<8・First>
「あ――――――――――……」
こうなった以上、説明する以外の選択肢はなかった。何よりも、彼方自身の名誉のために。下手をすれば、ジャクリーンをどうにかして成り代わった変態男という汚名を着せられかねなかったからだ。
とりあえず、洗いざらい正直に白状したところ。ルイスは、深々とため息を吐いて一言。
「……あいつなら、やりかねねえ」
「お前の中でどんだけ信用ないんだよジャクリーン……」
その結論が出てくるってどうなんだ。と若干引いた。いや本当に、今までどれほど評判が悪かったんだろう、ジャクリーン様は。
「ああ、いや、その。……いろいろ納得した。正直変だとは思ってたんだよ。記憶喪失ってのはありうるのかもしれないが、それで魔法まで全然使えなくなるってあるのかなって」
服を着直した彼方を見て、マジで似てるなあ、とやや遠い目をするルイス。
「いや、まさか男だとは思わなかったけど、別人になったみたいだなとは感じてた。いるんだな、異世界にはあの女そっくりの顔をした、限りなく不憫な男ってやつが。ていうか、お前その声で男なの?」
「うるせえ!俺だって気にしてんだよ、声変わりに見事にスルーされた可哀想な男だよ笑えよ!!」
「ハイハイ。……まあ、そうだよな。あの女がそう簡単に人に謝るようになるはずないし、お礼をきちんと言えるようになるはずもないし、ましてや庶民を助けるためにスカートまくって命かけて木によじ登るようなことするわけねーよな……」
「ジャクリーンへの負の信頼がすげえな」
後で細かく話を聞きたい。ここまでネガティブな評判しか出てこないのは逆に気になってしまう。
「その」
誤魔化すように、救急箱の蓋を閉めて、ルイスは言った。
「悪かったな。……別人なのに、詰め寄ったりして。お前からしたら、身に全く覚えのないことで責められたり悪口言われたりで、嫌だっただろ。結局、あいつの代わりに謝罪させられてるしさ。ただでさえ、知らない異世界に来て右も左もわかんねーだろうに」
お、とちょっとだけ驚いた。完全に気遣われている。というか、同情されている。正直、男が女のフリをしていたという時点で相当馬鹿にされるか、あるいは変態扱いされて指をさして笑われても仕方ないと思ってたのに。
「怒らないの、か?ルイスのこともみんなのことも騙してたのに」
「いや、アンタは悪くないだろ。元の世界に帰る方法が他にないんじゃ、嫌でも協力するしかなかっただろし。つか、身代わり受験させるようなもんだろこれ。あいつ、バレたら退学確実なのわかってんのか?」
「あるいは、退学確実のリスクがあったとしても身代わりを建てなければいけないほど、騎士を集める自信がなかった説。家族ぐるみで協力してんだぜ?よっぽどあのお嬢様にマイナスの信用がなきゃ、そんなことしないだろ」
「だよなあ」
つまり、家族にも“身代わり建てなきゃ騎士の一人も集められない”って判断されてたようなもんだしな、と苦笑するルイス。案外、普通の人間らしい感覚を持った人間なのかもしれない。
第一印象は最悪だったが。やや偉そうなところを除けば、ジャクリーンよりだいぶまともな感性の持ち主であるようだ。少しだけ、彼方は彼に対する評価を改めた。
「これ、先生に報告するか?ルイス」
自分の服を引っ張りつつ彼方は尋ねる。
「確かに外見だけ見れば俺はジャクリーンそっくりだけど、ジャクリーンと違って全然魔法の才能はないし、性格はまるっきり違う。お前が黙ってても、そのうちバレるんじゃないかなとは思ってる。俺も演技ヘタクソだし、ていうか、あいつと同じような悪女ムーブなんかしたくねーし」
「そうかもな。そもそも、プールの授業は終わっているとはいえ着替えるシーンがないわけじゃない。さすがに、服脱がされたら一発で男なのはバレるだろうな」
だけど、とルイスは眉をひそめる。
「それは、お前が困るんじゃないか。今日は、学校の初日だ。初日にバレました、なんてことになってみろ。ジャクリーンのことだ、お前にどんな八つ当たりをしてくるかわかったもんじゃねえ。用済みになったら家に帰して貰える、なんて甘い期待は捨てるべきだ。あいつはそんな善人じゃないぞ」
それは、彼方も薄々思い始めていたことだった。確かに、バレたら自分は用済み。最初は即バレしたらすぐ元の現代日本に帰して貰えるんじゃないかな、なんてことを思っていたのだけれど。学校で聞けば聞くほど、ジャクリーンの悪評は浮彫になってくるのである。いや、よくよく考えたら他人の迷惑を少しでも考えられる人間なら、異世界から無理やり人を拉致してきて自分の身代わり、と言う名の尻ぬぐいをさせようなんて思わないだろう。
バレて退学になったら、その責任を全部彼方におっかぶせるくらいは確実にしそうだ。下手をしたら、彼方は変態扱いさせられた上で監禁、二度と元の世界に帰して貰えない事態にもなりかねない。いや、一歩間違えれば本当に殺されることだってあり得るのではないか。なんせ、この世界にとっては非常に都合の良い“戸籍のない人間”だ。
「……確かに」
「だろ?」
いろいろ想像して青ざめる彼方の肩を、ルイスはぽんぽんと叩いた。
「だから、提案がある。条件と言ってもいいか」
そして、彼はとんでもないことを言ってきたのだった。
「お前、本当の名前はなんていうんだ?」
「え?か……彼方。参道彼方。彼方、の方が名前だけど?」
「そうか、カナタ。お前、俺様の姫になれよ」
「…………はあ!?」
待て待て待て待て待て。まったく話が繋がらない。一体どうしたら、そういう話になるのだろう?
「俺の話聞いてやがりましたか!?俺は男だし異世界人だし魔法ろくに使えないし戸籍もないしジャクリーンの身代わりやらされてここにいるだけなんですが!?」
思わず敬語になってしまう俺を見て、声を上げて笑うルイス。マジでおもしれー奴!ってそれどういう意味なんだ!
「知ってるよ!つか、いろいろ言ったけど俺は本物のジャクリーンの騎士になんざなる気はなかった。あいつから土下座して頼み込んでくれば話は別だったが、あいつはそういう女じゃねえしな。いくら顔が良くても性格が最悪な奴と組むなんざ絶対ごめんだ。でもお前は違う。そりゃ魔力は低いが、確実にジャクリーンより性格は良いぜ、俺様が保証してやる!」
「そりゃ、マイナス判定の奴よりは性格マシでしょうけども!」
「お前が気に入ったって言ったんだ。だから、俺様の姫になるってなら、それと引き換えに正体は黙っておいてやるっつってんだ。お前にとっても悪い話じゃないだろ?姫と騎士って関係になったら、いつも傍にいてもなんら不自然じゃねえ。それに、お前が女ならともかく男となると、服脱がされただけで身代わりがバレるっつー面倒くさい状況なわけだ。正体知ってる協力者が傍にいるのといないのとでは難易度が大きく変わってくると思わねえか?」
「そ、それは……」
この世界のことも学校のことも魔法のことも、わからないだらけで困っていたのは事実。ルイスが助けてくれるなら、確実に心強い、とは思うが。
「……俺はそりゃ、助かるけど。でも、お前は本当にそれでいいのか」
有りがたい気持ちよりも、困惑が強い。実際、自分の騎士になるということは、ジャクリーンの騎士になるのも同然ではないのだろうか。
そうしたら、最終的に嫌な思いをするのはルイスだ。そこまで嫌っているジャクリーンに仕えるような立場になってしまうわけだから。
「俺を姫にするってことは、結局ジャクリーンの騎士になるってことだろ。俺自身と契約できるわけじゃないし……契約できたらそれはそれで、俺はいずれ元の世界に帰る身だし」
「お前は勘違いしてるみたいだけどな、カナタ。騎士と姫の契約ってのは、結んだあとで解除することだってできるんだぜ。不名誉だと思ってる奴が多いからあんまりやらないってだけだ」
「え、そうなの?」
「そう。それと、契約書は魔法で作って書くから、本人の名前同士で結ばれるもんじゃない。例えば俺とお前がここで契約書を結んで、お前が契約書に本名を書こうがジャクリーンの名前を書こうが関係ないんだ。俺の姫はお前で、お前の騎士は俺ってことになる。つまり、ジャクリーンが後でそれを乗っ取るためには、最終的にあいつが自分の手で全てバラして、俺とお前の契約を破棄させて自分と結び直させなくちゃいけないんだ」
「へえ」
それは初耳だった。というか、それなら身代わりを立てるって結構後が面倒なことだったのではないか?と彼方は首をかしげる。
契約解除の段階で、騎士たちと彼方にノーと言われたら、彼女は一体どうするつもりなのだろう。それとも、ノーと言われない自信でもあったのだろうか。恐らく、卒業試験までクリアさせた上で契約解除を迫る算段なんだろうが。
――ていうか、そのへんの説明をまったく俺にしてこないあいつってなんなん……?
これも何度思ったかしれないこと。
あの女、何かにつけて説明不足がすぎる!
「そういうわけだから、お前が嫌になったら契約解除できるし、お前が元の世界に帰る時も可能だってことだ。俺様を心配してくれるのは嬉しいけど、そこまで気にしなくていいんだぜ」
ルイスはそう言って、きざったらしくウインクした。
「というわけで、よろしくなカナタ!ていうか、ジャクリーンよりお前の方が可愛いな。なんなら騎士だけじゃなく、恋人にもなってやろうか?あーん?」
「……お前、俺が男なの早々に忘れてね?」
このキラキラのイケメンフェイスと、甘ったるいイケメンボイスに騙される女は多いんだろうな。そんなことを思いつつ、彼方は笑って言った。
「ま……いろいろありがとな、ルイス。そういうことなら、よろしく頼むよ。初めまして、俺の騎士」
「おう」
騎士一人目、ゲット。
流れとしてはだいぶ滅茶苦茶ではあったが。
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