<6・Brave>
多分、根本的に自分には魔法の才能とやらがないのだろう。この世界に来てまだ二日目だが、早々に彼方は結論を出していた。
「ぎゃあ!?」
「ああああまたジャクリーン!」
「……何やってんだアイツ」
本日三度目の暴発。どうにも、彼方は炎系魔法と相性が良すぎるらしい。召喚しようと魔力を練って魔法陣に流し込むと、ばふっ!と小さく爆発を起こして魔方陣の紙を燃やしてしまうのである。ボヤになるほど大きな火にはならないとはいえ、魔方陣を燃やして穴だらけにしてしまっては使い物にならない。スミマセン、と謝りながら彼方は四枚目の紙を貰っていた。
最初はそんな彼方を笑っていた生徒達も、自分達の課題をやらなければならないことを悟り次第に静かになっていった。確かに彼方の魔法スキルはお粗末が過ぎたが、そうでなくても召喚魔法は難しいものであったらしい。他の生徒たちもうまく召喚魔法できなかったり、召喚してもネズミを逃してしまったりと苦戦しているようだった。
「おーいジャクリーン、俺様がアドバイスしてやろうか?」
「結構です!」
ニヤニヤ笑いながら声をかけてくるルイス。なんとなくコイツの手を借りたら負けな気がして、彼方は彼を突っぱねた。ていうか、そもそもまともなアドバイスが来るような気がしない。ああいう俺様系キャラで、教師に向いている人間なんかそうそういないと知っている。
これ以上失敗して、先生に迷惑を掛けるわけにはいかなかった。ぐぬぬぬぬ、と彼方は魔方陣に集中する。
「……意外ですね」
先生が、少しだけ驚いたような声を出した。
「貴女がそこまで魔法に失敗してるのなんて初めて見たわ。それに、そこまで失敗しても挑戦しようとしてるのも。本当に人格が変わったみたい。才能がない人間の挑戦なんて無様なだけ、と言っていませんでしたか」
ああ、ジャクリーンは過去にそんなことを言っていたのか。なんとも彼女らしいや、と彼方ほ苦笑する。
「……気づいただけですよ。本当に格好悪いのは、そんなんじゃないって」
魔方陣を何度も確認し、集中力を高める彼方。
「一番格好悪いのは。挑戦する勇気もないくせに、挑戦者を呼び指して笑う人間です。そいつらは、勇気があるやつに嫉妬してるだけだから。努力は格好悪いことなんかじゃない。努力から逃げてるくせに、努力する人を笑ってマウント取った気になってるやつが一番格好悪い」
「……そうかもしれないわね」
「はい、だから。私は笑われてもいいです。自分が人を笑う立場になるより、百倍マシなんで」
「…………」
そうだ。陸上部の練習でもそう。
陸上部に入る人間のすべてが運動神経が良い奴だったわけではない。中には、ダイエットがしたくて、とか。運動音痴だからこそ足が速くなりたくて、なんて奴もいる。そういう少年たちは、どうしてもスタート地点が“元々かけっこが得意だった奴ら”と比べて後ろにあるのは事実だ。中には、そういう運動が得意でない新入生たちを笑う奴がいるのも確かなことではある。
けれど、そういうのを見かけた時、彼方は放置するなんてことはしない。部員達にはきちんと仲間を大切にしてほしいし、何より――人の努力を平気で笑える人間になってほしくないからである。
それは後輩たちに、口が酸っぱくなるほど彼方が言ってきたことであり。敬愛する先輩から受け継いだ、大切な教えでもあるのだ。
大きくなるにつれ、人と競争する機会は増える。高校に入り、大学に入り、社会人になり。部活の実績やら、勉強やら、受験やら、仕事やらで争うことは増えるだろう。けれど、自分を高める努力を怠り、ライバルを汚いやり方で蹴落として勝とうとする人間は、必ずどこかでしっぺ返しを食らうものなのだ。
人は、自分の実力以上の仕事を安定してこなすことなどできない。
実力以上に思い上がるやつは自滅するし、必ず誰かを貶めたツケを払うことになる。その時になって、己の努力不足を後悔したってもう遅いのだ。
SNSでもそう。自分を高めることではなく、自分より下だと思うやつを叩いて正義感に酔いしれる人間は少なくない。そんな卑屈な人間が、望んだ場所に辿り着くことなどできるはずもないというのに。
「ジャクリーン、貴女……」
先生が何かを言いかけた、その時だった。
「うわああああああああああああああああああっ!?」
すぐ近くで、悲鳴。何事だ、と振り返った彼方は仰天することになる。一番うしろの席に座っていた少年が、慌てたように杖を振っている――目の前の、自分の机に向かって。何がとんでもないかって、彼の前の机、その上の魔方陣からはどんどんネズミが溢れるように這い出してきていることだ。
「ちょ、何をしたのですか、リンジー・ウェールズ!!」
「す、すみません!すみません!」
リンジーと呼ばれた黒髪に青い目、眼鏡をかけた少年は、何度も何度も泣きそうな顔で謝った。魔法の素人から見ても明白に、魔法が暴走している。やがてネズミは魔方陣から出てこなくなったが、大量に溢れたネズミたちがパニック状態になり、一番そばにいたリンジーに襲いかかったのだ。
「うわあああっ!」
――お、おいおいおい!これやべぇんじゃねぇのか!?
先生が、生徒達を避難させている。が、先生に言われるまでもなく、さっさと訓練場から逃げ出している生徒も数名いるようだった。あのルイスはまだ残っていたが。
ネズミに追われて、リンジーが木の上に逃げていく。ネズミたちは、木登りはあまり得意ではないようだった。下の方に大量に溜まって、獲物が落ちてくるのを待ち構えている。一匹一匹の力は弱いだろうが、あの数に集団で襲いかかられたらきっと大きな怪我をするだろう。
そして得意でなくてもまったく登れないわけではないようで、ネズミたちはゆっくりと樹上へと這い登ってこようとしている。リンジーという少年は、木の枝の方まで逃げるだけで精一杯であるようだった。
「せ、先生!なんとかならないんですかっ!?」
「……召喚魔法には制限時間があるわ。時間が来ればすべての精霊が強制送還されるはずよ」
「だとしても、その前にあいつがやられちまうって!」
そんな呑気なこと言ってる場合なのか。苛立ち混じりにそう思った時、彼方は気づいた。
クラスメートのうち、まだ逃げずに庭にいる生徒は半数ほど。彼らはみんな、遠巻きにして逃げるリンジーを見ているばかり。中には、にやにやと笑いながら見物している奴も数名いるほどだ。
――何でこいつら、助けねえんだよ……!?
ぼそり、と誰かが呟くのが聞こえた。
「またあの子よ、落ちこぼれのリンジー。これだから庶民出身は嫌なのよ」
まさか。ここで、クソくだらない身分制度が響いてくるというのか。
確かに、この国は王国であり、貴族がいて階級がある。この学校は一部を除けば貴族たちがメインだという話も聞いている。
そして、雰囲気からして十五世紀から十九世紀くらいのイギリスっぽい空気の世界なのだろうということもなんとなく予想がついてはいる。うろ覚えだが、かつてのヨーロッパ諸国は、階級制度の縛りが相当キツかったらしい。この国もまた似たような雰囲気であるのかもしれない。
だが。彼方は、令和の日本を生きる中学生だ。日本の、近代的理性で照らし合わせるなら、階級によって命の重さが変わるなどクソくだらないとしか言いようがないのである。庶民だから、落ちこぼれだからなんだというのか。それで、人を見捨てていい理由になるとでも?
――ざっけんな!
気がついた時。彼方は魔導書を片手に飛び出していた。
自分が使える魔法なんて少ないし、出来ることなんて本当に小さなことかもしれないが、それでも。
「“踊れ火の風、謳え火の粉!Little-Fire”!!」
現状、一番成功率がマシな炎属性の初級魔法を、ネズミ軍団に向かって放った。小さな火の玉が弾ける程度の魔法なので、当然威力はお察しである。しかし相手も小動物ということでさほど耐久力はなかったのか、火の玉が当たった一匹のネズミが悲鳴を上げて燃え上がり、吹き飛んだ。
「ギッ!?」
仲間を明確に攻撃してきた存在に気づいたのだろう。木に群がっていたネズミたちが一斉にこちらを振り返る。彼方は奴等を睨みつけて言った。
「お前らの敵はこっちだ、かかってきやがれっ!」
「ギッ、ギイイイイイイ!!」
言葉がわかるのか、それとも仲間をやられて怒ったのか。ネズミたちが一斉に進路を変え、リンジーそっちのけで彼方の方へ向かってきた。おい!と驚いたようにルイスが声を上げる。
「ちょ、ジャクリーン!お前何する気だよ!」
「うるせえ!助ける気がないなら黙って見てろ!!」
ネズミたちは素早いが、このスピードなら彼方に追いつくほどではない。
――陸上部部長、参道彼方をナメんなよっ!!
ネズミ達を十分リンジーから引き離したところで、再び彼方は炎魔法を放った。
「“踊れ火の風、謳え火の粉!Little-Fire”!!」
一番前にいたネズミが吹っ飛ぶ。しかも今度は吹っ飛ぶだけでは済まなかった。どうやらこのネズミたち、前を進む群れのリーダーにどんどんついていく習性があるらしい。モルモットと同じだ。燃えながら吹っ飛んだ前のやつに、後続のネズミがぶつかって引火する。まさにフレンドリーファイアである。このやり方なら一度の魔法で、数匹くらいまとめて倒すことができるようだ。
――あいつら、木の上に登る速度は遅い!だったら……!
リンジーが登ったのと別の木に近付いて登っていく。その際、ロングスカートの裾が邪魔だったのでむりやり結んで短くした。針金の入ってないタイプで良かったと思う。シワになるだろうから後でジャクリーン本人に叱られるかもしれないが、今はそんなこと言っている場合ではない。
腕力も魔力もないが、身軽さや俊敏性で負けるつもりはなかった。スカート姿でするすると木に登っていく彼方に驚いたのか、生徒達がざわめく声が聞こえてくる。ちらり、とリンジーの方を見れば、ちゃんの今の隙に木から降りていた。彼方が引き付けた意味を理解してくれているようだ。
――あとは、上から一匹ずつ落としていけば!
「“踊れ火の風、謳え火の粉!Little-Fire”!!」
登って来ようとする先頭のネズミに向かって初級魔法を連打する。一匹が燃えて落ち、さらにその都度別の一匹を巻き込み、さらに落ちた先で別のネズミにも引火する。少しずつだが、ネズミたちは数を減らし始めた。
だが、何が問題って彼方が魔法初心者であるということである。いくら初級魔法オンリー、それもなるべく効率よく攻撃していったところで限界は早い。なんせ、勇者で言ったらレベル1のひのき棒しか装備してないような状態なのだ。
「げっ」
魔力がうまく練れなくなってきた。元々少ない魔力が枯渇しかかっていると気付く。だが、まだネズミは半分くらいの数が残っている。仕方ない、と彼方は腹を括った。魔法が使えないならもう、あとは物理攻撃しかない。
「どりゃぁぁぁぁ!」
勢い良く、ネズミ集団の上に飛び降りた。何匹か踏み潰した感触。同時に、ジャンブしてきた一匹に持っていた魔導書を叩きつける。辞書くらいの厚さはあるので、鈍器としてもそこそこ使えるのだ。
が、快進撃はそこまで。ずきり、と足に痛みが走り、彼方は呻く。ネズミの何匹かが、ブーツの上から噛み付いてきているのが見えた。
――くそっ!なんとか、手は……!
「“落ちよ雷、轟け光!Little-Thunder”!!」
「!!」
次の瞬間、目の前が真っ白になった。すぐ側に雷が落ちたのだとわかったのは、彼方に纏わりついていたネズミたちが黒焦げになって落下してからのことである。
「……このグズ女。手間かけさせんじゃねぇよ」
「あ……」
見れば、剣を構えたルイスの姿が。どうやら、彼が魔法で助けてくれたらしい。思わず力が抜けてしまい、へなへなと彼方は座り込む。
「あ、ありがと、ルイス……」
「ジャクリーンさんっ!」
パタパタと駆け寄ってきたリンジーは、半泣き状態で何度も何度も彼方に頭を下げた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!助けてくれて、ありがとうございました……!」
「あー、うん」
なんだろう。それなりに怖かったはずなのに、そういうものが全部吹っ飛んでしまった。誰かにありがとうと言われるのは、やっぱり気持ちが良いものだ。思わず彼方は笑って、リンジーの頭を撫でる。
「良かった、お前は怪我、なかったか?」
その様子をじっと見ている、ルイスの視線に気づくことなく。
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