85:かめ様とメニ様

 今回ヴェイスタヤに準備して貰う軍船は二隻にして貰った。

 下手に数が多くてもクラーケンクラスの魔物が来ると、被害が増えることが分かったから。なお一隻じゃないのは、最悪沈んだ時に乗り換えるためらしいよ?

 ちなみに各船には、フレイヴィックの青騎士団とシートロールが分かれて乗船してくれているから、よほどのことが無い限り対岸へたどり着けるだろう。




 船は三日かけて対岸へとたどり着く予定になっていた。

 その間の海上での護衛は、フレイヴィックの青騎士団とシートロールにすべてお任せ。何かあったら支援するからねーってだけの、とても暇な船旅でした。


 さて、目的地となる対岸だが魔物に侵略された地域だということで、さっそくダマート騎士の隊長シベリウスと副隊長のシルヴィアがこれからの事を相談しにやってきた。


「魔物は夜の方が活発になりますので、我らも夜に進み、昼は休憩にあてたいと思いますがよろしいでしょうか?」

 夜が危険ならば動く方が逆に危ないのではと、私はそう思ったのだが……

「ああ、眠っている時に襲われて、何度も起こされるよりはその方がいいだろうな」

 そう言ってアストがOKを出したので、なるほどそう言うものかーと納得した。


「あと食糧ですが、聖姫様とメニ様がいらっしゃるのでそれほど準備しておりませんが、保存の効く物を三日分ほどは小分けにして兵に持たせるようにします。

 聖姫様のメンバーの方も同様にお願いいたします。

 それと小動物を狩っても魔物の勢力圏では安全に血抜きできませんので、現地での調達はお控えください」

 前者の話は、基本的に【転移】魔法で補給か【収納ボックス】を期待した話で、もしも私たちとはぐれた場合の対処についてだろう。

 そして後者は、血の匂いに誘われて魔獣がやってくるらしいので、気安く狩るんじゃねぇぞって意味だ。


「はい、わかりました」

 と、狩りの名手ヴァル姉が残念そうに弓を仕舞いながら返事していましたよ。



 ちなみに、

「サクレリウスの食糧はあたしが管理してたんだけど、よかったら出すわよ?」

 なるほど、聖女様ご一行は荷物削減の為に、純奈が【収納ボックス】を使って管理していたそうだ。

 その量はかなりの物らしく……

「いざと言うときにお願いするわ」

「えぇわかったわ」




 三日後。

 対岸の港町は魔物に占領され随分経つため、ゴブリンやコボルトなどが大量に生息している可能性があった。

 そのため軍船を付けたのは港町などではなく、普通の海岸だった。

 沖に停泊した軍船からは小舟を出して上陸するのだ。


 最初に泳ぐ青騎士団に守られつつ、私とアストにダマート騎士数名が上陸した。皆で周辺の雑魚の魔物を軽く殲滅してから、残ったダマート騎士と馬車が小舟で上陸し、最後はヴァル姉とイル、そして純奈とシートロールがやってきた。

 こちらではなく、船側が襲われる可能性もあるかもと考えて、こういう順番にきまったのですよ?



 全員の上陸が終わった所で、ここまで護衛してくれた青騎士団とシートロールにお礼を言って別れる。なお私が会話できるのだから、同じ転生者である純奈も当然ながらシートロールとは会話できたようだ。

 ちなみに「見た目に反して紳士的な種族なのね」とは純奈の感想だ。

 うん、私もそう思うけどさー

 私に比べて純奈は、なぜかシートロールから大層人気があった。

 その人気が若さゆえとは、思いたくないわね……







 打ち合わせ通りに夜に進む私たち、侵略されて誰も整備することの無くなった街道は敷かれた石などが砕け野草に覆われていて地味に馬車を揺らしてくれた。

 さて問題の魔物だが、街道で商人とすれ違うほどの頻度でゴブリンらの集団と出会っている。

 つまりもの凄く多いってことだ。


 なお発見はあちらの方が断然早い。

 なぜなら馬車の周囲は、私たち聖姫&聖女が使った【光源ライト】によってまるで昼間のように煌々と照らされているからだ。

 なんとびっくり、純奈の聖女Buff効果によって私の魔法威力も若干ながら上がっているのだよ!


 辺りは煌々と照らされて昼のように明るいため、馬はいつも通りに歩いてくれる。

 しかし魔物はその明りに惹きつけられる羽虫のように引っ切り無しにやってくるので、始末が悪かった。

「光を消す方が危ないですからね、ここは我慢すべきでしょう」

 雑魚との戦闘の大半を受け持つダマート騎士がそういうのだから仕方がないだろう。


 報告を受けてから少し後、私の隣に座る純奈が声を掛けてきた。

「ねぇお姉さま、このパーティーっていつもこんな感じなの?」

「ん? いつも通りだと思うけど……何か変?」

 質問の意味が理解できずに、しかし彼らは別に普段と変わりないのでそのように答えれば、純奈は何やら首を傾げて考え込んでいた。

 ちなみに、仮面を作ってはみたが魔物の侵略地帯に入っているので、そもそも人と出会うこともなく実は必要なしだと気づいた純奈は速攻仮面を外していた。

 う~ん残念だわ……


 なお、私とお揃いを主張した茶髪に関しては、船旅の最中に同じデザインの髪飾りを作ってプレゼントしてますよ?



 次の食事時のこと。

 えーと、夜通し歩いた後の朝日が昇る前のご飯だけど、これでもきっと朝ごはんだよね?


 いつも通り大鍋で集団調理された食事を受け取って食べるのだが……

「はい、かめ様どうぞー

 純奈様、お口に合えば良いですがどうぞです」

 皇帝や宰相がどれだけ一線を引いて接しようが、現場の末端騎士までその思いは伝わらず、高ランクの【光魔法】や【神聖魔法】を操る純奈の正体は名乗るまでもなくダダ漏れだ。


 相手が聖女様とくればそりゃ騎士たちの態度も改まる。しかし当の純奈はと言うと、

「あ、あの。あたしに様付けはいらないから!」

 変われば変わる物で、彼女は突然そんなことを言いだした。

 しかし突然そんなことを言われた給仕係の騎士は、判断に悩み、差し出した器を持って固まっている。


「はいはい、とりあえず受け取ってあとで話そうねー」

 助け舟と言うことで私は純奈の背を押して、自分たちの馬車の方へ戻っていく。

 後ろでホッと安堵の息を吐く給仕係の騎士だった。



 少し離れた場所に座って、食事を始めると、

「あのね、お姉さまの集団はあたしの、いえ、サクレリウスとは雰囲気が違うのよ。あっちはみんなピリピリしててさ、全員があたしに気を使ってるのが分かるのよ。

 それにこんなに気さくでもなくて、仲も良くなかったと思うわ」

 一息にそう言い終えると純奈は「うわべだけの集団よ」と、吐き捨てた。


「あーなんか想像できるわ~」

 あの選民意識バリバリな王子様が居るんだもん、そりゃ息も詰まることだろう。


「でもこんな気さくな集団なのにさ、お姉さまと違って、彼らはあたしにはすごく気を使ってる感じがしたの。

 だから様付けをやめて貰えばあたしもちょっとは輪に入れるかな~ってね」

 そう言って苦笑する純奈。


「純奈、貴女は勘違いしているわよ。

 私もかめ様って、ちゃんと様付けされてるわ」

 自分だってしっかりと敬って貰っているからと、ドヤ顔の私だった。


「ち、ちぃちゃん!? そういう意味じゃないと思うのだけど」

「えっ? じゃぁ純奈もメニ様って呼んでもらう?」

 だったらあだ名がいいのかと、そう提案したのだが……


「えと、お姉さまが天然なのはもう諦めます」

 天然って……、違うよね? と同意を求めてヴァル姉をチラリと見るが、露骨に視線を逸らされた。

「え? マジ?」

「そんなことよりも、前からお聞きしたかったのですけど、なんでカメなんですか?」

 もう少し反論したかったのだが、そんなこと呼ばわりされて話を流されてしまう。


 私は不満げにうーと唸りながら、質問の答えを返した。

「そう言われても、獣の仮面ねーちゃんから、突然かめちゃん・・・・・だったわよ」

「はぃ?」

 理解して貰えませんでした。



 後日、私の計らいにより「メニ様~」と騎士が呼ぶようになったのは余談だ。

「違うっそうじゃないのよ!」と、純奈が叫ぶ声が幾度も聞こえたのだが……

 どこが違ったのか、う~ん。

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