<15・Horror>

 昔々。

 どれくらい昔かよくわかんないけども、とにかく昔。

 契約を結び、共に卒業試験を勝ち抜こうと心に決めた姫と騎士の生徒達がいた。姫は、良家のお嬢様であり、騎士となった生徒は庶民出身の特待生。お互い身分の差こそあったものの、愛を貫き共に生き抜く決意を固めていたという。

 無論、姫の両親は猛反対。

 この国では結婚は二十歳からと決められているが、その前に婚約者を決めることは当然可能となっている。姫がまだ中等部の学生であるうちに、さっさと婚約者を決めて騎士と引き離してしまおうと考えていた。姫は何度もお見合いを断り、両親の意向を無視して騎士との付き合いを続けていたものの、結局親の権力に逆らえず婚約者が決まってしまうことになる。

 二人は絶望し、卒業試験を間近に控えたその日に心中することに決めた。騎士は家族を捨てることができず、そして何より騎士の少年もまた十五歳。姫を連れて、遠い土地に駆け落ちすることなどできるはずもなかったためである。

 二人は共に夜中に校舎に忍び込み、ある教室で毒薬を飲んで心中を図った。翌朝、警備員が血まみれになった部屋で死体を発見し、悲鳴を上げることになるのだが――。

 なんと、見つかった死体は騎士の少年のみ。

 少女は大量の血痕があったにもかかわらず、死体が見つからなかったというのだ。


「……少女の死体が、どこにいっちゃったかは結局見つからなかったの」


 イザベルはそこまで説明して、肩を竦めた。


「飲んだ毒ってのが、とにかく強烈なやつでね。平たく言うと、飲んだら最後全身の内臓から出血して死ぬってやつで……正直土壇場で救出されても、後遺症はまず免れられないだろうっていうタイプの猛毒だったんですって。実際、少年の遺体は体中から出血して血まみれだった。残っていた血液量からして、少女も同じだけ出血したと考えられるの。仮に生き残っても、まともに歩けない体になっているのは間違いないだろうって」

「こ、こわ……。よくそんなヤバイ毒飲んで自殺しようと思ったな」

「確実に死にたかったからじゃないの?ほら、首吊りとか飛び降りだと、場合によっては生き残っちゃうこともあるし。この毒なら高い確率で死ぬことができる、と考えたんでしょうね。でも、少女の遺体は見つからなかった。一説によると、この時空き教室の窓やドアが開いていたらしくてね。そこから野犬が侵入して少女の遺体を持っていっちゃったとか食べちゃったとか、あるいは一足早く遺体を見つけた少女の家族が、少女の死体だけ持ち帰って埋葬しちゃったんじゃないかって話」

「あー、そうか。名家の家柄だもんな。心中して、婚約者じゃない男と一緒に死んでるなんてことになったら、家の名誉が傷つくとでも思ったか」

「そ。クソだけど、ありえなくはないでしょ」


 それは、さぞかし無念だったことだろう、と少しだけ彼方は同情してしまった。彼女は命を賭してなお、少年と共にいることを選んだはずである。自殺した魂が天国に行けるかどうかは宗教によるだろうが(うろ覚えだが、キリスト教だと自殺した魂は天国に行けないことになっていたような気がするのだ)、仮にそうでなかったとしても、死することでしか愛する人と一緒にいられないと考えるほど追いつめられていたに違いない。

 それなのに、死んだあとでさえ引き離されるなんて、あまりにも悲しすぎる話である。


「無念だったでしょうね」


 同じ事を思ってか、リンジーがぽつりと呟いた。


「……なるほど、それなら化けて出るようなことになっても仕方ないかも」

「え゛。ば、化けて出るの?」

「そうなのよ!だから困ってるの!」


 やっぱりただの悲しいお話で終わらないのか、これ。しれっと怪談系が苦手な彼方は凍りつく。


「この毒薬を飲むとね、内臓という内臓から出血した上、どんどん体の内側から腐っていくことになるの。いわゆる、ゾンビみたいな姿になっちゃうわけ。少年の方は死体が発見されるのが早かったから比較的綺麗な姿で回収されたけど、少女の方がどうだったかというと……ねえ?」


 ぶるり、とイザベルが体を震わせた。


「以来、その空き教室周辺では幽霊が出るという噂が流れたの。血まみれで、腐った目玉が垂れ下がり、下半身の緩んだ穴という穴から臓物を溢れださせ、壊死した筋肉を引きずりながら這いずって動く……そんな少女の死体動き回る、と」

「ひっ」

「少女は、愛する人との約束を果たしたがってるんでしょうね。だから、あの空き教室のところまで、何が何でも這っていこうとするのよ。彼女が通った後ろには、血と臓物と、それに群がる蛆がびっしりと……」

「ひいいっ」

「でも、既に例の教室に少年の死体はない。だから、彼女は愛する人の躯を求めて、その近辺をぐるぐると探し回るのよね。そして、もしも愛する人に少しでも背格好が似た生徒を見つけると、その足元に這いよっていって、腐った息を吐きながら言うの……“一緒ニ逝キマショウ?”って!」

「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」


 演技力抜群すぎる。彼方は思わずビビッてその場にしゃがみこんでしまった。そんな彼方を、ルイスがにやにやと笑いながら見下ろしている。


「なんだよジャクリーン、怖いのかあ?お前、お化けとかマジで信じてるんだな。ほら、俺様に縋りついて震えたっていいんだぜー?」

「だだだだだだだだ誰がするかよこんちくしょう!お、お化けは、殴っても蹴っても退治できないんだぞ、怖くて当たり前だろうが!!」

「え、怖い理由ってそれなんですか?」

「そうだよ!ゾンビなら銃で退治できるかもしれないけど、この国は軍人と憲兵以外銃の携帯は禁止じゃん!」

「むしろなんで銃なら退治できると思うんです?」


 リンジーが不思議そうにツッコミを入れてくるが、答えられるはずもない。なんせ、根拠は現代日本で見たとあるゾンビ映画とゾンビゲームなのだから。あれは何でだか知らないけれど、ゾンビをヘッドショットで倒せる仕様になっていた。脳を破壊すると、ゾンビも動きを停止するらしい。既に死んでるのに何でなのかは知らない。

 とりあえず、ムカつくのでルイスの足は思いっ切り踏んでおくことにする。彼が“いってええええ!”とか喚いてケンケンしているが無視だ無視。


「と、とにかく」


 ややドン引いた顔で苦笑いしながらイザベルが続ける。


「そういう怪談がね、昔からこの学校にはあるの。学校の七不思議その一、“廊下を這い回る死体”ね。ちなみに他にも“訓練場の首吊り死体”とか、“プールに浮かぶ顔”とか、“理科室の禁じられた遊び”とかがあるわ」

「待って?今しれっとこの場所にも怪談があるっておっしゃいましたかイザベルさん?」

「大丈夫よ、今は出ないわ。多分」

「多分!?」


 現在地、魔法訓練場。首吊り死体ってまさか、この訓練場に植わっている木のどれかに首吊り死体が出現するとかいう話なのだろうか。彼方は引き攣った顔で、思わず木の方を見てしまう。どうしよう、影がなんか、死体に見えてきて超怖いのだが。


「そんなにジャクリーンが怖がるとは思ってなかったわ。まあ、昔ながらの七不思議のひとつだから、誰も信じてなんかいなかったのよ。つい最近まではね」


 ちらり、とイザベルは隣で黙って話を聞いていたジェマの方を見る。ジェマはやや青い顔で、こくりと頷いてみせた。


「そう、そうなんなの。……その七不思議の事件があった後で、校舎は老朽化で一度取り壊されて建て直しになって……だから、例の空き教室って本当はとっくに残ってないんだよね。ただ、丁度その空き教室があったあたりに、テニスコートとテニス部の運動場があって」

「そこでまさか、這いずる幽霊が出たって?」

「うん。テニスコートの上を、黒い人影が這いずってた、とか。部室の中に、黒い人影がしゃがみこんでもぞもぞ蠢いているのを見たって人が続出して。わ、私も……遠目からだけど、見ちゃって。それで、部活に来ない人がたくさん出た上、その人影を見た顧問の先生まで具合を悪くしちゃったもんだから、部活動そのものができなくなちゃったの……」


 どうやら、話はそこに繋がるらしい。自分達に、その幽霊とやらをなんとかしてほしい、ということなのだろう。まさか異世界にまで来て除霊案件に遭遇するなんて、と彼方としては頭を抱えたい気持ちでいっぱいなのである。陸上部の友人達にも、何度もホラー映画鑑賞会をしようと持ちかけられ、そのたび口八丁手八丁で断って逃げてきたというのに!


「……何か、話が妙じゃねえ?」


 まだ踏まれた足が痛いのか、右足の甲をさすりながらルイスが言う。


「その怪談とやらは超昔の話だろ。校舎の建て替え工事だってもう五年は前の話じゃねえか。何で今になって突然、そのヤバイ幽霊みたいなのがテニス部周辺に出現するんだよ」


 確かに、不思議ではある。空き教室がなくなったことで祟りを受けた、とかいうのなら。それこそ何年も前から、幽霊騒動が起きていてもおかしくない。そして、その場合はさすがに先生達だって放置せず、なんらかの対処を施したはずだ。除霊の専門家、みたいなのはきっとこの世界にもいるはずなのだから。まあ、やってくるのは西洋の場合悪魔祓い師の方かもしれないけれど。


「あたしもそれは変だと思ってるわよ」


 イザベルは肩を竦めた。


「本当に、つい一カ月くらい前からなのよ、そういう幽霊の目撃が始まったのは。最初は、部員の一人が変な影を見たって話しているだけだった。それが日ごとに目撃情報が増えて、今では部員の半分は変なものを見てるって状態。みんな怖がっちゃって、まともに部活をやるどころじゃないの。ていうか、男子の方のテニス部も活動がままならなくなって困ってるんだから」

「あー……そりゃ大変だ」


 心底同情して、彼方は呟く。


「けど、私達にだってそんなのどうすればいいかわからないぞ?さっきちらっと、火属性だのなんだのって言ってたけど、それ関係があるのかよ?」

「大ありなのよ、これが!」


 そんな彼方の目の前に、びしっと指を一本付きつけて言うイザベル。なんかこう、こういった所作だけで、彼女がどういう性格なのかよくわかるというものである。


「見かけた人影ってやつが幽霊なのか悪魔なのか、はたまた魔術的な生物なのかもまったくわかってない状態。でも、鍵をかけた部室の中にも出現するんだから、まず間違いなく普通の動物とか生きた人間じゃないわ。除霊の方法なんかわからないけど、一つだけ知ってることがあるの。……基本的に、炎で浄化できないものはないのよ」


 というわけで、と彼女はにやりと笑って言った。


「ジャクリーン、あんた火属性なんでしょ?だったら、その炎の魔法で人影を焼き払っちゃって頂戴よ!きっと、それで悪霊は浄化されて出て来なくなるわ!」

「え、えええええええええ!?そ、そんな力技な……」

「あたし達は炎の属性じゃないから、炎魔法はそんなに得意じゃないの!お願い、頼めるのはあんたしかいないんだから!」


 イザベルは、両手を組み合わせて、おねがーい、とおねだりポーズをした。自分がそこそこ美人であるとわかっていてやっている。彼方もなんだかんだで中学生の男、美少女のおねだりにはなかなか弱い。ましてや、ヒーロー願望強い系男子だから尚更に。

 わかったよ、と結局頷いてしまうまであと五秒。

 喜んだイザベルに抱きつかれるまで七秒。

 何故か怒ったルイスに無理やり引きはがされるまで十五秒。


 何やら、余計なトラブルを呼び込んだ気がしてならないが、仕方ない。

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