<26・Power>
結果論ではあるが。騎士集めは、随分と順調に進んでしまっている感がある。いつの間にか、彼方の元には三人も騎士が集まっている状態。リンジーには本当のことが言えないままになっているのでそこが問題ではあるのだが(本当のことを話すのが彼にとって良いことなのかどうかもわからない)、正直戦力としてはかなり申し分ないだろう。
彼方自身は、炎属性の魔法剣士タイプ。
ルイスは雷属性の同じく魔法剣士タイプで、リンジーは水属性の黒魔法タイプ。カレンは風属性の万能型――とみんな属性とタイプがバラけている。卒業試験は実際のところ、学園側が召喚したモンスターに皆で力を合わせて立ち向かうというタイプになるのが多いそうなので、タイプが異なるのは戦略も組みやすく非常にやりやすいはずだ(イザベルなんかは、騎士として組んだ二人の男子がどっちも闇属性の魔法剣士型だったので結構困っているのよね、なんて笑っていた)。
――ルイスに結局、なんて答えるのか決めてないけど……でも、全体としては結構順調に進んでるはず、なんだけどな。
魔方陣の出現速度が非常にゆっくりだったので、まだ学園に呼びだそうとされている悪魔の種類がわかっていないという問題はあるが。それ以外は、ほぼやるべきことはうまくやれているはずだ。この学校に召喚されてから、もうすぐ二カ月。クラスメートたちとの関係も良好だ、と彼方自身は思っている。間接的に、リンジーとクラスメート達の関係性、およびカレンと他の友人達との関係性も改善傾向にあるのは良い兆候だろう。
今日は、体育祭当日。今日だけは、なるべく早い時間に馬車で学校に送って貰うことになっていた。こればっかりは慣れない豪華すぎる朝食を彼方が取っていると、テーブルの真正面に座るジャクリーンが唐突に話しかけてくる。
「今日は、体育祭の当日ですのね。リレーの選手に選ばれるなんて、さすがは陸上部ってところかしら」
「……はあ、まあ」
「ジャクリーン・ロイドの名前に恥じない活躍をしてらっしゃいな。無様な姿を見せたら許せなくってよ」
「…………」
実は、ジャクリーンとまともに話すのは二週間ぶりのことだった。彼女はここ最近、外出していることがやたらと多いからである(本当に外出しているのかはわからないが、屋敷に姿が見えず、執事たちに尋ねると“お嬢様は外出しているので”と返事が来ることが殆どなのである)。姿が見えない間、彼女が何をやっているのかまったくわからない。――普段の横柄の態度に加えてその得体の知れなさが、彼方がジャクリーンを弁護できないでいる理由の一つなのだった。
――俺、未だにこいつのこと全然よく知らないんだよな。同じ屋敷で、二カ月も一緒に住んでるのに。
確かに態度は悪いし性格も良いとは言えないが。ひょっとしたらジャクリーンにも何か事情はあるのかもしれない。表向きだけで、悪人だと決めつけるのも良くないのではないか。もう少し、彼女を知ってみる努力もするべきではないか――そんなことを思い、彼方は口を開いた。
「あのさ、ジャクリーン」
ナイフでパンケーキを切り分けながら、彼方は告げる。ああ、この世界の食事は面倒だ。何が面倒って、箸がないことが。仕方ないと言えば仕方ないのだろうが、こちとらパンとスープ以外は基本箸で食べたい日本人である。不便に感じるのはどうしようもない。
「ずっと気になってたこと、訊いてもいいか」
「あら、何かしら」
「お前、学校に行きたいって思わないの?そりゃ、授業はタルいことも多いだろうし、嫌いな相手もいるんだろうけどさ……」
彼女が学校に悪魔を呼びだそうとしている主犯と決まったわけではない。それについては、もう少し魔方陣の種類が判明してから探りを入れた方が良いだろうとカレンにも言われていた。藪をつつくのは、出てきた蛇に対処できる体制が整ってからにするべき、というのは実に妥当な考えだろう。
「今日、体育祭だぜ?もう少ししたら文化祭もあるじゃないか。お前、そういう学校行事に参加したいとか思わないのかなって。……自分がするべき体験を、全部俺にやらせっぱなしっていうの、なんか悔しいとか思わないのか?」
言葉は選んだつもりだった。それでも、多少なりにジャクリーンの機嫌を損ねる可能性があるのは理解していたつもりである。彼女がクラスメート達を馬鹿にしていることも、孤立していることもわかってはいるのだから。
「友達を作って、楽しい学校生活を送りたいって、そういう気持ちはないのかなってちょっと不思議に思うんだけど」
いじめや人間関係のトラブルで、不登校になってしまう生徒もいる。そういう相手に、こんな疑問はむしろ傷つけるだけだろう。彼女が学校での人間関係に悩んで不登校を選んでいるのなら、そう感じたなら彼方だってこんな質問はしていない。
しかし、どうにもジャクリーンは、学校に行くことにまったく価値を見出していないように見えるのである。生きたくても行けない、のではなく。行く意味なんかないから行かない、を貫いているように見えるのだ。卒業資格とその後の待遇が惜しいから、彼方を影武者として送り込んでいるというだけで。
「……カナタ」
ジャクリーンは、グラスの中でワインを揺らしながら言った。彼女の手が動くたび、赤い液体が光を反射してキラキラと光る。この世界では、ワインは未成年が飲んでいけないものではない――まあ、現代に流通しているものよりアルコール度数が低いというのもあるのだろうが。子供でも、朝食にワインを嗜むくらいは許されるし、むしろマナーの一環とされている。不思議な感覚だった。
「貴方は、学校というものをどう定義しているんですの?」
「定義?」
「何のために行くのかってことですわ」
「何のためにって……」
そんな質問が来るとは思わなかった。やや困惑気味に、彼方は返事をする。
「そりゃ……勉強したり、社会性を学んだりするために行く場所、なんじゃないのか?生きるための知識もそうだし、学校ってところで組織的なシステムとか、上手な人間関係の構築方法とかさ、そういうものを学ばないと、社会に出た後で困るだろ?」
彼方がそう言うと、ジャクリーンは心底愉快と言うように笑い声を上げた。何がそんなにおかしいのだろう。
「うふふふふふ、あはははははは!まったく、凡人らしい意見ね。いえ、責めているわけではなくってよ。そういう風に学校でも教えるんでしょうし、そう考えるのも間違ってはいないわ」
「どういうことだよ」
「勉強や知識に関しては同意するわ。確かに、知識を教えることはとても大切ですわね。世の中には、文字を書くことも読むこともできない気の毒な下民がたくさんいるという話ですもの。そういう下民でも通えるような低級な学校もたくさんありますし……将来、どこかで馬車馬のように働くなら、文字を読めるくらいの知識がないとお話になりませんものね」
「その呼び方やめないか。下民下民って、同じ人間だろ。命や存在の価値に差なんかない」
「異世界で平凡な庶民をやっていた貴方にはわかりませんことよ。まあ、理解してほしいとも思ってないから、いちいち解説なんかしないけれど」
「お前、相手にマウント取らなきゃ話もできないのかよ……」
怒りよりも、呆れが勝った。階級を絶対と考える考え方は、何もジャクリーンに限ったものではないだろうが。
「わたくしが言いたいのはね。知識は大切だけれど、それだけならば家庭教師に教えて貰うのでも別に問題はないってこと。わざわざ学校に行く必要がどこにありますの?……社会性、なんてくだらなくて無意味なもののためだけに行けと?」
「無意味?」
「ええ、そう無意味だわ」
ぐい、とワインを煽って、女は妖艶に微笑んだ。時々、奇妙に思うのである。彼女は彼方とまったく同じ顔であるはずなのに――時折、自分とはまったく似ても似つかないイキモノに見えることがあるのだ。
そう、まさに今のような。
「学校も、それ以外の場所もみんなそう。行く必要があるから、行くの。わたくしが学びたい勉強は全て家の中でできますわ。そして、社会性なんて必要だとは思いませんの。必要なのは……圧倒的な、力」
少女はぐっと、右の拳を握ってみせた。
「歴史が全てを物語っていますわ。愚かで頭の悪い民衆に、力があって賢い者が合わせる必要がどこにありますの?そんな無駄な足並みをそろえることが社会性だというのなら、わたくしがあの学校で学ぶことなど何もありません。圧倒的な力さえあれば、全ては解決しますもの」
「恐怖政治ってか」
「ええ、その通り。強者が弱者に合わせるのではなく、弱者が強者に従えばいいのよ。圧倒的な強者に、皆が恐れをなしてひれ伏して、命令通りに動けばいい。わたくしはあの学校の馬鹿どもと接してつくづくそれを思い知ったのですわ。ああ、二年以上もあんなくだらない場所で無駄にしてしまうなんて。くだらない生徒、くだらない教師、レベルの低い授業につまらないイベント!そんなことをしている暇があったなら、もっと自分にとって有意義なことに二年を使えば良かったと本気で思ってますの」
だから、と彼女はにっこりと微笑んだ。
「わたくし、体育祭なんて行事に興味はありませんの。資格のために、仕方なく貴方という身代わりを通わせてるだけですわ。卒業試験さえなければ、騎士だってわたくしには無用の長物ですのに」
ジャクリーンの言葉は、自信に満ち溢れていた。虚勢を張っているようにも見えなかったし、己の正義をいっぺんも疑っているようにも感じなかった。心の底から、力こそが全てだと信じている。一体、何がどうしてそんな思考になってしまったんだろう。元々ジャクリーンの気質がそうさせたのか、それとも何かきっかけがあってひねくれてしまったのか。
いずれにせよ、彼方が思ったのは一つだった。
「……ジャクリーン。完璧なニンゲンなんて、この世には一人もいないんだぜ。独りぼっちで、世界の全てを手に入れたってそんなの退屈なだけだろ」
淋しい女性だな、と思った。同時に。
――誰か、こいつに。……お前は間違ってるって、教えてやる人間はいなかったのかよ。
彼女の両親や家族に呆れるしかなかったのである。替え玉を許している時点で、そんな予感はしていたけれど。
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