87:聖姫と難攻不落の村

 私たちはルードヴィーグの案内で要塞の中に入った。

 なお要塞が無視されてから以降、懸念していた魔王軍は一度も来ていないと言う。なんという肩すかし、魔王はとことんここを無視したらしいね。


 さて要塞の中だが、本来は兵が整列して並ぶだろう中央広場には無数の小屋が建てられていて、その前には白いシーツやらシャツが干されていた。

 なんと言うか、要塞っていうよりもうただの村じゃないかな?


 部隊長だったルードヴィーグに変わり、村野代表と話を進めていく。

「お恥ずかしいですが、女子供を護るために住む場所が必要でした」

 きっと苦労があったんだろうなー

 呆気にとられているアストには、「まぁまぁ、生きててくれただけ良いじゃん」と、背中をポンポンと叩いて慰めておいた。



 要塞で生活しているのは、元々ここを護っていた鳥系の獣人族とその家族。ただし当初より大幅に数を減らして四~五十人ほどと、近隣の森や山で暮らしていた一角族らが三~四十人ほどで合わせても七十を少し超えるほどしかいなかった。

 食料を得るために森に出た際、魔物にやられたり、ここよりも安全な場所への移住を目指して旅立ったりと、まぁ色々だそうだ。

 現在こちらに残っているのは足腰の弱い老人や子供が居た家庭らしい。

 村の代表は「エサイアス殿下には申し訳ないのですが……」と前置いてから、可能ならここから出て安全な場所に移住したいと言った。

「いや構わない。ユリルッシはもう滅んだんだ」

 落ち着いた声色でそう告げるアストは、どこか我慢しているように見えた。



 私が話を聞いたのはそこまでで、私と純奈はその場を後にし怪我人や病人を癒すために広場の方へ向かった。


 先ほど別れ際にルードヴィーグにお願いしたとおり、広場には怪我人や病人が集められていた。当たり前だがここにやってきた人は自力で歩けるだけマシな人たちだから、私はここを純奈に任せて、ルードヴィーグの案内で重い患者のいる小屋を一軒一軒回った。


 起き上がれない人は総じて栄養が足りていない人が多かった。

 体はガリガリで、彼らの多くは目が落ちくぼみすっかり光を失っている。もちろん見えないではなく希望の光と言う意味だ……

「酷いわね、ちゃんと食事を摂ってる?」


 そう尋ねたが、返ってきた答えは良いものではなかった。

 砦の中に畑を作ったが、土が悪くてうまく育たず痩せ細った物しか収穫できなかったという。逃げ込んだ時に持ち込んだ家畜などは、餌となる草が少ないので痩せ細る前に早々に食べてしまったそうだ。

 唯一の食糧源は森の恵みになるのだが、定期的に魔物が徘徊していたので、狩りや採集は命懸け、長い年月で次第に若者の人数が減り始めると常に食べ物に困るようになったという。

 彼らは口々に早々に見切りを付けて出て行った者を羨んでいた。中には恨みに近い感情も聞こえてきた。

 だけど私は思う。狩りに行ってさえ失うほどの命だ。ここを出た人は果たして何人が生き残ったのだろうか?



 治療魔法を使って歩ける程度に回復させることは可能だった。

 しかしそれは一時的な、今この瞬間の話でしかない。私が居なくなった後、いや下手をすれば数時間後には再び歩けなくなるかもしれない。

 それほど彼らの栄養は足りていなかった。


 私は広場に戻ると、

「純奈、あなたの持っている食糧を分けて貰えないかな?」

 前に聞いた時に保存食主体ではなかったと思い、あまり使い道のないサクレリウス王国の食糧を提供するようにお願いしたのだ。


 事情を話して確認すれば、

「全員で分けると三週間分くらいしかないですよ?」

 むしろ七十人を三週間持たせられる量に驚くが……


「二日分だけあればいいわ。最悪【転移】で送るつもりだし」

「お姉さまって理不尽なほど便利ですね……」

 そう言って羨ましそうな表情を見せる純奈だった。


 治療を終えてから、純奈が虚空からごろごろごろと、人参ジャガイモ玉ねぎなどを出し始めると、村人らは目を見開いて驚いていた。

 そして最後に麦がドドンッと出てくると、村人から盛大な拍手が上がった。

 これは食事に喜んでいるのか、それとも芸人だと思われているのか……

 きっと前者だと思いたいわね。







 それから二日ほど、私はダマート帝国と砦を往復していた。

 そしてついにダマート帝国の駅と、この砦を繋ぐ一方通行の【転移】魔法陣を設置したのだ。なおこんな場所に魔法陣の放置はできないので、全員送ったら破壊する予定よ。


「終わったか。

 済まなかったな」

 久しぶりに砦に姿を現した私に労いの声をかけてくるアスト。


「いや大したことじゃないからね」

 彼らにはダマート帝国の駅を経由して、海エルフの村へ行ってもらう予定だ。突然の七十人単位の移住先は簡単ではない。しかしどうせ開いているのだからと私の居た『獣の村』に住んで貰おうと考えたわけだ。

 ダマート宰相には許可を貰い、さらに森と海エルフにも確認した。

 『獣の村』により近い森エルフ側には直通の魔法陣が無いので少々苦労しただけ。



 これで移住のめどが立ったわけだが……

「それで何人が移住するって?」

「半数という所だな、ここに残りたいと言ったのが十五人、別のところに住む知り合い頼ると言ったのが残りだ」

「はぁ? ここに残るって言う人は一体どういうつもりなのよ!?」

 少々苛立ちと言うか、怒りを覚えて荒い口調で尋ねてしまう。


「主にこの砦の兵士らだ。

 自分たちが逃げればユリルッシ最後の砦が落ちると言われた」

「馬鹿ね」

「ああその通りだ。だが彼らは兵士だから命令で無理やり従わせることはできる……

 しかし俺ももう王子じゃないつもりでね。できればそう言う事はやりたくない」


「どれだけ持つと思う?」

「今までより数が減れば危険度も上がるし、精神的にも辛くなるはずだ。良くて二、いや三月と言う所だろうな」

 ここから魔王の島までは、船さえあれば一ヶ月でおつりがくる。なら何とかなるか。


「船……あるかしら?」

「あるはずだ」

 彼は奥歯を噛みしめてそう答えた。

 最悪は……、【収納ボックス】にどうやって船入れようかしら……




 そんな暗いニュースとは別に、明るいニュースもあった。

 それは、

「ガルルゥ、こっち来んなよ!」

 唸り声をあげて相手を威嚇しているのは私の愚弟イル。その威嚇している相手は、森で出会った獣人族の少女オイヴィだった。


 オイヴィは左右の耳の上辺りにピンと癖っ毛のある眼の大きな可愛い少女だ。鳥と言う割に体が羽毛っぽく覆われている以外には、手足も人のそれだし、嘴どころか翼もない。

 一体どのあたりで鳥なんだろうね?


 さて聖姫わたし聖女すみなのパーティーメンバーと言うことで、この砦の兵士らから一目置かれていたイル。しかし年の若いオイヴィはどうやらそれが気に入らなかったようで、イルに決闘を申し込んだそうだ。

 最初は断ったそうだが、そこはガキで未熟なイルだから、まんまとオイヴィの挑発に乗って挑戦を受けてしまった。

 ちなみに勝負はイルの圧勝。

 イルだって伊達にここまで旅を続けていたわけでもないし、剣聖のアストから個人的に訓練を受けていたわけではない、その努力あってのレアな称号持ちでもある。

 さらに、今や聖姫わたし聖女すみなのパーティーメンバーになっているってだけでもうね?

 アビリティのバフ効果が乗りまくりで能力値が圧倒的過ぎたわよねー



 さて負けたオイヴィだが……

 獣人族には力こそ正義みたいな風潮がある様で、どうやら彼女はイルに一目惚れ? したそうだ。

 いやいや一目じゃないし~と、異を唱える私に「異性として認識してから一目だからこれも立派な一目惚れですよ」と、ヴァル姉が言ったのでそうなのです。

 我が家では、ヴァル姉が正義なのです!



「あたいきっと役に立つから!!」

 そう言って、主を射んと欲すれば~とばかりに、私やヴァル姉に矛先を変えてきたオイヴィ。

 えっ、これもしかして連れてく流れなの?

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