115:エピローグ②

 ダマート帝国の西部に数多くのエルフが住む森がある。


 西部の海岸にある【転移】の魔法陣を出て、少しその森を東に入ると『かめの村』と呼ばれる村が存在していた。

 ほんの少し前には『獣の村』と呼ばれ獣人族が多く暮らしていたが魔物の襲撃により廃村。その後、人が移り住み増えたころから仮面の村と呼ばれるようになった。

 村の名前は次第に略されるようになり、現在はいまの名となる。

 その由来は近隣のエルフの語り部にでも聞けば分かるかもしれない。



 その村の村長の名はイルヤナ。

 過去には聖姫のパーティーに参加して魔王討伐に手を貸したと言う強者だ。二人の姉と別れた後は、ここで村長の任について忙しく過ごしていた。

 そんな忙しい合間、彼の食事や家の事をやっていたのは、彼に好意を寄せていた同じ獣人族のオイヴィだった。

 半ば押しかけ女房の様な状態である。

 もちろんそれは彼の二人いる姉のどちらかの入れ知恵なのだが……

 二年も経つ頃には、イルヤナは曖昧な態度は悪いと考え─きっとどちらかの姉の教育の賜物であろう─、世話を焼いてくれるオイビィと─姉らの希望と言うか思惑通り─結婚した。

 結婚してもオイビィは甲斐甲斐しい妻であったが、しかし子供が生まれると、その立場は逆転する。

 子を産んだ女は母と言う最恐の職業に転職するのだ。

 そうなるとイルヤナの頭は一切上がることが無くなり、二人の姉と同様、きっちりと躾の行き届いた忠犬に変わるのにそれほど時間は必要としなかった。




 ある日の昼下がり。

「とーちゃんとーちゃん。

 お客さんだよー」

 イルヤナの息子の一人がニパッと笑顔を見せて走ってきた。

 視線を彷徨わせて、今日は来客の予定は無かったがなと一人ごちる。息子が早く早くーと手を引くので、腰を上げて玄関へ赴いた。


「よお久しぶりだな」

「おーっエサイアスの兄貴じゃないか!」

 もう数年ぶりにもなる懐かしい一角族の顔。

 感激のあまりに抱き付こうとしたイルヤナを、エサイアスは制して、「男に抱き付かれる趣味は無いぞ」と、クックと嗤って手を差し出してくる。

「俺だってねーよ!」

 差し出された手をグッと握り返してクククと笑い声を漏らす。


「最近はどこに行ってたんだよ」

 問われたエサイアスは指折り数えながら、

「ユリルッシに、ダマート、それから魔王の島にヴェイスタヤだな」

「その顔だとまた居なかったんだな」

 エサイアスは、瑞佳が消えてからふらっと居なくなってしまった、ヴァルマを探して旅をしていた─最近になっての事だが、年に一度は【伝達トランスファー】の『鳥』が届くので生きていることは確信している─。

 そして数年ほど放浪するとふらりとここに帰ってきてイルヤナと話すのだ。



「ああ居なかった。

 だけどな、ちょいと前になるが俺の所にこんなもんが届いたんだよ」

 差し出されたのは【伝達トランスファー】で届けられた白い手紙一通。

 イルヤナは受け取り、「開けても?」と聞き、エサイアスはコクリと頷いた。


 手紙を開くと簡潔に一文だけ、

『春先にかめの村に行きます。 ヴァルマ』と書いてあった。



「え? これって」

「遅れないように急いで戻って来たんだが、まだ来ていない様だな。

 悪いが少しここで待たせて貰うぞ」

「あ、ああそれは良いけどさぁ……」

 エサイアスを家に招き入れながら、もう何十年も消息を絶っていたと言うのに今さらなんだよと、イルヤナは不満げに呟いていた。







 エサイアスが訪れて三日ほどが経った。

「とーちゃんとーちゃん。

 お客さんだよー」

 庭で遊んでいた息子がイルヤナの元へ走ってきた。


 子供の叫ぶ声が聞こえたのだろう、客間にいたエサイアスもすぐに間借りしている客室から出てイルヤナの元へやって来る。

 そして二人は互いに頷き合ってから玄関へと向かった。



 玄関を出ると、草で染めた薄緑のローブをすっぽりと被った人物が三人立っていた。一人は一歩前に立ち、二人は互いに隣り合って手を繋いでいる。


 イルヤナ達が顔を出すと、先頭に立っていた人物がパサリとフードを払いのけた。

「ヴァル姉!」

「久しぶりねイルヤナ。それからエサイアス」

「久しぶりだと言うのに、ヴァルマお前は……」

「あら何か不満だったかしら?」


「まったく……、人をおまけ扱いするなよ」

 しかしヴァルマは、ため息交じりに文句を言うエサイアスは軽く無視。

「イルヤナ、久しぶりに会ったのだから、もっとお姉ちゃんに甘えていいのよ?」

 と、ちょっと残念そうな表情を見せてイルヤナを見つめた。


「ハァ? 俺がいま幾つだと思ってんだよ。つか待たせすぎだろーが」

 悪態を吐きつつもイルヤナは『今まで何やってたんだよ』と言外に問い掛けたのだ。


 ヴァルマはその言葉を受けて後ろに立つ二人に視線を送る。するとその視線を受けて二人は同時にフードをパサリと取った。

 現れたのは顔が全く同じ二人のエルフ─年齢十六~七歳ほど─の少女だ。

 ただしその身に纏う色合いは真逆。片方はヴァルマそっくりのクリーム色に近い金髪に鮮やかな水色の瞳だが、もう一人は色素を全て失ったかのような灰色の髪に灰色の瞳の少女だった。


「二人ともわたしの娘よ」

 ヴァルマの紹介で二人は無言でペコリと頭を下げた─顔を上げるや、金色の少女は引っ込み思案なのか、灰色の少女の手を取り再び少女にピタっと寄り添っていた─。


「娘って……、旦那はだれだよ?」

「黙秘します」

「ハァ? なんだそりゃ……

 って、エサイアスの兄貴も黙ってないでなんか言ってくれよ!」


「お前、ミズカなのか?」

 灰色の少女を見て、目を見開いていたエサイアスが呟いた。

「あらら、もう解っちゃったの」

「えぇぇこれがちぃ姉!?」

 クスクスと笑うヴァルマと、一歩前に出て「ありゃどこでわかった?」と、真顔で問う灰色の少女。

 続けてイルヤナの指をへし折る勢いで掴み「指を指すな駄犬が!」と怒っている。


「あぁ、そうだな。最初にヴァルマの態度に違和感があった。

 それでよく見ればお前の目が〝私に気付いて〟って必死に叫んでる気がしたんだ」

「うわぁヴァルママの所為か~」

「ねぇちぃちゃん、ヴァル姉、でしょう?」

 底冷えするような声を共に向けられたその視線は、決して娘に向けていい質の物では無かった。


「はい……ヴァル姉」

「よろしい」

「で、納得のいく説明はして貰えるのだろうな?」

「うん。それをするためにここに来たのだし、場合によっては……、私の事は忘れてください」




 イルヤナの家の中に場所を変え、改めて〝ミズカ〟と名乗った灰色の少女は、これまでの事を全て話し始めた。

 瑞佳がヴァルマに預けた魔法陣は、聖女召喚の魔法陣を模した三層構造の物。


「簡単に言えば、ヴァル姉が産む子に私の意思を召喚して上書きすると言う物よ。本来生まれてくる子の意識を乗っ取る、間違いなく人道に反する魔法だわ。

 上手く行く保証は無かったけど、最後に手に入るアビリティで願えばもしやと思って賭けてみたの」

 そこまで言い終えた瑞佳は、エサイアスを真剣に見つめながらに問うた。

「人道に反することまでした私を許せないのならば、今日で私の事は忘れてください」

「お前は間違いなくミズカなんだな」

「それは間違いないわ。

 ただしヴァルマに魔法陣を託した時の私だからね。

 最後に燃えたんだっけ? その辺の記憶はないわよ」

「はぁっ、ちょっとまて詳しく! それはどこの時点だ!?」

 瑞佳は顔を真っ赤にしながら、「初体験の記憶は残ってます」とぼそりと呟いた。それを聞き、ほっと安堵の息を吐くエサイアス。


「なぁ本当にちぃ姉が、ヴァル姉の子なのかよ?」

「ええ本当ですよ。わたしが正真正銘、お腹を痛めて産んだ子です」

 続けて『父親は』と聞きたそうなイルヤナに対して、ヴァルマは冷たい視線を向けて制している。

 ちなみに正解は私も知らない。


「大体解った。

 本来生まれてくる子には確かに悪いと思うが、俺は素直にお前に会えてうれしい。

 だから改めて俺と……ゴホン。まぁその話は後にしようか。

 それよりも、それはなんだ。お前の妹なのか?」

 エサイアスは今も瑞佳の隣にべったりへばりつく金髪の少女を指して、そう言った。なお指を差された金髪の少女はすっかり怯えて、瑞佳の後ろに隠れてしまう。


「この子は私と一緒に生まれてきた双子の妹よ」

 出生率の低いエルフで双子なんて滅多にない事。おまけに魔法陣の効果で乗っ取りまであったと言うのに、ヴァルマが産んだのは何故か双子だった。


「だったらその子が本来のヴァルマの子じゃないのか?」

 意識を乗っ取るまでも無く、上手く生まれて来られたのではないかとエサイアスは考えた。


「いいえ記憶も何もないのだけど、この子はきっとメニちゃんだと思います」

 魔法陣が介入した後に双子になる様な要素は、同じく最後のアビリティを持つ純奈以外にありえないと、ヴァルマは思っていた。


 二人の見解のどちらが正しいのか、それともどっちも正しくないのかなんて、瑞佳には全く興味は無かった。

「この子は大切な私の妹よ。

 それでいいじゃない」

 彼女はそう結論を出して二人の論争を止め、愛おしそうに妹を見つめた。



 ちなみに……

「なんでお前は灰色なんだよ」

 金銀青緑と何とも煌びやかなエルフらと違い、モノクロームの瑞佳。


「あーうん。エルフって色素薄いみたいでさぁ。黒髪黒目から色素が失われてこんな灰色になっちゃたみたいなのよね~

 でもほら、エルフでこの色は滅多に居ないレアなんだよ、凄いでしょー」

 自慢げに胸を張る瑞佳を見つめて、

「色の凄さなんてどうでもいいよ。

 俺はお前にもう一度逢えたことの方が、よっぽど凄いと思うぞ」

 そっと顔を近づけていき優しいキス……、にはならず。


「わたしの娘に断りなく手を出すなんて許しません!」

「お姉ちゃんに触るなぁ!」

 こうしてエサイアスの試みは、残念ながら母と妹二人の手に阻まれて失敗した。

「あははは、ごめんねー」

 久しぶりの笑い声を聞いて、エサイアスは時間はまだあるから良いかと、今はまず再び逢えた喜びに浸る事に決めた。





─ 完 ─



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