<10・Magic>

 今日から訓練場を借りて練習すると彼方が言うと、案の定ルイスとリンジーは二人揃って渋い顔をした。


「お前、怪我は?」

「大したことないって言ったろ!それに、立って魔力を練ったり撃ったりするだけなら大きな事故にはならないって。召喚魔法やろうとは思ってないし、ぶっちゃけできるとも思ってないし!」

「ある意味諦めるのが早すぎね?」


 いや、だって全然無理無理の無理だったのだからしょうがないではないか。

 魔方陣の紙を何回取り替えても、魔法が不発に終わるかうっかり炎属性魔法が発動して紙が焦げるというのを繰り返したのである。どう見ても、自分は召喚魔法に向いてない。多分、スキルと魔力も足りていないのだろう。

 ちなみに、ルイスは普通にネズミを召喚できたらしい。くるくると魔方陣の上で踊らせていたら、リンジーが騒ぎを起こして驚いたのだと言った。


「魔法って、みんな得意な型があるんですよね」


 結局彼方が折れないことに気づいて、二人の方がが折れた。訓練場まで来たところで、ルイスがノートを見ながら言う。


「魔力がゼロの人間はいないと言われています。ただし、訓練をしていなかったり、素質がない人間ほどゼロに近かったり、魔力を持っていても扱うことができないのだとか」

「まあ、ゲームでもそうだもんなー。高いMPがあっても魔法の技を覚えてなかったら宝の持ち腐れだし、逆に魔法覚えててもMP足りてなかったら発動できないもんな、うんうん」

「よ、よくわからないけどそういうかんじ、ですかね?」


 おっと、テレビゲームに例えたのは失敗だったらしい。ルイスが何やら“もっとこの世界の人間になりきれよ”という顔でこちらを見ている気がするがスルーすることにする。バレなければいいのだ、バレなければ。


「だから、まず基礎の基礎として、自分の素質や型を知ることが重要になってきます。魔法と一言で言ってもたくさんありますし、みんな得意な属性が違いますからね。ジャクリーンさんは、得意な型とか属性、覚えてますか?」

「う、うーん?」


 リンジーがノートを開いて見せてくれる。そこには、“黒魔法型”、“白魔法型”、“魔法剣士型”、“万能型”という文字と解説が。見た目通り、リンジーはかなり几帳面な性格らしい。入学当初からきっちりとノートを取ってきて、特に重要な内容のものは昔のものでも持ち歩いているということなのだろう。

 ざっくりと説明するのであれば。

 黒魔法型、というのは攻撃系の魔法が得意なタイプ。炎を飛ばしたり、氷柱を立てたり、雷を落としたりして敵を攻撃する魔法が得意なタイプだ。

 白魔法型、は回復魔法や補助魔法が得意なタイプ。治療師に向いており、このタイプの人間は軍人ではなく医者としてスカウトを受けることもあるという。

 魔法剣士型は、まさに多くの魔導騎士が属するタイプである。剣に魔法を纏わせて戦ったり、格闘技術と組み合わせて使うことを得意とする型だ。

 そして、最後の万能型が、これら全部が平均的に得意なタイプだという。万能型と言えば聞こえはいいが、突出したものがないために扱いにくいとされることもあるのだとか。

 性別で言うのなら、女性は黒魔法と白魔法が多く、男性は魔法剣士型が多いのだという。無論、例外もあるようだが。

 ちなみに、属性は全部で八種類。炎、氷、水、雷、風、土、光、闇。例えば炎の魔法が得意な人間は体質的に氷魔法には弱く、氷魔法が得意な人間は体質的に炎魔法に弱いらしい。残りは水と雷、風と土、光と闇で反発しあうそうだ。


「……悪い。魔法に関する記憶も全然駄目。飛んじゃってる」


 彼方は申し訳ない気持ちで首を横に振った。


「けど、魔法陣が焦げたことからしても、私は火属性が得意なのかなぁって気はするな。初級魔法を撃つにしても、火の魔法が一番安定してる気がするんだ」

「僕もそう思います。でも、不思議ですね。夏休み前まではジャクリーンさんの得意属性って、氷だったような気がするんです。記憶喪失になると属性も変わるんでしょうか」

「う」


 もしや、そこで既に先生や他の生徒たちから不審がられた可能性があるのか。彼方は冷や汗だらだらになる。

 が、意外にも目の前のリンジーはあまり“ジャクリーン”の正体を疑ってはいないようで。


「まあ、頭を強くぶつけると、回路が変わって魔法が使えなくなった事例もあるみたいですし。属性が変わるくらいは普通にあることなのかもしれないですね」


 あっさり、一人で納得してしまった。あはは、と彼方は引きつった顔で笑うしかない。


「ジャクリーンさんの今日の魔法学の授業の様子で、結構タイプは予想がつきました。自覚されている通り、恐らくは火属性。そして、魔法剣士タイプかなと。女性は黒魔法と白魔法が多いので珍しいですね」

「そ、そうだな、うん!」


 ルイスが後ろでものすごーく何か言いたそうにしている。そりゃ、本当は男だと知ってるのだから当然だろう。男性は魔法剣士タイプが多い。なら、異世界人とはいえ実際は男子である彼方がそうなるのも当然と言えば当然だろう。


「何故魔法剣士型だと思ったかというと。ジャクリーンさんは、逃げながら魔法を放つことができていたからです」

「?それ、何かおかしかったのか?」

「おかしくはないんですが、これが結構難しいんですよ。魔法って、体内で魔力を練って、放ちたい魔法の形に具現化させて使うものじゃないですか。イメージして、スペルによって固めて放つ。この工程をスムーズにこなすのは、それなりの技術が必要になります。それだけでかなりの集中力と体力を使うんです。だから、純粋な黒魔法タイプや白魔法タイプの人は、魔法を放った直後にすぐ動くことができないことが多いんです。無理に動こうとすると、魔法のコントロールができなくなって暴発したりします」

「げ。ひょっとして、私、結構危ないことしてた?」

「はい。ですが、ジャクリーンさんはちゃんとコントロールできていました。威力が低いのは単なる訓練不足でしょうし狙いもあまり正確ではありませんでしたが、それでも逃げながら撃ち続けることができたのは天性の素質によるものかと。これができるのは、基本的に魔法剣士の素質を持つ者くらいだと言われてるんです。何故なら魔法剣士のは、魔法を纏った剣を振るって攻撃しなくちゃいけないから、魔法を使うと同時に動けないのでは本末転倒なんですよ」

「あー……」


 思い出したのは、ゲームでよく見た魔法剣の使い手キャラクターだ。ファイア剣だと、ブリザド剣だの、そういうものを使うキャラクターは単純な魔法系のジョブの人間よりも俊敏に動いているイメージがある。というか、魔法系と違ってコマンドを入力してから発動するまでが比較的速いイメージだ。


「ちなみに、俺様も魔法剣士タイプな」


 口を挟んできたのはルイスである。


「雷属性の魔法が得意だぜ。でも俺様は凄いからな、他の魔法も安定して使える。崇め奉れよ、ほらほら」

「あーはいはい」


 得意だぜ、までで終わらせておけばいいのに、毎回一言二言余計な男である。彼方は手をひらひらさせて適当にあしらう。


「僕は、水属性の黒魔法タイプです。だから、正直あまり魔導騎士には向いてなくて苦労してます。剣を使うこともできなくはないんですが、どうしても剣と魔法の切り替えが上手くないので」


 そんな彼方とルイスを苦笑いして見つつ、リンジーが言う。


「まあ、あくまで女性はこれが多い、男性はこれが多いってだけですからね。当てはまらないこともあります。……また、同じ魔法を使っても、パワータイプの人、スピードタイプの人、コントロールタイプの人がいるんですよね。これは属性や黒魔法タイプとかと比べてそのまで細分化されてないんですが……僕は、ジャクリーンさんはコントロールタイプかなと睨んでます」

「あれ?さっき、私の魔法は狙いが正確じゃないって言ってなかったっけ?」

「それは単純に訓練不足なだけかと。ちなみに、パワータイプの人が魔力が高い傾向にあり、僕は完璧にそれなのでコントロールに苦慮してますが……ジャクリーンさんは僕よりずっとそういうのは得意じゃないかと思ってます。今日の授業の様子がいい例です」


 リンジーはペラペラとノートを捲る。ちなみに、適当にあしらわれたルイスはちょっとショックなのか、いじけて近くで草むしりを始めてしまった。子供かお前は!


「これだ。……ハイイロネズミを召喚する魔法、というのが今日の授業でしたね」


 今日メモしたであろうノートのページを見せてくれるリンジー。そこには、ネズミを召喚するための魔方陣の書き方や呪文、魔力の操作方法などが事細かに書かれている。


「異世界との通路を開き、魔方陣の上にネズミを召喚する、というものでした。見たところ、ジャクリーンさんは魔方陣の上にゲートを開こうとする、ところまでは成功していたようです。最後の最後で属性変換をミスしてしまい、魔力を得意属性の炎に変えてしまって紙を焦がしてしまうというパターン」

「そう、なのか?」

「はい。つまり、魔力をコントロールして、魔方陣に力を流し込むところまではできていたってことです。しかも、焦げていたのは魔方陣の中心ばかり。コントロールそのものは、相当得意な部類じゃないかと」

「おお!」


 それは有り難い、と拳を握る彼方。魔法の話を聞けば聞くほど、暴走した時が怖いと感じてはいたのだ。実際、リンジーは魔力をコントロールしきれずにネズミを大量発生させてしまっていたのだから。

 あの時、ネズミを払いながら実感していた。多少威力が低くても、コントロールできる力が最も重要なのではないかと。それこそ、地球をパッカリ割れるくらいのチート能力があったところで、それが無関係の人や自分にも危害を及ぼすようならまったく使い物にならないのと同じ理屈である。

 自分の最終目標は、とりあえずジャクリーンが望むように騎士集めを成功させた上で、それなり程度の戦闘能力を身に着けて最終試験を突破すること。そして、元の世界に返してもらうことだ。その第一歩が、ある程度の魔法を使えるようになることであり、きちんとコントロールできるようになることである。コントロールが得意なタイプと言われると自信にもなろうというものだ。


「ふん、自分はコントロール苦手なのに。ジャクリーンにお前が魔法を教えるなんてできるのかよ」


 ややいじけたままのルイスが、ちらっとこちらを振り返って言う。ぶちぶちと草を毟りながら言ってるのがなんともシュールだ。なんとも残念なイケメンの姿である。


「僕が教えられることなんてないですよ。ただ、知識をお伝えすることはできるって話ですから」


 そんなルイスの失礼極まりない態度にも、まったく気にした様子はなくリンジーは言う。


「よって、とにかくまずは実戦で練習してみましょう、ジャクリーンさん!得意な火属性の魔法を、適切な威力で適切な場所に当てる。最初は初級魔法でいいんです。コントロールが正確にこなせるようになれば、出来ることの幅が一気に広がりますから!」

「わかった、やってみるよ!訓練場の的を目掛けて撃ってみるのでいいかな?」

「いいと思います。じゃあ、まずは近距離からで」

「おう!」


 話の内容からして、リンジーは頭の回転も早いし観察力もあるようだ。ルイスはああ言ったが、間違いなく頼りになるだろう。

 卒業試験とやらに、もしも本当に自分が参加しなければならないのなら。いくら騎士達を集めたところで、自分が足を引っ張るようではまったく意味がないのである。少なくとも、自分の身くらい自分で守れるようにならなければ。


――騎士になってくれた奴等に、迷惑かけるわけにはいかないもんな。よーし、頑張るぞ!


 彼方はよし!と気合を入れて的に向かい合った。まずは、最初の一発目を放つために。

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