<28・Devil>
「多分……これ、アルバトロの魔方陣です」
「げ」
「本当かそれは……」
体育祭からさらに一ヶ月後。冬も間近に迫った肌寒いその日、ついにリンジーから報告が上がった。屋上での、最近ではすっかりお馴染みになった作戦会議。一人置いてけぼりの彼方は、目を白黒させるしかない。
「……お前らの反応からして、やべぇってことしかわからんのだが?」
なんせ、このミスティックアースの歴史についても、ジェファニー王国についても、彼方は知らないことが多すぎるのである。悪魔を呼び出そうとしているらしい、とまでは聞いていたが実際どんな悪魔がいて、どれくらいヤバいのかについてはまったく知識がないのだ。
「詳細な解説プリーズ」
「お前……もうちょっと学業も頑張れよなジャクリーン。歴史の追試食らったばっかりだろ」
「うるせーよ!オツムの出来が良いお前らと一緒にすんじゃねえ!」
彼方は悲しくなってルイスの後頭部を引っ叩いた。非常に悲しいことだが、この四人の中でダントツに成績が悪いのは彼方なのである。夏休み前までの貴女ならこんな問題すぐできたでしょうに、と先生達に嘆かれたがどうしようもない。
そもそも、世界史系が地雷なのだ。なんといっても、横文字系の名前やら出来事やらが全然覚えられない。中学レベルでこれなのだから、高校ではどうなってしまうんだと思うと非常に恐ろしい。
「ていうか、なんでそんなにブレスレットじゃらじゃらしてるんだよ、人気者すぎんだろ」
ルイスは頭を摩りながら、彼方の両腕のブレスレットを見た。左に三個、右に二個の輪がくっついている。青が二つ、緑が一つ、ピンクが一つに赤が二つ。どれも、クラスメートから貰ったものだった。
「ジェマ達がくれたんだよ。クリスマスのお祝いだって。そういう習慣があるんだなぁ、知らなかった。クリスマスまでに、友達に魔力をこめたお守りブレスレットを渡して、クリスマスを幸せに過ごしましょうってんだっけ?」
ちょっと男子がつけるにはカワイイデザインだったが(女子として通ってるのだからしょうがない)、彼方は気に入っていた。なんせ、このブレスレットはみんな手作りなのである。クラスの少年少女たちが、一生懸命時間をかけて自分のために作ってくれたお守りなのだ。嬉しくないはずがない。
「私もお返ししたいな。ていうか、滅茶苦茶世話になってるし、クラスメート全員分作りたいけど今から間に合うかなあ……三十三人分だし。作り方教えてくれよ、ルイス」
「お前ほんと律儀だな……でもって鈍い」
ルイスは深々とため息をついた。
「あのな、そのブレスレットって、家族以外の奴にあげることは稀なんだぜ?基本的には恋人とか好きなやつとか、親友にしかあげねーの。普通クラスメートから、まだクリスマスも先なのに五つも貰ったりしないから!」
なんと、と彼方は目を見開いた。そんなに大切なものを貰ってしまったのか、自分は。
「そりゃ大変だ!お返しまじでがんばらねーと!やってもらえたら全力でお礼返す!倍返しだ!!」
「俺様の話聞いてた!?お返しするんじゃなくて、お前が本当に大事なやつにだけな……!」
「クラスのみんなが友達なんだから、みんなにあげるのは当然だろ!あと、滅茶苦茶世話になってるから先生にも!!」
「まったく……」
それを見て、何やらリンジーとカレンがくすくす笑っている。自分はそんなにおかしなことを言っただろうか。
そういえば去年、バレンタインデーで部員全員に手作りの友チョコを配ったら驚かれた記憶がある。それと同じようなものだろうか。バレンタインデーは普通女子から男子にチョコをあげるものだとされてはいたが、近年はその考え方も変わってきているはずである。ましてや、彼方の場合は子供の頃から男女問わずに配りまくっていたので(姉の真似をしていたのだ、そして存外好評だった)、中学でも同じことをしただけなのだが。
「そのブレスレット、名前を“ヘレンのお守り”って言うんです」
苦笑しながら、リンジーが言った。
「この世界の神様の一人がヘレン様って言って。だから、その女神様の加護がありますようにって、お祈りしながら作るんですよ」
「へえ!凄く綺麗だよな!」
「何なら、今度みんなで一緒に作りましょう。僕、ちょっと得意なんです」
「ほんとか!助かる!」
彼方が喜んでリンジーの手を握ると、彼は何故か真っ赤になってそっぽ向いた。向こうでルイスが何故かこちらを睨んでいる。嫉妬でもしているんだろうか。別に、リンジーとそういう関係であるはずもないというのに。
「そろそろ話を本筋に戻すぞ」
パンパン、と手を叩いてカレンが言った
「まず、ジャクリーンはわかっていないようだから、悪魔についての説明からだな。悪魔は、召喚魔法によってこの世界に呼び出されるもの。これは既に話したとおりだ」
「うん、そこまではわかる」
「本質的には、ハイイロネズミのような精霊とそう変わるわけではない。異世界に縁を結んで、扉を開いてこちら側に招き入れるというプロセスは同じだ。ただし、どの異世界からやってきたモノかという違いがある。例えば教科書を見ればわかるが、ハイイロネズミは“グリーンデイズ”という世界から来ていることになっている。ミスティックアースよりもずっと緑が多く、虫達が進化して人類ばりの知能を持った惑星とされている」
「へえ、知らなかった」
ていうか、教科書にそんなこと書いてあったのか、となんだか恥ずかしくなる。皆に追いつくために日々勉強には励んでいるつもりだったし、精霊辞典などもそれなりに読み込んだはずだったのだが――メジャーな精霊たちの特徴などに関してはかなり細かく覚えようとしたものの、彼らがどこから来たのかについての項目は完全に見落としていたのである。
なんとなく、殆どの精霊が同じ世界から来るとばかり思っていた。まったく不勉強でいけない。
「召喚魔法の強さは、“どの異世界から”“どんな生物を”引っ張ってくるかで決まると言っても過言ではない。普通の魔法は術者の魔力と唱える魔法の威力が高ければ効果が強まるが、召喚魔法は呼び出す生物が弱いと、どれほど偉大な魔法使いでも大したことはできないんだ。ただし、強い生物を呼び出すには莫大な魔力が必要だし、コントロールするためにはとんでもないスキルがいるってわけだな」
ここまでが前提だ、と前置きするカレン。
「さて、先程のハイイロネズミはグリーンデイズという世界から召喚されるが……ハイイロネズミそのものが普通の動物と大して変わらないスペックしかないので、召喚して暴れても大した攻撃力にはならない。リンジーがやってしまったように、誤って大量召喚した場合はその限りではないが」
「実に申し訳ないです……」
「ああ、いや君を責めてるわけじゃないからな!……ただ、グリーンデイズという“世界そのもの”はさほど弱くはない。同じ世界には、もっと強力なモンスターはうじゃうじゃ存在している。テオタイガーなんかが良い例だな。強い毒と牙があるから、使役できたらかなり頼もしいと言える」
「シャドウステップは?」
「シャドウステップは“ダークブーム”という世界から来る。この世界は世界そのものが闇属性を帯びているため、呼び出される精霊はすべて闇属性になる。強さはピンキリ。シャドウステップのように、ほぼ無害に近いモンスターもいれば、人の魂ごと消し去ってしまうような凶悪なモンスターもいる」
「こわ……じゃあ、悪魔は?」
この話の流れからして、悪魔と呼ばれる存在はそれらの非ではないほど凶悪なはずだ。恐る恐る尋ねれば、カレンは苦々しく首を横に振った。
「とんでもなく強い、ということくらいしか実はデータがない。何故なら悪魔の召喚はこの国の法律で禁止されているからだ」
カレンはバッグの中から、精霊辞典を取り出した。そして、悪魔について、という特記項目が書かれたページを開く。
なるほど、赤文字ででかでかと“悪魔=イビルゲートからの召喚は法律で禁止されています。場合によっては三十年以上の懲役が課せられます”とある。三十年。途方も無い長さだ。彼方がぶるりと震えると、さらに追い打ちをかけるようにリンジーが告げた。
「三十年以上とか言ってますけど、これ実質終身刑なんですよ。極刑も有り得ます」
「ひえ」
この国でどれほど悪魔召喚が恐れられているか、その言葉だけで充分伺い知れるというものだ。
「悪魔とは、具体的には“イビルゲート”という世界から呼び出される精霊全般を指す。この世界は、千年以上昔には発見され、当初は兵器転用できないかと多くの魔法使いたちがこぞって研究していたんだ」
ところが、とカレンは眉を潜める。
「尽く大きな事故を起こした。呼び出された悪魔達はただ強大な力を持つのみならず、人の手では殆どコントロールできない代物だったのだ。人間のスキル不足なのか、魔力の相性が悪かったのかは定かではない。そもそも残っている記録があまりにも少ない。わかっているのは、悪魔を召喚しようとした研究室があった町が、町ごと消し飛んだという事例がいくつもあったという事実だけだ」
「ま、まままま町ごと……!?」
「どの悪魔を召喚しようとしてそうなったのか、までは辛うじて記録されていたが。実験の過程については、研究所ごと何もかも吹き飛んでしまったので解明しようがなかった。有名なのは、ある研究所から事件直前に届いたある手紙だな」
『悪魔など呼ぶべきではなかった。あれは、呼ぼうとしただけで人の心を汚染する。
既に所長は狂った。実験動物の臓物を食べて笑っている。私はもう逃げられない』
ごくり、と唾を飲み込んだ。恐ろしすぎる。それ以外にどんな感想が言えるだろう。
「イビルゲートという世界は、その世界そのものが強大な魔力を持っているとされています。その世界に存在する生物は、どれもこれも兵器として使えばかなりの威力になるだろうと見込まれていました。が、それは実際にこの世界の人間の思い通りになるならば、の話です」
リンジーが静かに首を振った。
「人のコントロールがきかない化け物を、この世界に呼び込むわけにはいきません。だから、悪夢召喚は実行しようとしただけで大きな罰を受けることになるんです」
「そんな危ないことを、ジャクリーンがやろうとしてるかもしれないのかよ……!?バレたら、侯爵位剥奪じゃ済まねえだろうに!」
「まだ可能性ですので、なんとも。それに、ジャクリーンさんが個人でやろうとしているのか、家そのものが共謀しているのかもわかりませんし」
「そ、そうか。替え玉受験までしか認めてない可能性もあるか……」
それだって、本来甘やかしてる、で済まないことなのだが。頭痛を覚えて、彼方はこめかみを抑えるしかない。
「イビルゲートのモンスター達と、ミスティックアースの住人が会話を交わした記録はなかったはずだ。だから、呼び出された悪魔やその種類は、見つけたやつが勝手に名前をつけて呼んでたわけだ」
途方に暮れたように空を仰いで、ルイスが告げた。
「アルバトロは、過去に研究で呼び出そうとした悪魔の一つ。だから魔方陣も判明してるんだよ。……神話に出てくる魔王の名前をつけられた、最強最悪の悪魔の一体だ」
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