入れた十文字昴は、20半ばまでしか生きられないと言われている。

実際、俺がエターナルダンジョン内でタブレットを手に入れた時点で彼女は亡くなっていたしな。


――爆速で強くなれる代わりに、極端に寿命が短い十文字。


――そして永遠に生きられるが、レベルアップが一切できない俺。


こうやって比較してみると、ある意味俺と彼女は対極的な存在と言えるだろう。


「それは無理だな」


アングラウスの、十文字を救えるんじゃないかという問いに俺はノーと答える。


「寿命で死ぬ人間に命のストックを渡しても、入れ替わった瞬間また寿命で死ぬだけだ」


病気や怪我なんかによる肉体のダメージは、命が切り替わった際にある程度回復できる。

けど、寿命による肉体の劣化的機能停止は流石に回復出来ない。

もしそれが出来たなら、俺は他人の寿命をいくらでも伸ばせる事になってしまう。

残念ながら、命の補充はそこまで万能ではないのだ。


「成程。だが試してみる価値はあるんじゃないか?」


「いやないだろ。寿命は伸ばせないんだよ」


「まあ普通ならそうだろうな。だが、この娘の寿命は肉体の老化ではなくスキルによる物だ。なら命を交換できれば、寿命を延長する事は可能なんじゃないか?」


「……まあ確かに。スキルによる寿命の減少が肉体じゃなく、生命力を削る様な物なら可能か」


「では決まりだな」


「いや、決まりって言われてもなぁ……」


若くして死が確定するのは可哀想だとは思うので、助けられるなら助けてやりたいとは思う。

とは言え、俺は十文字の事をネットで見た内容位しか知らないのだ。


「知り合いでも何でもないんだぜ?いきなり接触して貴方の寿命を何とかしますって言っても、宗教の勧誘宜しく追い払われるのが関の山だ」


命がかかってるんなら、話ぐらい聞いてくれるんじゃ?


その手の弱みに付け込むインチキってのは、世に溢れてる物だ。

特に十文字は有名人なので、腐る程持ち込まれてるはず。

なので、協会のデータベースから確認できるスキルでもない特殊な技術を信じろと言った所で、門前払いされるのは目に見えている。


「力ずくで行けばよかろう」


「無茶言うな」


回帰前の俺ならともかく、滝口の3倍腕力如き振り払えなかった今の俺に十文字の相手など務まる訳がない。

戦ったら手も足も出ずにボコボコ待ったなしである。


まあ仮に制圧できるだけの力があったとしても、無理やりってのは論外だがな。

犯罪だという点を除いても、それとは別に駄目な理由があった。


「そもそも……体内の魔力が邪魔するから、覚醒者相手に命を入れようとしたら相手の同意がないと無理だしな」


俺がこれまで命を移したのは3回。


最初の母はそもそも覚醒していない。

妹は覚醒不全状態で弱っていたし、謎の卵は魔力を持ってはいたが生まれる前の無防備な状態だった。


その三人?だから何の問題なく命を付与する事が出来たのだ。

これがもし普通の覚醒者なら、勝手に入れようとしたら体内の魔力が異物として侵入を弾いていた可能性は高い。


「ほう、そんな制限があるのか」


「ああ。まあ低レベルなプレイヤーなら、無理やり押し込む事も出来るかもしれないけど……流石に高レベルの十文字相手に無理やり命を入れるってのは無理がある」


「案外面倒くさいな」


「万能って訳にはいかないさ」


まあそれでも、魔力を持たない相手や合意を得た人に命を付加できるのは大きい。

一度なら死んでも生き返れるってのは、守る側としては大きな保険だ。


「ふむ……では、力尽く以外で相手に信用させる必要がある訳か」


アングラウスは十文字を救う事を諦めていない様だ。


「なあ、なんで魔竜のお前がそこまでして十文字を救おうとするんだ?」


奴からすれば、人間の生き死になどどうでもいいようなものだ。

なぜそこまで拘るのかそれが理解できない。


「なに、この娘は将来性がありそうだからな。いずれ我を楽しませる程のプレイヤーに育つかもしれんだろ?」


『へへ、我ワクワクすっぞ』とか言い出しそうな、某戦闘種族的な答だ。

まあ俺が強くなるのを一々待ってる位だし、実際それに近い思考なのだろう。


「物好きなこった。まあ名案を思い付いたら教えてくれ。ああただ、時間がかかるような物なら暫くは後回しにするぞ。優先する事があるからな」


俺の最優先目標は妹の為のエリクサーを手に入れる事である。

十文字はあと数年は生きる筈なので、当然後回しだ。


「いいだろう。む……生まれそうだな」


黒い卵へと視線をやると、小刻みに震えていた。

どうやら中から殻を割ろうとしている様だ。


一体何が生まれて来るのだろうか?


見ていると卵の殻に罅が入る。

それは揺れにあわせて少しづつ広がっていき、やがて『ベキリ』という音と共に大きく一部が欠け落ちた。


そしてその中から――


「ぷはー!シャバの空気はうまかぁ!!」


――甲高い声で、おっさん臭い言葉を話す小さな黄色のヒヨコが出て来た。

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