92:聖姫は駐屯地に入る

 私と純奈は念のために、いつもの仮面をつけ顔を隠して前線の駐屯地に入った。さらに念には念を入れて、護衛のダマート帝国の女騎士数人にも、同じ仮面をつけて貰っている。おまけに仮面女子は全員同じローブを着用して、フードまで被っていると言う徹底ぶりだ。

 私の身の安全も然り、彼女の存在がバレると厄介だから当然よね。


 勢ぞろいした仮面女子の数は─私とメニを含めて─二十人。

 ダマート帝国に寄った時に今回限りで護衛の数を大増員して貰ったのだ。本物隠しの為に仮面女子には一人につき五人の護衛兵がついている。

 ずらずらっと並んで横一列に歩いてきたらイルとアストから爆笑されたわ。

 知ってる人からは笑いを誘ったが、めっちゃ怪しい仮面の集団なので普通なら絶対に近づかない……、と思うけどなぁ?



 私たち用にあてがわれたテントに入り、私は早速出掛ける準備を始めた。

 〝偽聖女〟の影響で兵が総崩れしたから、約二日分ほど前線は後退したそうだ。ただし後退していようがやっぱりここは最前線。

 怪我人は今までの比じゃないほど沢山いることだろう。

 折角来たのだし、助けられる人は助けておきたいよねー



 私が出ていくにあたり不安なのは純奈の方だ。なんせ護衛はこっちが多く引き連れていくのだからさ。

「メニは不便だろうけど外に出ないようにね」

「もちろん分かってるわ」

 言いつけるまでも無く、彼女は自分の立場を理解しているのできっとダマート帝国の駐屯地ここから出ないはず。しかし相手から来る場合もあるから注意だ。

 その場合は聖姫わたしのフリをして貰う事になっている─と言うか仮面女子は全員が聖姫わたしのフリをする手筈になっている─。


「ここには人の目があるから、侵入者が来るとしたら魔法を使ってくるよね。

 悪いけどヴァル姉はここで待機して貰って良いかな?」

「はい分かりました」

 ヴァル姉と仮面女子集団を四組、それからここで仕事があると言うシベリウス他三名の騎士がここに残留。

 残りは私についてきて貰う予定だ。


 さて護衛の割り振りをしている間に、私がここに入ったと言う情報を掴んだらしいお偉いさんから、『連合国作戦本部へ来て頂きたい』と言う偉そうな伝令が入った。

「カメ様。どうされますか?」

 人の目があるので聖姫改めカメですが~

 自分も今ではすっかり仮面だと言うのに、仮面女子がそう問い掛けてきた。


 考えるまでも無い。

「そんなの無視して構わないでしょ」

 マジで危うい怪我人だっているかもしれないのだ、「どー考えても偉い人よりも怪我人が先だよ」って続けるのはだけは、グッと我慢したさ。


 ちなみに出掛けに、

「メニ~、ダマート帝国だけはやっといてねー」

 働かざる者喰うべからずだよ!


 こうして私は色々な国の駐屯地を回り始めた。







 連合軍とは言え、各国の駐屯地は結構離れている─怪我人は前線から少し離れた駐屯地に居るのだ─。

 あまりに近すぎれば他国の兵といざこざが起きるらしいから、そう言うもんなんだってさ。

「遠いねー」

「まぁ普通は馬で回る距離だな」

 馬だと走っている所を単騎狙われるかもなので、足の遅い馬車なんですってよ。さらにバラバラに仮面女子が乗ったので台数が多いのですよ。



 駐屯地に着くと、顔パスでも仮面パスでもなくて、ちゃんと護衛のダマート帝国の騎士が交渉してから入って行く。

 馬車はバラバラに乗ったけれど、中に入ると仮面女子は集まって行動した。じゃないと回復をした私が本物だとすぐに知れてしまうのだ。

 隊列は本物の私を中央に配置したりはせず、しかしアストやイルが直ぐに来られる様な場所を歩いた。

 連合国軍の中だと言うのに過剰かとは思ったが、

「サクレリウス王国と仲の良い連中もいるからな、何かあってからでは遅い」

 と、アストが聞かなかったのだ。

「こんなところでやって来ると思う?」

 色々な国の目があるこんな目立つ場所ではやらないだろうと言う常識的な発言。


「逆に聞くが、お前はサクレリウス王国の兵も治すつもりがあるか?」

 怪我人が居るのなら治したいと思う。

 でもあの国には、いい印象がこれっぽっちも無い。


「同じ命だからね、重傷者は治すよ。でも軽傷はやめとくわ」

 自分でそう言いながら納得した。なるほど私は奴らが何かしてくるかもと、心の中では思っていたんだな~と。

 数の多い軽傷者を治さないと言う事は、つまり私は、なるべく滞在時間を削りたいと思っているらしい。


「じゃあさっきの質問の答えは簡単だ。

 お前が他国と違う態度をとるのだから、奴らはきっと何かしてくるはずだ」

 私の心情とは別にそう言うとらえ方にもなるんだな~と気づかされた。

 先に手を出したのはあちらでも、こちらが同じく返せば、それは連鎖になるのだ。


「ねぇアスト。私は治した方がいいのかな?

 心が狭いって飽きれてるよね」

「いや俺はそう思わん。

 仮にも奴らは聖姫を殺そうとしたんだ。そして聖女も失った。前線の兵士には何の落ち度もないが、自分たちの国がしでかした事の重大さをちゃんと知る必要がある」

「でもここにいる兵士はそんなことを知らないわよね?」

 聖姫を殺そうとした、そして聖女が見殺しにされたと言う事実を彼らは知らない。その罪を彼らが背負う必要があるのだろうか。

「ああ。だが、奴らは命令されればお前を殺すぞ」

 これ以上は水掛け論だろう。

 そもそも、あの国の話で私とアストがこれ以上言い合って仲違いする必要はない。


「じゃあ止めとくわ」

「ああそれでいい。俺がやめろと言ったんだからな」

 俺様風で自分勝手な言い様に聞こえるが、きっと彼の事だ。俺の所為にしていいぞと言う意味だろう。

 私はいつものようにお礼を言おうと口を開きかけたが、その言葉を飲み込んだ。

 お礼はやめ!

 代わりに彼の手をギュッと握り「へへへ」と笑っておく。チロっと視線が来るが、アストはすぐに前を向いて歩き始めた。


 突然、腕をグイと引っ張られてたたらを踏む。

「ちょ、引っ張るなー」

「何してるんだ、ちゃんとついてこいよ」

 そして彼は私と同じように笑った。







 本日の慰安訪問を終えてダマート帝国の駐屯地に戻ってくると、ヴァル姉と純奈が二人で向かい合って何やらやっていた。

 二人の間には、青白く光り半透明でふわふわ~と漂う……

「ヒィ! 幽霊!?」

「違いますよ」

 やんわりと否定された後、ヴァル姉は漂うモノが精霊だと教えてくれた。


「そう言えばヴァル姉は【精霊魔法】が使えたんだっけー」

「ええエルフ族であれば大抵の人が使えますね」

 エルフ族は、精霊を呼び出して魔法を使って貰ったり、代わりに仕事をやって貰うそうだ。

 まぁどこぞのエルフさんはそれに頼らずに一人で高レベル破壊魔法を使うけどねー


「それでこの子は、何の精霊ですかね?」

「これは【光の精霊】ですね。なんとメニさんが召喚したんですよ」

 メニは自慢げに私に向かって胸を張った。


 むにぃ。

 うん大きい。


「きゃっ!」

 胸を抱えて体を背ける純奈。

「みんな見てるのにっ、なにするのよ!!」

 見てなければ良いのかと言うツッコミは野暮だろう─きっと『だったら良いわ』とか言いそうだし─。

「いやぁ大きいなぁと思って」

 純奈は「ふぅ」とため息を一息。「お姉さまだって悪くない大きさでしょ……」と不満げに呟く。

「いやいやカップで二つも違えば、ねぇ……」

 私は〝標準〟で純奈は〝大きい〟ですよ。

「へぇぇ~、その大きさでまだ不満があると?」

 スレンダーなことが特徴であるエルフ族のヴァル姉から低ぅ~ぃ声が響いたのでこの話は終了です!



「で、【精霊魔法】なんて覚えて何するのよ」

 むしろ純奈に覚えられる素質があった事に驚く─私は無理だったしね─。

「あたしが持っている『具現化』のアビリティに使えないかな~と、ちょっと実験してるのよ」

 つまりどういう事? と、詳しく解説を聞いてみた。

 『具現化』で作成した人形に精霊を宿らせると、効果時間が延びておまけに動き出すそうだ。実際にやって貰うと、なるほど小型のロボットみたいだな~と思う。


 まずここから出られずに暇だしと言うのが大前提だろうけど─私が戻るまではダマート帝国の慰安にいかないからね─。


「動きがめっちゃ遅いんだけど……、意味あるの?」

 のそぉ~と動く精霊人形それ。その動きの緩慢な事と言ったらないわ。

 こいつが剣を振り始めてから、紅茶を一口飲んでからゆっくり立ち上がっても避けれそうだよ。


「もう少し馴染めばきっと大丈夫だと思うんですけどね」

「訓練あるのみでしょ!」

 どうやら二人とも相当暇みたいだわ。


 まぁ本人にやる気があるのなら、まあ頑張ってと言うしかないよね。

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