84:かめとメニは同衾す

 二度目のヴェイスタヤ出立前、補給と顔見世を兼ねて私と純奈はダマート帝国に戻っていた。純奈がただのメニちゃんだったならこんな手間は必要ないのだけど……

 同行者はヴァル姉と純奈以外には、隊長のシベリウスに、副隊長のシルヴィア以下女性騎士が数名だ。

 なおシベリウスは私と同じ用事だが、ヴァル姉とシルヴィア側は補給の手配だそうで、『大雑把な男性には任せられません!』とのことでした。


 ちなみにいたずら心満載の私としましては、純奈と同じく仮面を着用してから、【転移】の魔法陣を発動させている。


 魔法陣の出口は、私が借りていた城の庭にある元愛人宅だ。

 小さな屋敷を出て庭を横断、最寄りのドアから宮殿に入ったのだが、怪しい仮面二人組が混じっていてるのにお城の人はノーリアクションで、丁重に宰相の居る執務室に案内された。

 なんともガッカリな結果だったわ……



 執務室では宰相がたくさんの書類に囲まれて忙しそうにペンを動かしていた。

 チラッと視線を向ける宰相だが、やっぱり仮面二人組にはノーリアクション。


「後ほど皇帝陛下が参りますので、しばしお待ちください」

 案内してくれた使用人にそう言われて、私たちはソファーに腰を下ろしてしばし待つことに。なお座っているのは私とメニだけで、シベリウスはソファの後ろで直立ですよ?


 テーブルの上にお茶とお菓子の準備が終わる頃、ドアを開けて皇帝陛下が唯一人だけ入ってくる。

 彼は宰相と並んで向かい側のソファに座って、

「まず先に聖姫様に申し上げておきたいことがある。

 場所がここで、儂が一人で来たことことから察して頂けたと思うが、そちらの仮面の女性の素性は公に聞くことはできん。

 申し訳ないが、聖姫様の新しい旅の仲間としてお話をお聞きいたしますぞ」

 そう言うと、ダマート皇帝と宰相は二人揃って深々と頭を下げて謝罪したのだった。


 皇帝の言い回しが難しくて、首を傾げる純奈。

「えーと、メニが顔を隠している理由と同じで、ダマート帝国ではメニの素性は知らなかったと言いたいんだよ」

「あーなるほど、サクレリウス対策ですね!」

「うん正解」


「あたしはもう死んだ人間ですし、それで構いませんよ」

 その表情は悲痛に変わることなく、なんともあっけらかんと言う純奈だった。

 このたくましさは若さかしら?



 純奈がさらっと謝罪を受け入れた後は、彼女の護衛の話となった。

「護衛の騎士には、なんと伝えればよいですか?」

 質問者は当然、そのためにやってきたと言ってもよい護衛隊長のシベリウスだ。


 純奈が聖女だと、護衛の騎士が知る必要があるか?

 または純奈用に護衛の騎士を増やすのかと、その辺りの話だ。


「儂らが知らない事なので、護衛の騎士も公にはその事実は知らないこととする。

 従って本来であれば、メニ殿にはしかるべき数の護衛を付けるべきなのだが、知らないから付ける理由が無い。

 申し訳ないが、聖姫様の護衛を増やす形でしか、対処できないと思って貰いたい」

 実際に増やすかはこちらからの要望次第と言うことだが、増やす準備はしておくよと言う意味らしい。


……。


…………。


 他にも細かいことを誰となく話し互いに聞きたいことを聞き終えると、最後に、

「こちらの身分証を預けておく」

 宰相より、『人族:ダマート帝国の帝都出身』という扱いの身分証が差し出された。

 使うかどうかは純奈に任せるということだが、

「ありがたく、使わせて貰います」

 彼女は迷うことなく、身分証を受け取った。



 純奈とシベリウスを先に退席させて私は、

「一つお願いがあるわ」と、ダマート皇帝に話を切り出した。

「拝聴しよう」

 彼は興味深げな表情でそう言った。過去に宰相を通じてお願いしたことはあったが、皇帝陛下に対して直接に頼んだことは無いので興味を引いたのだろう。

「もしもすべての魔物の浄化が終わったとき、私が居なければちょっと未来の彼に伝言・・・・・・・を頼みたいのよ」

 そう前置いて私は彼に頼みごとを告げた。

「もしも~と言うことで承ったが、出来ればご自分でやって頂くことを望むよ」

 きっとその方が小気味よいだろうからねと、続けてニヤリと悪い笑顔を見せる皇帝。


 浄化が終わっても消えるなよと言う事よね。

 もちろん私も自分でやりたいから、

「当然そのつもり。だからもしもの時お願いよ」と笑顔で返したわ。







 ヴェイスタヤの少々お高い宿の料亭の個室にて、

「今日はメニちゃんの歓迎会ですが、みなさん適度な飲食を心掛けて楽しみましょうね?」

 いつも馬鹿みたいに飲み食いされるので、最初に注意してみた。

 なお今までの飲み食いの最高額は、なんと国家対策クラスの─割引良心価格─魔獣報酬一匹分だ。

 高級な店だったことで出てきた料理の単価も高かったけど、お前らマジ喰いすぎよ!



 まずは勝手に喰いまくられる対策として、最初に頼んでおいたコース料理を食べさせながら、メンバーの自己紹介と純奈の自己紹介を行う流れだ。これで随分値段は安くなると思っている。


 さて簡単に私のパーティーメンバー構成を聞いた純奈は、

剣聖ソードマスターにエレメンタルマスターって、まるで物語の主人公パーティーみたいだわ!」

 と、目をキラキラさせていた。


「あれ、そっちには勇者と賢者が居たって聞いたけど?」

 確か噂でそう聞いたはずなのだがと、問い掛けると、

「二等武官が勇者で二等文官が賢者らしいですよ」

 純奈は、ものすごく遠くを見つめてそう言った。


「……マジ?」

「マジです」

 そう答える彼女の目は一切の笑みが無くマジだった。


「……」

「それは……、えーと、苦労したのですね」

 絶句する私と違って、ヴァル姉は何とかフォローしてました。



 続いて役割分担。

 今は某有名RPGに例えれば、戦士・武闘家・魔法使い・僧侶・僧侶と言ういびつパーティーで、特に同職業の私と純奈は役割分担を決めておく必要があったのだ。

 聞けば【光魔法】と【神聖魔法】のランクは1だそうなので、重複効果が無い支援魔法はより効果が高い私が行うことになった。

 回復はどうせ全回復の【完全治癒パーフェクトキュア】になるので、どっちが使っても効果は同じ、こちらは純奈にお任せ、私はフォローに回ることに決めた。


 他には、

「あたしは【付与魔法】が得意ですね」

 なんとうちのメンバーのだれも使えなかった、【伝達トランスファー】が使えるという。他にも武器に属性を付与したり、岩を操ってゴーレムを作ったりもできるらしい。

「へぇ凄いわね!」

 しかし純奈は属性魔法は苦手だそうで、習得できなかった闇と暗黒以外はすべてランクAで止まったと言う。

 そしてアビリティだが、

「未収得が一つと、『堕天使の寵愛ちょうあい』と『具現化』っていうアビリティがありますよ」

「さすがは異世界からくる伝説の称号持ちですね、二人ともやっぱり規格外なのね」

 以前にサロモンにも聞いたが、アビリティ持ちとはそれほどに少ないのだっけ?


 さて純奈にアビリティの効果を聞いてみると、

────────────────────

 『堕天使の寵愛』(パッシブ)

  状態異常に耐性(中)

  精神攻撃に耐性(中)

────────────────────

 『具現化』(アクティブ)

  MPを消費して創造する

  効果時間:MP消費量に準ずる

────────────────────


 まず『堕天使の寵愛』だが、

「私が持ってる『天使の慈愛』に比べると、精神系統に強いみたいね」

 耐性の『(中)』と『(小)』の差が分からないので何とも言い難いのだが、慈愛と寵愛だとあっちの方が凄そうだ。


 しかし純奈は、

「堕天使よりは天使の方が良かったです」とちょっと悲しそう。

 それはもう印象だけの話ですよねー


 続いて『具現化』だが、試しにと、純奈はサラダをつついていたフォークと同じ物を創って見せてくれた。

 色以外はほぼ完璧に形が再現される模様。

「うわぁこれ面白い~!」


 もし私が持っていたなら、めっちゃ遊んだと思ったが、

「MP消費が激しくて、あたしにはあまり使い道がないみたい」

 具現化したモノを維持している最中もMPが減っていくそうなので、持っている本人は役に立ったことが無いと、苦笑していた。


 さて、ざっと自己紹介も終わり、そして最初に出されていたメニューも食べ終わり─日本の大衆飲み屋と違って少量だった─、あとは自由に~という形に流れていく。


「ちぃ姉ちぃ姉、もぅ好きに頼んで良いんだよなっ? 肉いいか!?」

「待てっ犬コロ、適度にだぞ。力いっぱいは最初にダメだと言ったよね!?」

「おいおい、こういう時にケチケチする方が良くないだろう」

「よーし言ったなー! じゃあ今日の支払いはアスト持ちってことで良いわね?」

「お前なぁこんなときこそ共同の財布から出さずに、いつ出すんだよ」

 なに言ってんだよ、そりゃ旅の準備するときに決まってんでしょ!?


「まぁまぁちぃちゃん。足りない分はわたしが払いますから、ね?」

 と、最初からグダグダだった。

 ちなみにヴァル姉の言葉だが……、共同のお財布には国家対策クラスの魔獣討伐代金─ただし割引した良心価格─の大半が入っているのでお高い宿で飲み食いしようが支払が足りない訳がない。

 つまり、彼女の言葉は足らないことが無いのを前提にした『わたしは払うつもりが無いわよ』と暗黙の意思表示だったりするので要注意だ。



 なおこの三人で一番喰うのはイルだ。奴は狼だけに肉が大好き。安肉でも美味しく食べる癖に、なぜか高いのを食べたがるガキだ!

 逆にあまり食べないのはヴァル姉なのだが、その分彼女は一番飲む。

 通なのか酒の味にはやたらとうるさくて、酒がそれしかない状態でない限り安酒は一切飲まない。

 飲みと喰いのバランスが良いのはアスト。いやバランスと言うと聞こえが良すぎるかしら?

 こいつはイルの八割食べ、ヴァル姉の八割飲むので、総額ではぶっちぎりの一位だ。


 そして今回初参加の純奈は……

「メニはそんなに食べないのね」

「こっちに来たときは高校生だったから、飲み屋さんはあまり慣れていなくて……」

「じゃあお酒も飲めなかったりする?」

「ええ、苦いだけで美味しいとは思わないわ」


「へぇじゃあ口当たりのいいお酒教えてあげるよ」

 そう言って私は、果実酒やらジュースで割った飲みやすいお酒なんかを純奈に薦めていった。

 ここに来て早六年目。

 高校生だった彼女も〝17(23)歳〟だからOKよね?


 次々とテーブルに並ぶ色とりどりの綺麗な色したお酒たち。

「えっこんなに?」

 その量に驚く純奈だが、

「だいじょぶだいじょぶ、残ったのはヴァル姉が飲むからー」


 数々の並んだグラスから色が綺麗だとか、グラスが可愛いと言った理由で適当に手にして飲み始める私と純奈。

「これ美味しい」とか「なんだか甘いわー」とワイワイしながら飲んでいく。

 一杯は小さなコップやお洒落な三角グラスなのでそれほどの量はなく、聖姫が泊まるにふさわしいと言う高級宿だけあってツマミも美味しくまた酒が進む。


 と、……記憶があったのはそこまで。


 翌朝、ベッドで目が覚めると、私の腕の中には半裸の純奈が……、なんと彼女の首にはキスマークまであった─【神聖魔法】で証拠隠滅しました─

 果たしてこれはお持ち帰りなのか……?

 う~ん……


 でも半裸だしなぁギリセーフでしょ~と言い訳するのは、二日酔いでもないのに真っ青だからに違いない。






 あたしは酔いつぶれたお姉さまを連れて部屋に戻った。

 初めて飲んだあたしよりも弱いお姉さまって一体、これは体質の差かしら?


「はい着きましたよー」

 そう言ってベッドにお姉さまを横たえると、腕をグィと引かれてそのまま抱きしめられた。

 酔っぱらったお姉さまはそのまま、あたしにのしかかりぎゅうと抱きしめてくる。

 そして耳元で、「私が男だったらなー」と、しきりに呟いていた。


 男だったら、送り狼になってくれるのかしら?

 その想像をして、まったく期待しなかったと言えば嘘になる。


「男だったらあたしを襲ってくれますか?」

 なんとなく意地悪な質問をしてみると、

「うぅ~ん男だったらここに証が残せたんじゃないか……にゃぁ」

「証とは?」

「うふふふ~ぅ、こーいうことよ」

 怪しげに笑うお姉さまはあたしの服に手をかけると、少し肌蹴た首スジに唇を落としてチュゥっと吸い……

 そのままこてんと力なく転がった。


 あぁ、実に惜しい。

 既成事実を作る前に眠っちゃったわ。

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