<19・Ritual>
朝のホームルームの時間が近付くと、生徒達も少しずつ登校してくることになる。
彼方がまずするべきだと思ったのは、イザベルとジェマにきちんと報告することだった。勿論共に現場を見たルイスとリンジーも一緒である。
「……そういうわけだから、正直撤退してくるだけでいっぱいいっぱいで。除霊とか、そういうことは全然できなかったんだ。本当に、ごめん」
「い、いやいやいや!いいんだよ、気にしないで!私達が無理に頼んだんだもん……!」
彼方が頭を下げると、ジェマはぶんぶんと首を横に振って言った。イザベルはといえば、こちらも困ったように眉を下げて、ごめん、とむしろ謝ってきたほどだ。
「だね。あたし達のために、そこまでしてくれただけで感謝してるわ。ただ……なんか話を聞いている限りだと、思った以上にとんでもないものを見つけちゃった感じね。あたしも、まさかシャドウステップだとは思ってなかったわ。人間の思い込みって怖いもんね。反省しなきゃ」
まあ、あんな怪談を知っていたなら無理もないだろうなと思う。恐らくは、彼女たちが見たものは部室の中で蠢いていたやつなのだろうし(女子部の部室を結局確認しなかったが、恐らくあちらのロッカールームにも似たようなものはいたのだろう)、髪も長いように見えていた。よく観察しなければ、その勇気や余裕がなければ、あれが幽霊ではなくモンスターの類だとは思うまい。
「悪霊じゃないから、そういう祟りとかはなさそうなのは良かったんだけどな。……ていうか、犯人が結局その怪談を知っていてシャドウステップを見立てたのかどうかもわかんねーし。そもそもの問題は、誰がなんのためにあんなにシャドウステップを撒いたのかってことだよ。しかも、多分だけど夜の十一時になった途端にワーッと増えたんだぜ?」
ルイスが肩を竦める。
「てことは、時限式で学校に召喚されたか、集まるように仕向けられてたってことだ。何のために?だよ。しかも、よくよく考えたらあいつら、学校の魔法結界を掻い潜ってんだ。これ、外部の人間にはかなり難しいだろ」
「結界の内部で召喚されたか、あるいは結界の隙間をよく知っている学校関係者が呼び寄せたってことになるわね」
「その通り。どっちにしても学校関係者が、この学校の敷地、特にテニスコート中心のエリアを使って何かをしようとしてるってことなんだ」
何か。
現状は、それがさっぱりわからないのが問題である。ただ、ルイスとリンジーは共に、シャドウステップどころではない大きな魔力の気配を感じたと言っていた、シャドウステップは目的ではなく、何かを成し遂げるための手段と考えるべきだろう。
「シャドウステップを生贄にして、何か悪魔みたいなものを生み出す儀式をやる、とかそういう魔法はないのか?」
彼方は思いついたことを言ってみる。魔法に関しては本当に、現在教科書に書いてあるものを必死で詰め込んでいる最中だ。それさえ抜け落ちてるところがあるかもしれないのに、教科書に書いてないような魔法なんて知っているはずがない。
というか、ある意味では小学校で習うレベルの魔法を知らない可能性もある。わからないことは、わからないとはっきり言うべきだと判断したのだ。ちなみに生贄、という言葉が出てきたのは単純にゲームだとかホラー的な発想である。
悪魔だの邪神だの、そういうものを呼び出すために生贄の儀式をやるのは怖い系の映画ならあるあるだ。以前無理矢理陸上部の友達に見せられた映画も、田舎の農村で大いなる邪神を呼び出すために観光客が次々と生贄に捧げられていくというやつだった。
「ほら、悪魔とかなら、人間や精霊の命を吸収してーとかありそうじゃん?いや、ない?」
「なくはないですけど、本当にやばいものなら要求されるのは人間の血肉か魂と決まってますので」
ないない、とリンジーがひらひらと手を振った。
「シャドウステップをあんなに呼び出しても対価になりません。儀式の対価っていうのは、基本的に“術者にとって価値があるもの”を差し出すから意味を成すんです。例えば、憎い相手の腕を千切り取る変わりに私の足を差し出します、とか。数人に地獄を見せる呪いをかけるために私の命を悪魔に捧げます、とか。品物で足りる場合もありますけど、それはよほど大切なものでなければいけませんね。愛する人の形見の品、みたいな」
なるほど、それはわかるような気がする。基本的に、魔法は等価交換で行われるもの。自らの魔力を支払うことで魔法による奇跡を起こすし、それでも足らない奇跡を起こしたいなら魔力以外の支払いを要求される。本人にとって価値あるものでなければ釣り合いが取れないのは道理だろう。
ならば、いくらシャドウステップを大量に召喚しても、それを生贄にしたところで大した対価にはなるまい。ということは、あれらは生贄にされるために呼び出されたわけではないということだ。
「気になるのは、十一時にまず大量に出現したことね。その時刻に何か意味があるのかしら。あんた達が朝早く来た時にはもう、シャドウステップたちは全部撤収してたっぽいんでしょ?」
「はい。影も形もありませんでした。ちなみに、昨日は水曜日。水曜日にだけシャドウステップが出現するのか、日毎に変化があるかまでは不明です。毎日調査しないと違いはわからないでしょう……が。はっきり言って、毎日学校に真夜中に忍び込むのは現実的ではないですね」
「そりゃそうだわ。……まあ、夕方に、何時に何曜日に出現してるか、についてはあたし達の方で多少調査できそうだけどね」
イザベルが肩を竦める。ちなみに、ありがたいことにこの世界の曜日は現代日本のそれと一致している。時間に関しても同じだ。ここが違っていたら話がややこしかったので、大変にありがたいところであったりする。
「それと、シャドウステップたちはみんな、特定の動きを繰り返していたんだよね?」
ジェマが恐る恐るといった形で口を挟んでくる。
「これ、何のために、なんだろう。テニスコートの上で輪になって踊ったり、ひたすら同じコースを走り回ったり屋上から落ちまくってみたり。そりゃ、通行人がぶつかってもダメージはないんだろうけど」
「意味がないってことはない、よな。呼び出した奴に、その動きをするように命じられてるってことなんだから」
「そう。でも、どうしてそんなよくわからない動きをさせるのかがまったく想像がつかないというか。確かにシャドウステップって初心者でも比較的簡単に呼び出せる精霊だけど、何十体も送り込むなら結構な魔力と技術が必要になるし。それが、何の意味もないとは思えないんだよね」
「だよなぁ」
あの意味不明な動き方に、一体なんの意味があるのか。あの動き自体が何かの儀式的なものなのかもしれないが、生憎そういった知識に乏しい彼方にわかるはずもなかった。
そもそも、わかりやすい魔術的なダンスをしていたなら、そのへんに詳しそうなリンジーが気が付かなかったはずがないだろう。ルイスはビビっていたからわからなかったにしても、だ。
「あとは、検知された魔力だな。闇属性と氷属性。……これ、あの魔法を仕掛けた人間は氷属性が濃厚ってことじゃね?うちのクラスにも先生にも何人かはいるが」
「そうね。それだけど……」
ちらり、とイザベルがこちらを見た。彼方が不思議に思って首を傾げると、何でもないわ、とすぐに視線を逸らされる。何なんだろう、一体。
「と、とにかく。あとは、何でカレンがその場所にいたかどうかよ。知っての通り、彼はクラスでもかなり成績優秀だし、授業態度も真面目だわ。夜中にこっそり学校に忍び込むタイプだとは思えない。やるとしたら、何か大きな目的があってのことだと思うの。例えば……この学校の陰謀を暴くために一人でこっそり調べてた、とか」
「その様子だと、イザベルはカレンの“噂”は信じてねぇんだな。結局イケメンだからってか?」
「その偏見強すぎるところがあるからアンタはモテないのよルイス。そもそも、カレンは風属性なのよ?氷属性じゃないから容疑者にならないと思うんだけど?」
「う」
モテない。そう言われて、ルイスがずずーんと落ち込む。そりゃ俺様キャラじゃな、と彼方は呆れるしかない。少女漫画や乙女ゲーなら、ヒロインは何故か俺様キャラの強引なところにキュンキュンしてしまったり、思いがけない優しいところにときめいてしまったりするようだが――はっきり言って、現実ではナシなのである。
いやだって、強引で横柄だけど時々優しい男より、いつも優しい男のほうが良いに決まっているではないか。あれは、二次元の世界だからこそ許されるものだというのを忘れてもらっては困るのである。――まあ、ルイスの場合は、照れ隠しとツンデレがネジ曲がって俺様キャラになっちゃってるだけな気しないでもないが。
「カレンの噂って、何なんだ?何か言われてるのか?」
確か、昨日リンジーがカレンには何か良からぬ噂があると言っていたような。彼方が尋ねると、四人は揃って微妙な顔をした。
「……えっと、ジャクリーンさんは知らなかったんだね。それとも、記憶喪失で忘れちゃった感じかな」
非常に言いづらそうに、ジェマが口を開いた。
「その。カレンさんは表向きは優等生だけど、実は裏の顔があるんじゃ、みたいなことを言う人がいて」
「裏の顔?」
「カレンさんはすごく美人で、しかも両性なのを隠してないから、男女ともにモテるんです。男性に見える姿なので、どちらかというと女性のファンが多いんですけど。それでその、結構いろんな人と恋愛的じゃないお付き合いをしているとか、売りをしているとか」
「え」
それって、つまり。
「せフレがたくさんいて、男も女もとっかえひっかえしてるんだって噂があるんだよ」
ジェマがぼかした点を、あっさり喋ってしまうルイス。
「本当かどうかは知らねぇよ?俺様は何も見てねえし。ただ、時々、あいつが学校のどっかで男や女とヤッてるのを見たとか言う奴がいて。で、そのせいでなんかこう、距離を置かれることもあるっていうか」
「カレンがそんな淫らなことするわけないでしょ!きっと、モテるカレンに嫉妬した奴等が悪評振り撒いてるだけよ」
ふん!と不愉快そうに鼻を鳴らすイザベル。
「それ、滅茶苦茶名誉毀損じゃねえか!誰だよそんな酷いこと言ってる奴ら!」
彼方は憤慨する。いくらなんでもそれは、噂の内容が酷すぎる。モテるというのなら、恋人を変えることがあってもおかしくはないが。それは、さながら彼が男にも女にもだらしないし、性的に乱れていると決めつけているような内容だ。いくらなんでも、不名誉が過ぎるではないか。
確かに、彼ほどの美形なら人の逆恨みも買うことはあるだろうが。だからって無闇と貶めて良い理由にはならないのである。
「そうやって怒ってくれるから、今のアンタが好きよあたし」
イザベルはそんな彼方の肩を嬉しそうに叩いた。
「まあ、それはそれとして。夜中にカレンを見かけたって件は確かに気になるわ。一人で危険なことしようとしてるなら止めたほうがいいし。正直ね、この件はかなりキナ臭い気がしてならないのよ」
「というと?」
「あんた達は先生に報告しようか迷ってたみたいだけど。そもそもそんなにシャドウステップが溢れてるような状況に、魔法のエキスパートである先生たちが一切気づかないなんてことあると思う?気付いていて様子見してるか、スルーしてるかのどっちかじゃないかしら」
「あ……」
確かに、悪霊ならともかく召喚されたモンスターならば、完全に魔法使いたちの領分である。結界のこともあるし、先生たちが気づかないでいるのはおかしなことだろう。
それこそ、水面下でひそかに犯人探しをしている可能性もある。それならそれで、自分達が下手に藪をつついて蛇を出しかねない行為は控えたほうがいいだろう。
「先生達に任せた方が良いのでしょうかね……」
リンジーが困ったように皆を見回した。
「何にせよ、一度カレンさんからは話を訊いた方がいいでしょうし、氷属性の人には気をつけておいたほうがいいでしょう」
「そうね」
「ええ」
イザベルとジェマが頷きあう。すると、彼方の耳元でルイスが小さく耳打ちをしてきたのだった。
「おいカナタ。お前、一応本物の“ジャクリーン”に気をつけておけよ」
そして、大きな爆弾を投下したのである。
「確か、あいつも氷属性だったはずだからな」
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