88:小姉とイルヤナ
「ついてくかんね!」
「ついてくんな!」
今日も仲良く追い駆けっこしている獣人族二人。
……を、微笑ましく眺めている女性陣三人と言う図です。
いやぁ平和だねー
「ねえヴァルマさん、あの二人が結婚したとして子供は生まれるの?」
同じ獣人族なのだが、かたや銀狼でかたや鳥─ミミズク─だ、生まれた子は何になるのか、それとも生まれないのか?
純奈の疑問は私も知りたい!
「メニちゃんの世界がどうかは知らないけれど、この世界の場合は異種族同士で結婚すれば父か母のどちらかの種族が生まれるわよ」
「あら、ハーフっていないの?」
「ええ、例えばわたしとイルの間に子供が出来たとすると、銀狼の獣人かエルフのどちらかになるわね」
どちらが生まれるかは、神のみぞ知るわと微笑んでいた。
「へぇ~じゃあ何の問題もなく結婚できるんですね」
「そうね、同じ獣人族なら寿命も同じだから、何の心配もないでしょうね」
なるほどねぇ~寿命は確かに大事な要素だわ。片方だけが年老いて逝くのを見ていくのは辛いもんね~
それを聞くと、とことことイルの方へ歩いていく純奈。
「ねぇイルヤナ君」
「ぁん、なんだよ?」
「
おっと、聖女の祝福頂きましたー
「それは良いわね、だったら
そう言ってクククと笑いかけると、イルはますます
「ちぃちゃん……、あなたって子は……」
何か言いたげなヴァル姉に盛大にため息をつかれたわ。
※
「ところでヴァル姉!
生まれた子供はやっぱり両親に顔が似るんでしょうか?」
「そう言われているわ」
「じゃあさ……トカゲとヴァル姉が結婚すると、その子供の顔はど……、イエスミマセンナンデモゴザイマセン」
怖ぇぇぇ……
※
意外に長く滞在した砦生活も明日で終わる。
住人の大半が居なくなる最終日だけに、たき火を囲んでお別れ会のような催しが行われていた。なお食糧提供はサクレリウス王国でございます。
宴会が始まるや早々に「お酒はだめですよ」とヴァル姉に言われた。
先日、純奈をお持ち帰りした頃から、薄々私は酒に弱い挙句に酒癖が悪いのではないかと思い始めているので、その言葉には素直に従いまして、いま飲んでいるのは果実ジュースだ。
ここにきてからアストは村人に掛かりっきりで、最近はあまり話していない。そして隣に座っていた純奈は、先ほどヴァル姉にそれとなく拉致されていったので今は一人だった。
不意に隣にスッと影が差し、顔を上げると予想通りの顔がそこにあった。
仏頂面の駄犬が食事を片手にやって来たらしい。
何も言わずにドカッと隣に座るイル。
「オイヴィはいいの?」と、クククと笑うと、彼は殊更憮然とした表情を見せた。
無言で皿に乗った肉串を手に取ってがぶりと噛り付き、皿をこちらに差し出してくる。
差し出された皿には、イルが口にしたのと同じ串と、ステーキっぽい肉が山盛り乗っていた。
「あんたねぇ、野菜もしっかり食べなさいよね」
ため息交じりに叱りながらも食べやすそうな串を取って口に含んだ。
「肉の方がウマイ」
「はいはい、そうね。でも肉喰った分は野菜も喰えよー」
「ちぃ姉はいつも
「そう? 私なんかよりもヴァル姉の方が怖くない」
「あははっ、そりゃ怖さなら断然ヴァル姉だけどさ、やっぱ口煩いのはちぃ姉だよ。
……なぁ俺ってそんなに子供かな?」
この言葉の意味はちゃんと理解できた。
酒を飲むな、純奈を連れて行く、そしてイルの登場。
ここまでお膳立てされればいくら鈍い私でも気づく……と言うか、勝手に範囲外として扱っていたものを、あえて意識して答えを返さなければならないだろう。
「獣人族がもう子供じゃないってのは知ってるよ。でもね私にとってあんたは、どこまでいっても手のかかる弟だよ。
だからごめん」
弟をしっかりフッて上げてねと、姉として優しさを見せたヴァル姉。逆に私は姉として接することは禁止されて、今はっきりと答えを返した。
「そっか、うん。ありがとなっ!」
ニカっと笑うイル。
それを境に空気が少しだけ元に戻った気がした。
「ちなみに私から一つ質問だけど、大姉に行かなかった理由を聞いても良いかな?」
こちらもニカっと笑って、最後に残った空気を吹っ飛ばしてやると、
「うーん。やっぱ母ちゃんと、姉ちゃんの差じゃねーかな?」
彼は少々照れながらそう答えた。
なるほどね。
家でニートしてた私と違ってヴァル姉は家事に狩猟の手ほどきなどなど、イルとの接点は多い。ゆえに姉ではなくて母。
そりゃ母ちゃんには恋できんよね~
「つまり消去法だね」
「そうかもな……
んじゃ俺、行くわ」
その後はお互い手を振って無言で別れた。
隣に人が座った感覚があった。それも左右……
「なんでフッたお前が泣いてるんだよ?」
「泣いてない!」
返事はすっかり鼻声だが、まだ涙ぐんでるだけだ!
いまグッと我慢してんだから喋らせんなっ!
「はいはい、乙女心が分からない人は去った去った。ちぃちゃんご苦労様でした」
憮然とした表情を見せるアストをシッシと追いやると、ヴァル姉は私の頭を抱えて優しく抱きしめてくれた。
「ちょっヴァル姉、いまそれはヤバいから!」
しかしヴァル姉は離してくれず、私の背中を優しくトントンと叩いてくれた。
もう無理……と思ったその耳元で、
「(ねぇちぃちゃん? 母親呼ばわりは酷くないですか?)」
と、底冷えする声が聞こえてきた。
一瞬で涙が引き、恐怖でガバっと顔を起こした私に、
「知ってました? エルフは耳が良いんですよ」と、彼女は目が笑っていない笑顔を見せてくれた。
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