<13・Training>
なんだか、ルイスの様子がおかしいような?
特訓開始から約二週間過ぎた頃、彼方はそんなことを感じ始めていた。今日も放課後に残って三人での特訓中。途中から、朝練の方もリンジーが参加し、先日からはルイスも参加するようになった。ルイスは朝練の時に大抵欠伸をしている。あまり朝に強くないのだろう。無理に付き合わなくてもいいのにと彼方が言えば、“リンジーがいるのに俺様が参加しないわけにはいかないだろうが!”と返ってきた。
何やら、彼はリンジーをライバル視している様子である。何かトラブルでもあったのだろうか?自分が見ている範囲では、大きく揉めている形跡はないのだけれど。
「ルイス、何か言いたいことでもあるなら言えよ。特訓に無理に付き合わなくてもいいって言っただろうが」
「……うるせえ」
訓練場に、黙々と的を準備しながらルイスは言う。
「何度も言わせんな。お前とリンジーの二人っきりで特訓させるのが嫌なんだっつの。俺はお前の騎士だぞ」
「護衛でもしてくれてるつもりなのかよ。それは嬉しいけど、リンジーが私に何かするとでも思ってんのか?」
「……そういうわけじゃねえけど」
「ならいいじゃん。何をそんなに気にしてんだよ。ていうか、リンジーももう私の騎士になったんだって忘れてない?」
「…………」
実は三日前には、リンジーからも騎士にしてほしいという希望があったのである。これは予想済みではあった。立場上クラスで孤立していた彼は、恐らくジャクリーン=彼方以外に、姫になってもらえる相手がいないと考えたのだろう。
なんとも勿体ない話である。一緒に特訓をするにつれ、少しずつリンジーも魔法が上手にコントロールできるようになってきた。コントロールさえ覚えれば、彼の魔力は学年どころか学校でもトップクラスの代物である。本来ならば、もっと優秀な姫に仕えることも出来たはずだというのに。
授業で助けたことならもう忘れていいんだぞ、と言ったが。リンジーは、断固として首を横に振らなかった。どうやら、最初から心を決めていたらしい。すぐに声をかけてこなかったのは、少しでも自分の魔法が安定するまで待っていたからということらしかった。なんとも健気な男である。
――いいヤツだよなあ。俺みたいなドシロートにも丁寧に魔法教えてくれるし。ジャクリーンにかつて嫌な思いを散々させられたはずなのに許してくれるし。
だからこそ、彼方としては不思議で仕方ないのだ。ルイスは一体、何をそんなに警戒しているのだろう?
まさか、リンジーが“そういう意味”で自分を襲うとでも思ってるのか?そりゃ、もし本当に彼方が可憐な少女だったならその心配もわからなくはないが、実際は立派な男子中学生である。見た目が女っぽくても、ついてるものはついてるし、腕力だって女子ほど弱くない。ルイスだってそれは知っているはずなのに。
――出来れば騎士同士、仲良くしておいてほしいんだけどな。難しいのかね。
ルイスも時々特訓に参加して、アドバイスをくれたりするのは非常にありがたいことではあるのだが。正直、何をそんなにイライラモヤモヤしているのかはまったくわからないのが本音である。人間、自分が無関係だろうとあまり不機嫌な人間にそばにいてほしくはないものなのだが。
「的の準備できたぞ、さっさと始めろよ」
「あ、うん……」
結局、ルイスから本心を聞き出せずに終わってしまった。少しもやもやしたものを抱えつつも、彼方は三つ並んだ的の正面に立つ。
「それじゃあ、朝練の続きをやりましょうか!」
リンジーがニコニコしながら、三つの的を指さした。
「最近は、火属性の魔法なら一発一発の精度は上がったように思います。では次は、連射でも正確に当てられるようになってみましょう。ジャクリーンさんは動きながら魔法を撃つのは得意なので、きっとすぐできるようになりますよ!」
「よし。じゃあ、リンジーはその間水の魔法で壁を作ってくれる感じでいいのか?事故防止のために」
「そうですね。僕にとっても訓練になるのでありがたいです」
「よしきた!いっちょやるか!」
「はい!」
最近の特訓では、単純に的に魔法を当てるのみならず、やや応用技の練習もするようになっていた。正確には彼方が、というよりもリンジーが、である。彼は自分の膨大な魔力をコントロールするためにかなり苦心していた。よって、ちょっとずつ魔力の水嵩を増していって、コントロールする方法を身に着けたらどうか?と彼方から提案したのである。
その方法の一つが、訓練場に水のドームを作ること。
彼方は基本的に火属性の魔法を中心に特訓している。つまり、事故を起こすと一気に火事になる危険性があるということだ。一応訓練場は壁に覆われているものの、中には木もあるし校舎からの距離も近い。万が一暴発して、延焼を起こしたら洒落にならないのである。たとえ、先生の許可を取って魔法の特訓をしているのだとしても、だ。
そこで、事故防止策とリンジーの特訓をかねた方策として編み出されたのが水のドームというわけである。リンジーは、水属性の魔法が最も得意なタイプだ。それを応用して、水で作った壁を作り、訓練場全体を覆う。それにより、万が一火事が発生しても延焼を起こさず、かつ迅速に火消しができるようになるのである。
正直、これは見た目の地味さに反してかなりの高等技術だった。水のドームを一定の厚さに保って天井まできっちり覆うのはかなり繊細なコントロールが求められるし、それを維持し続けるにはかなりの集中力が試される。彼方が特訓している間、多少トラブルがあってもドームが崩れないように、強靭な精神力を保つことも重要だ。そのため、最初はドームを作るどころか、訓練場を水浸しにして終わってしまったのである。
しかし、一週間。練習を繰り返したことで、リンジーも少しずつ力の使い方を覚えていったようだった。
「“守れ水の風、聳えろ水の柱!Little-Water”!!」
リンジーが唱えると、じわじわと壁沿いに透明な水の壁が形成されていき、ゆるくカーブを描いて天井を作り上げていく。それを見ながら、彼方はわざとリンジーに語りかけた。
「リトル、がつくってことは、初級魔法を応用してるんだよなこれ。すごくね」
「ありがとうございます。初級魔法で作り出すくらいの水を薄く伸ばして壁にしてるかんじですね。中級魔法になると一気に魔力の消費が大きくなるので、持続力からみても初級魔法で頑張らせるのが妥当だと判断しました」
「なるほど。厚さってどれくらいなんだ?」
「精々、1センチから2センチってところでしょうか。均等を心がけてはいますけど、水は流れて動きますから、完全に均一にはできないんです」
「なるほどなるほど」
話しかけるのは当然、彼が喋りながらでもドームを維持できるように訓練するためである。ルイスがにやり、と笑ってリンジーの後ろに立った。またろくでもないことを考えているらしい。
「そらよ!膝カックン!」
「わっ」
「やること小学生かよ!」
お前本当に、リンジーに恨みでもあるのかと呆れてしまう。不意打ちで膝カックンを食らって、思わずつんのめるリンジー。喋るくらいはできても、まだ不意打ちの物理攻撃に対応できるほどではないようだ。
が、転びかけたにも関わらずドームは崩れていない。リンジーの集中力が維持できている証拠だ。
「ブラボー!」
彼方は手をパチパチと叩いて、的に向き直った。リンジーのスキルは格段に上がっている。自分も負けてはいられない。他の魔法はともかく、せめて得意な火属性の魔法だけはある程度きっちり使いこなせるようにならなければ。
「よし、行くぞ!」
バチン!と両頬を叩いて気合を入れると、彼方はステッキを取り出した。
初日の授業のときは、魔術武器として魔導書を使っていた彼方。が、そもそもあの魔導書は、本物のジャクリーンが使わなくなった御下がりを譲ってもらったものである。正直いって初心者向けでもなければ、彼方の体質に合ったものでもなかったのだ。それであの時魔法が打てたのは奇跡のようなものだった、とルイスにはきっぱり言われている。
『コントロールタイプなら、基本的には杖かステッキか短剣がいいって言われてんだって。とにかく、自分にあった武器を見繕えよ。魔法武器屋なら、学内にあるから』
そのアドバイスは、正しかったらしい。直感で選んだ、紫色の宝石がついた短いステッキ。それを魔術武器として使ってみたところ、明らかに魔導書を使うよりも速射でき、かつしっくりと手に馴染んだのである。やはり、人には向き不向きというものがあるのはまちがいないようだ。
真っ直ぐにステッキの先端を三つある的のうちの真ん中のものに向け、意識を集中させる。全身の魔力を感じ、流れをステッキの先端に向け、練り上げながら放出する。さすがに二週間やっていれば、多少なりのコツは掴むというものだ。
「“踊れ火の風、謳え火の粉!Little-Fire”!!」
いつものスペルを唱えて、ステッキの先端から火の玉を飛ばした。真ん中に一発、即座に左右の的に向けて二発。連射すると、腕は痺れるし魔力の流れがブレやすくなる。意識がそちらに持っていかれそうになるのを強引に引き戻した。
「いけえっ!」
ぼんっ!と音がした。最初の一発は的の中央に当たり、二発目は的の左端に命中。三発目は若干逸れてしまい、近くの木に当たってしまった。即座に、リンジーが水の壁の一部を崩して、燃え上がるのを防ぐ。ぼたぼたぼた、と水が降ってきたおかげで、小火にもならずに火の玉を消すことができた。
「悪いなリンジー!助かったぜ。お前もコントロール上手くなったじゃん!」
「ありがとうございます、お陰様で」
リンジーが嬉しそうに頬を染める。その向こうで、なんだかルイスが面白くなさそうに鼻を鳴らしていた。だから、お前は一体何がそんなに気に入らないのか。
――……朝練のときより、俺もちょっとうまくなったかな?
三つの的をまじまじと見て、彼方も笑みを浮かべた。朝練の時は二発目から外してしまっていたのである。それが、今回は的の端とはいえ一応命中した。三発目も、大きく逸れたわけではない。確実だ上手くなっている手応えを感じる。これなら近日中に、三発とも正確に当てられるようになりそうだ。
そして、リンジーも確実に魔法をコントロールできるようになってきている。このまま上達すれば、馬鹿にしてきたり冷遇してきた先生やクラスメートたちを見返す日も遠くないだろう。
――騎士も、早々に二人見つかった。今のところものすごく順調だ。ジャクリーンは相変わらずムカつくけど、この調子なら卒業試験もなんとかなるかも……!
気合十分。彼方は思わず拳を握った。すると、何故だかどかどかと足音荒くルイスがこちらに近寄ってきて、彼方を睨みつけてくる。
「よし、次は俺様の番だ。お前よりも、リンジーよりもすげえものを見せてやる。驚け、崇めろ、いいな!」
「え」
一体何が、彼の対抗心を刺激してしまったのだろう。焦げた三つの的に向かって、ルイスが両手を向けた。魔術武器ナシ。なんだか嫌な予感しかしない。
「俺様くらいになるとな。魔術武器なしでも、きちんと魔法をコントロールしてぶち当てられるんだ。見てろよ!」
「ちょ、ルイス、まっ」
次の瞬間、派手な落雷の音が鳴り響く。電撃をまともに浴びて揃って保健室に担ぎ込まれるのと、先生のカミナリが落ちるのは同時なのだった。
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