89:瑞佳とエサイアス
「オイヴィは連れて行きません」
これが私が下した決断だった。
彼女は未熟で弱い。それでも運良く生き残ってしまえば、初陣が魔王になって、経歴が洒落にならないことになる。
それは絶対にオイヴィの為にならないだろう。
「そ、そんな! ちぃ姉様、あたい頑張るから連れてってよ!」
悲痛な表情で訴えかけてくるオイヴィだったが、
「いやいや、頑張るんだったら花嫁修業を頑張んなさいよ」と、ツッコむと、
「わかった! んじゃあたいは家を護ってお姉様たちのお帰りをお待ちしてます!」
手のひら返しの清々しいとてもいい返事でしたわー
「じゃ、これ家の鍵ね」
と、カギを差し出すと横からパシッと手が伸びてきて、
「気が早ぇよ!」と、イルに制止された。
ちなみに……
「何のカギだよこれ?」
そう言ってじっと鍵を見つめるイル。
「物置の鍵よ」
引っかかったなと笑ってやったわ。
エルフの森に移住する者三十一人─オイヴィ含む─
彼らは一旦海エルフの村に行き、森の決め事を伝えた後は、『獣の村』に移住する予定だ。
知人を訪ねる者二十二人。こちらはダマート帝国により一時的に保護される予定。移動に際して少なからず配慮はあるが、行き着く先は自己責任だ。
最後が、この砦の残る者で十五人。
「殿下行ってらっしゃいませ!」
どこにも移動しない彼らは、皆敬礼をして私たちの出立を見送ってくれた。
皆の顔はどこにも悲痛さはなく、とても晴れ晴れとしている。
「必ず魔王を倒してくる」
「えぇもちろんです。その豪華なメンバーで倒せなかったら、逆に恥ですからな?」
クククと笑う兵士たち。以前なら不敬な態度だろうが、すでに王子の身分を捨てたアストにはそれを言う権利は無かった。
「人数が減ってるのだから無理しない様にね!」
「分かってますよ! 聖姫様こそ殿下をお願いしますよ!」
彼らの笑顔のお陰で、最後までしんみりとすることはなく、こちらも笑顔で別れることができたわ。
「いい人たちでしたね」
「馬鹿だけどね……」
「あぁとんでもない馬鹿者たちだ、しかし死なせるには惜しい馬鹿なんだ」
そうだね。あと少し、いっちょ頑張ろうかね!
※
砦から山を下りるように進むと、半日も経たずに海岸線が見えてきた。
その海岸線の先には、最終目的地となる島が見えている。雷雲が晴れることが無いと言われる暗~ぃ雰囲気のその島には、魔王が住む魔王城があるらしい。
「島は見えても城は見えないね」
私の視力などはたかが知れているだろうが、視力が馬鹿みたいに良いイルやヴァル姉でも見えないようだ。
「よしじゃあさっさと行こうか~」
そう言って手をグーにして『おー』と上げ─純奈だけ一緒にやってくれたよ─、アストの方をちろりと見る。
何がってあんた、いま海岸線が見えているこの場所は目の前が崖なのだよ。
つまりこっからどうやって行くんだって意味さ。
すると彼は説明してくれた。
「この先には道が無い。崖に細い溝があるだろう、あれをつたって降りていくんだ」
崖の溝……?
高くて怖いので崖に寝そべって─おまけに純奈に足を押さえて貰って─、そお~っと首だけを出して覗き込めば、幅一メートルも無い道が蛇行して下まで……?
「むりむりむり!!」
結構な海風が吹いているし、落ちたら死ぬんだよ。無理に決まってんじゃん!!
「しかしこれを降りないと港には行けないぞ」
「だったらなんでここに案内したし!?」
もっと別の場所あっただろーが!
私は血相を変えてアストに詰め寄った。
まずこの辺りの海は見かけよりも浅くそして岩礁が多いそうだ。その為、軍船の様な大型船で入ることは出来ず、漁に使うような小型の帆船が必要らしい。そして小型の帆船では内海をぐるりと回るには無理があるから、内陸部を横断した。
そして目的の小さな港は、漁師が天候が悪化した場合に陸で休むだけの目的で設置されたそうで、そもそも陸から入ることは想定していないのだとか。
海の幸は豊富らしいので漁師はこの海域に入るそうだけどね、魔王の島から国内にすんなり入れるような道は要らんって話らしいよ。
確かに利用するのは人に非ず、魔物となれば要らんよね。
「う~ん、分かったけど、う~ん……」
まぁ他に道が無いと言うなら納得するしかあるまい。
さて切り立った崖から漁港のある海岸まで下りるのにさらに数時間かかる。おまけに─【収納ボックス】に入る馬車はまだしも─馬を連れて下りるのだからさらに時間はかかるだろう。
「この先は道が険しい。今日は早いがここで休む方が良いだろうな」
「険しい道っつーか、もう道じゃねーけどな」
イルのぼやきに、私と純奈はコクコクと完全同意しましたとも!
まぁ今が昼下がりなので、アストの言う明日に回すと言う提案はごもっとも。私たちは日が大きく傾く前に休むことに決まった。
夜営の準備が進む中、私は暇をしていた。同じく暇そうな純奈と並んで、日本の話をしていた。
どんなテレビを見ていたかとか、カラオケで歌う曲の話とか、そんなどうでもいい話だ。やっと終わるのだなと、少し感傷に浸っているだけ。
そこへアストがやってきて、
「少しいいか?」と、私を誘ってきた。
チラッと純奈に視線を送ると、「あたしに構わずどうぞ行ってきてください」と、彼女はそう言って笑顔で送り出してくれた。
さすがは女子高生、たったこれだけのやり取りで機微が分かったようだ。
アストの背中に付いていくと、跳び箱くらいの小岩が並ぶ場所にたどり着いた。
片方の岩に彼が座り、私も促されてもう一つの岩に座る。
「魔王を倒したらお前はどうする?」
「いきなりだねー、ちゃんと倒してから考えようとか思わないの?」
もう少し甘い雰囲気を作ってからにして欲しかったなと、その不満はそのまま言葉になって出て行った。
「浄化が終わると二人は消えるかもしれん。いま確認しないと後悔しそうなんでな」
「そうだなぁ、告白もして貰ってない事だしね~、私は何の未練もなくてスッと消えちゃうかもね」
そんな理由で急ぎやがってと、チクリと釘を刺してやる。
「はぁ? だってお前、あの時……」
言いよどむアスト、それはきっとキスの話だろうと思うが、
「それはそれ、これはこれだよ」
ニヒヒと笑う私。
彼は盛大なため息をつくと、立ち上がりこちらの岩に座りなおした。ほんのそれだけのことで空気が変わった気がした。
ジッと私を見つめながら、
「俺と付き合ってくれ」
そう言った彼は驚くことに耳まで真っ赤だった。もしかして面と向かって言うのには慣れていないのかな? と、少しだけ可笑しくて意地悪したくなる。
「付き合うだけ?」
「いや結婚してくれるとなお嬉しい」
「でも私は子供を産めないんだよ」
「俺はただのエサイアスだからな、幸いなことに跡取りはいなくても問題ないんだ」
「……いいよすべて終わったら結婚する」
それを聞いて私をギュッと抱きしめてくるアスト。
とてもとても愛してくれているとわかる、力強いが優しい抱擁だった。
※
なんとなく気恥ずかしくて二人一緒に戻るのは辛いのだが、家族にはちゃんと言わなければならないと思い、分かりやすく手を繋いで皆の元へ戻った。
最初に遭遇したのは純奈。
そりゃそうか、行くときに声かけて行ったんだもんなぁ。
彼女は私、そしてアスト、最後に繋がれた手を見てニマァと笑うと、何も言わずにキャンプの方へ消えて行った。
「?」
「なんだあれ」
しばし二人で首を傾げていたよ。
続いて遭遇したのはヴァル姉と純奈のペア。純奈が居るのでどうやら話は既に伝わっている様で、ヴァル姉の表情は真剣だ。
ヴァル姉は一歩前に出ると、アストを一切見ることなく私にだけ、
「ちぃちゃん。嫌なことがあったらすぐに帰ってきていいのよ」
「おい、なんで嫌な事がある前提なんだよ」
しかしヴァル姉は反応無し。
どうやらヴァル姉はかアストの存在をそもそも消しているらしい……
「お姉さまがまさかこんな朴念仁に騙されるなんて、目を覚ますのなら今ですよ」
「おいお前も、なんだ朴念仁って!!」
「周りがとっくに気づいてるのに今まで何もしなかった人の事ですけど」
その時の純奈さんの目はマジで、一切笑ってなかった……
アストはその気配に気づくと、「ぐぅ」と呻き露骨に視線を逸らした。
「アスト、後は私が……」
これはアストでは無理だと判断して私が二人の前に出る。
その後はお祝いの言葉と共にしばしの間、二人に抱き付かれてもみくちゃにされたわ。
ちなみにイルは、どこに行ったのか姿が見えなかった。
そして二時間ほど後、やっと見つけて事の次第を告げると、そっぽを向きながら「そうか、おめでと」と、短くボソッと呟いたのみ。
この前の事もあるから仕方ないかな~と思って気落ちしたところで、私の肩にポンとアストの手が乗った。チラッと彼を見上げると、頷かれたのでこちらはアストに任せることに決めて立ち去った。
翌日。
「ちぃ姉、おめでとう」
ちゃんとこちらを見ながらそう告げてきたイルに、私は「ありがとう」と微笑んで返したわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます