「操君!」

 道路の真ん中で腰を抜かして座っている操の元に、アルの入ったリュックを抱えた万里が駆け寄ってくる。

「三崎さん。無事で良かっ」

「良くないよ! 操君も逃げなきゃ意味ないでしょ。死んじゃったかと思ったじゃん」

「で、でも、ああするしかなかったし。それに今現にこうして無事なわけだし」

「ヒーロー来なかったら危なかったでしょ」

「それはそうだけど……」

「別にアルなら二人同時に運べたかもだし。これからは一人で危ないことしないでよ」

「わ、わかったって。ごめん」

「ん、約束ね」

「うん、約束」

 万里は少し震える手で、操の袖をつまんでいる。操はこの状況に胸が高鳴って、首に手を当てながら足元を見ることしかできていなかった。

「……そろそろ俺喋っていい?」

「おわぁ! 鍬森いつからそこに!?」

「三崎と一緒だったから、全然最初からいたけど」

「そういうのは先に言ってよ!」

「いやぁ、お邪魔かなぁと」

「お邪魔も何もそんな関係じゃないんだってば!」

「しっ! 二人とも、ヒーローがこっち来るよ」

 もう平気なのか、平常運転になった万里が操と玻瑠の背中を叩いてしゃんとさせた。

「君、怪我はないかい?」

「あ、はい! おかげさまで何ともないです!」

「それはよかった」

 レッドに話しかけられた操は、元気よく返事をする。

「あ、あの!」

「少年、どうかしたのかい?」

「俺、ずっとあなたたちに憧れてて」

「ほぉ、そうだったのか」

「はい! いつかあなたたちみたいな、平和を守るヒーローになりたいと思ってるんです!」

 レッドは一度振り返り、四人のヒーローたちと顔を見合わせる。アイコンタクトで何やら伝え合ったあと、レッドは再び操の方を向いた。

「その気持ちは嬉しいけど、君はヒーローになれない。俺が全て機獣を倒しちゃうからね」

「……かっこいい!」

 操は幼いころ自分が救われた時の光景と今の光景が重なり、五人のヒーローたちがまぶしく映っていた。

「それじゃあ、俺たちは帰るよ」

「はい! 助けてくださってありがとうございました! 本当に、ありがとうございました!」

 操が何度も頭を下げてヒーローを見送ってるなか、万里は機獣の攻撃によって悲惨な状態になっている辺りを見回していた。

「結構派手に街壊れちゃってるけど、もう少し戦い方なんとかならなかったのかしら。ヒーローに盾にされて車とか余計なものまで壊れてそうだし、攻撃を全部自分の身で受けてたアルの方が偉いじゃん」

「三崎さん、助けてもらったのにそういう言い方ないでしょ」

「んー、でもヒーローたちが一回逃してなかったら、こんな被害出てなくない? それに、いつも機獣が街に侵入する前に倒してるじゃない? だから今回機獣が街に現れたのが、なんか不自然に感じるんだよねぇ」

「そう? 一回目で逃げられて、だから二回目は対策した。ただそれだけに見えるけど」

「うーん……」

 万里は納得いっていないようで、アルの入ったリュックを抱えて虚空を見つめて歩いている。そんな万里の携帯が一件の通知を知らせる音がした。一向に確認しようとしない考え事中の万里に、玻瑠が思わず声をかける。

「三崎、確認しなくていいのか? 大事な連絡かもしれないぞ?」

「別にいいでしょ。どうせろくな連絡じゃな……くなかった!」

「ほら言わんこっちゃない」

「忘れてたぁ……。ごめん二人とも、アルちゃんと返しておいて!」

「え、三崎さんはどうするのさ」

「用事! またね!」

 困惑する操にリュックを返して、万里はすぐに去ってしまった。操と玻瑠は万里の背中が見えなくなってからもしばらく、その方向を見ていた。

「まぁ三崎の具合がいつも通りに戻ったのはいいことだな」

「……用事って、彼氏かな」

「ふはっ。操、やっぱ三崎のこと好きなの?」

「そ、そんなんじゃないって! でも、なんか気になるじゃん」

「まぁ金橋と高折が言ってた『男の人とご飯食べに行ってる』って噂があるくらいだし、恋人の一人や二人はいるんじゃねぇの?」

「やっぱそうなのかなぁ。て、恋人が二人はないでしょ」

「わかんないぜ。なんせ複数人との密会が噂されてるらしいからな」

 以前金橋と高折に聞いた話を思い出しながら、操はボソッと呟いた。

「じゃあ俺もその中の一人になっても問題ないかなぁ……」

「……それ、超キモい」

「なんだとこの! ……じゃあキモいついでに、もう一つ言っていい?」

「おん?」

「このリュック、めっちゃ三崎さんの匂いする。ずっと抱きかかえられてたからか、すごい良い匂い」

「……それ、超絶キモい」

「絶対本人には言うなよ!」

「えーどうしよっかなぁ。……ところでさ」

「うん、何?」

「そのリュック、洞窟まで俺が持ってやってもいいけど」

「……キモ。絶対やだ」

「なんだとこの!」

「うわ、変態鍬森に捕まるー! アル、急いで逃げよう!」

「お前に言われたくないわ!」

 呼びかけに返事したアルと共に、親友二人は笑いながら走って洞窟へと帰って行った。





 万里は自宅ではないインターホンを鳴らす。それは少し大きめの邸宅で、施錠されている門から見える庭には夏に向けて葉が青く生い茂っている木々たちが並んでいる。

「万里です。ごめんなさい遅くなっちゃって」

 応答があり、万里がそう伝えると門のオートロックが開いた。庭を進み玄関から家に入ると、食欲をそそる香りが漂っている。それを辿ってダイニングまで進むと、ダイニングキッチンに少し長めの赤髪の男が立っていた。

「万里ちゃんいらっしゃい。相変わらずのサイドテールだね。他の髪形も似合うと思うのに」

真赭ますおさん、こんにちは。ほんとにごめんなさい。料理作ってもらってたのに」

「大丈夫だよ。料理は百里ももりの妹の万里ちゃんのために、俺が勝手にやってるんだから」

「ほんと、いつもお世話になります」

「かしこまらなくていいんだって。俺は百里が居なくなった寂しさを紛らわすために料理を作って、同じく百里を失ったストレスによる過食症の万里ちゃんに振る舞う。寂しさを乗り越えるために、俺らはお互いに支え合ってるんだから」

 彼の名前は則近のりちか真赭。万里の姉――三崎百里の元恋人であり、今は万里を定期的に家に呼んでは料理を振る舞っている。

「わざわざ連絡入れたのも、ただ心配だったんだよ。ニュースで機獣が街に出たって見たから、巻き込まれちゃったんじゃないかと思って」

「あー……。まぁ巻き込まれたって言えば巻き込まれたけど」

「え、怪我はない!? 大丈夫!?」

「大丈夫ですって。そのせいで少し移動に時間がかかったけどちゃんとここまで来れてるんだから、そんなに心配いらないですよ」

「そっか。良かったぁ」

「心配してくれるのは嬉しいですけどね。ありがとうございます」

 万里は少し頬を赤くして、行儀よく料理を口に運んでいる。真赭はキッチンから食卓の万里を見ていた。

「あ、これ美味しい」

「でしょ。ローストチキン的なやつ、美味しくできたと思うんだよね」

「うん。味付けもすごくご飯が進むし、歯ごたえがしっかりしてる」

「お肉もご飯も、おかわりたくさんあるからね」

「ありがとうございます。……真赭さんは食べないの?」

「あぁうん。俺は先に少しだけ食べたし、万里ちゃんが美味しく食べてくれるだけで満足だよ。それに、フライパンについた焦げ跡を洗いたくてね」

「すごくジュって熱そうな音してる」

「いい音でしょ。……さ、俺のことなんか気にせず食べて」

「うん。お言葉に甘えて、いただきます」

 真赭は水道水を流しながら、美味しそうに料理を頬張る万里を見て、思い出したように口を開く。

「そういえば最近、放課後たまに万里ちゃんが同じ学校の男子といるところ見るんだけど、彼氏でもできたの?」

 突拍子もないことを聞かれて少しむせた万里は、口の中のものを飲み込んでから慌てて否定する。

「全然違います! 二人とも最近よく話すようになっただけ!」

「へぇ。そんな急に話すようになるかねぇ?」

「野良猫を拾って。あー、それを学校に隠れて飼ってる、みたいな?」

「学校で?」

「いやいや、流石に学校で飼うわけにはいかないから、ちょっと山に入ったところの川辺で」

「へぇ、そういうことだったんだね」

「うん。だから勘違いしないでください。彼氏はいません!」

 万里は、もぉー、と恥ずかしさで上がった体温を片手で仰いで冷ましながら食事に戻る。

「山の川辺か……」

「? 真赭さん何か言った?」

「ううん、何でもないよ」

 真赭は初めて万里から視線を外し、パンパンに埋まっているフライパン置き場を見ながら考え事をする。何も持ってない左手は腰に当て、金属のトサカのようなものが付いた鳥の頭を持っている右手は、万里が来てからずっと水道水に浸しっぱなしだ。

「万里ちゃん、ご飯食べ終わったらもう遅い時間だから、途中まで送っていくよ」

「ありがとうございます」

 真赭は万里に向き直り、にっこりとほほ笑んだ。





 次の日の放課後、操が帰り支度していると万里が何かを伝えに来た。

「操君、私今日用事あるからアルのとこ行けないや」

「あ……そうなんだ。わ、わかったよ」

「? なんでそんな歯切れ悪いの?」

「いや、なんでもないよ。ほんと大丈夫。アルのことは任せて」

「ふぅん、ならいいけど。じゃ、よろしくね」

「うん。よろしくされました」

 万里は操に伝え終わると、足早に教室を後にした。昨日と同じようにその背中を見送った操は、ため息をついて肩を落とす。

「はぁ、やっぱ三崎さんには彼女がいるのか。もう諦めよう」

「……鍬森。僕の心の声をでっちあげて変なアテレコをするな」

「三崎さんは男と遊んでばっかだし、一途な女の子に乗り換えよう。うんそれがいい!」

「金橋まで何やってんのさ!」

 操の背後からひょっこりと顔を出した玻瑠と金橋は、操の優しい拳骨を受けた。

「だって操、明らかに落ち込んでるんだもん」

「そんなみさっちに、特大スクープがありますぜ。ね?」

「高折、そうなの?」

 にへへと反省していない様子の二人を放っておいて、操は隣に来た高折に尋ねる。

「まぁ操くんにとって良いか悪いかはわかんないけど。ほら、これ見て」

「どれどれ」

 操が差し出された高折のスマホを肩を合わせて一緒に覗くと、そこには一枚の写真が。そこに映っているのは、夜の街を歩いている万里と背の高い赤髪でチャラい男性だった。

「……男だ」

「昨日金橋と遊んでた時に見かけたんだけど、すごい仲いい風だったよ」

「こら。みさっちと高折いちゃいちゃしてないで、本題に入るよ」

「別にイチャイチャしてないでしょ。ねぇ?」

「う、うん。別に私は何も……」

「本題は、昨日この二人の別れ際が『また明日』じゃなかったの。それなのに今日、みさっちよりも優先する用事があるってことは……?」

「三崎さんは、今日別の男に会うってこと?」

「ザッツライト」

 金橋はドヤ顔で操の質問に答えた。

「……待って。別れ際の言葉聞いたってことは、金橋たち三崎さんのストーカーしてたの?」

「うわ、女子何気に怖いことするな……」

「人聞きが悪いな、それだと私たちが犯罪者みたいじゃん。隠密捜査って言ってよね」

「私は止めたんだよ? でも金橋がいうことかなくって……」

 操は申し訳なさそうにしている高折に同情した。

「それで、三崎さんが別の男と会うことの何が本題なの?」

「気になるから、今からストーカーしようと思って」

「ストーカーって自分で言っちゃったじゃん!」

 金橋に突っ込みつつ、操はやんわりと断る。

「俺やらなきゃいけないことあるから、行けないよ?」

「えー、三崎万里がいないのに?」

「別に三崎さん目当てでいつも何かしてるわけじゃないってば!」

「じゃあ鍬森と三人で後つけるかー」

「え、俺も操とやることが……」

「鍬森まで最近付き合い悪いじゃん。私たちに構えよー。ていうか鍬森に拒否権はないから」

「えぇ!? なんで俺だけ!? 痛い痛い、耳引っ張んな!」

「じゃあ操くん、鍬森くん借りてくね」

「操! 俺ら親友だよな! 助けてくれ!」

 操は満面の笑みでこう答えた。

「どうぞご随意に」

「操のひとでなしー!」

 玻瑠が女子二人に連れていかれていくのを見送りながら、操も洞窟へ向かう準備をした。


 初めて一人で洞窟にいる操は、アルを含めた三匹に愚痴をこぼしていた。

「――てことがあったんだけどね。俺どうすればいいのかな」

 万里が男の人と会ってたこと、今日もまた別の男の人と会うということ。

「まぁ、アルたちに言ってもわかんないか」

 操の悩み事も知らず呑気に伸びをしているメショとシュフォを見ながら、操と同じくらいの体長のアルの顔を撫でてやる。

「ん? どしたの、アル」

 甘えていたアルの声色が急に鋭いものに変わった。遅れて操も、川辺を歩く足音に気づく。

「アル、小さくなって隠れててね」

 そう言って洞窟の外へ様子を見に行くと、一人の男性がこちらへ歩いてきている。

「山の中にこんな洞窟があるなんて、良い隠れ場所ですね」

「……あなたは」

「あぁ、申し遅れました。初めまして、則近真赭です」

「はぁ……。えと、玉乃井操です」

「俺万里ちゃんの知り合いなんだけど、今君一人?」

「あ、はい。そうですけど」

 やってきたのは今日高折に見せてもらった、赤髪の男の人だった。真赭は、操の後を無邪気についてきた子猫に興味を示した。

「おぉ、本当に猫飼ってた。嘘じゃなかったんだぁ」

「あの、則近さん? 何しに来たんですか」

「いやあ、昨日万里ちゃんから猫を飼ってるって聞いたから、様子見に来ちゃった」

「それだけ、ですか」

「いいや? それだけじゃないけど。もう一人の男子は、いつ来るの?」

「……今日は用事があるらしいので来ません」

「そっかぁ」

「あの、ほんとに何しに来たんですか?」

「ちょっと、そんなに怖い顔しないでよ。一人しかいないのは誤算だったけど、まぁいいか」

 真赭はふらふらと歩き回りきょろきょろとしていたが、今初めて操に向き合った。

「要件は、君に言いたいことがあるんだ」

「俺に?」

「そう」

「なんでしょうか」

「それはねぇ」

 真赭はもったいぶって、言葉を溜める。そして操に笑顔を向けるとともに声を発する。

「……君を殺すことさ」

「え?」

 操が言葉を理解する前に、真赭の左の拳が目の前に迫っている。それすらも理解できず、操の体は後方へ吹っ飛んだ。

「何が起こって……。アル!?」

 それは、操を守ろうとしてアルが襟をくわえて引っ張ったからであった。アルは今までに聞いたことのないほど鋭い威嚇音を立てている。真赭の拳は宙を切り、真赭から笑みが消えた。

「へぇ。その機獣賢いね」

「……殺すって、どういうことですか」

「どうって、そのまんまの意味だけど?」

「なんでそんなこと」

「んー、君が万里ちゃんに近づきすぎたから?」

「三崎さんに……?」

「そう。家族を失って心に穴が開いた万里ちゃんは、僕だけに依存してればいいんだよ」

「は……?」

「なのに最近急に元気が出てきて、変な男に騙されてるんじゃないかと思ってさ。すっごい心配したんだから」

 真赭は右腕をさすりながら、恍惚な目線を明後日の方向に向けている。

「そしたら昨日珍しく休日に外出したと思ったら、案の定男と会ってたし。そのせいで俺との約束に遅れるし。そんなの、許せるわけないでしょ」

「違う、昨日は機獣が」

「知ってる知ってる。あのカラス天狗の機獣、俺が街に放ったやつだし。もともとはその、金色の機獣探すためだったんだけどね」

「放った……って」

「そしたら金色の機獣も万里ちゃんの近くにいたし。悪い虫と一緒に機獣も殺せるなら、一石二鳥かなって」

 真赭は操を殺気のこもった眼差しで直視する。その圧に、操は固唾を飲んだ。

「ていうか君、ヒーローになりたいとか言ってなかった? なんでそんな機獣と親しげなのさ」

「……! なんでそれを知って……」

「ヒーローなら機獣を倒さなきゃでしょ? 君やってることと言ってることハチャメチャじゃん。早く殺せよ」

「アルは、人の命を奪わない機獣なんだ。ヒーローみたいに、平和を守れる力があるんだ! だから殺す必要なんてないんだ!」

「ヒーローみたいに? 君ヒーローのことなんもわかってないんだね。教えてあげるよ。ヒーローって、機獣を殺す仕事の名前だよ」

「仕事……?」

「そう。街の安全とか平和とか、そういうのはどうでもいいんだよね。機獣って全部俺らの雇い主が飼ってるんだけどよく脱走しちゃうから、それを退治するの。自分の管理下にない機獣は許せないんだってさ。その金色は、雇い主が唯一飼ってない野生の機獣らしくて、一刻も早くこの世から消せって命令が来ててね」

 操の信じたくない事実を次々に突きつけられ、拳を強く握る。一方の真赭はさすっていた自分の右腕に力を入れると、それが赤い光で包まれた。

「あ、でもヒーローを仕事にするって君の目標自体は間違ってないと思うよ、機獣排除は国からの補助金で給料出てるからめっちゃ稼げるから。ただ街に被害が出たらその修復費に俺らの補助金があてがわれるから、昨日みたいに派手に燃やしちゃうとほんとはあんま稼げないんだよねぇ」

「なんで……。自分たちの利益なんて省みないで、自分の正義のために街を守ってるんじゃないんですか、あなたは! ヒーローのレッドは!」

 赤く光り燃えだした真赭の右腕から、見覚えのあるスーツが全身を覆っていく。仕上げに赤いマントが背中に現れて、その姿は操のよく知るヒーローのものだった。

「そんなわけないじゃん。むしろこの街消えたら辺りに集落ないから、必然的に被害の弁償額減って嬉しいんだけどなぁ」

「そんなの、ヒーローなんかじゃない! あなたは偽物だ!」

「いやいや本物のヒーローだよ。そういう仕事の名前だし、手から炎が出せる人なんて他にいないっしょ」

「でも、いつも機獣と戦ってるヒーローは、正義感を持って戦ってるじゃない! それがあなたと同じなわけない!」

「もしかしていつもあのテンションだと思ってる? そんなわけないじゃん。カメラ回ってるから、少しでも見栄え良くした方が稼げるんだよ」

 真赭は大声で笑いながら、けれど右腕の炎と殺気を消さないままに続ける。

「君はテレビでやってるような正義の味方に憧れてるのかもしれないけど、そんなヒーロー現実にいるわけないじゃん。誰だって自分のために行動してる。やみくもに自己犠牲の理想を掲げるのは、綺麗ごとを言いたいだけの偽善者だよ」

「違う。偽善なんかじゃ……」

「じゃあ君はヒーローになって何がしたいの? 平和を守りたいとか言ってるけど、機獣倒してテレビでちやほやされて、かっこよく思われるのが本命なんじゃないの?」

 操は否定できなかった。確かにヒーローになった自分の理想像は、大勢の人の前で喝采を浴びている様子を思い浮かべていたのだから。何も考えられなくなり、操は膝から崩れ落ちる。

「嘘ついて綺麗ごと言ってるようじゃ、君はヒーローになれないよ。昨日もそう言ったでしょ? まずは自分の気持ちに正直にならなきゃ。……といっても、今から殺されちゃうから意味ないか」

 そう言って真赭が右腕を構えると、一際大きな炎が拳の形となる。操もよく知る、レッドの必殺技だ。

「操くん、といったかね。その機獣を俺に渡して、今後一切万里ちゃんに関わらないでくれ。そうしたら、君の命は助けてあげるよ」

「脅迫、ですか」

「そんなこと言ってないじゃない。別に難しいことを言ってるつもりはないんだ。俺が君を殺さないで済むように、配慮してあげてるんだから、ありがたくどっか行きなよ」

 レッドは淡々と操に話しかける。それでも操は、アルの傍から離れなかった。

「綺麗ごとだったとしても、俺の目指すヒーローはここで友達を置いて逃げたりしない。アルを見殺しにすることなんて、できません」

「あっそ。じゃあもういい。今から君とその機獣殺すから。『ヒーローになりたがった少年が無謀にも機獣に立ち向かい殺されてしまった。俺は見事その敵を取った』、うん。稼げそうないい筋書きだ。君の死はそうやって改ざんしておくよ」

「……! まさか、三崎さんのお姉さんのことも」

「あぁ、その話聞いてたんだ。ダメじゃない万里ちゃん。俺以外に心開いちゃ。……そだよ、百里は俺が殺した」

「なんで、そんなこと」

「俺の言うこと聞かなくてさ。生意気だったんだよね。万里ちゃんはもっと聞き分けのいい子だと思ってたけど、もう少し厳しく調教しなきゃダメだったかなぁ」

「三崎さんに何をする気だ」

「ん? 何もしないよ。あの子がいい子ならね。……さ、無駄話はもういらないだろう?」

 そう言って真赭が右腕を振りかぶる前に、操の耳ににゃあという声が聞こえた。

「この子たちは、死ぬ必要ない……!」

 操の足元で不安そうな二匹の鳴き声を聞いた途端、ハッとして二匹を両手ですくって思い切り遠くへ放り投げる。

 その直後に真赭から操とアルに向けて、灼熱の炎が放たれた。

「俺今までアルに助けられてばかりで、何もできてなかった。川に溺れた猫を助けるのも、カラスの機獣に襲われてる三崎さんを助けるのも、アルの力に頼りきりだった。でもさ」

 操は自分の盾になろうと翼を広げたアルに話しかける。

「やっと自分の力で、あの子たちを守れた気がする。本当は君にも逃げてほしいけど、俺が君の盾になろうとしたら、君はまた俺の前に行くんでしょ?」

 アルは当然だと言わんばかりに一声鳴いた。

「いつもありがとう。俺が憧れてた“ヒーロー”は、本当はアルだったのかもね」

 操はアルにお礼を告げたあと、瞳を閉じる間もなく意識が暗転した。

 二匹の子猫の命を救おうとした少年のヒーローと、その少年を庇った金色のヒーローは、炎のに包み込まれたのだった。



 ***



 操は光の中で目を覚ました。

 不思議な世界で、操はゆっくりと落ちていく。

「ここは……?」

 何もわからないまま辺りを見回していると、聞き覚えのある鳴き声が聞こえてくる。それは操より少し先を飛んでいるアルだった。

「アル、無事だったのか!」

 そう言ってから、操は自分の身にあったことを思い出して両手で自分の体を触る。

「俺の体も無事。……というより、ここは死んだ後の世界?」

 操はアルの首に手をまわして、背中に乗って一緒に飛んでいく。横を流れていく景色に、窓のようなものがたくさん見えている。

「これは……。俺の記憶……?」

 とある窓では、『機獣騒動』の頃の操が映っていた。

 逃げ遅れた操に襲い掛かる機獣の魔の手から、救い出してくれたレッドの背中。そのまぶしく輝いて見えるその背中は、先ほどまで操が見ていたレッドとは大きく異なっていた。その記憶が、炎で溶けて消えていく。

 とある窓では、玻瑠と初めて会ったときの操が映っていた。その記憶が、炎で溶けて消えていく。

「……だ」

 とある窓では、高折と金橋と仲良くなり、玻瑠も合わせて四人でバカをやってる操が映っていた。その記憶が、炎で溶けて消えていく。

「……やだ」

 とある窓では、メショとシュフォを可愛がっている操が映っていた。その記憶が、炎で溶けて消えていく。

「……いやだ」

 とある窓では、万里と初めて出会ったときの操が映っていた。出会って、不思議なことに巻き込まれて、秘密を共有した思い出が映っていた。

 それら全てが、炎に飲み込まれていく。

「いやだいやだいやだ!」

 操は自分の元から離れていくそれらの窓に手を伸ばす。

「今までのかけがえのない思い出が消えるのはいやだ。大切な友達が消えるのはいやだ。ヒーローなんて大層なものになれなくていいから、平和なんて守れなくていいから、俺の大切なものくらいは守りたい!」

 その操の決意に反応して、アルは操を背中から下ろして正面から向き合う。アルの胸にある赤いひし形から、卵型をした琥珀色の結晶が浮き出てきて、操の胸の中へと入っていく。

「アル、これは……?」

 アルは返事せずに、頭でやさしく操のお腹を押す。

 いつものように操が撫でてやると、満足したように操を持ち上げた。操の体は宙に浮かび、やがてさっきまで落ちていた道を上って戻っていく。

「待って。置いて行かないでよ、アル!」

 反対にアルは今までと同じように下へと飛び去って行く。

「アル! 君も俺の大切な一部なんだ! 君がいなくちゃ!」

『その決意があれば、大丈夫』

「! 今の、アルの言葉……?」

 アルは振り返らなかった。一声も鳴かなかった。しかし、操は確かにアルの言葉を受け取った。

 アルの姿が見えなくなると操の体はどんどん上昇していき、操の意識は明転した。

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