<14・Hermaphrodite>

 この学校にも体育祭があるらしい。それも、現代日本よりも少し遅い、十月に。


「へえ、クラス対抗なんだ」


 火の球をぽんぽんとお手玉しながら、彼方は言った。丁度彼方が異世界に飛ばされてきて、この学校に通学するようになってから一カ月ほどのことである。

 未だに初級魔法しか扱えないし、精度が高いのは炎属性の魔法のみであったが。それでも、炎属性魔法ならば、火の球を複数だして射出することも、それを持続させて自分でお手玉することもできるようになっていた。

 残念ながら同時期に始めた別の属性の魔法の特訓はあまりうまくいっていないが、それでも火属性が弱点のモンスターや試練は少なくない。魔力が極めて少ない異世界人としては、かなり順調な方なのではなかろうか。


「うちってD組だったよな?えっと……全部でE組まであるんだっけ」

「そうです。その中で優勝したクラスのメンバーには、特別なアイテムが贈呈されます。これが結構、卒業試験には有用なアイテムで……みんな欲しがってるんですよね。だから、運動会のクラス対抗リレーなんかは、結構熱が入ってるかと」

「なるほどなあ」


 この学校に来てからも、魔法の特訓の後にはランニングやストレッチを欠かさず行っている。走ることに関しては、誰かに負けるつもりはなかった。実際、彼方が“夏休み前までのジャクリーン”よりかなり足が速いらしいということは、体育の授業を通して知られているはずだった。リレーでも、ほぼ間違いなく選抜メンバーに選ばれるだろう。リレーのメンバーは、女子三人男子四人が選ばれることになる。リンジーは運動神経があまり良くないので多分外れるが、ルイスは入る可能性が高いはずだ。


「男女混合リレーって、男子が何番手、女子が何番手で走るって結構決まってるもんだけど、この学校の場合はどうなんだ?」


 言いながら、彼方は的に向かって火の玉の一つを投げつける。以前より威力が増した魔法は、的の中央に当たると同時に激しく燃え上がった。的全体が火の手に包まれると同時に、リンジーが水柱を落として消火する。

 うまくなったじゃん、と彼方が笑えば、リンジーが嬉しそうに頬を染めた。明らかに、最初の頃より丁寧で複雑なコントロールができるようになっている。


「“落ちよ雷、轟け光!Little-Thunder”!!」


 一方、ルイスもその直後に、訓練場を覆った水のドームに向かって雷の初級魔法を放つ。矢のように放たれた雷の一閃が、水のドームに突き刺さった。


「うっ」


 水と雷は反発属性。水のドームに最も有効な打撃を与えるのが雷魔法である。弱点属性を食らって、ドームを綺麗に維持するのは相当難しい。が、リンジーは少し呻いただけで、ドームが破れないように耐えてみせた。へえ、とルイスは少しだけ驚いたように眼を見開く。


「なかなかやるじゃねえか、ルイス。……俺様も負けないからな」

「ええ、もちろん」


 挑発するようなことを言うルイスに、リンジーも笑みを使って答える。この二人の関係が未だによくわからない、と彼方は首を傾げていた。どうにも、ルイスがものすごくリンジーに謎の対抗心を燃やしていたと思ったら、いつの間にか少しだけ認めるようになっていた?という流れらしい。二人の間で、何か取決めでもあったのだろうか。騎士同士、ライバル心を抱くようなことがあってもわからなくはないが。


「うちの男女混合リレーは、何番手に男子、女子を据えても問題ない」


 掌をばちばちと帯電させながらルイスが言う。


「それと、一応男子四人女子三人ってなってるが……うちのクラスには、両性ってやつもいるからな。そいつはどっちにカウントしてもいいことになっている」

「あれ、そうなのか?両性って、両性具有?」

「そうだ。三年生だけでも数人いるな。たまにそういう体質の奴がいる。どっちも、上半身の性別に合わせて戸籍が登録されるから、男子として登校してる奴もいれば女子として登校してる奴もいる。この世界では、1パーセントくらいの割合で両性の奴が生まれるんだ。で、そいつは見つかり次第、庶民でもスカウトされる傾向にある。生まれつきものすごく魔力が高かったり、特殊な技能を持っていることが少なくないからな」

「へえ」


 うちのクラスにも両性の生徒がいる。彼方はクラスメート達の顔を一人一人思い浮かべてみたが、生憎心当たりはなかった。多分、顔だけ見ても分からないようになっているのだろう。


「うちのクラスの両性って誰?」


 ステッキの先に、火の球を浮かべて彼方は言う。魔術武器がなくても、理論上は魔法を使うこともできるし、自分も多少程度ならできるようにはなった。が、魔術武器というのは本来魔法を練り上げやすくするもの。持っていた方が、明らかにコントロールも速射性も上がるのだ。

 やはり、武器をステッキに替えたのは正解だったらしい。魔導書よりも、各段に魔力の操作が簡単になったのだから。


「カレン・フレイヤさんですよ。フレイヤ伯爵家の息子さんです。男子として学校に通ってらっしゃいますけど……まあ、あの方も凄く綺麗でいらっしゃいますよね。僕もちょっとドキドキしてしまうくらいには」


 彼方の質問に答えたのはリンジーだ。カレン――あいつか、と彼方はその顔を思い出す。長い紫髪に緑目の美少年。ルイスほどではないがやや長身で、ルイスがややがっしり体型であるのに対してすらっと細身のスタイル抜群の美形という印象である。なるほど、彼なら両性と言われてもなんとなく納得してしまうというものだ。


「カレンさんは、僕に対してもまだ……わりと普通に接してくれる人ではあるんですけどね。多分、別の理由で僕のことを避けてるんだろうなあっていう雰囲気はあります。多分、あの噂が理由だと……」

「あの噂?」


 何のことだろう、と彼方がさらに尋ねようとした時だった。どこからともなく、“おーい!”と呼びかけてくる女子の声が聞こえてきたのである。水のドームのせいでやや声が籠っている。慌ててリンジーがドームを解除すると、校舎の方からこちらに歩いてくる人影があった。

 自分達がこの訓練場で魔法の特訓をしているというのは結構広まっているようで、時々見物に来る生徒もちらほらといる。走ってきた二人の女子は、そうやって時々自分達の様子を見に来ていたクラスメートのうちの二人だった。

 黒髪ボブカット、眼鏡の少女であるジェマ。派手な赤髪にポニーテールの少女であるイザベルである。


「あれ?ジェマにイザベル、今日は部活じゃねえの?お前らテニス部だろ」


 クラスでも、ちょこちょこ彼方と喋るメンバーだった。二人とも最初はジャクリーンの悪評のせいで彼方のことも遠巻きにしていたのだが、少しずつ“今までのジャクリーンとは違う”と認識してくれたのか、話しかけてくれるようになったのである。クラスには、そういう生徒が現状大多数に上っているのだった。まあ、カレンのようにあまり話したことのない生徒も数名いるのは事実だが。


「こんにちは、ジャクリーン。その、しばらく部活が中止になっちゃって。大会も終わったばっかりだしね」


 女子テニス部のマネージャーであるジェマが、困ったように眉を下げて言った。


「それで、ちょっとその……ジャクリーンに相談したいことがあって。本当は私達だけで解決したかったんだけど、なかなかそういうわけにもいかなそうだったから……魔法の練習しているところで、申し訳ないとは思うんだけど」

「気にするなよ。私にできることなら何でもするぞ?」

「ありがとう。えっと、その……」


 ジェマは、何かとても言いづらそうにもじもじしている。それを見て、あんたねえ、と呆れているのがイザベルだ。明らかに正反対の性格の二人が親友だというのだから、世の中はわからないものである。


「あんたねえ、もっとしゃっきりしなさいよ、ほらしゃっきりと!……ああ、あんた達今日も特訓頑張ってるのね。正直、ジャクリーンにリンジーにルイスなんて組み合わせでうまくやれんのかしらと思ってたんだけど。ていうか、ほんとジャクリーンが別人になっててびっくりしてるわ。夏休み前までのあんただったら、出来ないことや苦手なことの特訓なんて絶対しなかったでしょうに。あと、落とし物は見つけたら拾うどころか踏みつけるような性格だったくせにね、記憶喪失でなんでそこまで人格変わったのか不思議だわ」

「な、なんかその……すまん」

「いや、いいのよ。なんか、今のアンタにはまったく罪はないって気がするし」


 いやほんと、その通りなんです、別人なんです。わかってくださいますか、と心の中でちょっと感激の涙を流す彼方である。

 もうジャクリーンになりきるのは最初から諦めて、ほぼ一人称だけ変えて彼方のまんま振舞っているのだが。この一カ月、人格も喋り方も違うのにちっともバレる気配がない。むしろ、記憶喪失になったら改心して付き合いやすくなったとやたら評価される始末。はっきり言って、彼方は何か特別なことをしているつもりはないので――よほど元のジャクリーンの評判が悪かったのが原因なのだろう。

 彼女は最終的に、彼方から騎士を奪い取るつもりらしいが。果たして、そんな簡単にうまくいくものなのだろうか。


――というか、わかってて俺の騎士になったルイスはともかく……リンジーや、他のみんなは騙してることになるんだよな。なんか、申し訳ないな。


 友人が増えれば増えるほど、罪悪感は募る。いくら元の世界に帰るためとはいえ、果たしてこれで本当に良いのかと思ってしまう。姫も騎士もみんな、将来を真剣に考えて仲間を選ぼうとしている者達ばかりだというのに。


「それで、ジャクリーンに相談ってなんだよ」


 ずい、と身を乗り出すルイス。


「ちなみに、ジャクリーンの力を借りたいってなら俺様の許可も取れよ?俺様はジャクリーンの騎士だからな?」

「はいはい、相変わらず独占欲強いのねルイスは」

「僕も騎士なんだけどな……」


 いつもの俺様モード全開のルイスを、馴れたもんだとあっさりスルーするイザベル。それに小さくツッコミをいれるリンジー。もはやお約束の茶番になりつつある。


「とにかく話だけでも聴いてよ。うちのテニス部、部活動できなくなって凄い困ってんの。でもって、うちのクラスに火属性って実はジャクリーンしかいないのよね。できれば、力を貸してくれるとありがたいんだけど」

「んん?」


 火属性が、何か役に立つのだろうか?話が見えず、イザベルの言葉に首を傾げる彼方だった。

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