<16・Ghost>
「お、おばけなんてなーいさー、おばけなんてうーそさーぁ」
「……それ、何の歌ですか?」
思わず震えた声で歌ってしまった彼方に、不思議そうに尋ねてくるリンジー。彼方は引き攣った顔のままどうにか“おばけが出なくなるおまじないだよ!”と答えた。
いや、まあ、この歌を歌ってるとむしろフラグのような気がしないでもないが。今はそんなことを言っている余裕もない。怖い。ぶっちゃけ、怖い。
ジェマとイザベルの頼みを結局断ることができず、現在三人で夜の学校に来ているところである。意外にも、屋敷を夜中にこっそり抜け出すのは難しいことではなかった。少々不気味に感じるほどに。――いやまあ、単純に彼方が夜中に徒歩で学校に行くなんて誰も想定していないだけかもしれないが。
それなりに高いセキュリティを誇るはずの学校だが、そもそも魔法派が作った魔法使いのための学校に、防犯カメラなんて高度で科学的なものが存在するわけがない(この世界の科学技術レベルが未だにわからないが、多分科学派の方も現代日本までの科学技術は持ち合わせていないだろうと思っている)。学校の前で待ち合わせをしたリンジーが魔法結界の“隙間”を見抜いてくれたので、それをくぐっていけば中に入るのは簡単だった。そして、校庭より向こうは結界もない。探索し放題である。無論、校長室や理事長室、レベルの高い資料室などは別に結界が張ってあるらしいのだが。
「ね、ねーぼけーたひーとが、みまちがーえたーのさぁ……!」
おまじないのように調子の外れた歌を歌いながら、校庭を横切っていく。大きな立木が、真っ黒な影に見える。その影からじっとりと、何かの視線を感じる――なんんてことはない。ないったらない、絶対に。
「だけどちょっと、だけどちょっと、ぼーくだってこわ……くないんだぞこんちくしょう!」
「なんだよ、怖いんじゃえねかジャクリーン」
ポンポン、とジャクリーンの背中を叩くのはルイスだ。現在、三人で学校に忍び込んでいる真っ最中というわけである。
「強がってたって関係ないんだぜ。ほら、怖いなら怖いって素直に言えよ。なんなら俺様にしがみ付いて甘えたっていいんだぜ、んー?」
「……ルイス、お前さあ」
そんなルイスをジト目で見て、彼方は言う。
「自分は全然怖くないですって顔してるけど、実はけっこーびびってるだろ。なんだよ、その無駄にじゃらじゃらしたロザリオの山は」
「う」
そう。本人は、お化けなんか信じてないし怖くもないですという顔をしているが。その首には、ありったけの金色のロザリオがぶら下がっているし、魔除けの魔法陣のお守りっぽいものも山ほど手首から下がっている。どう見ても、家にあった魔除けのブツを山ほど持ってきましたという格好にしか見えない。
「こ、これはだな!少しでも幽霊退治に役に立つかなーって思って持ってきたというだけで!お、お前が怖いだろうから少しでも効果のありそうなものを盛って来てやったんだよ、お前のためだっての、俺様は優しいだろうがよ!」
「はいはい」
「し、信じてないな!?お、俺様がびびっているわけないだろうが!!」
「声震えてるだろ、めっちゃくちゃ」
その時、やや強い風が吹いた。どこかでからんからん!と物が落ちるような大きな音がする。
「「ひいいいいいいいいいいいいいい!」」
彼方とルイスは共に震えあがり、反射的にリンジーの後ろに隠れていた。小柄なリンジーの後ろに隠れる姫と騎士というなんともシュール極まりない図。リンジーは呆れたようにこちらを見る。
「……帰ります?お二人さん」
「や、やだ!た、頼まれた仕事を見もしないで帰るなんてことできるかよ!」
「そ、そうだ!お、俺様だけ帰ったらカッコ悪いだろうが!ジャクリーンがやるってんなら帰らないわけにはいかねえだろうがよ!」
「はあ……」
自分も大概だが、ルイスも大概である。ここまで幽霊にびびりまくっているのに、何で一緒に来ることを選んだのだろう。彼は“自分が騎士だから”と繰り返し主張するが、護衛と言う意味ではリンジーが一緒にいるなら充分であるはず。ここでもまた、ライバル心を発揮しているのだろうか。
あるいは、イザベルと彼方の関係を疑っているのか。
「……いやほんと、ルイス何で来たんだよ」
自分のことは棚上げして尋ねる彼方。
「ひょっとしてあれか?お前、イザベルが好きなのか?」
「待て、何でそうなる」
「私がイザベルに抱きつかれた時、無理矢理引きはがしにいってたじゃないか。あれってそういうことだろ。嫉妬したんだろ。確かに美人だけどさ、イザベルは」
「はあ!?ちげーし!」
おい、チョットマテ。何故そこで顔を赤くして怒るのか、この男は。
「確かにあいつは美人だし、胸でかいし、スタイルもいいけどな!だからって、それだけで人を好きになるほど俺様は安くねえ!あ、あいつにお前が抱きつかれた時に引きはがしたのは、騎士としていくらなんでも、そ、その、危険があるかもしれないと思ったからだ!ふ、不埒だし不純だし、な、なんというかよくわかんねえけど危ない気がしたというか!」
「どういう危ない、だよ。ていうか、お前見た目だけで人を判断しないタイプだったのか、知らなかった。じゃあどういうヤツが好みなんだよ」
特に何か意識して尋ねたわけではなかった。あまりにも本人が“嫉妬ではない”と言い張るので、好みのタイプがなんなのか訊いてやろうと思っただけである。
が。そうしたら、今度はさっきより顔を茹蛸にして押し黙る始末。さっきから、ビビったり怒ったり照れたりとなんとも忙しい。
「そ、それは……その、なんというか……」
何だこいつ、面倒くさいな。思わず呆れてしまう彼方。頼むから、もう少し俺様キャラっぽいところを保ってくれと思う。いや、俺様キャラが好きなわけではないのだけれど、ちょっと最近キャラ崩壊が激しくないだろうか。
「お二人とも、漫才はそのへんにしてくださいね」
そんな会話をしているうちに、テニスコートに到着していた。リンジーが手をひらひらと振って、自分達の会話を終了させに来る。
「到着しましたよ、テニスコート。さっさと調査して、お化けでもなんでもぶっ飛ばして終わりにしましょう。警備員さんもどこかにいるはずですし、見つかったらちょっと厄介ですから」
「うう……」
ああ、せっかく恐怖を忘れかけていたのに。彼方は雰囲気にのまれそうになり、思わず呻いた。
緑色のフェンスに囲まれたテニスコートは、存外現代日本で見かけるそれと姿が変わらないように見えた。長方形の、緑色のスペースに、白いラインが引かれている。ネット脇に置かれている背の高い椅子は、多分審判が座るものなのだろう。なんとなく、プールサイドで見かける監視員の椅子に似ているな、なんてことを思った。
――バレーボールのネットは使い終わったら回収してたけど、テニスコートのネットって張ったままなのか。……ああ、まあ、体育館と違ってテニスコートはテニスでしか使わないし、特に問題はないのかな。
そんなことを考えながら、そろそろとコートを覗きこむ。ナイター設備なんてものも特にないコートだったが、今日は月が綺麗なのでまったく視界がきかないというほどではない。一応ランタンは持ってきてはいるが、そうでなくても問題なくコート全体を見通すことができた。
セント・ジェファニー学園中等部のテニス部は、どちらも地区大会を突破できるくらいの強さだと聞いている。そのあとの州大会は通過できたりできなかったりするらしいのだが、まあそれなりの強さであるのは間違いないのだろう。当然、テニスコートも相応に広いし数がある。手前が女子部が使うコートで、奥の方が男子部のコートなのだ、とイザベルたちからは聞いていた。
「……今のところ、特におかしなものはないか?」
彼方はそう言って、ルイスとリンジーを振りかえった。しかし、二人は何やら真剣な顔をしてコートを睨んでいる。
「え、どうしたんだよ、二人とも」
「……お前、本当に魔法に関してポンコツになっちまったんだな」
「はあ!?」
「魔力の気配がするんだよ。ただのテニスコートにしては、異様なほどに」
「え」
ルイスの言葉に怒りかけて、彼方は固まった。魔力の気配?つまり、誰かがこのコートに魔法をかけたということなのだろうか。
「結界でもあるのか?」
彼方がリンジーに尋ねると、ちょっと違う気がします、とリンジーは首を横に振った。
「コートを覆う結界があるとかじゃなくて……なんというか、大きな魔法を使うための儀式場が準備されているような気配、とでも言えばいいでしょうか」
「儀式場?」
「ええ。例えば、僕達は今授業で、召喚魔法を習っているでしょう?召喚魔法を使うためには、普通の魔法とは違って準備が要ります。呪文と魔力だけじゃなく、魔方陣を用意しなければいけない。小さなハイイロネズミを召喚するだけでも、きちんと術式を編んだ魔方陣を用意しないと発動しないですよね。あれを用意するってことが、ようはその魔法を使うための儀式場を用意するってことと同義なんです」
「な、なるほど……」
ちなみに、この一カ月彼方の召喚魔法の腕はちっとも上達していなかった。一体何枚の魔方陣の紙を駄目にしたか、もはや数えていないほどである。一応、ボヤを出すことだけはどうにか避けられているが。
「このテニスコート全体で、同じような気配がするんです。まるで、何かを呼びだす準備でもしているような」
リンジーは険しい顔で、彼方を振りかえって言った。
「ひょっとして、誰かが勝手にこの場所を何かの儀式の舞台として使おうとしているのかも。……魔方陣を、探してみましょう」
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