第2話 一万年前

「さっさと起きろ!」


「うっ……」


腹部に衝撃が走り、その痛みで俺は目を覚ます。


「いつまでも寝てんじゃねぇ。さっさと仕事しやがれ」


「がっ……」


目を開いた所で、今度は顔に蹴りを入れられてしまう。

大した痛みではないが、寝起きに攻撃されたのでは流石にたまらない。


「ここは……」


俺は慌てて起き上がり、周囲を見渡す。

ごつごつと岩肌がむき出しの薄暗い洞窟の様な場所。

周りにはガタイのいい、鎧などを身に着けた男達が立っていた。


「死ぬのは初めてじゃねーだろーが!いつまでも呆けてないでさっさと起きろ!」


団子っぱなの人相の悪い男が髪を掴んで、無理やり俺の体を引き起こした。


「くっ……」


この男は、確か……


薄ぼんやりとだが、自分の状況を思い出す。

一万年前。

そう、俺がと言われていたころの事を。


「すいません」


やられてる事は理不尽極まりない暴力だ。

だが俺は男――このパーティーのリーダーである毒島ぶすじまに謝罪する。

時間の巻き戻った今の俺に、エターナルダンジョンをクリアした力はない。


一応ライフストリームとエクストリームバーストは使えるだろうが、状況をハッキリさせるまでは大人しくしていた方が利口だ。


「ちっ、いいからさっさと進め」


「分かりました」


俺は毒島の命令に素直に従い、ダンジョンの先頭を歩き出す。


――レジェンドスキル不老不死。


それは絶対に死なず、ダメージや異常を瞬時に回復する効果のあるスキルだ。


メリットとしては、最強クラスと言っていいだろう。

何せ何があろうとも、本人が死を望まない限り絶対死ぬ事がないのだから。

ただしこのスキルは効果が強力な分、それに対応する強烈なデメリットがあった。


それは――レベルアップ不可とスキル取得不可である。


絶対に死なず。

どんな病気や状態異常をも無効にする不老不死は、状態の変化を禁じる効果と言っていい。

そのため経験値取得によるレベルアップや、スキル取得による変化を受け付けないというのがデメリットとなっているのだ。


レベルアップとスキルの取得は、プレイヤーにとって伸びしろの全てと言っていい。

そのためその二つが制限されてしまうのは致命的だった。


……不死身という特性があっても、成長できないければただの死なない人でしかないからな。


そんな俺に付いた二つ名が、最弱の攻略者という訳だ。


「ぐっ!?」


前方から飛んできた岩が直撃し、俺の上半身が吹き飛ぶ。


かつての俺なら痛みで意識を失っていただろうが、エターナルダンジョンで一万年間ひたすら死に続けた今、上半身が吹き飛んだぐらいの痛みで意識が飛ぶ様な事はない。

そんな軟弱な精神だったなら、あそこをクリアする事は出来なかっただろう。


「トラップだらけだな。ほんと、メンドクセェダンジョンだぜ」


俺から少し離れた後方を歩いていた毒島達がやって来る。


「おい、さっさと起きろ」


気絶していると思い込んでいる毒島が、俺を殴ろうとする。

俺はそれを手を上げて制した。


「大丈夫です」


「んあ?死んだのに気絶してねーのか?」


「慣れてきました」


「はっ!だったら休んでないでさっさと歩け!」


毒島に蹴り飛ばされ、俺は再び歩き出す。


俺のこのパーティーにおける仕事はトラップの処理と、魔物による奇襲への備えだ。

何故そんな役なのかは言うまでもないだろう。


そう、不死身だからだ。

トラップにかかろうが、魔物に奇襲されようが俺が死ぬ事はないからな。


因みに、トラップへの対策や奇襲に対する対策アイテムやスキルという物はちゃんと存在している。

なら何故このパーティーはそれを利用しないかというと、そう言った関係のスキル持ちは比較的貴重で、アイテムは値の張る消耗品となっているからだ。


まあつまり、俺なら安くお手軽にそれらの代わりが出来るって事である。


「うおおおぉぉぉん!」


ダンジョンを進んで行くと、狼の雄叫びが聞こえて来た。

物陰から二足歩行の狼――ワーウルフが三匹姿を現す。

奴らは獲物である俺達を見つけると、迷わず突っ切んで来た。


ワーウルフはランクEと低めだが、その強さは熊すら一撃でほふると言われている。

つまり、攻略者でなければ対処不能な化け物だと言う事だ。


俺は咄嗟に身構えたが、あえてそのまま抵抗せずにワーウルフの爪によって引き裂かれ事を選択する。


力を使えば戦えなくもないが、レジェンドスキルの制約で強くなれない筈の俺が急に強くなったら、毒島達によけいな勘繰りを入れられてしまうからだ。

時間が撒き戻ったばかりで正確な状況を把握できていない今は、大人しくしておくのが吉である。


「へっ!雑魚が!!」


毒島達とワーウルフ達との戦い。

一般人から見れば化け物じみた力を持つEランクモンスターではあるが、数的有利を取っている毒島のパーティーにとっては、それ程恐れる相手でもない。

彼らはうまく連携し、物の数十秒で魔物を殲滅してしまう。


「ちっ、魔石だけかよ。しけてんな」


死んだワーウルフは空気に溶けてしまったかの様に、その肉体が消滅する。

そしてその代わりにドロップアイテム――魔石が地面へと転がった。


魔石は魔物が落とす最もポピュラーなアイテムだ。

産出数はかなり多いが、現代社会を支えるクリーンエネルギーとして利用されている物なので需要が高く、決してそれ程安い物ではない。

とは言え、他のマジックアイテムや装備のドロップに比べるとどうしても価格は低めだ。


「おら、いつまでも突っ立ってないでさっさと行きやがれ」


そのドロップが気に召さなかったのだろう。

八つ当たりと言わんばかりに、不機嫌な毒島が俺に蹴りを入れて来る。

理不尽極まりない行動に少々腹が立つが、揉め事を起こす気はないので俺はぐっと堪えた。


……とにかく、今は仕事を終わらせる事だけ考えよう。


「ちゃんと見張ってろ」


その後もトラップを受けたり、魔物の奇襲を受けつつ進む。

暫くすると、毒島達が俺に見張りを命じて自分達は休憩を始める。


……そういや、もう一つ仕事があったな。


不死身の俺に休憩は必要ない。

睡眠も。

まあ眠れない訳では無いんだが、少なくとも疲労回復としては必要なかった。

そのため、パーティーの休憩中は俺が見張りをする決まりになっている。


休みもなく。

暴力も恒常的に振るわれ。

しかも死にまくる。


職場としては確実に最悪と言えるだろう。

それでも一万年前の俺が我慢してこの仕事を続けていたのは、報酬が良いの一言に尽きる。


――俺には金が必要だった。


普通に職に就いて働いていたのでは足りないレベルで。

だから最弱呼ばわりされても、過酷な環境だったとしても、俺はこうして攻略者として不遇な環境にもめげず働いていた。


全ては妹を守るために。

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