<21・Who>
彼方は完全に固まって、何も言えなくなっていた。この展開は流石に予想していなかったからである。というのも、昨晩自分達の姿を発見されて、それで“何をしてたんだ!?”と糾弾されるところまでは考えていたのだ。
まさか“ジャクリーン”自身の正体をここで疑われるとは、思ってもみなかったのである。それも、ほとんど話したこともない相手に。
「な、何言って」
「しらばっくれるつもりか」
カレンの表情は険しい。
「記憶喪失になって、それまでの記憶がなくなるというのはおかしなことじゃない。うまく魔力の操作ができなくなり、魔法が殆ど使えなくなるということもあるだろう。でも」
彼は腰から短剣らしきものを引き抜いた。そして。
「“奏でろ風の聲、叫べ風の嘆き!Little-Wind”!!」
「!!」
いきなり魔法を放ってきた。初級魔法だが、非常に鋭い。まるで矢のごとく、風魔法が真っ直ぐこちらに飛んでくるのを、彼方は反射的にバックステップでかわしていた。ざっしゅっ!と彼方がさっきまで立っていた位置に風魔法が突き刺さる。
「な、何するんだ!」
「その動きだ。私が知っているジャクリーン・ロイドは非常に魔法に優れていたものの、単純な身体能力はそこまで良かったわけではない。……夏休みが明けてからの君は、俊敏性が高すぎる。記憶喪失になって、身体能力が飛躍的に上がるなんてことがあるとでも思っているのか?君のその脚は、ここら一カ月で鍛えて速くなったなんてレベルじゃない。天性のバネを持つものが、年単位で走り続けてきた動きだ。今までのジャクリーンなら、リレーで選ばれることなど絶対なかったはず」
「…………!」
そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。確かに、そこは完全に彼方の落ち度だった。魔法に関しては誤魔化せることが多くても、流石に身体能力についてはもう少しセーブしておくべきだっただろう。何でもかんでも全力投球してしまう性格がアダになった。ひょっとしたら、他の生徒達も同じ点をおかしいと思っていた可能性がある。
「それだけじゃない」
右手で短剣を弄びながら、カレンは続ける。
「魔法の属性というものは、生まれもった素質によるもの。闇属性が得意な者は闇属性の魔力を変えられず、水属性が得意な者は水属性の魔力を変えられない。魔法が単純に使えなくなるのとはわけが違う。いくら事故に遭ったからといって、記憶がなくなったからといって、属性まで変わるような事例など見たことがない。ジャクリーンは元々氷属性で、君は誰がどう見ても炎属性だ。まったく真逆、そうだろう」
「そ、それは……」
「君は、ジャクリーンとは顔がそっくりなだけの別人だ。一カ月前に学校に侵入した記憶はないと言ったな。それが本当なら、学校に来たのは本物のジャクリーンの方だったのだろう。ならば、君は何者だ?ジャクリーンの屋敷から通っているようだし、本人が認めた上で成り代わっているとしか思えない。一体、何を企んでいる?」
す、と彼の目が細められる。
「学校に影武者を通わせて、自分は家に籠って何の研究をしているんだろうな?それに、学校に描かれた“魔方陣”も明らかに怪しい。……私は、この学校を守る責任がある。君達が学校を、みんなを危険に晒すというのであれば、何としてでも阻止しなければならない!」
「ちょ、待て、待て!私はそんなんじゃ……!」
どうやら、向こうはこちらを敵だと認識しているようだった。カレンの周囲で、ごうごうと風が渦を巻き始める。やばい、と冷や汗を掻いた。明らかに、さっきよりも大きな魔法の準備をしている。
「“空の彼方より来たれ、風の化身!Middle-Wind”!」
激しい突風が、突如として遅いかかってきた。逃げようにも、風に足を取られて自由に動けない。どうにか地面に這いつくばって風から逃れようとするが、この風はただ吹きすさぶのみならずカマイタチのように切りつけてくるタイプのものだった。
指先が、服が、頬が、細かな切り傷に塗れていく。完全の飲み込まれる前に反撃しないとまずいと分かっているのに、魔力を練るのに集中できない。
万事休すか、と思ったその時。
「“落ちよ雷、轟け光!Little-Thunder”!!」
それは、あの時自分を助けてくれたのと同じ雷鳴だった。激しい音と共に落ちた雷が、風の渦を切り裂いて弾け飛ばせる。カレンが何かを悟ったように、魔法を収束させたことに気づいた。一気に、風が消滅していく。
「過保護な騎士だな」
「やりすぎだ、てめえ」
そこに立っていたのは、ルイス。いつからそこにいたのだろう。ふらつきながら彼方が立ち上がると、彼は珍しく殊勝に“悪い”と言った。
「流石に心配だったからな。……こっそり、お前のあとを尾行してきたし、屋上のドアの前で全部話は聞いてた。助けるのが遅れて悪かったよ」
「ルイス……」
ちょっとだけ、きゅんとしてしまった。ルイスのくせに、ヘタレな俺様なくせに、いざという時はどうしてこうカッコ良いのだろう。
「で、カレン。お前どういうつもりなんだよ。確かに不審な点はあるんだろうが、だからっていきなり攻撃する馬鹿がいるか。学校を守りたい学級委員長がやる真似だとは思えねえな。どういうことか説明しろ」
彼方のことを支えながら、カレンを睨むルイス。カレンはといえば、やれやれ、と肩を竦めてため息をついている。
「その様子だと、君はその“ジャクリーン”の正体を知っていて付き従っているというわけか。そいつが、ジャクリーンの偽物だ、と。何故だ?その偽物の騎士になるということはつまり、何かよからぬことを企んでいるジャクリーンに手を貸すということに他ならないぞ。そもそも、君はクラスでも特にジャクリーンとは仲が悪かったと記憶しているんだがな」
「そりゃ間違ってねえ。俺は今でもジャクリーンが大嫌いだぜ」
「なら何故?」
「こいつがジャクリーンじゃないからだ」
カレンを真っ直ぐに見据えて、ルイスは言葉を紡ぐ。
「こいつ、ジャクリーンと違ってまともに魔法は仕えないし、知識もないし、危なっかしいし猪突猛進だし。……でも、ジャクリーンと違って、体張って弱い奴を助けに行ける正義感がある。誰かに気持ちに寄り添える、ちゃんとした人の心を持ってる。こいつだって望んでジャクリーンの身代わりやってるわけじゃなくて、右も左もわからなくて混乱してるってのに……それでも他人のために動ける勇気がこいつにはあるんだ。助けてやりたいと思うのは当然だろうが」
それは、初めて真正面から聴く、ルイスの本心だった。まさかそんな風に思ってくれれていたとは。あっけに取られる彼方をちらっと見るルイスの頬は、心なしか桜色に染まっている。多分、本人もここでぶっちゃける予定ではなかったのだろう。
「ジャクリーンじゃない、“こいつ”だから俺は好きになったんだ。本物のジャクリーンがどうかなんて関係ねえよ」
ルイスの言葉を、どう受け取ったのだろう。カレンの目には、敵意よりも困惑の色が強くなっていた。
「……待て。今、“望んでジャクリーンの身代わりをやっているわけじゃない”と言ったな。それは、どういうことだ。君は、ジャクリーンに雇われて影武者をしているのではないのか?だから、ジャクリーンの本当の目的も知っていて、手助けしているのではないのか?」
――ああああああ、やっぱそういう認識!そりゃそうだよね!
心の中で、彼方は頭を抱えるしかなかった。確かに、ジャクリーンが学園に仇なすと思っていて、かつそのジャクリーンが本人公認のもと影武者を学校に送り込んでいるともなれば。そりゃ、影武者も計画の協力者だと思うのは当然のことだろう。
だが実際、彼方は“騎士集めに苦労しそうだから、自分の代わりにジャクリーンとして学校にいって騎士集めして卒業試験をクリアしてくれ”ということしか言われていない。同時に“それやらないと元の世界に帰してあげないので”とも。彼女が、どうやら単純な卒業だけを考えているわけではなさそうだということ、何か他にも目的があるらしいということなんて、正直たった今までまったく気づいていなかったのである。
ひょっとしたら、ルイスが来ていなかったらもっとややこしいことになっていたのかもしれない。彼方が全部知っていると思っていたなら、拷問さえ辞さない勢いだった。実際、彼方自身はジャクリーンの本心について何も知らないにも関わらず。
「……おい、どうするよ」
ちらり、とルイスが振り返る。
「これはもう正直に、全部話した方が良いんじゃないのか。でないと多分、納得してもらえないぜ」
「……だよなあ」
今ここに、リンジーを含め他の生徒が誰もいなかったのを僥倖と思うべきなのだろう。ただ、さっき風魔法やら雷魔法やらでやり合ってしまったので、そのうち異変に気付いた先生か誰かがすっ飛んでくる可能性はある。あまり、説明に割く時間はない。
――俺、やっぱ変装も潜伏も向いてないよなあああ……!
どうやらカレンは、彼方が男であるということまでは気づいていない模様。女装した変態だと思われてしまう可能性はあるが、もうそれはこの際諦めるしかない。
「……えっと、カレン?」
彼方は苦い気持ちで、口を開く。
「とりあえず、信じて欲しいのは。俺は望んで、ジャクリーンに従ってるわけじゃないってことね。ていうか、むしろ脅迫して従わされてるんだけど。……えっと、異世界から人を連れてくる魔法があるってのは、知ってる?」
「異世界?」
「うん。……俺、異世界から無理やり召喚させられちまったのよ。その、ジャクリーンとたまたま顔がそっくりだったってだけで」
しどろもどろになりながらも、今までのことを説明した。どうか、彼の口が堅いものでありますように、と祈りながら。
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