83:純奈⑤

 あたしが乗った小舟は、まだ被害を受けていない最後の一隻へと向かって漕ぎ進んでいた。

 しかし前方でザバッと海面が立ち上がり進路が塞がれる。

 いや、これはタコの足だ。



「【白光バニッシュ】」

 足は白い光に幾度も焼かれると、再び海中に戻っていった。

 片手間に遊んでいるのか?

 出ては引っ込む、何度かそんなことがあればそう思うのも仕方がない。


 しかしそれは大きな間違いで、いつの間にか小舟は目標の軍船から大きく離されて孤立。一斉に現れた五本以上の足に巻き付かれ、そのまま海に引きずり込まれて沈んだ。


 ゴボゴボと冷たい海中を上下も分からずに彷徨っていると、胴にぐるりとタコ足が巻き付いてくる。これは絞め付けて殺そうと言う巻き付き方ではなく、海中へ引きずり込もうとする動きだ。

 足を焼いて逃げ延びようと考えるが、水中にいるため口が開けず、呪文の詠唱ができない。

 息が苦しくなってきた、不味い。


 水中でちらりと見えた奴の口には鋭い牙が無数もあり、噛み千切られる痛みに恐怖したが、タコはそれであたしを噛み千切ることはなく幸いにも丸呑みしてくれた。

 一緒に呑まれた冷たい海水と共にタコの体内を進み、ある程度の場所で停止する。真っ暗闇で冷たく狭い場所、体はぎゅうぎゅうと締め付けられて自由が効かない。生臭い香りがするが多少は空気がある様でホッとする。息が限界だったのだ。

 息を一息だけ我慢して吸う。

 そして何とか体を動かそうともぞもぞと動いていると、体中に痺れるような感覚があることに気付いた。ピリピリとした痺れは次第に激痛に変わっていく。

 もしかして消化されそうになってる!?


 生きたまま喰われる恐怖に震えが止まらない……

 激痛に耐えがたく、そして死にたくない一心で、回復魔法を使うために口を開くと、ゴバァっと、生臭い液体が口に入ってきてあたしの喉を焼いた。

「グッァゲッゲホ」

 思わずせき込めば焼かれた喉から激痛が……


 先ほどまであったわずかな空気は、激痛を発する胃液らしい液体に変わって無くなった。呼吸もできず、喉を焼かれて呪文も唱えられない。

 意識が遠のくような感覚が増してきて、あぁあたしは死ぬんだ……と、おぼろげに思って目を閉じた。







 朝、目がパチっと覚めるような爽快な気分で意識が覚醒した。

 何が起きたのか?


 あたしは、あたしは、真っ暗闇、体に走る激痛がフラッシュバックの様に脳裏によぎる。

「アアアッ喰われ、アアアアァ」

 嫌だ喰われたくない!!

 あたしは頭を抱えて泣き叫んだ。


 次の瞬間、突然靄が晴れる様に一瞬だけ頭がクリアになる。


 しかし再び激痛が体を襲う、嫌だ、喰われる、消化される……

 ガクガクと頭を抱えて震える中、寒くて狭いあの暗闇と違い、なぜか温かい人の体温を感じる気がした。

 温かい場所を求めてズリズリとすり寄る。

 あぁ温かい。

 心地よい温かさにホッとする……


 気づけば、あたしは眠っていたようだ。



 目が覚めると、見知らぬ女性の胸に抱き抱えられていた。

 西洋っぽい大人びた顔立ちのこの世界の人とは違う、どこか日本人っぽいちょっと見慣れた感じがする女性だった。

 ふとするとお母さんを思い出すけど、……若い女性にそれは失礼よね。


 女性の体温を感じつつ抱き付いたまま、あたしは手をグーパーと動かしてみる。

 生きている……

 そっかあたし助かったんだ。

 ホッとしてあたしは女性を起こさないようにと、声を殺して喜びにすすり泣いた。







 ひとしきり落ち着いたところで、あたしは自分に起きたことをお姉さまからすべて聞いた。

 特に驚いたのは、魔物の生体の話。これは今回のクラーケン特有の話ではなく、強大な魔物によく見られる傾向で、彼らは自分を傷つけた者を許さず、その術者の魔力を辿って復讐すると言う。

 もしもエクルース様がそれを知っていたならば、あの時にあたしに攻撃させたのはワザとだろう。きっと知らないかも! と、以前のあたしなら盲目的に思っただろうが、彼はきっと知っていたはずだわ。

 あの時、確かに妹姫のベッティーナがあたしを止めようとしたのだから……


 それに小舟の件もあった。

 あの切羽詰った時に、あえてあたしと違う船に乗るだろうか?

 あたしは聖女だ、この世界でこの力は強大で信頼されるべき存在だ。そのあたしと違う船に乗れば当然生存率が下がるはずだ。

 しかしあたしがあの後にクラーケンから襲われると知っているならば、きっと彼なら別の船に乗るはずだ。

 つくづく男運が無いわね……

 もはや数年前になる、日本の高校で出来た初めての彼氏を思い出していた。顔は良いけど口が上手い男だった。彼はあたしの友達にも手を出そうとしていて、それに気づいたあたしは男の行ないを友人らにぶちまけてみんなの前でフッてやったのだ。あのときの焦った男の顔は小気味良かったわ。

 まぁあたしも友達を失ったから痛み分けだけどね……




 あの食事の時、あたしは軽くお姉さまに付いていくと答えた。

 しかしあたしが一緒に居れば、サクレリウスが再び手を出してくるかもしれない。あの国にばれない様にしないと、きっとお姉さまに再び迷惑がかかるだろう。

 そうだ、あたしもお姉さまを見習って顔を隠して過ごそうかしら?



 それをお姉さまに相談してみると、

「あー、良いよ。仮面なら私が作ってあげる。

 ついでに【幻覚イリュージョン】を【シール】してあげるから、好きな姿を言ってみてよ」

 悩んだあたしが馬鹿みたいで、お姉さまの物言いは凄く軽い感じだったわ。


「だったら、姉妹に見える様にお姉さまと同じ髪の色がいいわ」

 勢いでそう返せば、

「たはは、じゃあ作っとくね」

 と、お姉さまは少々照れつつも苦笑しながらそう言ってくれた。



 後日完成した仮面を手渡され、さっそく付けてみると確かに茶髪に変わる。

「ところで、『ちぃかめ』と『かめに』の、どっちがいいかな?」

 仮面をつけたあたしを見つめて、そう問い掛けてくるお姉さま。


「えっと、それはどういう意味ですか?」

 困惑して首を傾げれば、

「ん、純奈って名乗ると聖女だとバレちゃうからね、偽名だよ」

「……二択なのですね。

 えーと……」

 悩んだ末に、

「『かめに』だと可愛くないので、『メニ』っていう事で良いですか?」と、三択目になる答えを返してみた。

「うん、分かったよ。よろしくね、メニちゃん!」

 満足げに笑顔を見せるお姉さま。

 もしかしなくても、お姉様ってネーミングセンスが無いみたい?




────────────────────

名前:氷山瑞佳ひやまみずか

種族:人族(転移者)

年齢:21(27)

称号:聖姫


HP:369/369(1291/1291)

MP: -/ -

ST:321/321(1123/1123)


スキル

料理 A

裁縫 C

動物解体 A

神聖魔法 -

光魔法 -

属性魔法 5

魔法陣 1

精神魔法 8

待機詠唱 6

魔力蓄積 5

範囲増強 6

重複詠唱 4

戦闘訓練 7

鈍器 A

盾術 B

軽鎧 A

鑑定 3

生活魔法 8

野外活動 7

薬草学 8

調合 8

骨細工 5


アビリティ

癒しの小奇跡

天使の慈愛

神の障壁

魔道書グリモア

※※※※※※

────────────────────

名前:ヴァルマ

種族:エルフ族

年齢:270

称号:エレメンタルマスター


HP:367/367(917/917)

MP:1009/1009(2522/2522)

ST:528/528(1320/1320)

────────────────────

名前:イルヤナ

種族:獣人族(銀狼)

年齢:11

称号:気闘士


HP:658/658(1645/1645)

MP:188/188(470/470)

ST:671/671(1677/1677)

────────────────────

名前:エサイアス

種族:一角族(二角)

年齢:154

称号:剣聖ソードマスター


HP:1040/1040(2600/2600)

MP:319/319(797/797)

ST:944/944(2360/2360)

────────────────────

名前:澤田純奈さわだすみな

種族:人族(転移者)

年齢:17(23)

称号:聖女


HP:282/282(987/987)

MP:418/418(1463/1463)

ST:217/217(759/759)

────────────────────

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