ある日の放課後、操は自分の机で配られた一枚の紙とにらめっこしていた。

「どしたん操、難しい顔して」

「おぉ鍬森。ねぇ、ヒーローって理系と文系どっちかな?」

「あー、進路調査と文理選択ね。」

「なるほど。お主天才か?」

「いえいえ。これくらいの思考、できて当然です。……冗談は置いといて、ヒーローは別に学校とか関係ないんじゃん?」

「でも警察とか学校あるし、何かやっておいた方がことあるんじゃないかなって」

 真剣な顔で悩んでいる操に対して、やれやれとため息をつく玻璃。

 二人で話しているところに、話を聞いていたらしい金橋が助言をしてきた。

「みさっちがやりたいことがないなら、とりあえず理系にしておいたらできる仕事の選択肢増えると思うよ」

「いや俺ヒーローやりたいんだって」

「……理系で習う専門性の高いことやっとかないと、できない仕事はたくさんあるからね」

「ヒーローについてはスルーですか!?」

 操の机に顎を乗せた金橋を後ろから抱えるようにして、高折も話に混ざる。

「私は逆に文系のほうがいいと思うな。専門性高くなりすぎてやる気なくしちゃうよね」

「ヒーローって街を守る専門だけど、俺はやる気はなくならない自信ならある!」

「……理系に進んで挫折しちゃったら、結構選択を後悔すると思うよ?」

「ねぇヒーローは!?」

 イツメンの中では恒例の、操のヒーローいじりを一通りされた後、やり返すように操が質問をする。

「そういう皆は決まってんの? 鍬森は?」

「俺は理系。親が兄と同じく大手のいいとこに就職しなさいってうるさいしな」

「鍬森は頭いいもんね。なんか、ザ・理系ってイメージ」

「やめてくれよ、俺なんて凡人なんだから。金橋の方がすごいぜ?」

 玻璃が金橋に話を振ると、褒められたことを喜ぶように茶色い外はねの髪がピョコピョコ動いた。

「やめてよ。うちは、ただやりたいことが決まってるってだけ」

「金橋は何がやりたいの?」

「弁護士」

「うわかっこよ」

「もー、大袈裟だってば。立派でいうなら、高折の方がすごいよ」

 話を振られた高折は、お淑やかなツインテと共に首をブンブン振って否定する。

「そんなことないって。弁護士には敵わないって」

「高折は何がやりたいの?」

「私は、人を助けられる仕事をしたいなって。でも医学部は私の実力じゃ多分届かないから、看護系にしようかなって」

「おぉ、すごくかっこいいね」

「そ、そんなことないよ。ただ、自分にやれることを考えた時に、この道を思いついただけだよ」

「皆ちゃんと決めてるんだ。偉いなぁ」

 高折は恥ずかしがりながらも、自分の決めたことに自信を持っているようだった。その会話を聞いて、玻璃がふと思いついたように口を開いた。

「やりたいことがよくわからなかったら、好きな人と同じ方を選ぶ、とか」

「あー。……そういえば、三崎万里はどっちなの?」

 鍬森の質問に金橋が乗る。高折はただ金橋を後ろから揺らしながら話を聞いていた。

「なんでそこで三崎さんが出てくるんだよ! どっちかなんて知らないし!」

「だって操、最近三崎と一緒に行動してて放課後の付き合い悪いじゃん」

「それは……。ちょっと買い物を手伝ってるだけだよ」

「毎日手伝わなきゃいけないほどの量の買い物してるの?」

「す、すごく、消耗品なんだよ。うん、そう」

「……はっ! 操、買い足さなきゃいけないくらい何度もヤって」

「ヤってない! そもそも付き合ってないんだから、そんなわけないだろ!」

「なるほど。付き合ってたら、突き合ってると言うことか」

「なるほどするな! そして揚げ足を取るな! そういう意味じゃない!」

「そっかぁ、操と三崎は付き合ってないのかー」

 わざとらしく玻璃が復唱した後に、今度は高折が操に聞く。

「そんなに大変な買い物なら、私たちも手伝おうか?」

「いやぁ! そこまでは必要ない、っていうか? みんなに迷惑かけられないっていうか?」

「声上ずってるよ? なんか怪し。というかやらし」

「怪しくないし、やらしくないけど!?」

 たじたじになっている操の携帯から、チャットアプリの通知が鳴った。操が確認すると、慌てて荷物をまとめ始めた。

「じゃ、じゃあ俺そろそろ行かなきゃだから!」

「……操くんが言いたくないなら、何でもいいけど。私たち友達なんだから、困ったことがあったらちゃんと頼ってよね」

「うん。ありがとう高折」

 お礼を告げると、操は教室を駆けて行った。


 急いで昇降口で、中履きを投げ捨てるようにして外履きに出す。踵を潰したまま走ると、校門に寄りかかりながら携帯をいじっている万里の姿が見えた。

「ごめん、遅くなって」

「ううん。……操君にも友達付き合いあるだろうし、無理しなくて良かったのに」

「いいんだって。俺が来たかったからこっち来たの」

「ふぅん。ならいいんだけど」

 万里の後に続いて、操は隣に並んで歩き出した。万里は商店街の方へ向かっている。

「あれ、先に買い物行くの?」

「うん。色々買い足さなきゃだからね」

「あー、誰かさんのせいですぐに無くなるからなぁ」

「しょうがないでしょ。物足りないからって、放っておくのは良くないと思うの」

「それはそうだけど、毎回疲れるんだよ……」

「疲れるのは私も同じなんだから、おあいこでしょ。ほら、行くよ」

 今日の予定を話し合いながら歩いて行く操と万里。その会話を盗み聞きしている人物がいた。

「……操の嘘つき。付き合ってるだろ、あの会話」

 その正体は操の親友、玻瑠だった。透き通った青い髪をオールバックにし、少しグレたようなチャラい雰囲気を出している。改造していると言ったほどではないけれど、授業時間外で制服の袖を折ったりシャツを服から出していたりと怒られない程度に着崩している。

「二人がどんな関係なのか、操が三崎に騙されていないのか。俺がしっかり確かめてやる!」

 玻瑠は茂みに隠れながら、尾行を決行した。

 操と万理は、街で一番大きなスーパーに入っていった。

(買い物の手伝いっていうのは、本当だった。ただ高校生が、スーパーで毎日手伝いが必要なくらいの買い物をするのか……?)

 玻瑠がそんなことを考えていると、二人は地下の食品コーナーへと向かっていた。生鮮食品コーナーに向かった操たちは、裏手の店員と話している。しばらくすると、操はたくさんの魚が入った袋を受け取った。

(あんな量の生魚をどうするんだ……?)

「今日もたくさん余ってて良かったね、廃棄する魚」

「うん。あの子たち、育ち盛りだからたくさん食べさせてあげないとね」

(「あの子たち」に「育ち盛り」。この言い方、もしかしてもう子どもが!? いや、でもそんなわけ……)

「あ、ミルクも無くなりそうだったよね。買い足さないと」

(そんなわけあったー!)

 玻瑠は商品棚に隠れて見つからないようにしながら、二人の会話に心の中でツッコミを入れていた。

「三崎さん、リストのもの全部カゴに入れてきたよ。」

「うん、ありがとう。あの子たちが待ってるから、早く会計しよ」

(これじゃあ付き合ってるどころか、子育てしてる夫婦じゃないか!)

 二人は慣れた手つきで仕事を分担し、会計を済ませた商品を手際よく持参の買い物バックに詰めていく。それが終わると、そそくさと出口に向かっていった。

(あれ、食品だけでいいのか? ……いいのか! もう子どもいるから!)

 玻瑠は、頭を抱えながら尾行を続けるか悩んでいた。

(もし二人が今幸せなら、余計な真似をしない方がいいよな。どうしよう。……ん?)

 帰ろうとしていた矢先、操と万理の行く先が気になる。二人は住宅街でもファッションホテル街でもない、険しい山の方へ歩いて行くのだ。

(……怪しい。きっと山に何か秘密があるんだ。もう少し後をつけてみよう)

 整備されてない道なき道を進み、山肌を下って川沿いを歩いている操たちを追って慣れない道を慎重に進む。玻瑠は、川辺では隠れられないので山肌にしがみついて、なんとか操たちが足を止めた洞窟の隣の茂みに身を潜めた。

(人の目につかない洞窟。もしかしてここで二人は……!?)

「メショにシュフォー。ミルクだよー」

(……なんて?)

 茂みから覗くと、万理はお皿にミルクを入れて、二匹の子猫に舐めさせていた。

「なんだ、子猫かぁ。操たちの子どもとか、俺の考えすぎだったか……」

「あれ、今声したような。操君聞こえた?」

「ほんとに? ちょっと様子見てくる」

「あっちの茂みの方」

(やべっ)

 慌てて口を抑える玻瑠だったが、万理に指差された茂みの方に操がやってくる。隠れるために近くにあった金色の置物の影に隠れる。

「んー、誰もいないな」

 操の足音が離れていくのを感じながら、玻瑠は胸を撫で下ろす。

(危なかった……。この金色のおかげだな)

 そんな独り言に、水中にいるイルカの鳴き声のように、くぐもった返事が帰ってくる。

 その声に玻瑠が顔を上げると、金色の恐竜と目が合う。

「うわぁぁぁぁぁ! 操助けて、恐竜に食われる!」

 驚いて声を上げると、それを面白がるように鳴き声が響く。

「え、鍬森!? アルもそんなとこにいたの!? なになに、今どういう状況?」

 茂みから飛び出て操を盾にしながら泣き喚く鍬森、それを面白がるアル、困惑する操、子猫にあげるために魚をすり潰している万理。川辺は混乱した状況に陥った。

「……で、なんで鍬森はここにいるの」

「うっ……。ごめん、操と三崎が本当に付き合ってないのか気になって……」

「学校でも答えたじゃない。あそこで俺が嘘をつくメリットがないでしょうに。次からはやめなさいね、こんなこと」

 川辺で正座させている玻瑠に対して、操はアルに生魚を上げながら説教している。

「そう、問題はその金ピカだよ。……そいつ、何?」

「他言無用だけど、約束できる?」

「今日の罪の償いとして、生涯黙っときます」

「よろしい。……アルっていうんだ。俺の命の恩人」

「命の、恩人……?」

「そ。訳あって、今アルを匿ってるんだ」

「匿ってる? 誰から?」

「ヒーローから。この子、機獣なんだよ」

 操の解答に、万理が頷く。

「ヒーローから匿ってるって……。操はそれでいいいのかよ。ヒーローになりたいのに、機獣の味方してるってことか!?」

「落ち着いて、全部話すから」

「落ち着いてられるかよ! 二人でコソコソ隠れて何してるのかと思ったら、操がずっと憧れてた自分の夢に背いてるんだ。やっぱ、あんた操を騙してんのか!」

「三崎さんは関係ないってば!」

 万理に掴みかかろうとする玻瑠を、操は必死に止める。

「この機獣は他のとは違って、命を守る機獣なんだ!」

「は?」

「命の恩人って言ったでしょ? でも機獣ってだけでヒーローに殺されちゃうから、命を助けられた代わりに今度は俺たちが匿って守ってるんだ」

 玻瑠は胡座をかいて座り、万理の方を睨むように見る。

「今の話は本当か?」

「うん。ヒーローの代わりに、アルが悪さをしないように操君が監視してるの。何かあったら操君がヒーローに連絡するってことになってるよ」

「あぁなるほど。そういう建前があるのか。一応操がやってることもヒーローと同じ、なのか……?」

 しばらく黙って考え込んだ後、玻瑠は勢いよく立ち上がって宣言した。

「わかった。お前たちと俺も一緒に、このアル? を一緒に匿うことにする」

「え、なんで鍬森がそんなことする必要があるのさ」

「そりゃあ操が騙されないように、監視するためだよ。それにアルの存在を知っちゃったんだから、一緒に行動した方がそっちも秘密の漏洩の心配ないだろ」

「あぁ。一理あるかも」

「それに、操は大丈夫って証明しないと、いつまでも高折と金橋が心配するからな。急に付き合い悪くなって、二人とも操に避けられてるって悲しんでたぞ?」

「うぐっ。それは今度謝らなきゃかな……」

「捨て猫の面倒を見ていることにしておけば、嘘にはならないだろ。三崎、それで問題ないか?」

「うん。私は別に構わないけど」

 万理の承諾が取れたところで、玻瑠は二人に提案する。

「そうと決まれば、早速三人のグループ作ろうぜ」

「えぇ。俺は別に個チャで良いと思うんだけど」

「いいや、こういうのはグループで何かルールを決めとくべきだ。例えば、緊急事態は縦読みで連絡を知らせる、とか?」

「鍬森、意外とノリノリだね……」

「そりゃそうだろ。それにそのアル? が命を救えるなら、何か人の助けになるかもしれないだろ? 機獣を倒すのはヒーローがやってくれるけど、それ以外のことをできるかもしれないじゃん」

「それ以外のこと?」

「そう。機獣以外のことで困ってる人を俺たちが助けてあげるのさ。アルも一緒にな。そういう実績があれば、ヒーローもわかってくれそうじゃないか?」

「確かに! 陰のヒーローって感じでかっこいいね!」

「操はヒーローならなんでもいいのね……」

 玻瑠と操で盛り上がっていると、猫にご飯をあげ終えた万理ガスカートを払いながら立ち上がって話に混ざってきた。

「発想自体はいいと思うけど、それだとアルが目立ってヒーローに見つかっちゃわない? アルを危険に晒すわけにはいかないから、却下」

「ちぇー。…… ところで」

 万里に否定された玻瑠は、操と万理がじゃれてくるアルを甘やかしている様子を不思議そうに見る。

「二人はその、体が大きいアルのこと、怖くないの……?」

「「全然?」」

「まじか……。命を狙わないって聞いても、やっぱ怖いよ。見た目恐竜みたいだし、そんな風には可愛がれそうにないな。とりあえず今日は帰る」

「鍬森、誰にも言っちゃダメだからね」

「わかってるって。……操が騙されてないみたいで、安心したよ」

「うん。高折たちにも大丈夫って言っといて」

「それは自分で言いなさい」

 親友二人は、笑いあった。万理はそれを少し呆れたようにして、アルやシュフォたちと共に見守っていた。


 玻瑠が加わってから、二日が経った。

「アル、今日も来たぞー! はぁー、よちよち可愛いねぇ。操と三崎に意地悪されてないか?」

「鍬森、一昨日あんなに怖がってたのにもうデレデレじゃん」

 玻瑠は昨日、恐る恐るアルとのコミュニケーションを試みていた。その甲斐あって、今では親戚とその家にいる犬くらいの仲になっている。

「アル、ご飯できたよ」

「あぁ! 三崎にアルが取られた!」

「アルは鍬森君よりも私の方がいいもんね?」

 万里の呼ぶ声に反応したアルは、元気よく一声鳴いて鍬森から離れて万理の元へよたよたと歩く。鍬森は自分の宝物を取られた子どものように操に縋り付いてきた。

「お父さーん! お母さんが意地悪するー!」

「お父さんやめい。鍬森のだる絡みに構ってくれてるだけいいじゃない。アルは偉いなぁ」

 そう言って操が手を伸ばすと、アルは甘え声と共に額をトンと当てる。それに続いて玻瑠も手を伸ばすと、アルはプイとそっぽを向いてしまった。

「操にも取られたぁー!」

「まぁ時間経てば慣れてくれるよ」

 悔しそうにしている玻瑠を揶揄うようにアルが高く鳴いているを見ながら、操はくすくすと笑う。

 そんな玻瑠はアルに負けじとふふんと鼻を鳴らして、鞄をゴソゴソといじり始める。

「いいもんね、今日はアルにいいものを買ってきたもんね」

「あ、鍬森さては食べ物で釣る気? 食べ過ぎは体に悪いから、ご飯あげすぎないでね」

「ペットかよ! アル、魚しか食べないじゃん。もっと良い物だよ」

「……チョコとかお菓子は食べたら死んじゃうかもだから、あげちゃダメだよ?」

「だからペットかよって!」

「ペットだよ!」

 玻瑠が鞄から取り出したのは、手のひらいっぱいに乗っているぬいぐるみだった。

「じゃーん。これ、なーんだ」

「猫のぬいぐるみ? メショみたいだね」

「ただのぬいぐるみじゃないんだぜ。電源を入れてあげると……。どうだ!」

『ドウダ!』

 そのぬいぐるみは電源が入るのと同時にぶるぶると震えだして、直前の玻瑠の声を復唱した。

「おぉ、オウム返しするやつだ」

「しかもこれ、真似た時に振動して歩くんだぜ。これがあれば操たちや俺がいなくても退屈しないかなって」

「なるほど……。お主天才か?」

「いえいえ。これくらいの配慮、できて当然です。さて、さっそくアルに見せてあげよう。ほらアル! おもちゃ持ってきてあげたよー」

 玻瑠は万里にご飯を貰っているアルの元へ、ぬいぐるみを持っていく。アルは興味津々で、匂いをかいだり口の先でつついている。その様子が珍しいのか、万里もその様子をじっと眺める。

「お、アル意外と怖がらないね。私、アルは目新しいものは避けるかと思ってた」

「アルもこういうおもちゃあった方が楽しいよな?」

 地面に置いて、アルに突かれてもびくともしないぬいぐるみに、アルは不思議そうな声で呼びかける。

 するとぬいぐるみはその声を復唱し、川辺を歩き始める。その動きに驚いたのか、アルは今まで聞いたことのない音を出して飛び跳ねて、そのまま姿が見えなくなった。

「アルどこー? ちょっと鍬森君、アルをいじめないでよ」

「驚いただけだろって。ごめんよアル、もう怖くないから出ておいでー!」

 鍬森の呼びかけにアルの返事だけが聞こえる。

「三崎さんの方から聞こえるんだけど……」

「いたいた。三崎の後ろ」

「私の後ろ? あほんとだ」

 三人の視線の先には、万里の背中の陰で丸くなっている、小さなアルがいた。

「私たちが最初に会った時よりも小さくなっちゃった」

「うん。鞄に入っちゃいそう」

「私、自転車の籠から頭だけ出してるやつとか好き」

「わかる。背負ってるリュックから顔出すやつもいいよね」

「それだ!」

 操の話を聞いて、何かを思いついたように万里は指を鳴らすように(鳴らなかったのだが)弾いた。何回か試しているが結局鳴らず、諦めたようだ。

「それだ、って何が?」

「鍬森君が一昨日言ってたやつ。この大きさなら、アルを隠しながら歩けるし」

「鍬森が? あぁ、アルと一緒に街に行って人助けするってやつ?」

「そ。それなら私たちにも人助けができるし、ヒーローより先に機獣を見つけて何かヒーローの秘密を暴けるかも」

「三崎は絶対後半が本命じゃん……」

「特撮みたいに変身シークエンスみたいなのあるのかな! 見てみたいなぁ!」

「操はただのオタクじゃん……」

「とりあえず、アルを街に連れて行く方針で何か私たちにできること探そ」

「そうだね。ただ洞窟にいるだけじゃ、三崎さんの目的達成できないし」

「三崎の目的?」

 玻瑠はきょとんとする。

「操たちがアルを匿っているのに、理由があるってこと?」

「あー……。まぁそんな感じ」

「なんだよ。はっきりしない言い方だな」

「あれだよその、あれだよ。……そう! アルは命を守る安全な機獣なのに狙うなんて、ヒーローは何か企んでるんじゃないかって三崎さんが」

「それ今思いついただろ」

「でも大体あってるよ、操君が言ってること」

 操が返答に困っていると、万里が助け舟を出してくれた。

「……ありがと。お姉ちゃんのこと言わないでくれて」

「……! い、いえ。それほどでも……」

 万里にそう耳打ちされて、操は顔を赤らめる。

「ま、そういうことだから。鍬森君も私の調査に協力してよ」

「それは構わないけどよ。俺たちにしかできない人助けなら、やりがいあるしな」

「うん。ありがと」

「ほら、操もぼーっとしてないで作戦考えるぞー」

「え、あ、うん」

 操は会話の内容が頭に入ってこず、万里と玻瑠に怒られる羽目になった。



 ***



 週末の朝十時前。

 操はそわそわと何度も時計を見ながら、落ち着かない様子で地元の駅の改札の時計のある柱の下で待ち合わせをしていた。普段は滅多にしない髪のセットだが、今日だけは気合を入れている。服装も普段はヒーローもので固めている操だが、今日は違う。まるでおろしたてのような――実際普段着ないので新品そのものの襟のある白いシャツに身を包んでいる。

「ごめん、遅くなっちゃった。待ったよね……?」

 そう言って小走りで駆けてきたのは、私服の万里。レースのついたブラウスにラインの入った大きいリボンのあるスカート。制服とさほど変わらないはずの服装だけれど、デザインやサイドテールも相まって少し幼くてガーリーな印象を受ける。普段寡黙であったり大人しかったりする万里のギャップある服装に、操は直視できずにいた。

「ううん、全然。まだ待ち合わせ時間前だし。大丈夫」

「なら良かった。でも操君、結構来るの早いんだね」

「あはは……。昨日あんま寝れなくて、今日もいてもたってもいられなくてさ」

「そんなに今日楽しみだった?」

「いや、楽しみってわけじゃないと思うんだけど……」

「そうなの? 私は楽しみにしてたんだけどなぁ」

「……! ま、まぁ楽しみと言えば楽しみなんだけど。やっぱ緊張するじゃん」

「別にいつも通りで大丈夫だよ。じゃあ行こっか」

 操と万里が歩き出そうとすると、ジーパンに春物のパーカーという無難な服装の鍬森が突っ込みながら柱の裏側から出てきた。

「じゃあ行こっか、じゃねぇよ!」

「え、鍬森君行かないの」

「行くけど! なんか二人、これからデート行くみたいな雰囲気だったじゃん。そんな空気の中入りづれぇよ。お前らほんとは付き合ってんじゃないの?」

「な、何言ってんのさ! 付き合ってないってば! 鍬森だって待ち合わせしたんだから、そんなデ、デート……じゃないってわかるでしょうが!」

 操と玻瑠のやり取りをくすくすと聞いていた万里は思う存分笑った後、早く行こうと催促する。

「操君、アルはちゃんとリュックに入ってくれた?」

「うん。今もいい子にしてるよ」

「じゃあ早速、アルの赴くままに行こ。私たちの記念すべき第一回目の活動だね」

「三崎さん、テンション高いね」

「なんかこういうの、楽しくない?」

「まぁ、わかる。なんかテンションあがるよね」

 操はリュックを前に抱えて、チャックを開けた。するとアルは操の顎に頭突きするくらい勢いよく顔を出し、三人のことを可愛く見上げてた。

「さぁアル、今日はお前が活躍する日だからね。目立たない程度に頑張るんだよ」

 操の呼びかけに返事をして、アルはリュックを引っ張るように前進する。

「操の鞄の中で飛んでるのか? アルは器用だねぇ、偉いねぇ!」

「操君、なんか犬ぞりしてるみたい」

「感想はいいから、二人とも行くよ! アル先行っちゃうから!」

 アルは真っ先に商店街の大通りに向かう。それは最初に操と万里がアルと出会った路地がある場所でもあった。

「もはやここも懐かしいね。私たちと会ったときはメショとシュフォを守ってたんだよ」

「そうだったんだな。てことは、ここが問題起きやすいってことか?」

「……いや、そうでもないみたい」

 アルに連れられて操たちが止まったのは、ある飲食店。回らないタイプのお寿司屋だった。

「三崎さんに鍬森、まずアルは腹ごしらえしたいそうです……」

「……アルの食費は三人で割り勘でいいよね」

「……食べさせ過ぎないようにしないとな」

 お高めのランチからアルを引き連れた散策が始まった。


 アルが最初に操たちを連れて行ったのは、巣から落ちてしまった鳥の雛のところだった。街路樹の太めの木の枝が折れていて、つるつるな断面を見せて巣と共に地面に落ちていて、親鳥は心配そうにせわしなく木の上を行ったり来たりしている。

「うわひど。操君、巣を持ったまま木登りとかって、できる?」

「できなくはない。と思うけど、ここより安全な場所探した方がいいんじゃない?」

「確かに。でも強風とかで自然に折れたりとか、人にのこぎりとかで切られたりしたにしては断面綺麗すぎるかな」

「ほんとだ、やけにつるつるしてる。何があったんだろう」

 二人が少し悩んでいると、玻瑠が何か閃いたようだ。

「機獣の仕業、とか?」

「鍬森、それは流石に有り得な……。いや、有り得るか」

「うん。もしかしたら、アルは機獣の脅威に反応しているのかもしれないぞ」

「そうとは断定はできないけど。でもヒーローはこういう小さい被害じゃ動かないから、俺たちの出番ってわけだね」

「そう。俺たち『小さな戦士たちスモール・ヒーローズ』のな……」

「かっこいい! それ俺たち三人の名前?」

「ダサいじゃん。私は却下」

「「ちぇー」」

「そんなことより、巣を非難させるとして、親鳥とかどうするかを考えないとだよ」

 玻瑠がそんなことと流されたことに怒ってるのを無視した万里は、操のリュックから顔を出しているアルに目線を合わせた。

「アルはあの親鳥たちと会話できる?」

「さぁ、どうだろう。意思疎通くらいはできるかもしれないけど」

「操君うるさい。今アルと話してるの」

「あ、はい。すんません……」

 胸元が見えそうな上目遣いの万里に注意された操は、少しドキッとして顔を逸らす。そんな操の気も知らず、アルは元気よく万里に返事すると親鳥たちに呼びかけ始めた。

「多分これでわかってくれたから、雛たちと巣を持っても多分襲われないよ。ということで、操君よろしく」

「えぇ、アルもいるのに俺がやるの?」

「だって万が一親鳥に怒られて突かれるのやだし」

「俺だってやだよ!」

「でもヒーローになるために戦い方勉強してるんでしょ? 対処できるじゃん」

「鳥相手にそれ結局できなかったじゃん、この前」

「操がいつも見てる動画のやつなら、鳥じゃなくて何と戦ってもできないやつじゃないか……?」

「そんなこと言うなら鍬森がやってよ。暇でしょ?」

「操」

「な、何だよ」

 玻瑠は操の肩に手を力強く置いて、親指を立てて決め顔を作った。

「アルなら持ってあげるから任せろ」

「わかったよ、俺が持てばいいんでしょ、持てば!」

 アルの先導のもと、操たちは無事に安定した場所に巣と雛たちを非難させることができた。

「ねぇ操君。なんか今の木みたいに色んなものが切られてる事件がたくさん起こってるみたい。ネットでニュースになってる」

「ほんとだ。それならきっと、今困ってる人がたくさんいるんだ」

「さっきの親鳥みたいにね。アルなら色々持ち上げられるかもだし、助けになれるかも」

「よし。アル、どんどん案内してくれ。レッツ人助けだ!」

 アルは操の掛け声に元気よく答えた。


 多くの人助けを終えて、暮れている日の中で操はるんるんと洞窟への帰路を歩く。

「操君、上機嫌だね」

「ヒーローっぽいことやれてテンション上がってるんだろ。あの様子だと一週間は調子乗るね」

「ふぅん。操君のこと詳しいんだね」

「付き合い長いとそんなもんだよ。そういう三崎は不満そうだな」

「別に不満ってわけじゃないし。ただヒーローに繋がるものが何もなくて残念だなって」

「確かに。結局アルが反応するのは切り裂かれたとこだけだったしな」

 アルと共に前を歩く操の後ろを歩く万里と鍬森は、頭上の轟音に驚いて身を縮こまらせる。顔を上げると、街路樹が折れて倒れてきた。

「きゃっ」

 万里が驚くのもつかの間、大きな枝が二人に迫ってくる。

「うわぁぁ危なぁい!」

 下敷きになりそうな万里と鍬森の体は、情けない声と共に物凄いスピードで飛んできた操の両腕にそれぞれ抱えられてなんとか危機を脱した。三人は地面を滑り、もともといた場所では、倒れた木の幹の切り口をはっきりと見えていた。

「ふ、二人とも大丈夫? すごい音したけど」

「……助けてくれてありがとうだけど、操の方が悲鳴上げてなかった?」

「あはは……。アルが急に全力で飛ぶからリュックもろとも引きづられてて、正直二人の状況もよくわかってなかったです……」

「ねぇ操君、あれ見て」

 万里が指さした木の幹の切り口は、今日最初に見た鳥の巣の時のものと同じだった。そして折れた木の幹の上には、曲がったトサカを携えたカラスがいた。

「……! あのカラスって」

「うん。操君がダサくしたやつ」

「そんな風に言わないでよ。……ほら、ダサいって聞いて怒っちゃったじゃん!」

「そう? ただ身震いして威張ったみたいに胸張っただけじゃん」

「それ絶対怒ってるって!」

 トサカのカラスが羽根を大きく広げて強く鳴く。すると周りからどんどんとカラスが集まってきて、いつかのように道路は真っ黒に埋め尽くされた。そのカラスの群れは、トサカのカラスを中心に真っ黒な渦を作って飛び始める。

「操、何あれ。今何が起こってる……?」

「わっかんない……」

 三人の視線の先にある真っ黒い渦は、やがて一つになって人型を成し、三対の羽根を持つ五メートルほどの大きなメカメカしい天狗になった。

「これ、前にヒーローと戦ってた機獣だ……」

「え、そうなの。操よく覚えてんな」

「ニュースになってるやつは全部覚えてる。あれは、三崎さんと初めて話した時に現れたやつだよ! あのカラス、妙にメカっぽいって思ってたけど機獣だったんだ!」

 天狗が刀のごとく腰に下げているヤツデのうちわを引き抜くと、それは風を切る衝撃波を生み出して周囲の建物のガラスを割った。天狗を見上げて立ち竦んでいた操たちは、アルが危険を知らせるための甲高い鳴き声でハッとして、逃げるために直進に走り出した。

「逃げるぞ操!」

「わかってる。けどヤバい、追いかけてくる! 多分僕らじゃ手に負えないよ!」

「こんなとこで死ぬのはごめんだ。……三崎?」

「何してんの三崎さん! 走らないと!」

 万里は腰が抜けたのか、天狗を見上げて立ち竦んでいた。

「三崎さん……? ……あ」

「どうしたんだよ操」

 顔色が優れない万里を見た操は、『機獣騒動』で亡くなった万里の姉のことが脳裏に浮かぶ。アルと仲良くしていたから気づかなかったけれど、機獣に対しての恐怖やトラウマがあるのだろう。

「鍬森は先に逃げて、ヒーローに連絡して!」

「先にって、どういうことだよ」

「三崎さんは、アルに飛んでもらって逃してもらう」

「じゃあ、お前は?」

「……気合で逃げるよ」

「あ、こら! 操! 避難の時は戻らないって、小学校で習っただろ!」

「でも三崎さんを放っては置けないでしょ! 大丈夫、すぐ追いつくから!」

 操は踵を返して万里のところまで戻る。

「三崎さん! これ背負って!」

「操君。なんで……」

「アル! 鍬森のとこまで飛んで!」

「え。……ちょっと、操君は!?」

 放心してる万里に無理やりリュックを渡すと、アルに掛け声をかける。アルは一声返事して、万里をリュックごと引きづるようにして天狗から真っ直ぐ離れ始めた。万里は操の心配をしてくれたが、今できる最善策はこれだったはずだ。

「……俺も逃げなきゃ」

 万里を見送って操が天狗を見上げると、目が合ったように感じる。天狗は足を持ち上げて操を踏み潰しに来た。なんとか横に飛んで避けた操に対して、天狗が手に持った葉から繰り出される衝撃波を向ける。それは風の刃となって、操の足元の地面を削っていく。

「……そっか。トサカ折られたことを怒って、俺を狙ってるんだ」

 天狗は街を壊すでも通行人を襲うでもなく、操だけを狙ってくる。それに気づいた操は、鍬森や万里が逃げた直進の道から曲がって、二人とは違う道路を逃げ始めた。

 そんな操の進む道を塞ぐように、天狗は直接ではなく周囲の地面を攻撃し始め、やがて崩れたコンクリートが操の足を掬う。

「あっ」

 よろけた操を目がけて、続けて天狗の攻撃が降ってくる。

「死んだ、かも」

「いいや、お前は死なない」

 死を覚悟し目を瞑った操に届いたのは、風の刃ではなく一人の男の声だった。

「間に合って良かった」

 操の耳の奥に残るものと完全に一致する言葉。瞼を開いた操の視界には、赤色のマントがあった。

 操が憧れ続けている背中。機獣から操を守ってくれる逞しい背中だった。

「レッド……!」

 感動している操を一瞥したレッドは、正面を向いて天狗の機獣と向かい合う。

「現れたな、機獣! 誰一人の命も奪わせはしない!」

 そう叫ぶレッドの元に他のヒーロー四人も集まり、各々が戦闘態勢に入った。

 天狗は六枚の羽根を広げると、それは天狗の頭上に散らばり、無数のカラスになってヒーローたちに襲い掛かる。

「行くぞ!」

 レッドの掛け声で、五人は一斉に地面を蹴った。

 真っ先に本体へ向かうレッドは、カラスたちに進行方向を阻まれる。天狗はその背後からヤツデのうちわで遠距離攻撃を繰り出している。

「前回の戦いから、防御はできないと踏んで戦い方を変えてきたか。しかし、その程度で俺に勝てるわけない!」

 レッドは左足を突っ張り、半身になって一度自身の速度を落とす。道路のコンクリートは盛り上がって、カラスたちの前に目くらましになるかのように宙を舞う。勢いが止まったレッドは、体の重心が後ろに倒れながら後方から思い切り右腕を突き出す。その反動で両足が浮いたレッドの拳からはまるで大砲を放ったような轟音と共に、炎が射出されコンクリートもろともカラスたちの大半を蹴散らした。

「レッドだけにやらせない!」

 辛うじて吹き飛ばされなかったカラスたちに、ブルーを始めとしたレッド以外の四人が飛び掛かる。天狗の機獣に近づきつつ、残ったカラスを処理していくブルーたち。

 ブルーは水を纏い素早く、グリーンは風を使って優雅に、イエローは雷を操り正確に、ピンクは大地を持ち上げ力強く。それぞれが違う能力で自分なりの戦い方でカラスを殲滅していく。

 カラスを片付け終わった四人の背中を蹴り、レッドが再び先頭に躍り出た。再び右腕に炎を込めたレッドは天狗がうちわから放つ攻撃をものともせず、車や電柱などを盾にしながら接近していく。ゼロ距離によられ苦し紛れにうちわでガードをする天狗を、そのうちわごと溶かす勢いでレッドは拳を振りかぶった。それを受けた天狗の体は、以前と同じように真っ黒になって飛び散った。レッドはその散った天狗の残骸をじっと見つめている。

「……見つけた」

 レッドの視線の先には、残骸に隠れて飛び去るトサカのカラスがいた。

「今回は逃しはしない!」

 小さなクレーターを作って地面を蹴って飛び上がったレッドはそのトサカをしっかりと掴むと、重力に従ってトサカのカラスを地面に叩きつける。レッドの三度目の炎に包まれたカラスの機獣が今回こそ確実に命が絶たれたであろうことは、叩きつけられた衝撃とレッドの熱で溶かされ爆発していることから理解できる。

「やっぱすっごいな……!」

 爆発を背後に立っている戦闘を終えた五人の姿を、操はしっかりと焼き付けていた。

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