第5話 師匠

崩壊ダンジョンが世界に及ぼす影響は絶大だった。

世界中でパニックが発生し、既存の社会が劇的に変貌してしまう程に。


まあ回帰前の俺は、その辺りには全く興味がなかったんだけどな。


最初の崩壊型ダンジョンの出現で家族を失った俺は、何も考えられず抜け殻のような状態だった。


「素晴らしい素質を持っているね……」


ただ死なずに生きているだけの、生きる屍のような日々。

何となく公園のベンチに座って空を何時間もぼーっと見上げていると、突然ある人物が俺に声をかけて来た。


中性的な顔立ちと、透き通るような声。

ぱっと見、女性とも男性ともとれるその美しい姿をした黒髪の人物。


その人こそ俺の師匠となる人物。

命を武器として扱う術を伝授してくれた人物だった。


「君は強くなれる」


「……」


最初、師匠の言葉に俺は反応を示さなかった。

自分が強くなれるなどという話を信じられなかったというのもあるが、何より、全てを失った俺にはもう強さなど必要なかったと言うのが大きい。


「生きる気力が湧かない……か。まあその気持ちは分かる」


「あんたに……何が分かる」


俺の気持ちなんてわかる筈がない。

そう考える俺に、当然師匠の言葉は響かない。


「家族を失い。生きる意義を見失ったのだろう?私はそう言う人間を腐る程見て来た」


「セラピスト気取りかよ。鬱陶しいから消えてくれ」


「まあ話を聞いて損はないよ。何せ、君の失った家族を取り戻す唯一の方法を私は知っているのだから」


家族を取り戻す方法。

一瞬その言葉に飛びつきそうになったが、直ぐにバカバカしいと頭からその可能性を振り払う。


死んだ人間が生き返る訳がない。

それは絶対の真理であり、それこそ神でも無ければそれを覆えす事は出来やしない。


無気力ではあったが、それ位の判断は当時の俺にも出来た。

だから俺には、師匠が胡散臭い宗教の勧誘にしか見えなかった。


「……くだらない」


「君はエターナルダンジョンを知っているかい?」


そんな俺の冷めた反応などお構いなしに、師匠は言葉を続ける。


「一万階層からなるダンジョンで、その広大な広さから攻略不能と言われるダンジョンだ」


エターナルダンジョンは――


攻略不能。

人の短い一生から見れば、終わりがないに等しいダンジョン。

そこからエターナルダンジョンという名が付けられている。


「実は最近、鑑定スキルによってダンジョン最深部――ラスボスのドロップが判明したんだが……それが何かわかるかい?」


「……」


「クロノスの懐中時計。時を巻き戻す、神器級のマジックアイテムさ」


「時を巻き戻す……」


死者は生き返らせられない。

それと同じで、時間を巻き戻す事など物理的に不可能だ。


それは分かっていた。


だが、かつて現実に無かったダンジョンと言う謎の空間。

その中でも攻略不能と言われる程の超難易度を誇る、エターナルダンジョン。

そこのボスドロップなら、ひょっとしたらという微かな淡い期待が沸き上がって来る。


「まあ公開されてないから、確認は出来ないんだけどね。なんだったら、私が君の目の前で鑑定するからその結果を直に確認してみてくれていいよ。私にも鑑定スキルがあるから」


「……」


目の前の相手が言う言葉が、本当ならと言う気持ちと。

いくら攻略不能と言われているダンジョンの報酬でも、そこまで出鱈目な効果が本当にあり得るのかという冷静な考え。

そんな気持ちのせめぎ合いから混乱し、その時の俺は言葉を返す事が出来なかった。


「そうだな……明日いっぱいまで、エターナルダンジョンのゲートで君を待つ事にするよ。気が向いたら来てくれ」


そういうと、師匠の姿は一瞬で消えてしまう。

恐らく転移魔法だったのだろうと思うが、見た事の無かった俺にはその様子が神秘的な物に見えた。


ひょっとしたら、今の人は不幸な俺にチャンスを与えに来てくれた神様なのではないか?


馬鹿げた考えだったが、そう思いたかった俺は居てもたってもいられず、エターナルダンジョンのゲートへと向かう。

そしてそこで師匠の鑑定から、クロノスの懐中時計が本当に実在する事を知る。


「君は不死身だが、今のままではエターナルダンジョンをクリアする事は出来ないだろう。だから私が君に強くなるすべを与えて上げよう」


師匠から学んだのは、命のコントロール方法。

普通の人間なら瞬く間に命を燃やし尽くす危険な力だったが、不死身の俺の命には終わりも限界もない。

それは正に俺の為にある様な技術だった。


「諦めず、最後まで頑張るんだ」


「はい。今までありがとうございました。師匠」


師匠と出会ってから1年後。

俺は師匠に礼を言い、エターナルダンジョン攻略へと向かう。


そしてそれから一万年の時を経て、俺は遂にエターナルダンジョンをクリアし、家族が生きている時代へと戻って来たのだ。


「結局師匠は何者だったんだろう……」


自宅のベッドで座禅を組みながら、俺は呟く。

1年ほど行動を共にしたが、俺は師匠の事を何も知らない。

分かっているのは出鱈目に強いって事だけで、結局その名前も性別も教えて貰えていなかった。


本人は自分の事を神とか言っていたけど……


まあとにかく、本当に不思議な人だった。


「強かった筈の師匠の情報って、全く出てないんだよな」


ダンジョンに電波等は入って来ない。

だから普通のスマホなんかじゃ、外の情報を得る事は出来なかった。

但し、スマホと似た様な携帯端末型のマジックアイテムなら話は別だ。


どういう原理かは分からないが、外のネット回線に繋げる事の出来る特殊端末をエターナルダンジョンで手に入れた俺は、外の様子をちょくちょく確認していた。

まあ距離に限度があるせいか、数年と言う極極短い間でしかなかったが。


端末から入って来る情報は、崩壊型ダンジョンの影響で世界がどんどん悪い方向へと向かっている事を俺に伝え続けた。

そんな世界で、師匠の様な強者が目立たない訳がない。

だが師匠っぽい人物の活躍は、ネットのニュースなどに上がって来る事はなかった。


「まさかとは思うけど、俺が端末を手に入れる前に亡くなってたとか……」


手に入れるまでに数年ほどかかっているので、その間の情報は入っていない。

なので、その間にと言う可能性も0ではなかった。

師匠の出鱈目な強さを考えると、少々考えづらくはあるが。


「まあいいさ。時間は巻き戻ったんだ。またいつかどこかで、きっと師匠と再会できるはず。今は命を増やす事に集中しよう」


――裂命ライフディヴィジョン


師匠から学んだ、命のコントロール方法の一つである。

命を割いて二つにする方法で、本来一しかない命を裂くと普通の人間なら高確率で死ぬ事になる危険な技だ。


まあ仮に死ななくても、命の総量自体は変わらないのでそもそも分裂させる意味自体ないのだが……


だが俺だけは違う。


不死身の俺は、裂いた命が瞬く間に修復されるのだ。

それも二つとも、別々の物として。

そのため裂命を行えば、俺の中で命を丸々増やす事が出来た。


そして俺の力の源は命。

つまり、裂命をする事で俺の力は大幅に増していくと言う事だ。


まあ増やした命を体に繋ぐ必要があるが。


車のツインエンジンなんかと同じだ。

ただ積んだだけでは意味がない。

機能するよう上手く繋いで初めて、二つ目のエンジンの意味が出て来る。


そして単純に命を増やすより、こっちの方が難しかったりする。

特に数が増えれば増えるほど、その難易度は劇的に上がっていく。


……なにせ回帰前は、限界の12個までやるのに一万年近くかかった訳だからな。


まあ一度極限状態にまでした経験があるので、今度はそこまでかからないだろう。

一年もあれば色々しながらでも、6つぐらいまでは持って行けるはずだ。

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