82:かめ様 ばーじょんⅡ
朝起きた時には、純奈はすっかり恐慌状態から立ち直っていた。
彼女の態度は私に懐いている以外は至極普通そのもの。もちろん、少々ユリっぽいのを普通と表現して良いのならと言う意味だが……
皆から注目の視線を浴びながら、私は自分の席に座った。
暗黙の席順によると私の隣はアストで、向かいはヴァル姉。今日も開いていたのはその場所だ。さて私が座ると、純奈は「どきなさいよ!」と隣に座っていたアストを威嚇した。すでに朝食を食べ終わっていた彼は空気を読んでスッと席を立っている。
イルだったら喧嘩が始まっただろうに、流石アストは大人だわー
食事はパンとスープ、そしてサラダとフルーツ。
私たちは日本人同士なのでお互い奇をてらうことなく右利きで、純奈は私の右手に抱き付いてまして利き腕でご飯を食べますが、さて私は?
そうだね~、左手だよね~ぇ
はいっ、朝食がとても食べにくいので……
「純奈さんや、ちょっとだけ離れてくれないかなーって?」
と、言ったのだが、彼女は「あたしが食べさせてあげる」と、斜め上の台詞を言ってフォークを構えて離れることはなかった。
「いえ自分で食べるからいいです……」
仕方なしに左手で食事を食べましたよ。箸を使う和食だったら確実にアウトだったね!
さて、
「ところで純奈さん?」
「純奈って呼んで」
上目づかいに見つめてニコリとほほ笑む純奈。
「……じゃあ純奈、貴女はこれからどうする?」
とても大きな意味的な話になるのだけど、彼女は正しく理解しているだろうか?
しかしそんな心配は杞憂だったようで、
「あたしはタコの化物に喰われて死んだのよね……
この世界にはあたしより上位の聖姫が居るから、いまさら聖女のあたしなんて居ても居なくてもどうでも良いかもしんないけどさっ。
それでも一応は聖女だしそれにあと少しだからね、世界を救う旅を続けるつもりよ」
そう不満そうに言った彼女は、さらに言葉を続け、
「性悪の聖姫だけにいい恰好させてやるもんですか!」と、憤り露わにしていた。
ええっ性悪? どうして私がそういう評価になったのよ!?
それを聞いた私のメンバーの一部は、とても楽しそうにニヤニヤっと笑った。具体的に言うと男性陣二人だ。
「純奈は聖姫が嫌いなのか?」
そう聞いたアストに、
「あんたさぁなにあたしを呼び捨てしてんのよ、聖女様か純奈様って呼びなさいよね!
で、聖姫が嫌いかって聞いた? 当たり前でしょ、面倒事をあたしにすべて押し付けてさっさと逃げた奴なのよ、嫌いに決まってるじゃないの!!」
さも当然のようにそう言った純奈に、必死に笑いを堪える男性陣二人。
対してヴァル姉は静かな口調で、
「聖姫様にも事情があったと思うんですが、その辺りの事は調べたのですか?」
「サクレリウスの王宮で聞いたわよ。あたしに厄介事を押し付けるために無能を装って、挙句に待遇に不満を言って逃げたってね」
それを聞いたヴァル姉は、深くため息をつくと、
「わたしも人から聞いただけですが、そんな単純な話ではなかったようですよ。
彼女は聖女じゃないと鑑定された後に、食事に毒を盛られて殺されそうになったそうです。幾度となく命の危険を感じた彼女は、やっとのことでサクレリウスの王都を脱出したんですよ」
さらにヴァル姉は王国を出てからの逃亡生活をざっと語った。
「何それ……、嘘、ではないみたいね。あたしそんなこと全然聞いてないわよ……」
言い方からして、どうやら【
純奈の言葉を聞くヴァル姉は、いわくあり気な目の笑っていない笑顔を浮かべていた。
間違いなく怒ってる……
「ちなみに純奈さん。貴方が先ほどから抱き付いているその女性が、聖姫の瑞佳さんですよ」
それを聞いた純奈は、「えっ!?」と驚きの声を上げて、私から飛び退いた。
どうやら聖姫への嫌悪感が勝ったらしい。
無言のまま純奈を見ていると、彼女はまるで猫のように警戒しながら少しずつ近づいてきた。そして私の隣の席に再び座ると、
「お姉さま、正直に全部話してよ」
そう言って改めて聞く姿勢を見せた。
彼女に促されて私はすべてを話した。
謁見の間で聖女ではないと鑑定された後、食事に毒が盛られていたこと。【鑑定】のスキルがなければきっと危なかったと思う。
無能を装ってスキルを覚えてあの国から逃げ出す準備をした。
いよいよ真面目に命の危険を感じたので、手切れ金を貰って旅に出たのだが、王都を出るのに苦労したし、追っ手に見つからないように必死に山中を逃げたことも話した。
そして最近の話だが、ダマート帝国の村では、宰相と宮廷魔術師が罠を張って襲いかかってきたことを話した。
聞き終えた純奈は、
「全部、本当のこと……なのね」
そう言って呆然自失してしまった。
※
すっかりトーンを落として「部屋に戻るわ」と言った純奈。
彼女にも少し考える時間が必要だろうと、しばらくそっとしておくことに決めて私も食後は自室で過ごしていた。
昼食の時、私が呼びに行くのはどうだろう……と言うことで、ヴァル姉に頼み純奈を呼びに行って貰ったが、「いらない」と断られたそうで彼女は一人で戻ってきた。
しかし晩御飯の時、再び声を掛けて戻ってきたヴァル姉の後ろには、純奈の姿があった。
「エサイアスさんから色々と聞いたわ。お姉さまは『森の隠者』だったのね」
何を喋ってるんだと、アストを睨むが彼はどこ吹く風で私の視線を軽く受け流していた。
「えぇそう呼ばれたこともあるわ」
すると、純奈は「あの時はごめんなさい。無茶なお願いしたって後で知ったわ」と、謝罪してきた。後ほど妹姫から聖属性を持つ竜骨武器の相場を聞いたらしい。そして住民には生活があるのだから徴収するような行為はいけないと諭されたそうだ。
謝罪に対して返答を~と思ったが、彼女は私の返答は聞かずに別の質問を重ねてきた。
「そう言えばお姉さまは黒髪だったわよね? なんで茶色の髪をしてるの」
髪を切っても染めても、いずれ元に戻るのは彼女も同じだからこそ、一緒に来た聖姫は黒髪だったと言う先入観を捨てられなかったのだろう。
私は【
「えっ黒髪……? ……あら茶髪だわ」
差し出した手鏡を見つつ、髪飾りを付けては外しして~と、しばし一人で楽しんでいたが、突然ふさぎ込む。
「どうかした?」
「あ、あのさ。あたしって、対外的には死んだことになってるのよね。
魔物に負けてサクレリウスに捨てられちゃったから、エクルース様も国へ帰ったのよね」
と、寂しそうに笑った。
「えぇ、
私が、「純奈は行動不能になっただけだ」と何度も主張したが、彼が信じなかったことはしっかり伝えてあった。
「あはは、エクルース様はもう少しまともだと思ってたんだけどなぁ……
あたしって見る目が無いのかな~」
そう言って涙ぐむ純奈をギュッと抱きしめてあげると、
「ありがとう。あたしお姉さまに付いていくから、これからよろしくしてくれる?」
ちょっと自信なさげに言う純奈。
「えぇよろしくしてあげても良いわよ」
あえておどけてそう言えば、
「なにそれ、あははは」と言って純奈は声を殺して泣いた。
二日後の出立の日。
私のパーティーは五人になった。
『聖姫』の私。
『エレメンタルマスター』のヴァルマ。
『気闘士』のイルヤナ
『剣聖』のエサイアス。
そして、サクレリウスの目を逸らすために骨細工の仮面をかぶった『聖女』の少女が新たに増えていた。
「よろしくね、
「はい、お姉さま!」
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