90:メニと新たな聖女

 最後の戦いへ向けて、魔王の島へ渡れる港に向かって進んでいた。昨日に、翌日回しにしたあの崖を降りているのだが、翌日回しになった意味が凄く良く分かった。

 要するにマジキツイです。

 私だけじゃなくて彼らでさえもね!



 日本育ちの純正もやし二人は最初の一歩目でギブアップ。あの高さと風に足がすくんで一歩も前に出ませんでしたよ。

 そんな訳で私と純奈は、ヴァル姉に頼み込んで、馬や馬車と一緒に【浮遊レビテーション】でゆっくりと降ろして貰うことになった。


 ちなみに当のヴァル姉は、カモシカの様に岩から岩へピョンピョンと、その後ろにはイルが同じくトントンと一気に駆け下りて行った。

 野生のイルは兎も角、ヴァル姉のその身体能力はなんだ!?


「ヴァルマさんのあれって魔法を使ってるのかしら?」

 同じくそれを見ていた隣の純奈がぼそりと、そう呟いた。

 なるほど魔法の力ね! うん納得だわ~


 しかし耳のよいヴァル姉にはその呟きさえも聞こえたようで、ピョンピョンと今度はこちらに登って来て─なんと無駄な行為だろうか─、

「魔法なんて使わなくてもエルフ族は身軽なんです。このくらいは誰でもできますよ」

 はいドヤ顔頂きましたー

 そう言えばエルフって、枝から枝へ飛び乗ってたな~と思い出す。さすがに軽い革鎧じゃないと無理だと彼女は言ったが……

 そう言う問題?


 そう言えばあれれ? そう言えば我がパーティー唯一の金属鎧はどこ行った?


 キョロキョロと崖を見渡すと。


 いた!


 馬車よりも随分と上の方、アストは同じく金属鎧を着たダマート帝国騎士らと一緒に慎重に一歩一歩降りてきている。

 黒い甲冑で全身を使って壁に張り付くその姿は……

「なんだかゴキブリみたい……」

 ああ純奈よ、なんでソレを言っちゃうかな。

 そう見えたのは私だけじゃないんだ~と言う安心感から、もうそれにしか見えなくなってしまったじゃないか。


「おい聞こえてるぞ! 誰がゴキブリだ!!」

 ひぃと首をすくめる純奈。

 そう言えばあいつも耳が良かったわね……、ご愁傷様です。







 ふわふわ~っと下降中、苦労している金属鎧集団を涼しい顔で見ていると、そこへ舞い降りたのは一羽の鳥。

 もちろん唯の鳥ではなく、【伝達トランスファー】で造られた魔法の『鳥』だ。


 『鳥』は上空でクルクルと回ってアピールを終えると、今度は真っ直ぐ私の所へ飛んでくる。

 私が手のひらを上に向けて手を伸ばすと、『鳥』はスゥーと滑空して手のひらの上に着地。次の瞬間には手紙に変わっていた。


 このタイミングで手紙か~、なんだか嫌な予感しかしないわね~



 手にある手紙をジッと見つめたまま、私は見るのが嫌だな~と露骨に表情を顰めた。

「見ないんですか?」

 隣で同じくふわふわ浮かぶ純奈が問い掛けてくる。

「見たくないってのが本音だね~」


「まったくお前は……、見ない事には始まらないだろうが」

 いつの間にやら隣まで降りてきていたアストが、私のおでこをコツンと軽く小突いてきた。昨日のやり取り以来、彼との距離はさらに近くなった。


 このやり取りはなんだか恋人の様だな~と思ってハッと気づく。

 あれ? プロポーズ受けたんだから、そんなのはとっくに通り越してもう婚約者じゃね……と。


 途端に気恥ずかしくなり、慌てて手紙を裏返すと手紙にはダマート帝国とヴェイスタヤ王国の連名が書かれていた。

 うわぁなにこれ、見るのがさらに嫌になったわー




 皆が崖を降りてくるを待って、私は隊長のシベリウスに手紙が来たことを伝えた。


「分かりました、すぐにテントの用意をさせましょう」

 そして彼はてきぱきと兵に指示を出し始める。テントの設置とは別に、五人ほどが桟橋のある方へ走ったのであれは湊と船の調査だろう。

 時間を無駄にしない男シベリウスだね!



 いつもの私のパーティー五人に、隊長のシベリウスと副隊長のシルヴィアが加わり─つまりいつものメンバーだ─、先ほど届いた手紙を開き私が読み上げる。

『聖姫様へ

 魔王討伐の旅も、もはや佳境となっている事でしょう』

「おい挨拶は飛ばせ」

「あっはいはい。えーっと……」

 頭からそのまま読み始めたのは失敗だったわ。


 軽く目で追って、ここからでいいかな~と。

『つかぬ事をお聞きしますが、メニ様はご無事でしょうか?』

 それを聞いた純奈メニは「えっあたし?」と、自分を指差して首をコテンと傾げている。


『スメードルンド王国の北部で魔王軍との戦端が開かれている事はご存知かと思いますが、現在その戦場に、〝亡くなったはずの聖女様〟が現れて兵に動揺が走っております』

 はぁ、なにそれ?

「それは敵軍と言うことですか?」

「待って、続き読むよ」


『〝聖女様〟は魔王軍と共にあり、強大な〝闇魔法〟による支援を行っております。

 亡くなられたはずの〝聖女様〟が敵軍に回った影響により、兵士らの士気は低下し戦線は崩壊しつつあります。

 メニ様がもしそこにいらっしゃるのであればアレは偽者と言う事が確定いたします。しかしメニ様の件は公表できない事ゆえに、取り急ぎご報告させて頂きました。

 あとは聖姫様のご判断にお任せいたします』


「あたしの偽者って、えっどういう事?」

「顔を真似るだけならちぃちゃん・・・・・だって得意でしょう。

 つまりそう言う事だと思いますよ」

 さすがヴァル姉は【エレメンタルマスター】らしい意見だ。


「物まねが得意な魔物が居たはずだろう。そっちじゃないのか?」

「ドッペルゲンガーですか? それだと最悪級の悪霊ですね」

「んー悪霊だったら私が得意だから大丈夫じゃない?」

 つまりアレだよ。

 レベルをぶっちぎった【光魔法】とか【神聖魔法】の、力技だけで解決できるって奴だよ!


「いえ、そう言う意味ではなく。

 ドッペルゲンガーを人と見分けを付ける方法が無いんですよ。だから厄介です」


 どういう事? と、私と純奈が二人で首を傾げていると、

「メニが二人同時に立っていれば違和感があると認識できるが、メニが一人だけだった時に、偽のメニと出会ったらそのメニは本物か、それともドッペルゲンガーが化けた偽者か、判断できないと言う事だ」

「へ、【鑑定】すればいいじゃない」

 スキルレベルにもよるが、きっと【魔物鑑定】をすれば判別可能だろう。


 しかし二人は首を振る。

「残念ですが、人を対象に鑑定スキルが発動しない様に、人に化けている状態のドッペルゲンガーは鑑定出来ないんです」

「ああその通りだ。

 お前と違って普通は鑑定が出来ないから見分ける方法なんてない」

 なるほど、私はの【鑑定】は何故か特別だが、普通の人が使う鑑定スキルは人やエルフなどの友好的な種族相手には使用できない。

 ドッペルゲンガーとやらもその類の能力だかアビリティを所持しているのだろう。


「片っ端から殴って行けばいいんじゃね?」

「おいワンコ! メニを殴ったらあんたを蹴飛ばすよ」

「ちっ」

 ガルル~と睨みあう私とイル。


「こら二人ともやめなさい!

 間違って襲いかかればそのように仲間内の雰囲気も悪くなります。そこもドッペルゲンガーの厄介な所ですね」

「ところでさ。ドッペルゲンガーとやらの話ばかりだけど、まだそれって決まった訳じゃないよね?

 ヴァルマさんが言った通り、お姉さまみたいな【幻覚イリュージョン】かもしんないじゃん。

 なんで見ても居ないのにマジで話してんの?」

 確かに……、純奈の言う通りだったわ。

 ひとまず見ても居ない敵が、なんなのかと言う話はそこで終了した。




「えーっとなんだかアレな話だったけど~

 前線崩壊はやっぱ不味いでしょ、だから私は偽聖女を真っ先に排除すべきだと思う」

「わたしも異存はありません」

「んー俺はどっちでもいいぞ」

 そこ! ドヤ顔で言う事じゃないからね!

 と、ここまでは、まぁある意味で問題なしだった。


「おい、何を馬鹿な! 魔王の島を目の前にして戻るって言うのか!?

 あれを倒せば終わりなんだ、俺は俄然魔王討伐を推すぞ!」

 唯一アストが反対した。


 私が言う『人命が~』という意見は大切だ。

 しかしアストが言う通り魔王を倒せばその報告を聞いた兵士らの士気が一気に上がるはず、おまけに魔王が倒れると、魔物全体の力が一気に弱くなると聞いている。

 どちらにしても前線の崩壊は避けられるのだ。


 さらに言うならば、私たちが前線に戻る時間よりも、このまま海を渡り魔王を倒す方が時間が掛からないのも考慮すべきだろう。


「たしか前線って連合国軍がいるのよね?

 だとするとあたしも、出来ればあの国とは関わりたくないなーと思うかなぁ」

 さらに純奈が反対に票を入れた。

 最前線に行けばそりゃあ、サクレリウス王国あの国も参加しているのだから少なくとも聖姫わたしには接触してくるだろう。

 私に近寄ってこれば純奈に関わる可能性もあるはずよね?


 ちなみにシベリウスとシルヴィアの二人は、私の護衛と言う立場を崩さないので、こういう時に意見を言うのは控えている。


 つまり、

「賛成二票、反対二票に無効票が一票と」

 あちゃぁ真っ二つだわ……

 皆の視線が無効票を投じたイルに向かって向けられる。もちろんジト目だ。

「あー……、わりぃパスで」

 自分の意見で物事が決まってしまう時に、皆に見られながら選べる人はいないだろうからまぁ仕方ないよね。

 だから最初に言っておけと!



 さて、結果がきっと同じ様な物ならば、完遂する時間まで考慮すればアストの案こそ正論だろう。そもそも人命を謳っておきながら、私の案では、移動の時間分より兵士に被害が出る可能性があるのだ。

 しかし、ここでそちらを選択すると、私はきっと見捨てたと言うトラウマをいつまでも背負うに違いない。

 私が背負うのは〝自分がいつ消えるか分からない〟事だけで精一杯だよ。


 互いに譲らず─心の内の不安は言えないから─話は平行線になったのだが、「聖姫様が決めたのですから今回はそちらに従いませんか」と、シベリウスが取り成してくれて、何とか丸く収まった。

「ふぅ、確かにそうだな。

 ここまで来れたのは聖姫のお陰だ。方針はミズカが決めるべきだった。

 済まなかった」

 いつも大人の態度を見せるアストは今回も折れて謝ってくれた。


「うん……、我が儘ばっかりでごめん」

 だけどこのままだと彼には蟠りが残ってしまう。

 あとで二人きりになった時にちゃんと彼に訳を話しておこうと思う。

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