<11・Discommunication>
分かってはいたが、魔法の訓練は想像以上に難しい。炎属性の魔法を何度も的に向かって放つ訓練をしたが、当たる確率は三発中一発程度。しかも、その当たった一発も的の隅に辛うじて着弾するレベルだ。
ネズミと戦った時の方が精度が高かったような気がするほどである。どうしてこんなにヘタクソなんだ、と正直頭を抱えてしまった。
――俺、やっぱ魔法の才能ないのかなあ。大抵、ラノベじゃ異世界人ってチートな才能持ってたりするんだけど……俺は違うっぽい。
一応、魔力が空になるまで撃ち続けてはみたものの、あまり上達した気はしない。慣れてきて、最後はちょっとだけ速射性が上がった――気がしないでもないが、それも気のせいかもしれない。
学校でリンジーと別れ、ルイスとは途中まで一緒に徒歩で帰った。本人は馬車のお迎えもあったのに、完全に彼方に付き合わせてしまったかんじである。申し訳ない反面、正直くたくたに疲れていたのでありがたかった。これは意地を張らず、普通に迎えを頼めば良かったかもしれないと思うほどに。
「で、人様のドレスを派手に皺にした挙句、ドロドロの格好で家に帰ってきて早々風呂にダイブしたというわけですの?客人のわりに、随分態度がエラそうですこと」
帰って風呂から上がって早々、ジャクリーンのイヤミが炸裂した。まあ、衣服を汚したり皺にしたのは申し訳ないと思うし、ブーツに穴を空けてしまったのも帰りが遅くなったのも完全に自分のせいなのだが。そもそも、彼方は彼女の頼みで学校に行っているのである。もう少し、ねぎらってくれてもいいのではないか。
「お前、人に感謝したりとかお詫びしたりとか、人生でそういうことしたこと一度もないわけ?」
思わずストレートに非難してしまった。すると彼方と同じ顔をした女は、心外と言わんばかりに眉をひそめる。
「何を仰るのかと思えば。わたくしだって人に感謝や謝罪くらいしますわ。本当にそれに値する相手がいるのであれば」
「つまり、基本的に自分はまったく悪くないって思ってるわけね。そーですか」
「わたくしは大概被害者ですもの。周囲の無能どもに足を引っ張られて大層迷惑させられてますわ。むしろ、こっちが基本的に謝って欲しいくらい。なんで謝罪なんかしなくちゃいけませんの?」
「……ソーデスカ」
こいつ、騎士どころか絶対友達の一人もいないだろ、と思う。何でこんなに性格がひねくれてしまったんだろう。確かに貴族社会で、侯爵家なんて上級貴族の家柄に居れば多少傲慢にはなるのかもしれないが――少なくともあのルイスは、こいつよりはもう少し人に気遣いができる性格である。貴族全てが、ここまでひん曲がっているとは到底思えないのだが
――ていうか、学校であったことの経緯を説明する前にこれか。
借りたバスローブを着直して(帰りに下着やいくつかの衣類、靴などは貰ったお小遣いで買ったが、バスローブのことはすっかり抜け落ちていたのである。なんで男女のはずなのに、ジャクリーンのサイズがぴったりなんだろうか)、彼方は沈黙した。明らかに、この娘は今日自分の身にあったこと全てを把握している。わかっていないなら、第一声は“どうしてそんなに汚れたの!説明しなさい!”になるはずなのだから。
――ってことは、学校にも監視員がいるってわけか。先生か生徒か、それ以外の何かなのかは知らないけれど。
あまり迂闊な事をすると、この女の機嫌を損ねることになりそうだ。そう思った矢先、ぐい、と顔を近づけられる。
「ていうか、むしろ貴方はわたくしに謝罪するべきではないかしら?」
「ハイ?」
「もう少し、わたくしになりきる努力をして貰わないと困りますわね。わたくしは、あんな男っぽい喋り方なんかしませんことよ。それに、あんな下賤な連中にあっさり謝ったり、あんなクズみたいな庶民を助けるだなんて!わたくしの気品を損なうような真似、やめてくださいますかしら?」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。流石に、これは言い返さずにはいられない。
「お前になりきるってどんな風にだ?お嬢様言葉使えば満足か?それとも、他の生徒や先生全部見下すようなことを言えば満足ってか?冗談じゃない。自分のプライド保つために人を平気で踏みつけるような人間が、俺は一番嫌いなんだ」
周囲の様子からして、きっとジャクリーンには魔法の才能があったということなのだろう。その上で、高貴な家柄に、恐らくは可愛いであろう見た目と来ている。家の人間からちやほやされて、その気になってしまうのも無理はないことなのかもしれない。
でも。この世界には、才能なんかよりもっと大事なことがあるのだ。だって、どんなことも完璧にこなせる人間なんてこの世にはいない。みんな、得意なことと苦手なことがあって、自分の中に歪みを抱えながら、悩み苦しみながらもどうにか生き方を模索して息をしているのだ。己にできることが、他人にもできるとは限らない。他人にできることが、己にもできるとは限らない。至極当然のことである。それを理解する努力をし、尊重する努力をするからこそ人と人との間に和が生まれるのだ。
この女は分かっていない。仮に、彼女が世界を統べる最強の魔女だとしても。誰にも負けない才能を持ち合わせているのだとしても。そうやって他人を踏みつけて踏みつけて踏み潰していけば、最後のには独りぼっちになるだけ。独りぼっちになったあとで、己にもできないことがあったのだと気づいてももう遅いというのに。
「登校初日に、お前がどれだけみんなに嫌われてんのか実感したよ。自分の気品ってやつを一番貶めてんのはお前自身だろ。お前、独りぼっちでも、なんでも一人でできると本当に思ってるのかよ」
真っ直ぐに睨みつけてやれば。ジャクリーンは深々とため息をついて、“何も知らない異世界人ごときが偉そうに”と吐き捨てた。
「わたくしは、貴方のように弱い人間とは違いますの。莫大な権力があり、そして魔法の力があり、頭脳がある。容姿はまあ……同じだとしても、それ以外の才能で天と地ほども差がありますのよ。独りじゃ何もできない、弱者の貴方と一緒にしないでくれます?」
「確かに俺は、お前みたいにできないことが山ほどあるよ。でもな、何でも一人で出来るって思いあがってるヤツより百倍マトモだとは思ってるぜ。本当に弱い奴ってのは、自分の弱さを認める勇気がない奴を言うんだ。俺はお前と違って、分相応ってやつを弁えてる。自分に出来ないことがちゃんとわかってんだよ。だから仲間が作れる。お前もそれができないってわかってたから、騎士集めのために俺を拉致してきたんだろうが」
「それは試験のため、仕方なくしたこと。卒業試験の内容が内容じゃなければ、騎士なんてわたくしには必要なかったんですのよ」
「話にならねえ」
駄目だ、これは会話をするだけ無駄だ。学校のこととか世界観とかいろいろ尋ねようと思っていたが、なんだかこう全部尋ねる気がなくなってしまった。
ため息交じりに、話は終わりだ、と彼女を追い払おうとした時だった。
「どうして、貴方の最初に騎士になったのがあのルイスなんですの。わたくしが騎士にしてやってもいいと言った時は、鼻で笑ってきたくせに」
「え」
あれ?と彼方は首を傾げた。確か、ルイスはこんなことを言っていたはずだったからだ。
『ジャクリーン、お前ときたらその俺様の厚意をみんなの前で無下にしやがって!せっかく俺様が、その才能を無駄にするのはもったいねえと思って声をかけてやったのに、教室で、みんなの前で恥をかかせるようなことを……!今までの自分の言動も態度も悪くねえ、自分についてこられない無能な連中が駄目なんだとのたまいやがった。そりゃ、俺様もみんなも堪忍袋の緒が切れるってもんだろうがよ!!』
あれは、ルイスの方から騎士になってやってもいいと誘いをかけた、ということではなかったのか?それを、ジャクリーンが嘲笑って断った、と。だからルイスがキレて、初日にジャクリーンのふりをした彼方に絡んできたのではなかったのか。
「……ルイスが“騎士になってもいい”って言ったのを、お前が断ったって聞いたぞ?」
「夏休み前のことでしょう、それは。それ以前に、わたくしが直々にルイスには声をかけていますのよ。その時断ったくせに、夏休み前には“可哀想だから騎士になってやってもいい”みたいなことを言うから腹が立ったんですの!何で、わたくしがあのような下賤な男に土下座なんかしなければなりませんの!?向こうがむしろ、騎士にしてくださいと丁寧に頭を下げてくるべき場面でしょう!?」
「お、おおう……」
やっぱり、ルイスとジャクリーンは相性最悪であったらしい。そりゃ、“相手がへりくだって頼んでくるなら受けてやってもいい”みたいな考え方のプライド激高同士、うまくやれるはずもない。
「情報によれば、貴方はルイスに頭を下げて騎士になってくれと頼んだわけではなさそうだという話ですわよ。一体どんな魔法を使ったんですの?教えなさいよ」
この様子からすると、彼方の正体がルイスにバレたということはジャクリーンには伝わってないようだ。ということは、保健室の中まで監視されていたわけではないらしい。別のところに魔法の式神みたいなのが飛んでいたのか、それとも生徒達や教師たちの中にスパイがいるのかは定かではないが。
――俺だって、何でルイスが突然その気になったのか知りたいよ。しかもあれ、俺がジャクリーン本人じゃないってわかったから決断したっぽいしなあ……。
正確な理由は、彼方にもわからない。だから答えようがない。心当たりがあるとすれば、授業で自分がリンジーを助けるのを見て、何か考えが変わったからだろうということくらいだ。
しかし、それを素直に話しても、きっとこの女は納得しないだろう。下賤な庶民を助けようとして、結局自分自身だけでは助け切れなくてピンチになって無様を晒したことがどうしてプラスポイントになるんですの?とか言ってくるのが関の山である。
ゆえに、彼方はこう答えたのだった。
「魔法なんか使ってないし、多分その理由はお前には一生わからねえよ。どうしても気になるなら、ルイス本人に訊いたらどうだ。何でもかんでも人任せにすんな」
「…………」
ジャクリーンは、悔しそうに唇を噛み締めて沈黙した。ひょっとしたら彼女は、ルイスに対してちょっと他の生徒とは違う思い入れがあったりするのだろうか。どう見ても相性最悪にしか見えないのに。
――まあ、俺がどうこう言うことじゃないけど。
ひとまず、今日は早めに寝て英気を養わなければ、と思った。
なんせ、学校生活は明日も明後日も当分続くのだから。
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