<22・Summon>
「あ―――――――……」
全て説明したところで、カレンはこめかみを抑えてそれはそれは大きなため息をついた。なんだろうこの光景どっかで見たことあるぞ、と彼方は切ない気持ちになる。カレンの目が一気に、彼方に同情的なものに変わったのがわかったからだ。
「えっと、カナタ、さん?」
「…………ハイ」
「その、災難でしたね。女装までさせられて」
「…………言わないで。あと、切なくなるから敬語ヤメテ」
どいつもこいつも、このとんでもない話を何で簡単に信じるんだ、と思う。それだけ、ジャクリーンの評判が地に落ちていたということなんだろうが。って、自分はこの現実を一体何度実感する羽目になるのだろう?
「影武者とは気づいたが、まさか異世界人で男性だったとは。ものすごく同情する。ものすごく」
「……だろ?こいつ可哀想なんだよ」
「そうだな可哀想だ」
「お願いだから可哀想連呼しないで!?俺泣いちゃう!!」
ああ、その憐憫に満ちた眼だけでも悲しくてたまらないというのに!いや、変態扱いされずに済んだというだけ幸運だったと思うべきなのかもしれないが。
「確かに、異世界から人を召喚する魔法は存在する。そもそも我々が使う召喚魔法というものは、精霊の世界から動物や精霊を呼び出して使役するものだしな。そのベクトルを少し変えれば、異世界の人間を強制的に召喚することは理論上は可能だ。ただ……」
事実がわかったところで、カレンは切り替えて真面目に考察することにしたらしい。彼方とルイスも耳を傾ける。
「人を呼び出すというものは、かなりの魔力の消費であるはず。カナタは使役……つまり洗脳されてはいなかったとはいえ、君が見たところジャクリーンはピンピンしてたんだろう?」
「え?あ、うん。疲れてるようには見えなかったかな」
「末恐ろしいな、ジャクリーンの魔法は。確かに、元々彼女は学校でも随一の魔法の使い手だった。学園に通う魔女の中では最強クラスだっただろう。まあ、性格がアレなせいで、騎士がつかなくて卒業は絶望的だったわけだが」
「それな」
彼方も現代日本の人間だから知っている。よくある、異世界から勇者を無理矢理転移、転生させてきて、女神様か“この世界を救ってください!代わりにチート能力を差し上げますから!”みたいなアレ。よくよく考えれば、滅茶苦茶身勝手なことを言っているよな、と思うのだ。
そりゃ、主人公がそこで嫌がると話が進まないので、その手のラノベの主人公の大半が“何故か”あっさりと異世界転移や転生を納得することが多いのだが。実際やっていることと言えば、強制的な拉致監禁のようなもの。近代的理性で照らし合わせれば立派な犯罪である。勇者より魔王より、全ての悪の黒幕は女神様じゃねえの?と何度思ったか知れない。
ジャクリーンがやったのは、つまりそういうことだ。彼方の迷惑などまったく考えず、無理矢理この世界に閉じ込めて任務を強要しているのである。彼方だって、不安や恐怖がないわけじゃないし、残してきた元の世界の家族や友人が恋しくないわけでもないというのに。
――ていうか、俺本当に元の世界に帰してもらえるのかな……。
段々と心配になってきた。
自分の目的さえ達成できれば、彼方が死のうが狂おうがどうでも良いと思っていそうだから尚更に。
「あいつの性格じゃ、騎士なんてつかないし卒業もできない。そうしたら、ロイド侯爵家の名前に傷がつく。だから家族ぐるみで影武者立ててどうにかしようとした……までは、理不尽で滅茶苦茶だがわからんでもない」
でもな、とルイスが続ける。
「本当にそれだけなのか、俺様もちょいと疑問になってきたところだ。身代わりがバレたら、学園は永久追放、侯爵家の名誉に傷がつくどころじゃない。相当リスキーだ。それやるくらいなら普通、あのクソなお嬢様の性格を鍛え直すのが普通の教育だろ。なんで不正に手を貸してんだよ、あの家は」
「そうだな。それに、一ヶ月前に私が夜中に見たジャクリーンは、間違いなく本物だった。そして、最近テニス部周辺で目撃されているシャドウステップの群れ……何か良からぬことを目論んているのは間違いない」
「あ、それなんだけどさカレン」
はい!と彼方は手を挙げる。
「さっきお前、魔方陣を見つけた、みたいなこと言ってなかったっけ?」
『学校に影武者を通わせて、自分は家に籠って何の研究をしているんだろうな?それに、学校に描かれた“魔方陣”も明らかに怪しい。……私は、この学校を守る責任がある。君達が学校を、みんなを危険に晒すというのであれば、何としてでも阻止しなければならない!』
この台詞だ。確かに彼は、この学校に魔方陣が描かれていた、みたいなことを言っている。だが。
「俺とルイスとリンジーの三人で、昨夜テニス部の部室付近を捜索したんだよな。でも、見つけたのはわんさかいるシャドウステップの群れだけ。シャドウステップを呼び出したっぽい魔方陣とか全然見かけてないぞ?俺とルイスだけならともかく、リンジーも気づかなかったなんてことあるか?」
自分とルイスはビビりまくっていたので、冷静さを欠いていて見落とした可能性はある。が、リンジーはそうではないはずだ。彼は非常に冷静に、注意深く周囲を観察していた。それに、彼は魔法に関してはかなり感知能力が高いタイプのはず。そうそう見落とすとは思えないのだが。
「……無理もないな。君達は魔方陣と聞いた時、授業で使うようなものをイメージしているはずだ。紙に書いた、円形のものを」
「あーうん、そうだけど?」
彼方が召喚された時は、ロイド家の庭に直に魔方陣が書かれていたようだった。異世界、しかも人間を喚ぶので授業で使うものより大きかったのだろうと思われる。まあ、それも方向性としては同じだろう。
だから、彼方も、自分達が見たよりずっと大きな魔方陣であるかもしれないという想定はしていたのだ。だから地面に、円形かまでは確認できなくても、石灰の粉などで何か不思議な線が書かれていたりしないかと思って観察したのである。
しかし、それらしいものはなかった。月の明るい夜だったにも関わらず。
「形は間違ってない。しかし、魔方陣にはそもそも様々なタイプがある。例えば、授業で使う魔方陣は全てペンや粉で線を書く。すると、魔方陣は“静画”になる。どの線も、固定されて動かない。ペンで書いたんだから当たり前だよな?」
「うん、そりゃそうだ。ていうか、魔方陣って基本的に崩れたら困るやつだろ?踏まれたりして消えたり汚れたりすると効力を失う。だから、俺が授業で紙を部分的に燃やしちゃっただけで、魔方陣そのものを取り替える羽目になったんじゃないのか?」
「その認識は正しい。一般的な魔方陣は“静画”で書いて完全に固定させるし、動くと術式が変わってしまって効力を失ってしまう。が、稀にこの魔方陣を“動画”で書く必要があるものが存在する。例えば、外側の囲いのみ、蟻の群れで書かなければいけない魔方陣とかがあるんだ」
「ええ!?んなことできんの!?」
彼方は目を見開く。というかこの世界にも蟻っているんだ、なんてことを心のなかでツッコミながら。
「出来る。外側の囲いだけならそこまで難しくもない。蟻は甘いシロップのようなものに群がる習性があるからな。蟻で形を作りたいところに、シロップで線を引くんだ。すると、蟻はそのシロップの線に沿って群がるから、数を多く集めさえすれば一時的に蟻で外枠の線を描くこともできるというわけだな」
ただし、とカレンは続ける。
「当然、蟻はシロップがなくなればいなくなってしまうし、蜜を集めたら巣穴に戻ろうとする。外枠の線を保っていられる時間は短い。それに、ペンで書いたような完璧な線を作るのはほぼ不可能だ。蟻はそれぞれ意志を持ち、思い思いに動く。場合によっては、勝手に魔法陣の中心に這っていってしまうこともあるだろう。……これは、他の生物でやらせても同じことだ。よほど訓練した動物ならばある程度の可能だろうが、そうでなければ魔方陣は長くもたないし、あるいは動くことを前提に術式を編まなければならない。“動画”の魔方陣は、“静画”よりも遥かに高難易度だと言われているんだ」
「な、なるほど」
「……おい、ちょっと待てカレン」
ここで口を挟んだのはルイスである。
「“動画”の召喚陣が必要なものってものすごい限られるだろ。それこそ……悪魔を召喚するためのもの、とか。まさか、そんなレベルの魔方陣が学校にあったとでも言うのか?」
「そのまさか、だ」
カレンはポケットからメモ帳を取り出すと、一枚千切ってみせた。そして白紙のそれに、ペンで大まかな学校の敷地図を描いてみせる。
「ざっくりとだが。これが西校舎で、これが東校舎。そして、魔法訓練場がここで、テニスコートがこのへんだと思ってくれ」
ペン先でとんとん、と紙を叩くカレン。ちなみに、いま自分たちがいる屋上は西校舎の上。テニスコートは、この西校舎の左側=西側に位置している。
「何日かかけて、シャドウステップたちが一匹一匹どのような動き方をしているか確認してみた。出現する時間は、夕方の六時以降が基本。ただし、六時の段階では僅かに数体出没することがあったりなかったりする程度……恐らく、あくまで準備時間のようなものなんだろう。本番は、夜の十一時を過ぎてからだ。そのタイミングで一気に、魔法結界の隙間を縫ってシャドウステップたちが侵入してくる。例えば、テニスコートの中では、何体かのシャドウステップが輪を作ってぐるぐる回っているのをみなかったか?」
「確かに。かごめかごめしてるみたいなかんじだった」
「かごめ?」
「あ、この世界にはないのか。一人を手を繋いだ数人で取り囲んでぐるぐる回る遊びみたいなもんなんだけど」
こういう時難しいな、と彼方は思う。現代にあるもので例えて説明できない。ジェネレーションギャップならぬ、異世界文化のギャップというやつだ。逆に、彼らのよく知るメジャーな遊びなどを彼方が知らないということもありえるのだろうが。
「さらに、テニスコートのフェンスの外側を、何体かのシャドウステップがぐるぐると走り回っていたはず。気づいたかどうかは知らないが、彼らは四角いフェンスをやや丸く……円を描くように走り回っていた」
カレンは話しながら、図の中にシャドウステップの黒い点と、彼らの進行ルートの線を書き込んでいく。テニスコートの中でぐるぐる回っていた彼らは、上から見ると小さな目玉のような形状に見えただろう。そして、そのテニスコートの周囲を円形に回っているシャドウステップが何体かいたというわけだ。
「あとは、部室の前の道を行ったり来たりしていたヤツ」
線が、増えていく。
「部室の中にも何体か蠢いていた。奴らは動かなかった。線ではなく点を描くための配置だったのだろう。あとは、屋上から落下し続けてきいた奴らがいたな」
点が、書き足されていく。
「そして。……テニスコートの脇の道を抜け、校舎の裏を通り、水飲み場とベンチの脇を抜け、裏門を横切りマラソンのルートを通り……そうしてぐるっと敷地を一周してテニスコート脇の道に戻ってくるということを繰り返しているヤツらが十体ほどいた。……テニスコート周辺以外の学校の敷地内を全てチェックできたわけではないが、恐らくこれで間違いない」
彼方は、言葉を失っていた。恐らくはルイスも。
カレンが学校の見取り図に書き足していったシャドウステップたちの配置と、その動き方。テニスコート周辺の詳細図だけ見ても明らかだった。――彼らの配置と動きが、学校全体を巻き込んだ巨大な魔方陣の一部にはっているらしいことは。
そう。魔方陣は、最初から存在していた。
シャドウステップたちに同じ動きを繰り返させることによって、蠢く生きた魔方陣が形作られようとしていたのである。
「これだけの規模の“動画”の魔方陣となると、威力は計り知れない」
カレンはやや青ざめた顔で、はっきりと断言したのである。
「何者かが、この学校そのものに強大な力を持つ悪魔を召喚しようとしているのだ。……ひょっとしたら、ジャクリーンが、だ」
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