五
操はゆっくりと立ち上がり、ヒーローたちを一人ずつ目配せする。
「なんで君がここにいるんだい? 操少年」
レッドに問われた操は、それを無視して肩越しに万里を見て話しかける。
「助けに来たよ、三崎さん」
「操君……。生きてたんだ……」
「うん。ちゃんと三崎さんの声が聞こえたよ。だからここまで来れたんだ」
「操、心配かけさせんなよ」
「鍬森もごめんね、遅くなって」
「馬鹿。最高にかっこいいタイミングだろうがよ! 今の状況はだな……」
「大丈夫。ここに来る途中までで、大体の話は聞こえてたから」
「え、すご」
「ねぇ操君。アルは……? 一緒じゃなかったの?」
操はその質問には答えず、再びレッドに向き直る。
「おいおい、無視すんなよ。君の憧れのヒーロー様だぞ?」
「……あなたが教えてくれたんじゃないですか。あなたたちは俺の理想としてるヒーローとは違うって」
「言うねぇ。この短時間で何があったの?」
「それもあなたが言ったんでしょ。自分の気持ちに正直になれって。俺は、本心を見つけただけです」
「へぇ? じゃあ君は、自分ではもうヒーローになったつもりってこと?」
「いえ、ヒーローになるのを辞めたんです」
操はきっぱりと言い切った。そんな操を見て、ピンクは不思議そうにしている。
「リーダー、こいつがさっきリーダーが殺したやつ? 全然生きてるじゃん。どういうこと?」
「俺が一番聞きたいさ。操少年、君はなぜ生きている? 金色の機獣はどこだい?」
「アルが、命を懸けて守ってくれたんすよ」
胸にあるアルと同じ赤いひし形の装飾に手を当てながら、操は自分が目覚めた時のことを話し出した。
「アルは庇ってくれたけど、多分一回は死んだと思う。一回あの世みたいなところで目を覚ましたもん。でもそこでアルが俺をこっちの世界に戻してくれたんだ。アルはそのまま飛び去ってしまったけど、俺の胸にアルの魂みたいなものが入ってきて、目が覚めたらこれがあった」
アルの心臓部でもあったひし形の装飾は、今も操の胸で力強く脈を打っている。
「アルが俺に命を託してくれたんだ。やっぱりあの子こそが俺にとっての理想のヒーローだったんだ」
「ふぅん。二人のうち、片方だけが生き残ったの。しぶといねぇ。俺本気で攻撃したのに」
「その後、頭の中に三崎さんの助けを呼ぶ声が聞こえてきて、ここに駆け付けたんだ」
「それで? 生き返ったからって、俺らヒーローと戦うつもり?」
「……話し合いをしたい。争ったって、誰も何も得られないよ」
操は強い意思を持った眼差しで、ヒーローたちを見やる。
まずは真ん中にいるレッド。
「あなたのやっていることは、ただの押し付けだ。自分の意見だけを述べて、気に入らないものを排除する。そんな自分勝手なことをして、あなたは何がしたいの?」
「へっ、自分勝手? 違うね、俺のやることは全て正しい。そういう世界を作るんだ。誰も俺に逆らわない世界、それこそが完璧な世界だ。俺らを雇っている『組織』には、それを可能にする力がある。なのにそんな力を使わないなんて、もったいないと思わねえか?」
「今の発言には、あなたの意思がないよ。もったいないから力を使うんじゃなくて、あなたは何のために力を使うの? 完璧な世界にして、何がしたいの?」
続けて、左から二番目にいるブルー。
「あなたは、テレビでいつ見かけても完璧な仕事をしている。きっとヒーローをやらなくたって、社会で十分活躍できる人間なはずだ。どうしてヒーローなんてやってるの?」
「ふん。僕はただ、与えられた仕事をこなしているだけ。就職したのがこの『組織』だったというだけだ。仕事をくれる企業には、結果で答える。それが常識というものだろう。それに『組織』の掲げている目標は素晴らしい。いずれこの世界を確実に進歩させるものであり、それを成し遂げるだけの技術もある。僕はヒーローとして働いていることを誇りに思っている」
「やっぱり、あなたは想像通り人ができてる。それなのに、なぜヒーローなの? 危ない機獣と戦ったり、時には隠蔽してまで人を殺すような職業じゃなきゃいけないの?」
右から二番目にいるグリーンは、呑気に口笛を吹いている。
「あなたはいつもマイペースで、機獣と戦うときだって出しゃばらない。それなのに常にムードメーカーで、縁の下の力持ちのような人だ。どこかつかめないあなたが、ヒーローをやってる理由は何?」
「そりゃあ『組織』でそこそこの地位にいるからみんなの士気が落ちて実績が出てこないのは困るし、なんか面白いことが起きそうだからヒーローやってるんだ♪」
「え、それだけ?」
「うんそれだけ♪」
左端のイエローは、他の四人に申し訳なさそうに肩身を狭くしている。
「あなたは人情の深い人だ。ヒーローがドキュメンタリーに特集されるときは、いつもあなたの話が出てくる。ヒーローで唯一、機獣が出ていない時でも困っている人々のために働いている。今思えば、五人の中であなたが一番俺の理想のヒーローだ。そんなあなたがなぜ、へりくだって他のヒーローたちの言いなりになるの?」
「時の流れは残酷なものでしてね。私は今、流れに身を任せるしかないんですよ。それが一番、私の日常が平和なのです。それに、『組織』はちゃんと見返りをくれるのです。もちろん給料以外に。それがあるから、私は生活できる。私が生きるための、たった一つの希望なんですよ」
「そのたった一つの希望が、正義じゃなくて私利私欲で動くヒーローなわけない。あなたはどこか諦めてしまっているんだ。本当に、他のどこにも希望がないの?」
右端のピンクは、自分の番が回ってくるまで退屈そうにしていた。
「紅一点のあなたは、やりたいことやって、やりたくないことをやらない、ちゃんと自分を持ってる人だ。しっかりと現実を理解して、自分で判断できる人だ。それならわかるでしょう? ヒーローのやってることが間違ってるって。このやり方は絶対に正しくないって。違う?」
「んー、あたしそういうのよくわかんない。でも機獣を倒せるのはあたしたちだけだし、戦う意味はあると思うよ。五人もいるんだから、やりたいときにやっても誰も困らないっしょ。まぁ、それにほら。リーダーにかっこつけられるなら、そこはやる気の出しどころと言いますか。やっぱ見てほしいじゃないっすか。逆にそれ以外だとやる気でないっていうか」
「あー、そういう」
「おい、どういう反応だよ」
「いや、まさかヒーローのカラーリングだけでなく、頭までピンクの人だったとは……」
「文句あるのかよ! おい言ってみろよ!」
操はヒーロー全員の話を聞き終えて、一息ついた。
「やっぱ伊達にヒーロー名乗ってないですね。俺が憧れてるヒーロー像の、何かしらは持ってる。だからこそ、俺はあなたたちが許せない。俺の大切なものを奪おうとするあなたたちが」
操は両手の拳を握り、ヒーロー五人に胸を張って伝える。
「今日は帰ってくれませんか」
「操少年、ふざけているのかい?」
「いえ、至ってまじめです。ここで俺たちが戦う理由はない。あなたたちの最初の目的だったアルは、もういないんです。それなのに俺たちと戦うのは、それはもうただの私怨だ」
「私怨で何が悪いんだ? 俺が気に食わないから、それだけで理由が十分だ」
「それでいうなら、俺にもアルを殺された私怨があります。だから、お互いに妥協できる場面なんです。戦わずに済むんですよ、お互いが傷つかずに」
「妥協って……。操少年、結局君は綺麗ごとばかりだな。この世は、絶対的な力を持つ者は妥協しなくていいんだよ。弱者が強者に譲歩するのは当然だろう? それに何を勘違いしているんだ。戦うんじゃない、俺が炎でお前らを料理するんだよ!」
ついに我慢ならなくなったのか、レッドは雄たけびを上げて右腕に炎を纏う。そしてそのまま操に襲い掛かってきた。
「操君、危ない!」
「どうする気だ、操!」
「……言ったでしょ。戦うって!」
操は胸部を叩くと、そこからまばゆい光が出てきて操を機械の肌のようなスーツで包み込んでいく。アルの元気良い声と共に、機竜の顔が操の顔を飲み込みヘルメットと化す。その見た目は、ヒーローたちのスーツにそっくりだった。
ただ一つ違う点は、背中には色のついたマントではなくアルの力強い金色の翼が生えていることだった。
「俺たちの真似事で、何ができるというんだ!」
「真似事じゃない。これは俺とアルの想いが一つになった、あなたたちが持ってない力だ!」
そう啖呵を切った操は、炎を纏ったレッドの拳をがっちりと受け止めた。
「何っ!?」
「俺は確かに、綺麗ごとだらけかもしれない。でもあなたたちとは違う。あなたたちは皆、自分のためだけに自分一人で行動している。五人居ても、孤立しているんだ」
「お前だって一人のくせに!」
「違う! 三崎さんを、鍬森を、メショとシュフォを。俺の大切なものを守りたいと思った気持ちは本物なんだ! 俺のみんなを守りたい気持ちは、アルも、三崎さんも、鍬森も、皆が持ってるものなんだ。それをアルが力に変えて俺に託してくれた。この思いが、負ける道理はない!」
操はレッドの腕をつかんで、思い切り投げ飛ばした。
「くそっ。お前ら! 続け!」
レッドのそんな掛け声で、四人のヒーローも操に向かってくる。
「ごめんね、リーダーに頼まれちゃった。そういうわけだから。君と戦うよ……!」
「ピンク! あなたはほんとに頭の中までまっピンクだな! こういう仕事じゃなくて、プライベートでもっとアピールしなよ!」
「うるさい! こうでもしなきゃちゃんと見てくれないんだから仕方ないでしょ! それに、やれることはとっくのとうにやってるよ! デートにだって誘ったし、好みに合わせてイメチェンしたもん! でもあの人女遊び激しくていつも風俗に行くから……!」
「そんなサイテーな男のどこがいいんだよ! 現実味れるくせに、そういうところだけ盲目なんだから!」
ピンクとの組手の末、操はピンクを山肌に叩きつけた。
「君の強さの原理もその思いも。全てが合理性に欠けている。なぜそれで僕に勝とうというのだね」
「ブルー! 合理性で言うなら、あなたにだってないでしょう! 俺を倒したからと言って、何か得られるわけじゃないでしょ! 仕事ができる自分の才能を、無駄遣いしてるよ。よっぽど非合理的だよ!」
「『組織』が下した命令が非合理的なはずがない。俺の才能を見出してくれたのだ、それを思う存分発揮できる仕事のはずだ!」
「それが戦いや殺しなわけないでしょ! 話し合った方が絶対良いって!」
ブルーの素早い動きに最初は翻弄される操だったが、テレビや間近でその戦い方を見てきた経験から動きを読み切って重い拳をブルーのその身体に食らわせた。
「君みたいな若い子にはわからないかもしれないけどねぇ! 社会は時に残酷にならなければいけない時があるんですよ!」
「イエロー! あなたはそう言いながら、攻撃が全て急所を外れてる。やっぱりいい人すぎるんだよ。あなたには絶対他の道があるはずだ!」
「そう思って何年も探してきました。それでも僕は、こうしなきゃいけないとわかっちゃったんだ。私が何かを始めるには、もう遅すぎたんですよ!」
「遅すぎるわけないじゃない! こんなに、ヒーローとして戦える若さが残っているくせに!」
イエローの甘い攻撃を躱し懐に入り込むと、襟首をつかんで頭突きを食らわせる。そのまま体を倒し、後ろ蹴りを決めた。
「君は本当に面白いから、楽しくなってきちゃった♪」
「グリーン……さん。あの、ほんとに、楽しいからってだけで戦うのが一番怖いっす。ただの狂人じゃないですか。嘘でもいいので、なんかヒーローやってる目的とかないんすか」
「んー、強いて言うならこういうエンタメがあった方が、世の中が面白くなるからかな♪」
「エンタメとか言いながら殺しに来ないでくださいよ! そう言う愉快犯みたいな強キャラっぽい人は、それこそエンタメの中に居ればいいんですよ!」
風を操るグリーンは宙を舞い空中戦を仕掛けてきたので、操は翼をはばたかせて上昇する。翼で器用に攻撃をいなし、背後を取ると両腕を固めてそのまま落下し、その重力加速度を活かして地面に埋め込んだ。
「あんま調子乗ってんじゃないぞ、少年!」
「レッド! あなたが一番自分勝手だ。あなたが一番ヒーローじゃない! あなたが言ってたことをそっくりそのまま返すよ。あなたの気持ちに正直になれよ!」
「なってるだろ! お前たちが憎いんだよ!」
「それは今一時の感情で、あなたの源流じゃない!」
「お前に何がわかるんだよ!」
レッドと操は両手で組み合って、力比べをする。その時に、操の頭にレッドのイメージが流れ込んでくる。どこか万里に似た、一人の女性のイメージだった。
「あるじゃん! あなた本当は、ずっと三崎さんのお姉さんに会いたいだけじゃない! もう叶わないからって、俺らに八つ当たりすんなよ!」
「勝手に人の頭ん中覗いてんじゃねぇ!」
「じゃあ勝手に人の頭の中にイメージ流し込んでくるんじゃねぇ!」
力比べの途中で、操は一瞬力を抜いて後方に倒れる。勢いあまって前のめりになったレッドの鳩尾に膝を食らわせる。
「これはさっき殺されたはずの俺の分!」
身体の浮いたレッドに向けて、操はレッドの必殺技と同じ構えをする。それは何年も操が憧れてきた、ヒーローの技だった。
「そしてこれが、アルの分だぁ!」
右腕を振りかぶり、放たれた拳がレッドの顔面にヒットする。レッドのヘルメットにはひびが入り、川の真ん中まで飛ばされその姿は沈んでいった。
「操、やったのか……?」
「これが、アルがくれた力……」
玻瑠と万里が喜んでいると、川から炎の球が二人目がけて飛んできた。
「ただで負けはしないぞ!」
それはレッドの不意打ち。操が万里と玻瑠から離れたところを狙った、最後の抵抗だった。
しかし、操は命の危機を察知したアルのごとく素早く二人の元に移動し、攻撃を防いだ。
「レッド、あんたはは知らなかったね。アルの命を守る本能は、どんな不意な危険も察知するんだ」
操は高らかにそう告げると、低空飛行で川面を移動しレッドの胸倉を片手で掴んで持ち上げた。そのまま翼を広げて少し上昇すると、最大出力を出して川底にレッドを叩きつける。
川には大きなクレーターができ、レッドの動きは完全に途絶えた。
「操君!」
「操!」
クレーターができたことにより二つに割れて浅くなった川を渡って、万里と鍬森が近寄ってくる。
操の体を包んでいたスーツは胸部にしまわれていき、胸と翼以外が普通の操に戻っていった。
「操! 死んだんじゃないかと思ったじゃないかよ!」
「あはは……。俺もそう思ったよ。アルのおかげだね」
「アルは……。もう、会えないのか?」
「わからない。でも、ずっとここにいるよ」
操はそう言って胸の装飾に触れる。
「そうだな。どれどれ、ちょっと触らせてよ」
「やだよ、変態鍬森に触らせたくない」
「そういう話じゃなくない?」
「そういう話でしょ。俺は鍬森に触らせるからだなんて持ってません!」
「アルの体だろ!?」
玻瑠と一通りふざけたあとに操が万里の方に視線を向けると、彼女は下を向いて動かないで立ち尽くしている。
玻瑠はお二人でどーぞとジェスチャーをして、距離を取ってくれた。
「あの、三崎さん?」
操がそう呼びかけると、万里はそのままの姿勢で操の胸に頭をこつんと預けた。
操は万里の体重を感じつつ、天を仰ぐ。
「えーっと……?」
「……」
「何か言ってくれるとありがたいのですが……」
「……一人で危ないことしないでって言ったじゃん」
「そうだね。ごめん」
「今度こそ本当に、死んだかと思っちゃったじゃん」
「うん、ごめん」
「約束してたのに」
「うん、ごめん」
「……助けてくれてありがとう」
「うん、ごめん」
「なんで謝るのさ」
「……ごめん」
「ふふっ」
「ははっ」
交わした言葉は少ないけれど、二人は言いたいことを全てぶつけて分かりあったような満足感があった。
「ねぇ操君」
「何?」
「私、あの時操君に話しかけてよかったと思ってる」
「そうなの?」
「うん。あの時は人選失敗したかもって思ってたけど」
「おいひどいな」
「でもね、多分それがあったから私は少し前向きになれたし、毎日が少し明るくなった気がする」
「俺そんな大したことしてないんだけどな」
「ううん、十分大したことしてたよ」
「そう、かな」
「うん。私たちを助けてくれてありがとう。なれたじゃん、ヒーローに」
そう言って顔を上げた万里は、少し表情の歪んだ操の顔が目に飛び込んできた。
万里が想像してたものと違い、操は苦しそうにしている。
「どうかな……。僕はヒーローなんかじゃないよ」
「そんなことないよ! さっきも助けてくれたし、かっこよかったよ」
「ほんとに? ほんとにそう思う?」
「う、うん……」
やっと視線を下ろして万里と目が合った操の瞳は、いつもよりも光がないような気がする。
心なしか、胸のアルの脈動も弱いように感じられた。
「俺が、ヒーローを退治したのに?」
その悲しげな声音で発せられた言葉は、静まり返った谷にいつまでも響いて行くようだった。
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