91:聖姫は最前線へ向かう

 純奈の件と今後の私の行動については、どうせ立ち寄るし~と言う事でダマート帝国には報告なし。ヴェイスタヤ王国には、純奈に頼んで【伝達トランスファー】の『鳥』を送って貰った。



 さて報告が終わったので、私たちは最前線まで移動しなければならないのだが、まだ港へ向かった騎士が戻っていないのでしばし休憩になった。

 二時間ほどで騎士が戻り、代表の騎士がシベリウスにぼそぼそと何やら報告中。


 報告が終わると何やら暗い表情のシベリウスがこちらにやって来た。どうやら悪い知らせの様だ。

「港に船が無いそうです」

「一隻もか!?」

「はい、すべて破壊されて燃やされていたそうです」

「つまり魔王の島に渡る手段がないと言う事なの?」

 今からすぐに渡る訳ではないとは言え、聖女の件が解決したらやっぱり渡るんだから無いと困る。

 馬車と違って船は【収納ボックス】に入れる為に細かく分解すると、組み立てた後に浸水しそうじゃん。

 やだよ私は、乗ってる最中に沈んでいく船なんてさぁ。



「なあ今すぐ要らねえんだからさぁ。

 俺らが前線に行ってる間に準備しておいて貰えば良くねぇ?」

「「……」」

 じっとヴァル姉と二人でイルを見つめる。


「なんだよその目は」

「イル、あんた賢くなって……」

「本当に、お姉ちゃん嬉しいわ」

 私は肩をバンバンと叩いて褒め、ヴァル姉は涙ぐむ。


「お前ら……俺をそんなに馬鹿だと思ってたのかよ!!」

「そんなことないよー、もっとバカだと思ってただけー」

「こ、殺す!」

「うわぁ暴力反対!!」

 どうやら悪乗りが過ぎたらしい。私はとっさにヴァル姉の背中に隠れて盾にした。

 イルはヴァル姉を挟んだまま、「きたねぇぞ」「こっち来い!」と悔しそうに叫んでいる。それを見るヴァル姉はちょっと悲しそう。

 ヴァル姉はもっと弟とスキンシップしたい。しかしイルは彼女に遠慮がちで私にしか掛かってこないのだ。

 だってヴァル姉は母だもん。仕方ないよねー

 しかし今は丁度良い機会だろう。とりあえず二人でやってくれ。

 ドンと、勢いよくヴァルを突き飛ばしてイルに押し付けると、私は第二の盾アストの背中に隠れた。


 なんとなくぎこちなくはあったが、イルとヴァル姉は楽しそうに笑っていた。







 純奈がヴェイスタヤに船を準備しておくようにメール、もとい【伝達トランスファー】の『鳥』を送ったので、前線を立て直した頃にはきっと小さな船があるだろう。

 あるよね?

 あると良いなあ!



 と言う訳で、今度こそ憂いなく前線へと向かう事になった。


 その経路について早速隊長のシベリウスが教えてくれる。

「最前線へ行くのならば普通は陸路になります。

 現在、最前線に一番近い【転移】の魔法陣は、スメードルンドの西部の物です。そちらから馬で移動しますと、最前線に辿り着くのは約半月ほど掛かります」

 それって確か、私からの指示だと勘違いした兵士が行っちゃって、仕方なく設置した奴だよね?

 あの時の私はこれを予見していた! 訳ないわー


 移動で半月か~

 ずっと住んでいたエルフの森よりはマシだけれど─森を抜けるのに三週間も掛かったしね─、陸路でそれってかなりの旅だよね。

 もっとも魔法陣を描いた木の板を単騎で走らせて~と言う、いつものパターンを使えば期間は短縮できそうだけどさ。



 やや難色を示した私を見て、今度はシルヴィアが、

「でしたら海路ですね。

 フレイヴィックに入りそこから内海を船で抜ければ、風の影響もありますが、遅くとも五日ほどで着きますよ」

「おっそれ、いいじゃん!」

「いいや単純にそうともは言えんよイルヤナ君。

 海の方は知っての通り海中に生息する魔物もいる。それに見通しが良いから、飛行する魔物に発見されて襲われる危険もあるんだよ」

 安直に喜ぶイルヤナを制し、すかさずフォローするのは隊長のシベリウスだ。


「確かに魔物は出ますが、聖姫様にメニ様がいらっしゃいます。それほど問題は無いでしょう」

「いや駄目だ。安全とは言い切れないのなら言うべきではない」

 意見が対立して睨みあうシベリウスとシルヴィア。

 前言撤回、フォローじゃなくて苦言でした。


 シベリウスの言い分はとても理解できる。隊員の安全を考えるのが隊長なのだから当然だよね。

 じゃあ隊長と同じ立場で物を言うべき副隊長のシルヴィアは、何故その意見を言った?


 私はその真意を彼女に尋ねてみた。

「最後に決めるのは聖姫のミズカ様であるべきです。

 その前にわたしたちが勝手に判断してルートを減らすべきでは無いと考えました」

 シルヴィアはすべては私が決めるべきだと言い切った。当然これにはシベリウスもぐぅの音も出なかったようで、真一文字に口を噤んでいる。


 この空気の中で私が決断すんの? と、若干引くけど、実は二人から話を聞いた時点で、私は既に方針は決めていたから今回ばかりはハッキリと自分の意見を言ったわ。


「海と聞けば青トカゲにシートロールでしょう。

 また彼らを頼りましょう」

 意見が採用されて勝ち誇って口角を上げるシルヴィアと、悔しそうに「ぐぅ」と言うシベリウス。


 出るじゃんぐぅの音~と驚いていると、背中をチョンチョンと触られる。

 これは振り向くまでも無くアストだ。


 っと、そうだね。フォローをしないとだよ!


「とても申し訳ないのだけど、今回私は安全性よりも速度を優先しました。

 元々魔王の城を目の前にして無理くりに時間を割いているのよ。だから少しでも早い方を選んだだけ。

 その所為で護衛の貴方達には苦労を掛けると思うけれど、ごめんなさい。よろしくお願いします」


「はい、お任せください。聖姫様!」

 悔しそうな顔改め、何やらいい表情でシベリウスが胸を張ってそう言った。そんなシベリウスを見たシルヴィアはなんだか先ほどよりも嬉しそうだった。

 そして私の背中にポンポンと感触があり、それもきっとアストで『お疲れ』か『良くやった』と言う意味だろう。

 こちらこそご忠告ありがとうございました~と言う意味を込めて、手を少しだけ後ろに置くと、その意図を組みすぐに大きな手が私の上に重なった。


 終始無言でフォローとか。

 最近はグッとイケメン度が上がった気がしない?







 さっさとダマート帝国に戻って必要な物資の補給を済ませる。

 ヨシいくかーと、再び【転移】の魔法陣を準備し始めると、

「聖姫様お待ちください!!」

 ダマート宰相が慌てて走ってやって来た。


「急いでどうしたのよ」

 報告は補給中にシベリウスかシルヴィア辺りがやっているはずなので、いまさら私に用は無いはずだ。

「最前線でのご注意をと思いまして、急いできた次第です。ゼェゼェ」

「えーと、サクレリウスには近寄らない。

 メニは人前に出さない。

 なるべくダマート帝国の駐屯地に居る」

 アストから耳が痛いほどに言われているので─復唱もさせられたよ─、すっかり空で暗記しましたよ。


「もう一つ、連合に参加する各国から【転移】の魔法陣の交渉が必ずあるでしょう。

 その件は魔王の討伐が終わったら我が国と協議して決めるとお答えください」

 なるほどそちらの方は確かに言われなかった。

 〝我が国と協議して〟と言う事は、面倒くさい話は全て責任とってくれると言う意味だろう。

「解ったわ。ありがとう」

「無理はなさらない様にお願いします」

 宰相に見送られながら私は【転移】の魔法陣を抜けてフレイヴィックに入った。




 フレイヴィックとは和服を着たトカゲな国だ。


 鱗の色とトサカの数以外に見分けのつかないトサカ無し黒トカゲこくおうからガバチョと鋭い牙を見せられ─きっと彼は笑ってる─、

「ようこそいらっしゃった聖姫殿。

 ささ歓迎の宴を!」

 危うくパーティー会場に連行されそうになるのだが、その誘いを丁重にお断りして─『前線が崩壊しそうなんでしょ?』と言う魔法の呪文が役に立った─、兵と船を借りる算段をしさっさと海に出る。


 なお港では働いていたシートロールの一人に声を掛けて、代表のオスカルを呼んで貰って彼とは別の交渉をした─彼らにはヴェイスタヤが準備する予定の、魔王の島に渡る小舟の護衛を頼むのだ─。



 港を出て二日ほど、前方の空が暗くなってきた。

 雨雲らしき黒い雲の様だが、魔物の中にはそう言う能力を持った奴もいるらしいので、船に乗る兵士に緊張が走っていた。

「なぁミズカ、空の敵はどうするんだ?」

「あんたとイルの気弾で撃ち落として」

 あとは兵士の持つ弓矢頼みだが、数が有限なのでなるべく使いたくはない。


「いや無理だろ」

「何でよ。横に飛んで上に飛ばないと言う道理が分からないわ」

 お前ら最近なんでも気弾撃ち込んでんじゃん!?


「陸地の敵は飛ばないから左右に避けるが、空の敵は自由に避けれる。正直当たるとは思えない」

「グリフォンを落としてたじゃない」

「最初の一匹なら奇襲として効果あるだろうな。だが数が多いと普通は警戒するぞ」

 言われてみれば確かにそうだ。


「そこを何とかっお願い!」と、全然らしくないが、出来るだけ可愛く見える様にお願いしてみると、アストは「善処してみる」と、少し照れてそっぽを向いてそう言った。


 予想以上に効果があった!?

 いやはや自分でも驚きだね。




 ちなみに……

 空の敵はヴァル姉の使った、最大限まで『範囲増強ワイド』にされた、超広範囲の【雷嵐サンダーストーム】によって一掃されました。上空に何度も何度もビカビカビカっと雷がほとばしり、数多の魔物が焼き尽くされていったのだ。

「空には味方がいませんから。

 巻き込む心配が無いので、好きなだけ大魔法が使えて楽ですよ」

「あ、うん。ありがとうヴァル姉……」

 ニコッと笑顔で言われてもねぇ……

 あの広範囲、どうやっても逃げようがないじゃん!

 エレメンタルマスターマジぱなぃわー

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