<31・Psychopath>
ジャクリーンは、自分の本心をありのまま語った。彼女に案内されたのは、屋敷の地下室。どうやら秘密の研究室とやらがそこにあったということらしい。――彼方はあっけに取られて、彼女がドアの鍵を開けようとしているのを見ているしかなかった。
――てっきり、替え玉のところまでは両親公認でやってると思ってた。なのに……!
まさか、彼女が家族や召使いたちさえも洗脳していたなんて。それも――己の身勝手な野望を叶える、そのためだけに。
――なんでだよ。家族って、仲間ってそういうもんじゃないだろ?確かに意見が違う時もあるかもしれないけど、でも……!
その意志を捻じ曲げて、無理矢理協力させるなんて論外だ。どうして、自分と違う意見は全て悪ということになってしまうのだろう。そもそも、自分はさっきの話の中だけで何回“ゴミ”という言葉を聞いた?
『ふざけやがって。……いいぜぇ、俺様が丁寧に教えてやるよジャクリーン様。一体お前が、どんだけクソナメた真似してくれやがったのかをよぉ!』
初めて会った時の、ルイスの憎悪と嫌悪に満ちた目を思い出した。彼はあれでも、説明をほどほどに端折ってくれていたのだと察する。ジャクリーンの本来の言動と行動は、彼方の想像を超えたものだった。確かに横柄なお嬢様だとは思っていたがまさか、騎士候補となる少年達を病院送りにまでしていたとは思いもよらなかったのである。
ルイスが、ジャクリーンを憎むのも当然だ。
むしろあれだけのことがあってよく、最初の授業の時に彼方を助けてくれたものである。
「ここが、わたくしの特別な研究室。元々はお父様の研究室だったのを、今はわたくしが使わせて貰っているというわけ」
彼方が言葉を失っていることに気づいているのかいないのか。彼女はニヤリと笑って、がちゃりとドアを開け放った。
「もっと時間がかかるかと思ったけれど……悪魔の住む世界、イビルゲートの座標さえ自力で掴めばあとはそんなに難しくなかったわ。千年前の研究書はわたくしの財力があれば“譲って”貰うこともできたし……何より悪魔本人が、色々なことをわたくしに教えてくれましたもの」
ドアを開けた途端、漂ってきた凄まじい血の臭い。思わず彼方は口元を抑えて吐き気を堪えるしかなかった。
「お、お、お前っ……!」
その部屋は、奥の方は特に変哲もない本棚になっていた。問題は手前のエリアだ。タイル張りの床に青いシートのようなものが敷かれ、そこに様々な物体が陳列されているのである。
中央には、大の字で磔にされた少女がいる。丁度、彼方たちと同じくらいの年の少女だ。セント・ジェファニー学園の生徒なのかもしれない。よく見ると、腕と足の位置がおかしい。頭の上の方に両足が並べられており、下の方に両腕がある。――彼女は両手両足を切断されて、ダルマの状態で転がされているのだった。しかも恐ろしいことに、血走った眼は苦しげに瞬きを繰り返している。大量の血を切断面から溜らせながら、まだ生きているのだ。
その少女をぐるりと取り囲むようにして、二人の少年と二人の男が横たえた体で円を作らされていた。二人は学園の制服を着ている。一人はまだ幼いようなので、初等部の子供なのかもしれない。残る二人の男はやや汚れたツナギのようなものを着ているところから、どこかの浮浪者か誰かを拉致してきたのかもしれなかった。
彼らの恐ろしいところは――横になった状態の体が、縦で真っ二つになっているということ。そう、頭から、股間まで、真っ直ぐに切り裂かれて半分の体にされてしまっているのである。にも関わらず、全員が血の海の中で生きていた。ぶるぶる、ぶるぶるとおぞましい苦痛に体を痙攣させながら。
「これは、悪魔の世界と繋がるための魔方陣なんですの。悪魔を召喚するためには、まず悪魔と繋がりを作らなければいけなかったのすわ」
震えて佇むことしかできない彼方の耳元で、ジャクリーンは囁く。
「生きて、僅かに動いてくれていないと困るから……特別な魔法を使って命を繋いでいるのですわ。素晴らしいでしょう?こんな姿になっても、彼らはまだ生きているんですのよ。わたくしを馬鹿にした生徒達と、生きていても仕方ない浮浪者。わたくしの魔術の役に立てるのだから、光栄よね?」
「ふ、ふざけるなよ……!生きてても仕方ない奴なんか、この世にいるもんか!お前に、そんなこと決める資格なんて……!」
「あらあらあらあら。吐き気を堪えるだけでいっぱいいっぱいなのに、まだそんな戯言を言う余裕があるんですの?凄いですわね、彼方」
狂っている。それ以上に、なんて言えばいいのだろう。彼方はなけなしの理性で、ジャクリーンを睨みつけた。
今、はっきりと分かったのだ。彼女は、自分とは違う生き物であると。悪魔を召喚しようとしたきっかけは、悪魔の夢を見たからかもしれないが――元より彼女は選民意識が強く、目的のために人を傷つけることも平気な人間だった。このサイコパスとしか言えない気質は悪魔のせいじゃない、彼女が本来持ち合わせて生まれてきてしまったものなのだろう。
人間が持ってきてはいけないものを。彼女は不幸にも、生まれついてこの世界に持ち込んできてしまったのではないか。
「わたくしが、何で貴方に全てを話したかわかる?……学園での様子は全て、召使いたちを通じて調査してますの。貴方は、ゴミの中ではかなり優秀だわ。思い掛けない掘り出し物をしたと思ってますの。……わたくしの、一番の奴隷にして差し上げてもよろしくてよ?でも、断るなら……」
「断るに決まってるだろ!この人達を開放しろ!学園だって、悪魔なんか呼んだら何人死ぬか……!」
「もう少し考えてから喋ればいいのに」
ふう、と。ジャクリーンは呆れたように肩を竦めた。
「仕方ありませんわね。なら、貴方も生贄になってもらうまでですわ」
次の瞬間。轟々とした地鳴りが、屋敷の地下を襲ったのである。
***
「きゃああああああああああ!?」
「なんだコレ、なんだコレ!?」
「揺れてる揺れてる揺れてるっ!!」
「ヤバいヤバいヤバいってえええええええ!!」
学校には、まだ部活動などで生徒達が多数残っていた。突然学園全体を揺り動かした大きな地震に、生徒達はみんな慌てふためいている。地面にはいつくばる者、慌てて机の下に潜り込む者、友人の心配をする者。
そしてリンジーは。
――なんて、魔力の気配……っ!
這いつくばるようにしながら、どうにか校舎の外へ出た。そして、目の前の光景に呆気に取られることになるのである。
「な、なっ……!?」
つい先程までは、校庭に目に見える異変はなかった。ひょっとしたらシャドウステップが数体彷徨いていたかもしれないが、その程度である。
今は違う。
テニスコート、野球グラウンド、サッカーコート、花壇、ベンチ――ありとあらゆるところに、黒い影が蠢いているのである。
ベンチの周りを、手を繋いでぐるぐると回るシャドウステップ。
屋上からふわふわと落ちてるくるシャドウステップ。
ひたすら、グラウンドの周囲をランニングでもするように走り回る者や、ごろんごろんと土の上をはしゃぐように転がる者。
触れたところで害はない。しかし、何十どころか何百以上の数の黒い影が、それぞれ魔方陣の軌道に沿って好き勝手に動き回っているのである。あまりにも異様な光景に、グラウンドで部活動をしていた生徒達が次々と逃げ出していた。先生達も予期せぬ出来事に混乱しているのか、うまく避難指示が出来ないでいるようだ。
――なんてことだ!本当に、魔方陣が作動して……!?
そういえば、ジャクリーンは犯人に心当たりがある様子だった。今日確かめてみると言っていたが、ひょっとして失敗したのだろうか。それで逆にキレられて、術の発動を許してしまったとか?
「!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、と何か重たい音がした。玄関の柱にしがみつきながらどうにか立ち上がったリンジーは、グラウンドの中央に大きな木のようなものが聳え立つのを目撃する。それは、真っ黒な大樹だった。異様なほどの邪気と魔力が、あの大樹から発信されている。
そして、その幹に埋め込まれているのは。
「ジャクリーンさっ……え?」
リンジーは、目を見開いた。幹に埋め込まれている少女と、同じ顔の少女がすぐ脇に佇んでいるのである。
ジャクリーンが、二人いるのだ。
――ど、どういうこと?ジャクリーンさんは、双子だったのか……!?
***
地響きが収まった瞬間、ルイスはぞわりと背筋が泡立つ感覚を覚えた。何か、おぞましく強大なものが地面の下を這い回っているような感覚。しゃがみ込んだまま、思わず石畳の上をざらざらと手で探っていた。
その、煉瓦のすぐ下を、小さな蛆虫がぞわぞわと這い回っているような気がしてならないのだ。だが、実際は蛆虫なんて可愛いものではない。もっと得体のしれない、姿さえはっきりとわからないなにか。それが、どんどん魔力を纏って同じ方向へ集約していくのを感じるのである。
「……カナタ?」
思わず、人前でまず呼ぶことのない彼の名前を呼んでいた。顔を上げ、ロイド侯爵家の屋敷を見る。強い地震によってあちこち煉瓦や壁に罅が入ったようだが、それだけだ。しかし、地震の後から妙に屋敷の気配が空虚になった気がするのである。
うまく説明できない。ただ、とてつもなく嫌な予感がする。彼方に、何かがあったのではないかと。
「おい、ルイス!見てみろ!!」
「!?」
カレンの声に、はっとして振り返ったルイスは。学校がある方を見てぎょっとさせられることになるのである。
学校の塀や、建物の影から。黒い植物のようなものが、ずるずると伸びてきている。それらは禍々しい闇属性の魔力を纏い、どんどんと力を学校へ集めているように見えた。
「まさか」
信じたくない。だが、それでも過去に本で読んだ、あるいは授業でやった内容を思い出すには充分だったのである。
かつて、この世界に大きな災厄を齎し、街一つ消し飛ばしたという悪魔――アルバトロ。まさか、本当に。
「まだ、召喚までの猶予はあると思っていたんだがな。魔方陣は完全じゃなかったはずだが」
ちっ、とカレンは舌打ちして言った。
「急ぐぞ、ルイス!完全に悪魔が召喚されたら終わりだ!」
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