笑顔のベリーソース
五日後、俺はテオバルドの城の食堂にいた。
純白の布で覆われた食卓に、得意満面のテオバルドと憂い顔のレナートが着席している。俺が背後の給仕に目配せすると、透かし彫りの盆に乗った、三皿の同じ料理が運ばれてきた。
「仔グリフォン肉のソテー、ベリーソース添えだ」
「ほう。希少な肉だな」
甘い匂いを漂わせる皿が、テオバルドとレナート、そして反対側の空いた椅子の前に置かれる。テオバルドは、すぐさま自分とレナートの皿を入れ替えた。
見届け、俺も空いた席に着く。ナプキンを着けてレナートを見遣れば、端整な顔には眉間の皺が深く刻まれていた。
「食えよ。食えばわかる」
レナートがぎろりと睨んでくる。
だが俺が口の端を上げてみせると、レナートは緩慢にナイフとフォークを手に取った。深紅のソースがかかった柔肉を、少々切り分けて口へ運ぶ。
見守る俺の眼前で、レナートの顔がぱっと華やいだ。目を見開き、大きく何度も頷く。
「これは……完璧だ」
さらに一切れ取り、目尻を下げながら口へ入れる。
切れ長の目尻に潤みが見えた。
三切れ目、四切れ目、雫が筋となって頬を下る。
レナートは笑っていた。笑いながら涙を流していた。
「完璧なベリーソースだ……ブルーベリーとクランベリーを基調に、カシスの甘さ、赤ワインの渋み、スパイスの香気……すべてが調和し、グリフォン特有の風味を引き立てている。まさしく天才ラウルの味だ」
俺も笑った。
お前なら、そう言ってくれると思ったぜ。
レナートの涙を見つめつつ、俺も自分の肉を一口分切り分けた。ベリーソースをたっぷり絡め、いただく。
よし、うまくいってる。
狙い通り。本物のグリフォンの「癖」を、ベリーソースがしっかり受け止めている。
「ああ、いい感じだ。ブルーベリーの甘味と酸味がしっかり出てる。我ながら美味い」
「ほう……」
テオバルドがようやく手元の肉に手をつけた。大きめに切り、深紅のソースにくぐらせ、大口で喰らいつく。
「ふむ、確かに美味い……甘いだけでなく、辛味や渋味が少しあるのも良いな」
テオバルドはそれきり黙った。無言のままフォークとナイフ、そして口をひたすらに動かす。
肉塊とソースがテオバルドの口へ次々消えていくのを、俺は、自分の料理を食べつつ静かに見つめていた。
皿の上の物をすべて平らげ、テオバルドは満足げにげっぷをした。そして、鋭さの消えたまなざしで俺を見つめた。
「ラウル、お前を我が宮廷料理人に任ずる。これからも儂とこの男に料理を作れ」
俺は椅子から立ち、深々と一礼した。
「喜んで。この命の続くかぎり、お仕えいたしますよ」
頭を起こしてみれば、レナートは笑っている。俺を責める気配はない。
そうだろうな。俺たちは皆、この皿を食べきったのだから。
これは凡人向けの皿じゃねえ。
ブルーベリーと、
だがレナート、お前には分かったはずだ。その味の存在が。
ドクウツギの青臭さを、俺は他のベリーとワインで中和し、スパイスの中に完全に溶け込ませた。並の舌では存在に気付かないほどに。
だがわずかな青臭みは、グリフォンの旨味と合わさればほのかに美味を醸し出す。お前にしか気付けないほどの、な。
お前だけが味わえる、完璧な一皿だったろう?
そして全員の胃に、致死量の毒が乗った料理が収まった。
俺にも、お前にも、俺とお前が最も憎む仇にも。
笑いが止まらねえな。レナート、お前もそうだろう?
さて、あとは一緒に地獄へ逝くだけか。
心配すんな。灰の林檎も硫黄の苺も、お前が満足するよう料理してやるぜ。
天才料理人に、不可能はねえんだからな!
【終】
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