第6話 女
「ふぅ……」
命の複製自体は物の数時間で終わる。
だがそこから命を肉体と連動させるのには、三日ほどの時間がかかってしまった。
その間母が何度か心配げに俺の顔を見に来たが、集中したいので強くなるためには必要な事だからとだけ答えて納得してもらっている。
まあ詳しい説明は後回しでいいだろう。
「取り敢えず、万一に備えて命をもう二つ増やしとくか」
この二つは自分に繋ぐようではない。
増やした命は、実は他人にも分け与える事が出来た。
そして分け与えた命は相手にとってのストックとなり、死んだ際に失われた元々の命と変わって新たな命となる。
要は死亡時に1度だけ即座に蘇生できるって事だ。
当然渡す対象は母と妹である。
万一命を落とした場合の保険として、増やした命を2人に分け与えておく。
まあ回帰前は、崩壊型ダンジョンが発生する以前に二人の命が脅かされる様な事はなかった訳だが……
「大丈夫だとは思うけど、念には念を入れとかないとな」
俺の行動が変われば、それが周囲にも影響を及ぼす可能性がある。
そしてその結果、二人の命が何らかの危険にさらされる可能性も否定できない。
だから万一の保険をかけておくのだ。
因みに、俺の命を分け与えたからと言って相手が不死身になったりはしない。
不死身はあくまでも俺の持つレジェンドスキルの効果で、分け与た――俺の体から出た物は普通の命になってしまうからだ。
それから俺は数時間かけて命を増やした。
「かあさん……」
時刻は深夜。
母は、布団でぐっすりと眠りについていた。
その額にそっと触れ、俺は自分の中から命を一つその体内へと流し込む。
「ん?これは……」
思っても無い効果の発露に、俺は驚く。
一度体から離れた命は、もう俺の意思でどうこうする事は出来ない。
それはもう相手の新しい命だ。
にも拘らず、その命を分け与えた対象がどういう状態であるのかが把握でき。
更にその居場所を知る事が感じる事が出来た。
「師匠から習った時は、そう言う効果を聞いてなかったんだけど……」
まあメリットしかないので、この際それはどうでもいいか。
師匠もわざわざ言う程でもないと考えたんだろう。
「じゃあ次は妹だな」
とは言っても、今は深夜だ。
病院は開いてないし、忍び込むと言うのもあれである。
「病院があくまで、体を動かして来るか」
体を動かすのは、命が二つになった今の動きをキッチリ把握する事と、その状態を体に慣らすためだ。
実は命を繋げて出力を増やす行為は、連続しては行う事が出来なかった。
二つある今の状態を完全にならして初めて、三つ目へと移れる様になるのだ。
それと、運動は純粋に鍛錬にもなる。
俺の体はスキルやレベルアップを一切受けつけないが、訓練自体は効果がある。
筋肉はつかないが、きちんとパワーは増すのだ。
まあプレイヤーのレベルアップに比べれば極極微々たるものだが、それでもプラスには変わりない。
増やしておいて損はないだろう。
「さて、まずはダッシュから」
俺の肉体の疲労は、不死身の効果で瞬時に回復する仕様だ。
そのため、俺にとってのダッシュは実質軽いランニングと同じだったりする。
俺はジャージに着替えて家を出てダッシュする。
街中で深夜延々走るのは不審極まりないので、取り敢えず近場にある山へと俺は向かった。
「なんだ!?」
山に入ってこう勾配のキツイ道を小一時間程爆走していると、突如遠くから爆音が響く。
そしてその直後に、すさまじい衝撃波がやって来て俺を吹き飛ばす。
慌てて立ち上がって音のした方角を見ると、遠くで山が一つ丸々吹き飛んでいるのが見えた。
「マジかよ。一体何が……」
ガス爆発なんかにしては、規模が余りにも大きすぎる。
まあそもそも、こんな山中でガス爆発なんかがおこるとは思えない。
つまり、これは何者かによる破壊行為だ。
「プレイヤーだとしたら、とんでもないパワーだぞ」
パッと思いつくのが、プレイヤー世界ランキング5位のエリス・サザーランドだ。
彼女はレジェンドスキル持ちで、その魔法による一撃はプレイヤー屈指と言われている人物である。
彼女ならばこのレベルの破壊も可能だろう。
だがエリスはイギリスのプレイヤーだ。
日本にいるなんて情報は知らないないし、こんな場所で強力な魔法を放つ理由などあるとも思えない。
そもそも――
「……こんなの俺は知らねーぞ?」
山が一つ丸々吹き飛んだ。
こんな大規模な破壊が起これば、間違いなくニュースになる筈である。
だが俺はそんな事を知らない。
いくら一万年前とはいえ、これだけ衝撃的な事を忘れるはずないよな……
「一体どういうことだ?」
回帰前とは明らかに違うと考えていいだろう。
俺の行動が原因?
そんな訳はない。
いくら何でも、毒島達をやり込めたら山が吹き飛びましたなんて無理があり過ぎる。
もし本当にそうなら桶屋も真っ青物だ。
「兎に角、離れた方が良さそうだな」
君子危うきに近寄らずである。
俺は急いで家に帰るべく道を引き返そうするが――
再び大きな爆発音が響く。
そして若干の間をおいて、俺の目の前で轟音が響いて大量の土煙が上がった。
「くっ!?なんだってんだ!?」
何かが目の前に落ちて来た。
土砂などの粉塵で視界は効かないが、気配でそれが分かる。
取り敢えず敵と仮定して、俺は身構えた。
「ふむ……なかなか力のコントロールが効かんな」
土ぼこりが収まると――
そこには長い黒髪に赤い瞳の美女が立っていた。
メリハリのきいたその肉感的な体をしており、女性は首元にファーのついた黒いライダースーツの様な衣類を身に纏っている。
「あんた……誰だ?」
見た事のない女性だ。
少なくとも、プレイヤーランキングなんかで名前の載っている人物にこんな女はいなかった筈。
まあランキングに乗っている人物だけが強者って訳ではないが……
「我が分からんか?」
俺の問いに、女が口の端を歪めて挑発的に笑う。
その鋭い犬歯がやけに目につく。
「どなたか知らないが、初対面だ」
「くくく……あれ程の激闘をした仲だと言うのに、分からんとは寂しい物だな」
「激闘?」
言っている意味がまるで分からない。
相手は初めて見る顔だ。
当然そんな女性と戦った記憶などある筈もなかった。
そもそも、この時点での俺は死なないだけで一般人に毛の生えた程度の力しかないのだ。
目の前で地面を爆発させた原因である女と、その俺が激闘などとありえない。
「やれやれ、鈍いな。それなら……これでどうだ」
「くっ!?」
女の額にひし形に赤く光る宝玉が浮かび上がり、その背からは羽の様な物が生えて来た。
と同時に、凄まじいプレッシャーが俺の全身にのし掛かる。
「この感覚……それにその額の宝玉に羽……まさか……」
ありえない。
あり得る筈がない。
だが俺の本能がこう告げている。
この女——
目の前のこの女は――
「魔竜アングラウス」
――であると。
その俺の言葉を聞き、女は満足そうに目を細めた。
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