脅迫のミルク粥

 今日も牢の扉が開いた。筋骨たくましい牢番がずかずか入ってくる。


「何の用だ」


 俺の問いはいつも通り無視された。牢番は俺を強引に寝床から起こし、そのまま外へ連れ出す。

 また説得という名の脅迫だろう。うんざりしつつ、俺はこれまでのことを思い返した。




 俺が宮廷料理人になって一年後、デリツィオーゾ城は陥落した。

 悪名高い隣国の暴君テオバルドが、突如軍勢を率いて城下を侵略したのだ。町は燃え、住民は捕虜となり、王族は皆処刑された。

 公開処刑の日、テオバルドの配下は俺を広場の最前列へ連れて行った。開けた石畳の真ん中に、粗末な麻服を着せられた陛下が立っていた。毎日目を細め、俺の作る皿を嬉しそうに平らげていたお顔は、今や見る影もなく泥と垢に汚れていた。

 そして、ひざまずかされた陛下の首に大斧が振り下ろされ――


 あの日以来、テオバルドはしつこく俺に迫ってくる。

 儂に料理を作れ、天才料理人の腕前を見せろ、と。

 冗談じゃない。百人並の舌とはいえ、王宮の人々は少なくとも俺の客だった。客も、厨房も、「店」も、全部めちゃくちゃにした奴になど、麦一粒さえ料理してやる気はねえ。

 そう何度伝えてもテオバルドは諦めない。数日おきに使者を寄越し、捕虜となった俺を「説得」しにくる。

 だが無駄だ。何を言われようが、俺が折れることはねえ。




 今日、俺が連行された先は石塔の一室だった。冷たい石壁の中、珍しくテオバルド本人が護衛を従え、革張りの椅子に座っている。

 その傍ら、一人の男が手枷をはめられ、簡素な木の椅子でうなだれていた。

 俺のよく知る姿だった。


「レナート……!」


 呼べばレナートは顔を起こした。

 見る影なく頬がこけた顔から、肌の艶がすっかり失われている。身体に見える傷や痣は手当てをされた様子もない。


「お前が儂の誘いを頑なに拒むのでな。この者に協力してもらうことにした」


 どういう意味だ。


「ここ十日ほど、この者には薄いミルク粥しか与えておらん。このままでは衰弱して死を待つばかりであろうなあ……そこでお前に相談がある」


 テオバルドは、おそろしく嗜虐的な笑みを浮かべた。


「ラウルよ、儂とこの者に料理を作れ。同じものを二皿だ。どちらをどちらが食べるかはわからん、毒を盛ろうとは考えるなよ……そしてお前が断るなら、もはやこの者に食事は与えぬ」

「断りなさい、ラウル」


 毅然としたレナートの声は、しかし、ひどくかすれていた。


「私の命などもういらない。ですがあなたの料理が、陛下の仇を楽しませるのは耐えられない……!」

「お前が断れば、この者は飢えて死ぬぞ。どうする」


 握りしめた拳が震える。

 この男はどこまで卑劣なのか。そして、俺はどうすればいいのか――

 一瞬の後、頭に天啓がひらめいた。

 辛い。だが俺にできることは、きっともうこれしか残されてねえ。


「……条件を飲もう。料理、作ってやるよ。あんたとレナートと、そして俺のためにな」

「ラウル!」


 悲鳴のようなレナートの声を、俺は無視した。


「俺からも条件を出す。作るのは三皿……あんたとレナート、加えて俺の分だ。作る料理と食材は俺が決める。食材調達の間、俺は自由に動かせてもらう。それでいいか」

「構わんが、逃げればこの者の首は落ちるぞ」

「逃げねえよ」


 俺はレナートを振り向き、笑った。


「なあに心配すんな。必ず、お前が満足する最高の料理を作ってやるよ」

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