万里は操にアルのことを任せた後に、商店街のとあるファミレスに向かっていた。

 店員に待ち合わせであることを伝えると、相手はもう来ているようで席に案内された。

床波とこなみさん、こんにちは」

「三崎殿、待っていましたぞ」

 床波と呼ばれた男性は、眼鏡をかけていてパソコンで何やら作業をしていた。

「ごめんなさい、忙しいのに時間作ってもらっちゃって」

「いいのですよ。お互い様です」

「早速私から、これ」

 万里はハンバーグ定食を頼んだ後、無地の封筒を床波に差し出した。

「例の動画です。ネットに上げてないので、他の人には出回ってないやつです」

「確かに頂きましたぞ。どれどれ……」

 床波がパソコンでその動画を確認する。それは、昨日目の前で撮影したカラス天狗の機獣とヒーローの戦いの映像だった。操に駆け寄る前に、万里は映像を撮っていたのだ。

「ほぉ。こんなに近くとは思いませんでした。これは貴重ですな」

「たまたま機獣が出てきて巻き込まれちゃったんで、もしかしたら役に立つかなって」

「見返りがなくとも別に情報は提供して差し上げるのに、わざわざすみませんね。こんなに近かったら撮影も大変だったでしょうに」

「大丈夫でした。ヒーローの到着も早かったですし」

 万里は運ばれてきた定食を食べながら、床波の持ってきた封筒を見る。

「その中に、新しい情報が?」

「えぇ。『機獣騒動』のこと、だいぶわかってきましたよ」

「教えてください」

「まず『機獣騒動』の日の目撃情報なのですが、もしかしたら機獣よりもヒーローの方が先に街に現れていたかもしれないんです」

「ヒーローの方が先に……?」

「えぇ。前回の機竜と同じで、ヒーローと機獣の間には公にできない何か秘密の関係があるのかもしれません。それに」

「それに?」

「それに三崎殿のお姉さん以外にも、『機獣騒動』で亡くなって慰霊碑に名前が刻まれていない方がいるそうなんです」

「え、そうなんですか?」

「しかもお姉さんを含めて五人。偶然かもしれませんが、ヒーローと同じ人数なんですよねぇ」

 万里はフォークを口に運びながら、考える。

「実は死んでいなくてヒーローをやってる……ってことは無いですね。そうだったらあったときに気づいてるはずだし」

「えぇ。詳しいことは調べている途中です。中途半端な情報で申し訳ない」

「いえ、十分助かりました。ありがとうございます」

 万里はごちそうさまと手を合わせて、床波と共に立ち上がる。

「えぇ。それではこれで」

「はい。床波さん、ありがとうございました」

 万里はファミレスから出ると、頭を下げて床波を見送る。

「思ったより早めに終わったし、アルのとこ行こうかな」

 踵を返した万里は、慌てて電信柱などに苦し紛れに隠れる三人組を見つけた。まるでストーカーのようである。ゆっくりと歩いて近づいて、見覚えのある顔に声をかけた。

「……鍬森君、何やってんの?」

「いや違うんですこれは」


 コーヒー店に入った万里に、その後をつけていた玻瑠たち三人は平謝りしていた。

「ほんとにごめん! うちら三人で奢るから許して!」

「えっと、あなたは確か……」

「金橋らん。みさっちズの一人です」

 落ち着きがない動きで、外ハネをぴょこぴょこさせながら金橋が謝る。

「みさっちズ? まぁ別にそこまで怒ってはないけど」

「私は高折梢枝こずえ。私からもごめんなさい」

 高折のツインテはおとなしく、万里はシュンとしぼんでいるように感じた。

「別に良いよ」

「三崎、ほんとごめんな」

「鍬森君は許さないから。……それで、なんで私の後つけてたの?」

「俺だけ扱いひどくね!?」

 万里は玻瑠を足蹴にしながら、女子二人と会話を始める。

「うちらのみさっちと最近仲良くしてるのに、昨日とか今日とか、他の男の影が多いって目撃情報が多くて。一体どういうことなのかなって気になったといいますか」

「別に操君含めて誰ともそういうのはないよ。昨日はお姉ちゃんの恋人だった人と会ってただけだし、今日のは雑誌の記者さんだよ」

「ん? だった……?」

「お姉ちゃん死んじゃってて、当時恋人だった人。今も少しだけ交流あるの」

「金橋! 突っ込んじゃいけないことだったよきっと!」

「あ、たびたびごめん!」

「別に良いってば。何年も前のことだし」

「なんて心広いの……! まりっぴって呼ばせて!」

「良いけど、金橋さん変わったネーミングセンスしてるね」

「三崎にだけは言われたくないと思うぞ。……痛っ! 脛蹴ることないだろ!」

「うちのことは蘭でいいよ!」

「あ、それなら私も梢枝がいいな。私も万里ちゃんって呼ぶね」

「じゃあ、蘭さんに梢枝さん。よろしくね」

「あれ、もしかして俺空気扱いです?」

「改めて、今回の詫びとしてまりっぴの会計は鍬森が責任もって持つから! 何でも頼んで!」

「なんか俺だけが払うことになってませんかね!」

「じゃあ、たまごトーストにシロノワール、たっぷりクリームソーダで」

「あなたさっきハンバーグ定食食べてましたよね!?」

 注文を終えると、玻瑠を置いてけぼりにして女子トークが始まった。

「まりっぴ、もう少し絡みにくい人かと思ってた。全然話しやすいじゃん」

「別にそんなつもりないんだけどな」

「万里ちゃん話してない時無表情だもんね。怒ってるって勘違いしちゃう人が多いのかも」

「あ、それこそみさっちと話してるとき、ちょっと表情柔らかくなる気がする!」

「そう、かしら」

「うんうん、わかるかも。操くんと話してるとき、ちょっとテンション高そう」

「それな! え、ぶっちゃけた話、みさっちとどこまで行ってんの? 鍬森に様子を聞いても『こいつら、多分裏で付き合ってるぜ……』しか言わなくて、なんもわかんないんだよねー」

 金橋に責められるような目で見られ、玻瑠は事実を言ってるだけだし、とふてくされる。聞かれた万里は、クリームソーダを一口でグラスの半分ほどを飲んでから答える。

「どこまでも何も、特別な関係じゃないよ? 私たち」

「でもでも、この前みさっちのこと呼び出してたじゃん」

「うん。ヒーローのことで聞きたいことあって」

「放課後、操くんと毎日何かしてるよね」

「うん。拾った猫の世話をね」

「でもそれだけで急に仲良くなれるもんかねぇ? 高折どう思う?」

「流石に何かあると思うけどなぁ。万里ちゃんに何か心当たりはないの? 無意識に気が楽になるようなこととか」

「あー、お姉ちゃんのことで相談乗ってもらったことがあって。それから少し心の重しが取れたみたいで軽い、かも?」

「え、まりっぴ。それ、恋とかじゃなくて……?」

「いやぁ、それはないでしょう」

 そう言いながら万里は、金橋と高折が今までに見たことのない笑顔でくすっと笑った。それを見た金橋と高折は、開いた口が塞がらなくなり、手で押さえる。

「ねぇ金橋。今の、だいぶアレだったよね」

「うん。うちはだいぶアレに感じたな」

「「こいつら、多分裏で付き合ってるだろ……」」

「な! 俺の言った通りだろ!」

 ハモった金橋と高折の言葉に、玻瑠が激しく同意を示す。

「え、他にはなんかないの? みさっちとのエピ」

「それこそ鍬守くんが混ざる前は、二人水入らずでいい感じだったんじゃないの?」

「あ、その頃の話は俺も聞きたいな」

「えー、特別なことなんてなんもないけどな」

 その後万里は、しばらく玻瑠が加わる前の数日間について根掘り葉掘り聞かれた。答えるたびに女子陣から黄色い歓声が沸き、玻瑠が操を羨む。

「はー、まりっぴと話すの楽し。ねね、うちこれからもっとまりっぴと仲良くなりたい」

「うん、私も。クラスのみんなだって話せば誤解は解けるだろうし、皆万里ちゃんと仲良くしないのはもったいないと思う」

「仲良く……」

 万里は、操が自分を天狗の機獣から逃がした時のことを思い出す。アルに引きづられながら振り返ると、操に迫っている機獣の攻撃が見えて心臓がキュッとなった。かつての姉の光景と重なり、自分が巻き込んだせいで操までいなくなってしまうのではないかと不安になる。

「まりっぴ? どうかした?」

「……ううん。なんでもない」

 操だけではない。玻瑠も、仲良くしてくれている金橋も高折も、これから仲良くなるかもしれない人も、万里にとって大切な人をある時ふと失ってしまうかもしれない。そんな悲しい思いをしたくなくて、万里は他人と無意識に壁を作りがちになっていた。けれどそれと同時に、操や玻瑠と話していくうちに、姉を失った寂しさを一時だけ忘れられるくらい楽しい時間を過ごしているのも事実だった。操と話すようになってから、姉を失って暗くなっていた万里の生活は少しずつ明るくなっていったのだ。

 万里が考え事をしていると、クリームソーダの表面にいくつもの波紋が現れて地面が揺れたことに気づく。

「地震……?」

「誰も揺れたって呟いてないから自信じゃないっぽいな」

 金橋が高折と共に携帯で速報を探している。

「あ、これじゃない? なんか地割れで、山が割れて崩れたらしいよ」

「こわ。うちらの学校まで潰れてないよね……?」

「うん。谷になってる川あたりで収まったらしいよ」

「川? 蘭さん、それ写真ある?」

「あるけど」

 金橋に見せてもらった写真を、万里は玻瑠にも無理やり見せる。

「鍬森君、これ!」

「うわぁ。山肌に亀裂みたいなの入ってるじゃん。やば」

「そうじゃなくて、川のとこ見て!」

「え? 川なんてどこも同じ……。あ」

「あの洞窟が潰れてる。操君に何かあったのかも」

「だめだ、連絡は繋がらねぇな」

「……行かなきゃ!」

「おい三崎!」

 万里は玻瑠に小声で事態を伝えると、鞄を担いでお店の外に走り出す。その前に何かを思い出したように、戻ってきた。

「蘭さん、梢枝さん。その、仲良くしたいって言ってくれてありがとう。嬉しかった」

「おうおう、例には及ばないよ。何があったか知らないけど、用事があるなら急ぎな」

「またね万里ちゃん。今度は鍬森くん抜きで女子会やろ」

「ありがとう二人とも!」

 万里は今度こそお店を出て走り出す。

「ごめん、俺も行くわ」

「おうおう、行ってらっしゃい。……あ、その前に」

「なんだよ」

「全員分の会計してから行けよな」

「……払えばいいんだろ、もう!」

 伝票を持って、玻瑠も万里の後に続いた。

「三崎! 待てよ!」

 玻瑠は後ろから万里を追いかけて、肩を持って引き止めた。

「待てないよ! 操君に何かあったかもなんだよ!」

「今の状態の山に行っても、また崩れるかもだから危ないって! 災害があったときは近づかないのが鉄則だろ! お前がそれで死んじゃったら意味ないじゃん」

「でも」

「でもじゃない。それに操はアルと一緒にいるんだから、きっと大丈夫だよ。ほら、ウェブニュースで被害者も行方不明者もいないって報道されてるし」

「そ……っか」

 玻瑠の言葉を聞いて、万里は少しだけ冷静になった。

「操が機獣の襲われてた時もそうだったけど、心配の仕方が尋常じゃないよな。やっぱ操のこと好きなの?」

「別に鍬森君でも心配してたよ」

「お、おう……。そっか……」

「鍬森君には言ってなかったよね。私のお姉ちゃん、『機獣騒動』で死んじゃったの。だから、お姉ちゃんを守ってくれなかったヒーローが嫌いなの」

「そう、だったのか」

「もう一度大切なものを失うのはいやだ。私の大切なものだけを守ってくれるヒーローがいたらいいのに」

「そんな都合のいいヒーローがいるわけないよな」

 二人が呼吸を落ち着けていると、万里が口を開いた。

「やっぱり、洞窟に行こう」

「……行って何するんだよ」

「私の大切なものを守ってくれるヒーローがいないなら、自分で守らなきゃいけないんだよ。地割れに巻き込まれて遭難してるかもしれないし、アルが怪我してて身動きが取れないのかもしれない。なんにしろ、連絡が取れない状態にいるなら、私たちが助けないと」

「……まぁ、操がその洞窟にいることを知ってるのは俺たちだけだからな。俺らが操を助けるヒーローになってやろうぜ。あいつのことだから、携帯の充電切れて連絡取れなくて、一人でパニックになってるかもしれないし。俺たちが助けてやらないとな」

「うん!」

 万里と玻瑠は、一緒に洞窟へと向かった。


 いつもの山道まで二人が戻ると、山道に入る茂みのあちこちに立ち入り禁止のバリケードテープが張り巡らされていた。

「そりゃあ危ないもんな。山には入れないか……」

「あ、下の方隙間あった。こっち来て、頑張ればくぐれるよ」

「こら! 女子が四つん這いで何やってんの! ていうか俺が後から行ったら、その、色々と見えちゃうでしょ!」

「私短パンはいてるしタイツもあるんだけど」

「そういう問題じゃないの! 俺が先行くから!」

 玻瑠を先頭に、万里たちは山へと入っていく。やがて洞窟から離れたところの川辺に出た。

「ここから洞窟まで歩いて行こう。これなら崩れてるとこから遠いし、比較的安全かも」

「まぁここにいる時点で安全じゃないけどな……」

「あ、あれ見て!」

 万里が指さしたところには、小さな二つの影がこちらに歩いてくるのが見えた。

「メショとシュフォだ! アメショとスコティッシュフォールドだから間違いないよ!」

「ほんとだ! ……その見分け方はどうかと思うけど」

「いつも洞窟の中で大人しくしてるこの子たちが無事ってことは、きっと操君たちも無事だよ!」

「あぁ! 希望が見えてきたな!」

 万里たちは急いで洞窟の方へ向かうと、洞窟があった場所の前に人影が一つ、川辺で座ってるのが見えた。

「きっと操だ!」

「……! 待って、違う人かも」

「え?」

 駆けて行こうとする玻瑠を抑えて、万里が人影に寄って行くと、それは万里たちに気づいて手を振った。

「あれ、万里ちゃんじゃん。なんでこんなところにいるの?」

「真赭さん……」

「えっと三崎、この人誰? 見たことあるような気がするけど……」

「私のお姉ちゃんの、元恋人の人」

「あ、あーね! なんでこの人がここに?」

「さぁ……」

 困惑している万里たちに、真赭が話しかける。

「こんな山の中にいたら危ないよー? 俺が家まで送って行ってあげようか」

「私たち、ちょっと探し物に来たの。真赭さんは何でここに?」

「俺のことはどうだっていいじゃない」

 真赭はおどけながら答える。

「探し物をしているのあら手伝ってあげようか?」

「ほんと? ありがとうございます」

 万里ははにかんでお礼を言う。そんな万里に、玻瑠は不信感を抱きながら尋ねる。

「ちょっと三崎。この人にもアルのこと言うわけにはいかないでしょ。どうすんのさ」

「アルたちが無事なら、多分上手く隠れてくれるよ。私たちは操君の手がかりを探そ。人手が多い方がいいだろうし」

「そうかもしれないけどさぁ」

 玻瑠は納得しきれない様子だが、万里が話を進めていく。

「昨日話した一緒に猫を飼ってる友達と連絡が取れなくて、ここの近くにいるかなって思ったんですけど」

「あーそうだったんだ。でもほら、今はいつ山崩れてくるかわからないから、今日は帰った方がいいよ」

「え、でも」

「でもじゃない。ほら、立ち入り禁止のテープがあったでしょ。勝手に侵入してきたのがバレたら、偉い人に怒られちゃうからさ」

「あなたは怒られないんですか?」

 玻瑠は、万里を説得しようとしている真赭に問いかける。

「あなたも立ち入り禁止なんじゃないですか? ここ」

「俺のことはいいんだよ。……そうそう、俺があのテープを張ったから、だから俺はここにいていいんだよ」

「なんであなたが?」

「それは……。俺が捜索しているからだよ。万里ちゃんたちの友達を」

「ニュースで被害者はいないって出てましたけど、なんで知ってるんですか?」

「さっきまで会ってたんだよ。それで、目の前で洞窟が崩れちゃって、それで捜索しているんだ」

「だったら私たちも一緒に」

「もういいだろう!」

 玻瑠と万里の質問攻めに、真赭は苛立ちを露にする。急な大声に万里も玻瑠も、びくっとして竦む。

「そう、機獣だよ。金色の機獣がこの洞窟を崩したんだ。機獣って怖いんだよ、知ってるかい? だから君たちは帰るんだ。いいね?」

「金色の機獣ってアルの事? アルはそんなことしない!」

「俺が証言してるんだぞ。いつも優しくしてやってる俺よりも、百里の命を奪った機獣のことを信じるっていうのか!」

「きゃっ」

 反論を続ける万里に、真赭が思わず左腕で突き飛ばす。倒れた万里に、真赭は近寄っていく。

「姉妹揃って聞き分けが悪いな! 黙って俺の言うことに従ってればいいのに!」

「てめぇ何してんだ!」

「大体君が! 君と操とかいう少年がいなければ、万里はこんなに変わらなかったはずだ! 僕の言いなりのままだったはずだ!」

 万里に近づくのを阻止しようと殴りかかった玻瑠を、真赭は躱して川辺に投げる。

「痛っ……」

「どうしてどいつもこいつも俺の言うことを聞かないんだ。俺がこんなに誠意を見せてやってるのに!」

「ま、真赭さん?」

「お前らは優しく帰れって言ってやってんのに帰らないし。操少年だって、金色の機獣を渡せば見逃してやるって言ったのにどかなかったし。百里だって、俺の言うことを聞いてれば……!」

「お姉ちゃんは今関係ないよ。何言ってるの……?」

「操とアルを、どうしたっていうんだ!」

「俺はね、自分の思い通りにならないものが嫌いなんだ。操少年も金色の機獣もだ。俺が燃やしてやったよ! あの洞窟ごとね!」

 そう言った真赭は、右腕に炎を纏いながらヒーローのレッドの姿に変わった。

「真赭さんが、レッド……?」

「だいたいね。機獣と仲良くしてることが意味わからないんだよ。機獣は危ないって何度も呼びかけてるのに。それに万里ちゃんは俺に猫を飼ってるって嘘までついてさぁ。ショックだよ、本当に」

 真赭が大きくため息をついていると、崩れた洞窟の方から人影が出てきた。

「リーダー。リーダーが起こした地割れのどこにも死体ないよー? 少年のも機獣のも消し飛ばしちゃったんじゃないの?」

 それは、ヒーローのピンクであった。それに続いて、ヒーローたちがぞろぞろと集まってくる。万里と玻瑠の前に、ヒーローの五人が集結した。

「え、やば。一般人いるじゃん。もしかして、ファンサとかした方が良かった感じ? ……って、リーダーのお気にの子じゃん! あれでしょ? リーダーがヒーローになるときに殺した子の妹の」

「ピンク。余計なことを言うな」

「ころ……。え、どういうこと……?」

 ピンクは少し嘲笑うようにしながら、前かがみで万理を見て続ける。

「あたしたちが機獣と戦う力を得るために、誰かを犠牲にしなきゃいけなかったの。で、リーダーはその時にあなたのお姉ちゃんを犠牲にしたんだよ? そんな人と今まで仲良く接してたなんて、今どんな気持ちー?」

「本当、なの……?」

「ピンク、いい加減にしろ」

「えー、いいじゃん。どうせもう殺すつもりだったんでしょ?」

「まぁね。色々話しちゃったし、生かしておく方が面倒かも」

 レッドがピンクの話に同意すると、万里と玻瑠に五人の鋭い視線が向けられる。玻瑠はレッドに投げられてから身動きが取れず、万里は突きつけられた事実を受け止められていない。

「真赭さん、なんで。あなたもお姉ちゃんの死を悲しんでくれてたじゃん。一緒に寂しさを埋め合ってたじゃん。あれは嘘だったの?」

「嘘じゃないさ。俺だって百里とできるだけ長く一緒にいたかった。ただヒーローの力を得た時に、たまたま近くにいて巻き込んじゃったんだから」

「てことは、あの時お姉ちゃんを襲った、あの大きな機獣が真赭さんだったの?」

「もしかして見てたのか? ……そっか、だから慰霊碑に百里の名前が無いことにこだわってたのか。それなら少し接し方を変えるべきだったかもなぁ」

 レッドは感心するが、悪びれた様子はない。

「別に自分で選べたわけじゃないんだ。たまたま百里が犠牲になっちゃっただけで、俺はショックなんだよ?」

「……慰霊碑に名前がない人が五人いるって聞きました。それはあなたたちがヒーローになるときに殺した人たちなんですか。『機獣騒動』の日、機獣よりもヒーローの目撃情報の方が早いとも聞きました。あなたたちの方が機獣よりも先に人を殺してたってことですか。あなたたちは、最初から悪事を働いていたんですか」

「前半はほぼあってるけれど、俺らはちゃんと機獣から命は守ってあげてるでしょ? それを悪事とはひどいよ」

「でも、操君とアルを殺した!」

「機獣を殺すんだから当然でしょ。それに操少年に関しては、自分から巻き込まれに来たんだよ? 逃げなかった彼が悪い。俺のせいにされるのは心外だなぁ。……あ、そういえば猫ちゃんたちのことは投げてたっけ。だから逃げ遅れたのかな」

「……っ。操君は小さな命でも守ったんだよ。あなたたちよりよっぽどヒーローだよ! 操君を馬鹿にするな!」

「彼にも言ったけど、ヒーローは俺たちだよ。固有名詞なんだから、仕方ないじゃん。俺たちと同じ仕事をしない限り、ヒーローにはなれないよ」

 そう言うと、レッドは思いついたように提案する。

「そうだ。俺も万里ちゃんのこと殺したくないし、操少年の代わりにヒーローになる? 給料良いし、おすすめの仕事だよ?」

「今の話の流れで、なるわけないでしょ。操君の夢を馬鹿にされて、引くわけにはいかない」

「そっかぁ、そうだよねぇ。せっかくの百里の代わりなのに、残念だ」

 万里と玻瑠は、じりじりとレッドに詰められる。

「機獣と関わってなかったらこんなことにならなかったのに。自分の好奇心を恨むんだね、万里ちゃん。それにそこの男も」

「そこの男って言うな、鍬森だ! 俺だって操を見習ってなぁ、この場面でどうやって皆を逃がせるか考えてんだよ。急に話を振るな!」

「そうかいそうかい。でも君は操少年と一緒で、俺の万里を変えてしまった一人だろうからね。君は問答無用で殺す」

 一歩、また一歩と近づいていくレッド。右腕の炎が一層強くなった。

「助けて。操君……」

「はっ、そういうとこだよ万里ちゃん。君はどんな時も、俺を頼るべきだったんだ。そうすれば長生きできたのにさ」

 レッドがいつものように右腕を振りかぶる。右腕にまとっていた炎が、勢いよく放たれた。

 その炎は万里たち目がけて空中を進み。

 二人に命中する前に、目に見えない速さで万里たちと炎の間に割り込んできた何者かによって弾かれた。

「……なに?」

 灼熱の炎を弾いたことによる爆風に包まれたその影は、ゆっくりと体を起こす。

「アルだ。三崎、アルが助けてくれたんだ!」

「ううん、違う。アルじゃない。あれは」

 煙が晴れてきて姿が見えてきた乱入者は、確かに背中に金色に光っていた。

「……操君だ」

 しかしそれは、胸部がアルのような金色の金属になっている玉乃井操だった。

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