蜜月のワイン煮込み
二か月後。
俺はデリツィオーゾ城の宮廷料理人として召し出されていた。豪勢な厨房と下働きたちを与えられ、白髪の客――フェルディナンド国王陛下の日々の食事を作っている。
陛下と王妃、王太子殿下とその奥方は、俺の料理を毎日毎食手放しで絶賛してくれる。……まあ当たり前だ。城下町で店を持っていた時と同じだ。なにせ俺は天才料理人だからな。
だが、一筋縄でいかない奴がひとりだけいる。
「今日の煮込み肉、セージとローズマリーが少し効きすぎていましたね。使うワインも、あと少し熟成したものが良かったでしょう」
洗い物をする下働きたちの間を抜け、毒見役レナートがいつものように言いにきた。俺は厨房の隅で、椅子にだらりと腰かけながら聞き流す。
「聞いていますか」
「聞いてねえよ」
レナートが吹き出した。
「聞いていない言葉に返事をするとは器用ですね」
「俺は天才だからな」
「確かにそれは認めますよ。今日の香料の具合にしても、私以外にはわからないささいな差ですから」
「ささいな差をわざわざ言いにくる、『神の舌』様の性格の良さには涙が出るぜ。あんた用のベリーソースに、ドクウツギの実でも混ぜてやりてえな……付け合わせにドクゼリやトリカブトもいい」
「すぐわかりますよ」
一つ息を吐き、レナートは隣の椅子に腰を下ろした。
「実際、ここの料理人は何度も替わっています。あなたの言うような毒を盛って、陛下を暗殺しようとした輩が何人もいた」
「物騒だな」
レナートは小さく頷いた。
「ブルーベリーそっくりなドクウツギの実、セリそっくりなドクゼリの葉……ばれないと信じる愚か者が後を絶たない。どちらも全く味が違うのに……ただ入れ替えるだけで味も整えないから、口に入れた瞬間の違和感はひどいものです。料理に対する冒涜ですよ」
「味さえ整えてれば毒でもかまわねえみたいな言い草だな」
「ある意味当たりです」
レナートは妖しく笑った。
「『神の舌』として、この世の美味のすべてを試してみたくはありますよ。たとえ毒でも、おいしければ」
「イカレてんな、あんたも」
「まあ、今はあなたの料理がありますから。至上の味をさらなる高みへ導くことが、今の私の愉しみです」
「そうかい……」
とはいえ、俺もまんざらではなかった。
俺の作る皿を、ここまで精緻に味わえる人間がこの世にいる。小言は鬱陶しいが、確かにこいつの存在は、料理人として励みであり希望だった。
あの日までは。
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