第3話 覚醒不全

妹の名は顔憂かんばせうい

2年前に14歳で覚醒し。

そのせいで今、昏睡状態に陥っていた。


――原因は覚醒不全と呼ばれる物だ。


覚醒不全とは何なのか、その前に覚醒について説明しようと思う。


30年ほど前の、1999年7の月。

この世界にダンジョンと言う未知の空間が突如姿を現す。


ダンジョン内には明らかに地球上とは異なる生態が存在しており、それらは既存の生物より遥かに強靭で、しかも現代兵器が一切効かない特殊能力を有していた。

人類では到底対処できない凶悪なそれらは魔物と命名され、世界中を震撼させる。


ただ幸いだったのは、此方からダンジョンに入る事は出来ても、魔物がダンジョンから出て来れなかった事だ。

お陰で魔物による被害は、内部に調査に向かったごく少数の人達だけに留まっていた。


兵器が通用しない以上、ダンジョンを探索するなど夢のまた夢である。

未知のフロンティアとなった異空間ではあったが、人類は只指を咥えて見ている事しか出来なかった。


――そんな中、訪れたのが人類の覚醒だ。


まるでダンジョンを攻略しろと言わんばかりに、人類の中から特別な力を持つ者達が次々と生まれだす。

彼らはまるでゲームの様なレベルを持ち、スキルと呼ばれる特殊な能力まで習得する事が出来た。


そして覚醒して力を得た者達は、危険と分かりつつもダンジョン攻略へと続々と乗り出していく。


魔物を狩ればレベルが上がり、更に強くなれる事。

そして魔物から未知の物質――富となりうる物を得る事が出来る事を、本能的に理解していたからだ。


それから三十年。

覚醒した人々はダンジョンを攻略する様から、いつからか攻略者プレイヤーと呼ばれるようになっていた。


さて、覚醒すると人類は魔物と戦える力を得る訳だが……果たしてその状態を、純粋な人間と呼べるのだろうか?


結論から言うと、彼らは厳密には人類とは言えない状態となっていた。


覚醒は肉体を遺伝子レベルで作り変えてしまう様で、旧来の人類とは大きく違うと研究でもハッキリと出ている。

まあ一応交配自体は可能なので、便宜上は人類と同種と言う扱いにはなっているが。


話を覚醒不全に戻そう。

覚醒が肉体の造り替えであるのならば、当然そこには失敗エラーが起こりうる。

そして覚醒時にエラーが発生し、肉体が崩壊していく現象を覚醒不全と言うのだ。


――覚醒不全を起こした者に待っているのは、基本的に‟死”のみ。


基本と言ったのは、たった一つだけ回復させる方法があるからだ。

それはあらゆるダメージや状態異常を治すと言われる奇跡の霊薬。

エリクサーである。


覚醒不全に陥った妹を救うには、そのエリクサーが必要だった。

だが超が付く程有用で、大量入手できないレアアイテムであるその価格は軽く数億を超える。


当然、普通に働いていたのでは決して手に入らない額だ。

だからどれだけ理不尽で苦しかろうが、それでも歯を食い縛って俺は今の仕事を続けていた。


「今回は結構稼げたからここまでだな」


ダンジョン内部には所々に、外部へと繋がるロビーと呼ばれる場所に転移する事の出来るゲートがあった。

道中レアなアイテムがドロップして稼ぎに満足したのか、毒島がダンジョン探索を切り上げると言う。


「ほらよ、今回の報酬だ」


ゲートを通ってロビーに転移し、そこから更にダンジョン外へ出た所で俺への報酬が渡される。

金額は30万。

俺は日当10万で雇われているため、通常の労働に比べれば確実に破格と言えるだろう。


「おっと、経費を引き忘れてたな」


毒島が経費として、俺に渡した金から7万円抜く。


経費と言うのは、ダンジョン探索で消耗したアイテムや、装備の修理費用の合計をメンバーの頭数で割った物だ。

このパーティーは俺も含め7人いる為、今回の経費のトータルは49万という計算なのだろう。


実際ダンジョン探索には金がかかるので、経費の額は妥当と言える。

それに俺も外部の人間とは言え、パーティーの一員としてダンジョン探索しているのだから経費が引かれるのも当然の事だ。


但し――俺が日当10万なのに対して、他の奴らは稼ぎの少ない時でも俺の倍近い報酬を手にしている点を除けば、だが。


明らかに俺の報酬が他のメンバーより少ないにもかかわらず、経費だけは一緒と言われても納得など出来る訳もない。

だが当時の俺は、それに文句をつける事無くそれを受け入れていた。

引かれても通常より遥かに稼ぎが良かったし、何より、モメて次から呼ばれなくなって金が稼げなくなる事を恐れていたからだ。


だが――


「経費って何の経費だ?」


俺は毒島が態と後から抜き取った――俺に対する嫌がらせのつもりだろう――7万円を、その手から素早く奪い返す。


――もう恐れる必要などない。


「俺は一円たりとも経費は使っていないぞ。日当で雇われている額から引かれる謂れはない」


俺の急な態度の変化に、毒島が驚いて目を白黒する。

今回のダンジョン探索中に、周りにはバレない様こっそり今の自分の状態は確認しておいた。

どの程度やれるかを、だ。


その結果、不死身の肉体と命のコントロール駆使して戦えば、今の俺でも今日行ったダンジョンぐらいは問題なくやっていけると判断した。

つまり、もうこいつらに雇われる必要はないと言う事だ。

そして今日でお別れな以上、不合理な経費をくれてやる必要は全くない。


「は……てめぇ、ふざけてんのか?誰のおかげで今まで稼げて来たと思ってんだ?」


「ピンハネされてなきゃ、多少は感謝してたかもな。額面通りでない時点で、お前らに恩義を感じてやる謂れはない」


「てめぇ!ぶっ殺されてぇのか!!」


俺の態度に青筋を立て、毒島が怒りを露わにする。

他のメンバーも、それまで従順だった俺の豹変に驚きつつも此方を睨みつけて来た。


「俺が死なないのはよく知ってるだろ?だからダンジョン内でも、あんだけ遠慮なく俺の事を殴ってたんじゃないのか?」


俺は意図的に挑発する。

一万年以上前の恨みなんて流石に抱えてはいないが、今日やられた分だけでも普通に憤慨物だ。

ある程度仕返ししてやらんと気が済まない。


「ああ、そうだな。テメェは死なねえ。それに怪我も一瞬で治る……つまりここでぶち殺しても、俺は大した罪には問われねぇって事だ」


プレイヤーだろうが何だろうが、他人を傷つければ障害だし、殺せば殺人だ。

ランカーと呼ばれる高位の存在や大手ギルドならある程度もみ消せるのだろうが、一般レベルのプレイヤーが人前で暴力を振るえば、問答無用で法の裁きを受ける事になる。


だが毒島の言う通り、殴っても相手が無傷なら大した犯罪にはならない。

悪くて数日拘置所にぶち込まれるだけだ。

だから奴は、気に入らなければ俺を遠慮なくぶん殴って来るだろう。


もちろんそれは望むところだ。


「ふーん?それで?」


「この雑魚が!調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」


俺の挑発で切れたのか、毒島が殴りかかって来る。

以前ならそのまま吹き飛ばされ、一発ケーオーだったろう。

だが、時間を回帰して戻って来た俺は違う。


俺は素早くライフストリームを発動させる。

自らの命を燃やし、そのエネルギーを身体能力へと変える秘技だ。

これにより俺の能力は爆発的に上昇する。


まあ命を12個まで増やし、極限まで体を鍛えた時間回帰前の俺からすれば微々たるレベルだが、それでも――


「なっ!?」


毒島相手なら十分だ。

俺は片手で奴の拳を受け止めて見せる。


「なんで無能のテメェが……」


毒島の驚愕の顔。


こっちはレベル1固定で、スキルも不死以外ない糞雑魚だ。

そんな死なないだけが売りの俺相手に、手加減不要と全力で殴り掛かったら軽く片手で止められてしまったんだから、そりゃ驚くよな。


「いつまでも弱いままだとでも思ったのか?」


俺は毒島の隙だらけの腹に、拳を叩き込んでやる。


「ぐぅ……このパワー……てめぇどうやって……」


「そんなもん、一々お前に教える訳ねぇだろ」


「テメェ!」


「舐めんな!!」


毒島が殴られたのをみて、他のメンバーが一斉に殴り掛かって来た。

流石に6対1の状態だときつい。

ので、俺はエクストリームバーストを発動させてステータスを更に跳ね上げる。


命を爆発させた事で全身に強い痛みが走るが、もうこの痛みにも慣れっこだ。

問題なく戦える。


「がっ!?」


「ぐわっ……」


「ぐぅ……」


殴り掛かってきた5人を、俺は軽く殴りとばしてやった。


「くそ……」


「さて?どうするんだ?このまま続けるか?絶対負けない不死の俺との殴り合いを?」


毒島達を徹底的に叩きのめす事は、傷みさえ我慢すればそれ程難しくはない。

とは言え、このまま喧嘩を続けると最悪俺が豚箱行きになる可能性が出て来る。

だからここはぶちのめすより、屈辱を与えるだけに抑えておく。


「毒島のパーティーが、最弱のプレイヤー相手に6対1で完敗する。さぞ面白い噂が広まるだろうな」


そんな事になれば、当然毒島達の面子は丸つぶれである。

こういう奴は実力が大した事ないくせにプライドだけは高かったりするから、さぞ屈辱的な事だろう。


「何だったら武器を使ってもいいんだぜ?まあその場合、お前らはムショ行きだけど」


怪我さえしなければ重罪にならないとはいえ、流石に武器を使って相手を切り飛ばせば話は変わって来る。

そんな真似しておいて、回復したから大した事がなかったなんて通じる訳もないからな。

だから使って来る事はないだろう。


まあ仮に武器をつかって来たら、その時は全力でぶちのめすだけだが。

相手が武器を使っているのなら、素手の俺は完全に正当防衛が成立する。

そうなったら何も遠慮する必要がないってもんだ。


え?

武器を使われても大丈夫なのか?


もちろんその状態でも勝つさ。

何せ不死だからな、俺は。

敵の攻撃なんざガン無視だ。


「くそが……てめぇ、覚えてろよ……」


「それは宣戦布告か?言っとくけど、その気になればダンジョンでお前達が通りそうな所を待ち伏せする事だって出来るんだぜ?何せ俺は不死身だからな。その気になれば、何か月だって潜んでられる。今までやられた恨みを考えたら、それぐらい余裕だ」


まあ勿論そんな真似をしたりはしないが。

俺は覚醒不全で寝たきりになっている妹を救わなければならないからな。


とは言え、奴らはこっちの事情など知らない。

なので脅しとしては有効だろう。


「うっ……く……そ、そんなつもりはねぇよ」


俺の言葉に、毒島が顔色を変える。

脅しは十分過ぎるほど効果があった様だ。


「そうか?だったら二度と俺の前に顔を出すな」


「……わかった。いくぞ」


毒島がメンバーを連れて、そそくさとその場を去っていく。


「本当は、今まで俺からピンハネしてきた経費分を返せって言いたかった所だけど……」


回収しようにも、そもそもどの程度取られたのかを俺自身覚えていない。

それに揉め事を余りこじらせすぎると面倒くさい事になりかねないので、これ位が落としどころとしては妥当だろう。


「さて……ういと母さんに会いに行こう」


一万年ぶりの家族との再会。

しかも生きている家族と。

そう考えるだけで、胸の奥から熱い物が込み上げて来る。


「母さん。憂。今度は絶対二人を守って見せるから」

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